第二十八話 帰路
カペル島の戦いより二週間がたった。
俺達は、海賊同盟の本拠地であるエスペランサ島へと戻って来ていた。
「よーし、いい風が出て来たぜ!! 出航には絶好の風だ!!!」
蒼海号のマストの上で”野猿”が声を上げる。
「んじゃ、そろそろ出るか? お前等、出航の準備だッ!!!」
「「「へいッ!!!」」」
「だぁ~~~~~~ッ!!! だから、そういうのはオレ様の役目だっていってんだろぉッ!!!!!」
まあ、いつも通り”野猿”が船長扱いされてないんだけどな……。
「小僧ども、そろそろ出発か?」
「あ、”黒熊”のおじさん!」
「嬢ちゃんにかかっちゃ俺もおじさんあつかいかよ……」
”黒熊”が苦笑いしながらヴィクターの頭をわしゃわしゃと撫でる。
ってか……何時の間に”黒熊”をおじさん呼ばわりしてたんだアイツは……。
「フフ、昔からあの子はあんな感じだよ。 誰とも仲良くなるんだ」
「ヴィクターの親父さん、準備は出来たのか?」
「ああ、君達には迷惑をかけたね」
「いや、元々は俺達の人探しを手伝って貰った縁で手伝っただけだからな。 そんな改めて礼を言う事は無いさ」
こうして改めて話してみると、流石ヴィクターの親父さんだと分かるぐらいに気さくな人物だ。
ってか、思った以上に気安いな……。
これで38歳とか……マジかよ……。
「えーと、まだ来ていないのは……?」
「後は、プリムと姉さんとフリスだな。 何か、一文字とユリウスの野郎はここに残るって話だけど……」
「ああ、エンリケ提督がそんな話をしていたね」
海賊同盟にとっては部外者である俺達の中で、一文字とユリウスがこのエスペランサ島に残る事になっていた。
一文字は、何でも”他に請け負った依頼を再開する”為に通商連合の方へ行くらしい。
俺達とは別個で船を出してもらうそうだ。
ユリウスは、”海賊狩り”として色々とやり過ぎていたらしい。
今回の戦いの活躍を鑑みて、数か月の間”無償で海賊同盟の為に働かされる”らしい。
ユリウスの奴は相当愚図ったが、”海路確保と、島の住民の安全確保の為の魔物狩りのみ”に働くという所で渋々了承していた。
「待たせたのぉ」
「ごめん、遅くなった」
「ああ、二人ともおそか…………な、何だ、その”大荷物”は!?」
ヴィクターの親父さんと話し込んでる所に、フリスと紅玉姉さんが準備を終えて来た。
二人とも大荷物を抱えて……。
フリスは、大きな迷彩柄の肩掛け鞄を二つ持っていた。
恐らくは武器や弾薬だと思うが、それにしたって多すぎやしないか……?
一方、姉さんの方は陶器製の大甕を荒縄で縛って肩から吊るしていた。
酒を持ち帰る所は、姉さんらしいと思ったが……それにしたって、大甕四つは多すぎやしないか……?
「流石に火力不足かなって思ってね、”猟犬”殿から色々と分けて貰って来たよ」
「いやぁ、色んな世界の海賊が集まっているだけの事はあるからのぉ。 ”海象”から貰った蒸留酒に、”黒熊”から貰ったウィスキー、”妖狐”から礼だと渡されたワインに、”野猿”の船から拝借した泡盛じゃな!」
呆れ返るのを通り越して、むしろこの図太さは感心するぜ……。
ん?
そう言えば、プリムは?
辺りを見回してみたが、プリムの姿は無かった。
後ついでにユリウスの野郎の姿も……。
俺はヴィクターの親父さんに一言言ってその場を離れた。
何やらヴィクターの親父さんはニヤニヤしながら送り出してくれた。
プリムの事だから、”万が一”とかは無いと思うが……。
「クソ……胸がもやもやする……」
俺達を見送る為に賑わっている港を後にして、崩れた会議場跡へと足を運んだ。
この辺りは人がいないので、何か込み入った話をするなら此処だろうと思ったのだ。
『カイ様?』
会議場跡の瓦礫の上にユリウスの所の子竜がちょこんと座っていた。
「ああ、ユリウスの所のチビ竜か。 プリム見なかったか?」
『プリムラ様ならこの先にロードと共にいます。 何か大事な話があるとかで』
やっぱり、一緒か……。
『カイ様が来たら”お通しする”様に承っています』
「何!?」
てっきり通せんぼされると思ってたので、肩透かしされた気分だ……。
子竜に見送られて、瓦礫を避けて奥の方へと入って行った。
「カイ!?」
「よぉ、チビ竜にここにいるって聞いてな」
奥の開けた場所でプリムとユリウスが向かい合って立っていた。
どうも、プリムはいきなり現れた俺に驚いている様だ。
「来たか」
プリムの脇を通り抜けて、ユリウスが俺の前に立つ。
「ユリウス卿……」
「大丈夫だ、以前の様にいきなり斬りかかったりはしない。 ……いい加減にその”卿”はやめてほしいのだがな」
どうやら、以前の様に俺に敵意を向けて来ている訳では無いらしい。
「カイ、貴様に話しておきたい事がある」
「俺に? 別にかまわんが……出発まであまり時間が無いから、手短にな?」
「何、そんなに時間はかからん」
そう言うとユリウスは、いきなり無言で俺の胸ぐらを掴んできた。
「ユリウス卿ッ!?」
「プリム、手を出すな!!」
咄嗟に止めに入ろうとするプリムだったが、俺は声を張り上げてそれを止めた。
「……貴様に」
「ん?」
「貴様に”プリムラを託す”! 不幸にしたら、この私が許さんッ!!!」
何を言うかと思ったら……コイツも大概、不器用だな。
俺は僅かに微笑むと、”返礼”とばかりにユリウスの胸ぐらを掴み返した。
「お前に言われなくても、俺はハナッからそのつもりだッ!! ”託す”とか偉そうに言いやがって、上から目線は相変わらずだなッ!!!」
「貴様こそ、無礼な言い回しは初めて会った頃のままだッ!!!」
「ふ、二人とも、落ち着いてください!!」
胸ぐらを掴み合って大声で言い合う俺達を見て、プリムが止めに入ろうとしていた。
「フフフ……」
「くっくっくっ……」
「……へ?」
「「あっはっはっはっはっはっッ!!!!!」」
プリムが呆ける中、俺とユリウスは胸ぐらを掴み合ったまま、大笑いしていた。
これじゃ、よくありがちな”チープな恋愛ドラマ”みたいだ。
何か、現実感が無さすぎて思わず笑ってしまった。
「え? え、ええ……!?」
戸惑うプリムを尻目に、俺達は何時しか”大笑いをしながら肩を抱き合っていた”。
「”わざわざ”この私が身を引いてやるのだ! 必ず、幸せにしろ”木偶の坊”!!」
「お前に”わざわざ”言われるまでも無い! 安心しろ”自己中野郎”!!」
その後、海賊同盟の海賊達や、一文字、ユリウスに見送られて俺達はエスペランサ島を出港した。
俺達の目的である”ヴィクターの親父さんを無事にスチームヒルまで送り届ける”為に。
◆
行きの面倒くさい道程とは裏腹に、帰路は順調そのものだった。
数日の航海をへて教皇国の港町グラナダへと到着。
そこで今まで世話になった”野猿海賊団”とは別れる事になった。
「んじゃ、オレ様達はここまでだな!」
「嬢ちゃん、親父さんと仲良くな」
「ヤオト、副長さん、”野猿海賊団”の皆もどうもありがとう!!」
「って、何でソウヤはさん付けで、オレ様は呼び捨てなんだよッ!?」
「だって、威厳無いし……」
「ああ、それは反論できねぇな」
「て、てめぇらぁぁぁぁッ!!!!!」
まったく、最後の最後まで五月蠅い奴だな……。
「それじゃ、お前等も元気でな」
「アンタ等もな」
「お世話になりました」
俺達は”野猿海賊団”の面々に別れを告げると、スチームヒルへの岐路についた。
途中、カナンに立ち寄ってソリッド辺境伯に事の顛末を報告した。
辺境伯は、話の飛びっぷりに呆れ顔だったが、最後は『お前等らしい』と大爆笑していた。
ここで一晩の宿を借りた後、”創造主の玉座”を通って合衆国へ。
そうして一週間程の工程の果てに、ようやくスチームヒルへと到着した。
◆
「出発してから三か月ぐらいか~……。 何か、何年も帰って来てない気分だね!」
「ヴィクトリアが三か月だと、私は半年以上空けてたか……。 流石にイリスには怒られるかね……」
「「「………………」」」
「な、なんだい?」
俺達は”何とも言えない微妙な表情”でヴィクターの親父さんを見つめていた。
「な、何か視線がいたいのだけど……」
まあ、しょうがない部分があるとはいえ、自業自得だしな……。
「さぁパパ、覚悟を決めて家に入ろう!!」
「ヴィ、ヴィクトリア、あまり押さないでくれ……」
親父さんの背中をグイグイと押すヴィクターを俺達は微笑みながら見つめていた。
二人が事務所に入って行く所を確認した所で、俺達は誰が言うでなくその場を離れる事にした。
「まあ、折角の感動の再会に水を差す事も無いじゃろう」
「正式な挨拶は後日でも良いしね。 今日は”親子”水入らずでゆっくりしてもらおう」
「ヴィクター、嬉しそうでしたね」
「そうだな」
「それじゃ、宿に行って祝杯をあげるかのぉ!!」
「それって、姉さんが飲みたいだけだろ?」
俺達は事務所の前を後にすると、宿屋を目指して街の中央方面へと足を向けた。
 




