第二十四話 総力戦
”荒鷲”の号令の元、俺達は”山羊”との戦闘を開始した。
俺達は即座に散開すると、”山羊”の巨体を取り囲む様に展開する。
振り降ろされるグレイブをいなし、踏み鳴らされる巨大な足を避けながら、隙を見つけては反撃を加えていた。
だが、その鱗や体毛は非常に硬く、俺の重力を加えた一撃ですらグラつきもしなかった程だ。
そして、その攻撃の激しさ故に、攻撃を各々に散らすのがやっとで、効果的な攻撃に移れない状況だった。
「”荒鷲”が”海象”を最初に復帰させろって言ってた意味がよ~く分かったぜ……。 こりゃ、誰かが攻撃を一手に引き受けないとやってられねぇッ!!」
「こうも動き回れてたんじゃ、奴の上半身を狙えねぇッ!!」
硬直状態に陥っている戦況の中で、不意にユリウスが口を開いた。
「ソール、出し惜しみは無しだッ!! 竜の甲冑ッ!!!!!」
『承知しました、ロード』
突如として、ユリウスとその肩に乗っかっていた子竜が光に包まれた。
次の瞬間、光の中から出て来たものは”竜を模した白銀の全身鎧”に身を包んだユリウスの姿だった。
「『今しばらく、私が奴の攻撃を引きつけるッ!! 貴様達は、奴への攻撃に集中しろッ!!!』」
甲冑姿になったユリウスが”山羊”の前に躍り出た。
「『”山羊”、此方を向けッ!!!』」
ォォォォォォォォォォォォォォォ…………………
ユリウスの声に反応して”山羊”がユリウスに向かってグレイブを振り降ろす。
ユリウスはその攻撃を、右手に作り出した光の盾で受け止めた。
「ほほう、アレを止めますか」
「だが、あれでは長くはもつまい」
「でも、これは好機だぜッ!!! おい、デカブツ!! オレ様に肩を貸せッ!!!」
「何ッ!?」
ユリウスに気を取られているのを好機と見るや、”野猿”は俺の肩を踏み台にして”山羊”の頭上へと飛び上がった。
宙を舞いながら”野猿”は、ギリギリと微かな音を立てながらヌンチャクを構える。
「天辺、貰ったッ!!! ウッキィィィィッ!!!!!」
”野猿”は奇声を上げながら、”山羊”の頭めがけてヌンチャクを振り降ろした。
バキィッ
”野猿”の振りぬいた一撃は、”山羊”の片角を捉え、その勢いのまま角をへし折った。
「キキ、どんなもんだッ!!」
「ッ!! ヤオトさん、危ないッ!!!!!」
「へ!?」
ドスッ
プリムの叫びに”野猿”が呆けた声を上げた瞬間、”野猿”の腹部に鈍い衝撃が走った。
残ったもう片方の角が”野猿”を捉えたのだ。
ただ、幸いな事に角に貫かれた訳では無かった。
でも、激しく殴打されて”野猿”は地面に叩きつけられた。
「ぐへぇッ!?」
「く……手間をかけさせるなッ!!」
ユリウスが倒れた”野猿”と”山羊”との間に咄嗟に入り込んで、庇いに入る。
”野猿”は、腹と背中を殴打していたが、命に別状は無いようだった。
「無茶しやがって…」
「その馬鹿をすぐに後方に下げろッ!!」
「しょうがねぇな……」
俺は負傷した”野猿”を肩に担ぎ上げると、すぐに後方へと走り出した。
「この野郎、いきなりリタイアしやがってッ!!!」
「う……るせ…ぇ」
「カイ君、早く彼をこっちにッ!!」
俺は、手招きするヴィクターの親父さんの所まで”野猿”を運ぶと、少々手荒く”野猿”を下ろした。
「ぐえぇ……」
何やら、”潰れたカエルの様な声”が聞こえたが気にしなくてもいいだろう。 うん。
「それじゃ、後は任せましたッ!!」
「あ、ちょっとまったッ!!」
戦線に復帰しようとした俺を不意にヴィクターの親父さんが止めた。
「行くのは、”あの人”が出た後の方がいいよ」
「あの人?」
そう言うヴィクターの親父さんの指さす方に視線を向ける。
「治療完了じゃッ!! 行けい、”海象”ッ!!!」
「任せいッ!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
俺の見ている目の前で、治療が完了した”海象”が雄叫びを上げながら”山羊”の方へと突っ込んで行った。
「”海象”!? もう治ったのかッ!!」
「君の傷を治した時と同じ術を使ったらしいよ。 本当なら気絶するほどの痛みを感じている筈なんだがね」
「マジでバケモノか、あのオヤジは!?」
俺は”海象”の頑丈さに呆れ返りつつも、急ぎ戦線に復帰した。
「どけぃ、”海賊狩り”ッ!!!」
「ッ!?」
前線で”山羊”相手に足止めをしていたユリウスの横を走り抜けて”海象”が、盾を構えて”山羊”に突進する。
ドコォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ
3m以上はある”山羊”の巨体が、”海象”の突進で大きく後方に吹き飛んだ。
「仕切り直しだ、”ライデン”ッ!! 今度はわしが相手をしてやるッ!!!」
”海象”の言葉に呼応するように、”山羊”はゆっくりと起き上がって”海象”と対峙した。
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………
低く唸り声を上げながら、”山羊”は”海象”に斬りかかる。
それを”海象”は盾で正面から受け止めて押し返した。
「なんて奴だ……あのバケモノと真正面からぶつかりあって当たり負けしないなんて……」
「”荒鷲”が最初に復帰させろって言う訳だな……」
「無駄口を吐いている暇はないぞッ!! 戻ったのなら、すぐに攻撃に加われッ!! 後、”海賊狩り”は消耗が激しいから一度下がれッ!!」
目の前の攻防に目を取られていた俺とユリウスに”荒鷲”からの指示が飛ぶ。
「やれやれ、人使いの荒い事で……」
「まあいい、私は一度下がる。 失態は見せてくれるなッ!」
「相変わらず偉そうな奴だな! 良いから下がれッ!!」
ユリウスを後方に下げさせると、俺は武器を構え直して再び”山羊”に挑みかかった。
◆
戦い始めてからどれだけの時間が経過しただろう。
島に上陸した時は、まだ天高かった太陽が既に沈みかけていた。
綺麗だった砂浜は、無数の足跡で見るも無残な状態になり、あちこちに血の跡が見られた。
今の所、交代と回復を繰り返して死者こそ出ていなかった。
”山羊”は身体中から血を流し、あちこち鱗が剥げながらも、未だその動きに陰りを見せてはいなかった。
現在は、”海象”が正面から”山羊”の攻撃を受け止め、ヴィクターの親父さんと一文字が攻撃、”黒熊”と”猟犬”が後ろから援護射撃を行っていた。
「も、もう限界じゃ……」
俺達の目の前で、今までぶっ続けで治療を行っていた紅玉姉さんが突然、手足を投げ出して倒れ込んだ。
「紅玉、何をやっている!?」
「今の術で持ってきたECは使い切ったわッ! ワシの体力もECももうネタ切れじゃッ!!!」
不味い、俺達の中で唯一の回復役である姉さんがダウンした。
もう、何時間もぶっ続けで治療し続けたのだから仕方が無いのだが……。
「おい、どうするんだ!?」
「……奴も、もうボロボロだ。 動けるもの全員で総攻撃をかけて仕留めるッ!!」
”荒鷲”はそう言うと、武器を手に立ち上がった。
それに従う様に、一人、また一人と武器を手に立ち上がる。
「アレをほっておく訳にもいかんよな……」
俺も武器を取って立ち上がった。
その時……
「ぐおぉぉぉぉぉッ!!!」
俺達の目の前に、今まで前衛を務めていた”海象”が血まみれで転がって来たのだ。
「シーギスムンドッ!?」
「抜かれたかッ!?」
ォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………
”海象”を跳ね除けた”山羊”は、唸り声を上げながら俺達の方へ迫って来ていた。
ま、まずいッ!!
俺達の後ろには、力尽きて倒れている姉さんがいた。
「誰か、紅玉を運び出せッ!!」
咄嗟に”荒鷲”の指示が飛ぶが、とても間に合いそうにない。
「……カイ、紅玉さんを早くッ!!」
「プリムッ!?」
俺が一瞬躊躇したそのタイミングで、誰よりも早くプリムが動いた。
”山羊”の足止めをする為に、一人で”山羊”に挑みかかったのである。
「ぐ……人に無茶するなとか言っておきながら……ッ!!」
「カイ、紅玉さんは僕が! 君はプリムをッ!!!」
「わ、分かったッ!!」
俺は姉さんの事をフリスに任せて、すぐにプリムの後を追った。
くそ、自分が一番無茶してるじゃねぇかッ!!!
プリムは”山羊”を相手に予想以上に善戦していた。
相手の巨体を上手く活かして”山羊”の死角から死角へと駆け抜けながら攻撃を加えて行く。
だが、その攻撃は強固な鱗に阻まれて、まったくと言っていいほどに利いてはいなかった。
「はぁはぁ……そ、そう言えば……」
プリムは意を決すると、”山羊”の攻撃をすり抜けて素早く”その身体を駆け上がった”。
「ヤオトさんがやった様に、頭部への攻撃ならッ!!!」
プリムは、疾風の如く”山羊”の身体を駆け上がり、顔の正面に躍り出た。
そして、そのまま”山羊”の顔面に渾身の回し蹴りを放った。
グチャッ
その蹴りは、見事に”山羊”の左目を捉え、”左目を蹴り潰した”。
オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……………
その時、”山羊”は俺達が予想だにしない行動に出たのだ。
「ッ!? あ、足がッ!!!」
左目を潰して突き刺さったままのプリムの足を”瞼を閉じる事によって捕えた”のだ。
「まずいッ!! プリムッ!!!」
俺が見上げる中、”山羊”は”瞼でプリムの足を捕えたまま、頭を大きく振るい始めた”のだ。
「待っていろッ!! 今、助けるッ!!!」
「……カイッ!!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ…………………………
……しかし、駆け寄る俺の目の前で、”山羊”は”その眼を開いた”。
俺の頭上を越えて、錐揉みしながらプリムは宙を舞い、そして……
ザッバァーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
「プリムーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
俺の叫びも虚しく、その勢いのまま、プリムは入り江の真ん中へと吸い込まれていった……。




