第二十五話 覚醒
「………………」
私が意識を取り戻した時、そこは”水の中”でした。
”山羊”によって空中に投げ出された私は、そのまま海の中へと転落し、海底へ向かって沈んでいる最中でした。
…………全身がイタイ……身体が思う様に動かない…………
私は今までの戦いの疲労と、海面に投げ出された時の衝撃で身体に力が入らない状態でした。
守らなきゃいけない人がいるのに……私は、私が思ってる以上に無力で……結局、手も足も出ませんでした。
…………カイ
……………………私は
◆
「プリムーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
俺は、思わず海へと放り出されたプリムを目で追いかけてしまった。
「馬鹿野郎ッ!!! 前だッ!!!!!」
「ッ!?」
”荒鷲”の怒鳴り声を聞いて、俺は慌てて視線を前に戻した。
ォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………
そこには、残った右目で俺を捉え武器を振り落とさんとしている”山羊”の姿があった。
「クソッ!!!」
俺は、反射的に身を翻して攻撃を避けようとした………………その時
ズキンッ
「ぐッ!?」
避けようと一歩踏み出した瞬間、俺の腹部に激震が走った。
腹部への例え様の無い違和感と、その直後に走った壮絶な痛み……俺は次の一歩を踏み出せずにその場で倒れてしまったのだ。
「カイッ!!!!!」
「い、いかんッ!! 無理矢理くっつけた傷痕が開いたのかもしれんッ!!!」
オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………………
身体が動かず、仲間達の救援も間に合わない。
このままじゃ、海に落ちたプリムを助ける事も……。
それ以前に……ここで俺が死んだら、”呪いでプリムが俺の身代わりになって死ぬ”!!!!!
「ぐ………クソぉぉぉッ!!!!!」
俺は動かない身体を無理にでも動かして、這ってでも逃げようとした。
「第三階位……」
しかし、無情にも”山羊”の武器は俺に向かって振り降ろされた。
「喰らえッ!! 大炎ッ!!!!!」
…………振り降ろされた、と思った瞬間
オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ……………
俺の耳に”山羊”の呻き声と、”何かが激しく燃える”音が聞こえた。
「?……ッ!!?」
何かと思い顔を上げてみると、”山羊”は”激しく燃え盛る炎に身を包まれて悶えていた”。
「今の内にアイツを回収しろッ!! 見た目は激しく燃え上がっているが、大して利いて無いッ!!!」
「俺が行くッ!! 動ける奴等は、遠距離から援護ッ!! 足止めをしろッ!!!」
”荒鷲”に抱えられてその場を離れる時、俺の目に見えたものは、遠巻きに”山羊”を包囲して銃撃を浴びせる他の仲間達と、聞き覚えの無い呪文を詠唱する”副長……ソウヤの姿”だった。
”荒鷲”は副長の傍に俺を下ろすと、”山羊”の足止めをするべく再び前線へと戻って行った。
「ふ、副長ッ!? あ、アンタ魔法なんて使えたのかッ!?!」
「まあな、詳しい話は後だ。 今、ウチのエテ公がプリムを助けに行っている。 てめぇはそこで少し休んでいろ」
副長はそう俺に言い放つと、再び呪文の詠唱に入った。
「第四階位…………猛炎ッ!!!!!」
「お、おいッ!?」
副長は、俺の見ている目の前で”前線で戦っている連中を巻き込んで”魔法をぶっ放したのだ。
しかし副長の放った炎は、”前線の仲間達を避けて山羊だけに命中した”。
「何が起こったッ!?!」
「俺の魔法はな、”何故か”味方を避けて敵だけを攻撃できるんだ。 詳しい理屈はしらねぇけどな」
俺の方を見て不敵に笑う副長。
やれやれ、コイツもとんでもない奴だ。
プリムの事は心配だ。
だが、今俺が助けに行ってもやれる事はそんなにないだろう……。
「……なら、せめて考えろ。 どうやったら”山羊”を仕留められるかを……!!」
◆
私は、”遥か地平線へと続く道”の途上に立っていました。
どこかで見た事のある風景……。
「これは……カイの心象風景?」
そこは、いつぞや見た”神の欠片”を持つものの心象風景の中の様でした。
それにしても……私がその中に立っているのは、不思議な気分でした。
「プリム」
その声を聴いて振り向いた私の目の前に、”いつの間にか”彼が立っていました。
「……カイ」
「プリム……」
彼は、私の名を優しく呼びながら、手を差し伸べてきました。
「行こう、俺が手を引いてやるよ」
「カイ…………」
私には、それが”私が見ている夢”である事は分かっていました。
私が見ている”都合のいい夢”だと言う事が……。
「どうしたんだ?」
彼がそうしてくれるのはすごくうれしい……。
でも…………。
「ごめんなさい…………それじゃ、いけないんです」
「プリム、どうした?」
「私は、貴方に手を引いて欲しいんじゃなくて……貴方と並び立って共に歩きたいんですッ!!!」
彼は、私の叫びにキョトンとした表情をしてから、まるで”愛おしむ様な笑み”を私に向けてくれました。
「そうか……」
「だから……今は貴方の手を取れません」
「そうか……」
「必ず追いつきます。 だから、先に行って待っていてくださいッ!!」
彼は、私の頭を優しく撫でながら……
「なら、心配いらないな」
そう言って、光の中へと消えて行きました……。
◆
「……………」
私が眼を開けると、そこは再び水の中でした。
夢を見ていたのでしょうか……?
ただ、その時の私には、直感めいた確信の様なものがありました。
「……!!」
私は意を決すると、痛む身体に鞭打って”海底を目指して”潜り始めたのです。
泳ぐ身体はあちこちがズキズキと痛みました。
呼吸も出来ず息苦しさで、意識が持って行かれそうになりながらも私はただ、海底を目指して潜り続けました。
西の武王陛下は、その怒りより発した炎の中から紅蓮の斧を顕現させました。
教皇聖下は、慈しみの心で恵みの雨の中から雨の杖を顕現させました。
カイもきっと……
なら、私は…………
私は……”周りのすべてを護ろうとする剣を護る為の盾”でありたい……!!!!!
そう、強く願って私は海底へ…………いえ、”大地”に降り立ったのです。
◆
ォォォォォォォォォォォォォ……………………………
”荒鷲”達が絶え間無く攻撃を繰り返しているからか、”山羊”の動きが目に見えて鈍り始めて来た。
だが、決定打に欠けるのか、未だにトドメを刺せずにいた。
回復を一手に担っていた紅玉姉さんは、ECと体力を使い切り完全にグロッキー。
今まで長らく壁役として最前線を支えていた”海象”も重傷を負って身動きが取れないでいた。
他の連中も、戦い続けで疲労が溜まって来ている。
唯一、左目の負傷のせいで戦力外だった副長が切り札の魔法で今は主力を務めていた。
だが、”魔人”には強力な魔法耐性がある為、ダメージは微々たるもので”何とか足止めを出来ているだけ”という有様だった。
このままじゃヤバいッ!!
何か、打開策が無いとこっちが押し負けるッ!!!
俺がこの状況に歯痒い思いをしている時に”ソレ”は起こった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……………………
突然、地面が揺れ出したのだ。
「地震ッ!?」
「馬鹿なッ!? この辺りに火山なんてねぇぞッ!!!」
ォォォォォォォ……………………
その揺れを感じとってか、”山羊”の視線が海の方へと向いた。
海? 一体何が?
俺が海に視線を向けた時、入り江の中心付近で水飛沫が上がった。
「ぷはぁッ!!!」
それは海に落ちたプリムを助けに行っていた筈の”野猿”だった。
”野猿”は、”慌てた表情”で海岸に向かって必死に泳いでいる様だった。
「き、来たきたきたきたきたぁーーーーーーー!!!!!」
大騒ぎしながら泳いでいる”野猿”の後方で、”水面が不自然に波打ち始めた”のだ。
「なんだッ!?」
水面は大きく揺れ、大きく盛り上がってから一気に弾ける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………………………………
そして、その中から凄まじい轟音と共に”岩や砂でできた巨大な柱の様なもの”が飛び出してきたのだ。
「…………な、なんだこれはッ!?」
「カイ、あの上ッ!!」
ヴィクターが指さした場所……その柱の様なものの上に人影が見えた。
水滴が滴る金髪。
首に巻かれた長いマフラー。
見慣れた独特の黒い服。
そして、見慣れない”ガラス質の脚甲”……。
「プリムッ!!!」
それは先程、”山羊”によって海へと投げ出されたプリムだった。
全身ずぶ濡れではあったが、外傷などは無い様に思えた。
にしても、あの”柱の様なもの”と”見慣れない脚甲”は何なんだ!?
「御心配をおかけしました。 今から、戦線に復帰しますッ!!」
プリムは俺達に一言そう告げると、”履き心地を確かめる様に”二、三度足元を踏みしめた。
「行きますよ”道”ッ!!!」
何事か呟くと、プリムはそこから”山羊”に向かって跳躍した。
オオオオオオオオォォォォォォォォォォォ…………………………
”山羊”は雄叫びを上げると、舞い降りるプリムに向かってその手に持つグレイブを振り上げた。
「ヤバいッ!!!」
空中に居て身動きの取れないプリムに対して、”山羊”のグレイブが唸りを上げて襲い掛かった。
それに対してプリムは、空中で身体を捻るとグレイブに向けて右足で蹴りを放つ。
バキャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
「……マジか!?」
それは眼を疑う様な光景だった。
”山羊”のグレイブは、プリムの蹴り”ただ一撃”でへし折れたのだ。
そして、その際に”何やらキラキラしたものが周囲に散らばった様に見えた。
オオオオオオオオォォォォォォ……………………
”山羊”は破壊されたグレイブを即座に捨てると、間髪入れずその両手でプリムに掴みかかった。
「”道”、今度は左ですッ!!」
迫り来る”山羊”の腕を今度は左足の回し蹴りで迎え撃った。
バキャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
回し蹴りは、伸ばしてきた”山羊”の手のひらに”突き刺さり”盛大に血飛沫を巻き上げていた。
どうやらプリムは、蹴りが入る直前に”瞬時に足を結晶の様なもの”で覆っている様だった。
それが蹴りが入った衝撃で砕けて、”山羊”の身体に突き刺さっていたのだ。
パキッ
プリムは、結晶を踏み砕きながら俺の横に着地した。
どうやらあの結晶は、着地の衝撃を和らげるのにも使っている様だ。
「よし、奴が怯んだぞッ!! ありったけの銃弾を叩き込めッ!!! 脚を止めろッ!!!」
”荒鷲”が間髪入れずに攻撃再開の檄を飛ばす。
再び周囲に銃弾が飛び交う轟音が響き始めた。
「プリム、無事だったかッ!!」
「はい、ずぶ濡れですけど大丈夫です」
「まったく、お前は……でも無事でよかった」
一先ず、プリムが無事である事を安堵した俺は、視線をプリムの足元に向ける。
「それは……?」
……予感めいたものはあるが、一応尋ねてみた。
「この子は”道”、カイの”魁”の半身……伴侶…………妹……そんな感じでしょうか?」
「……は?」
「”私の神の欠片”です」
その時、俺の”剣”と、プリムの”脚甲”が眩く光り出し共鳴を始めた。
それはかつて、教皇アウグストの神の欠片”雲”との間に起こした共振反応と同じものだった。
いや、口では上手く表現できないが教皇の杖より、”より近いもの”に感じられる……。
「そうか……魁と道は……」
「はい、”二つで一つ”……きっと、そういうものなんでしょう」
二つで一つの神の欠片か……。
これは、この世界に来た時に同じ場所にいたのも、互いが惹かれあったのも、魂を呪いで繋ぎ合ったのも偶然じゃないのかもな。
「おい、今の光はなんだ? 何が起こったんだ!?」
突然、俺達二人の間にユリウスが割り込んできた。
「って……お前、”海象”の代わりに前線を支えていたんじゃないのか!?」
「それどころでは無くなって、一度下がって来たのだ」
「ユリウス卿、一体どうなさったのですか?」
「お前達が光を発してから、ソールの様子がおかしいのだ……」
そう言うユリウスの手には、従者を名乗っていたあの子竜が抱かれていた。
その身体から”神の欠片の共鳴の時と同じ光”を発しながら。
「ッ!! 俺達の神の欠片と、あの子竜が”共鳴しあっている”!?」
「やっぱり、会議場襲撃の時に見えた”あの閃光”は貴方の心象風景だったのですね……」
「何ッ!? 一体どういう事だ?」
まさかユリウスの奴が俺達と同じ神の欠片の所有者だったとは……。
「悪いが話は後だ。 詳しい事は後で、順を追って説明する」
「う、うむ……」
「俺とプリム……後、会議場襲撃の時の”アレ”が使えるなら……」
……いけるかもしれないッ!!!!!




