第三話 旅立ち
「ふむ、流石に図体がいいだけの事はあるのぉ、小僧。 少々の手直しで具合が良さそうじゃのう」
そう言うとウォルフ老は、俺が身に着けた金属製の胸当てのベルトをきつく締める。
重くは感じるが、肩当などの周辺のパーツは取り付けて無いので動きは殆ど阻害されない。
「思ったよりも動きやすいな。 金属鎧ってのは、もっと動きにくいイメージがあったけどな…」
「そりゃ、胸当てだけじゃからだな。 儂の様な全身鎧だと、子供一人分程の重量になるからのぉ」
「改めて思った、すごい爺さんだな…。 本当に60過ぎた老人かよ…」
「ふん、鍛え方が違うからのぉ」
ウォルフ老は、大人げも無く自慢げに胸を張る。
「それは兎も角として…小僧、コイツも身に着けておけ」
そう言って、ウォルフ老が俺に渡してきたのは、”金属製の籠手”だった。
「籠手? でも左手しかないぞ?」
「小僧の構えは、身体の左側を敵にモロに晒す。 念の為に着けておけ。 うまく使えば盾代わりにもできる」
「なるほど…」
籠手を左腕にねじ込み、付属のベルトで固定する。
「ん~…片方だけ重いって言うのは、違和感があるなぁ」
「なに、最初だけじゃよ。 まあ、小僧の修練次第って所もあるがのぉ」
その後、頑丈な革製のブーツを履いて、紐をキッチリ結ぶ。
脚にも金属製の防具をつける事も考えたが、長時間、長距離を歩く事を考えて着けない事にした。
「まあ、大体こんなもんじゃろう。 ”そこそこ”には、様になっておるぞ」
「”そこそこ”を強調すんな…」
コンコン
俺達が居る部屋の扉がノックされる。
「カイ、爺さん、入るぞ」
「おう、ハッサンか」
扉を開けて、ハッサンが入ってくる。 手には、大きな布の塊を抱えている。
「ふむ…”そこそこ”様にはなったな」
「って、どいつもこいつも”そこそこ”って言うなッ!!」
「そんな事よりもだ…」
「そんな事扱いかよ…」
ハッサンは、抱えていた布の塊を俺に投げて寄越した。
俺は、慌てて布の塊を受け止める。
「これは…?」
「防弾コートだ。 俺が前に使ってたのをアンナが手直ししたものだ」
布の塊を広げてみると、ダークグリーンの軍用に使われていたと思われるコートだった。
袖を通してみたが、少々サイズが大きいようだ。
「俺が着ていたものだから、サイズが大きいのは我慢しろ。 それなら、鎧の上から着込む事も出来るだろう」
「分かった、ありがたく着させてもらう」
鎧の上からコートを羽織り、少々長い袖は肘ぐらいまで腕まくりする。
更に背中に鞘を背負い、胸の前でベルトを固定し、この新世界で”最初の日に拾った剣”を鞘に納める。
最後に食料や旅に必要な物を収めた背嚢を背中に背負った。
「これで…準備よし!」
「まだだ、小僧」
「ん?」
「小僧、前に言った事覚えておるか?」
前に言った事? どの事だ?
「”得物”の名は、考えてやったか?」
「ああ、その事か」
プリマヴェーラで旅をしていた約一ヶ月の間、ずっと考え続けていた事だ。
すでに考えてはあった。
安直な気もするし、自意識過剰な気もする。
でもその名が一番しっくり来たのでそう名付けた。
「で、なんと名付けた?」
「…”さきがけ”」
「サキガケ?」
「”魁”と書いて”魁”。 俺の名前を呼び方を変えただけだ」
「安直じゃのぉ…」
「そうでも無いさ」
「と、言うと?」
「魁ってのは、先駆けるって意味だ。 名前を付けてくれた俺の爺ちゃん曰く、”人の前に先駆けて進むものになれ”って意味らしい」
「ほう…」
「それに、”魁”は俺の半身みたいなもんだと、そう思った。 だから俺の名前を音を変えてつけたんだ」
ウォルフ老は、満足げに頷く。 そして、ゴツイ手で俺の頭を撫でてくる。
「まあ、合格としておこう。 ”カイ”、しっかり嬢ちゃんを護ってやるんじゃぞ?」
「言われるまでも無い!」
◆
「そろそろ時間か?」
ニューデトロイトに到着してから三日…
俺とプリムラが旅立つ日がやって来た。 そろそろ出発の時間…の筈なのだが……
「来ないな…」
「今、アンナが様子を見に行っている。 まあ、女の身支度には時間が掛かるものだ。」
「妙に説得力あるな…ハッサン」
「仮にも所帯持ちだからな。 それぐらいは心得ている」
ハッサンが所帯持ち!? 初耳だぞ!?
「あ…あんた、奥さんがいたのか!?」
「うむ。 妻だけでは無く、五つになる息子もいるぞ」
意外だった…予想外の所で驚かされた。
「で、奥さんって誰だ? 俺が知っている人?」
「アンナだ」
「…なるほど」
何と無くだが、妙に納得できた。
「尻に敷かれているんだな」
「ほっとけ…」
それから三十分以上待ってから、プリムラが建物から出て来た。
「お、お待たせしました…」
「何やってたんだ?」
「えっと…その…色々とありまして…」
プリムラは、妙にしどろもどろしていた。
「お互いの譲歩の歩み寄りに時間がかかった…と、いいますか……」
「まあ、端的にプリムちゃんと、ヴィオがお互い譲らなかったんだよ。 …スカートの丈をね」
プリムラの言わんとした事を後ろにいたアンナが答える。
ってか、スカート丈でそんなにもめてたのか……
「苦心したけど、プリムちゃんの今着ている服は、デザイン、性能共にサイコーの出来よ!」
そう言うと、ヴィオレッタはプリムラを皆の前に押し出す。
「ちょ、ちょっと…ヴィオさん!!」
上は、肘が出るぐらいの半袖のジャケットを羽織り、その下に厚手の革製のベストを着ている。
下は、かなり際どいミニスカートの上から、前を大きく開けたオーバースカートを羽織っている。
腕は、肘の辺りまであるオープンフィンガーグローブをしている。
脚は、膝上まで覆う黒いニーソックスに厚底のショートブーツを履いている。
全体を黒で統一していた。
確かに、ヴィオレッタにしては自重している。
……原案がちょっと気になった事は、俺の心の中にしまっておこう。 うん。
「恰好のカワイさだけじゃないよー! まずは、ジャケットとオーバースカート! これは、マルコからもらった”ケブラー”…だっけ? それを裏地に仕込んであるよ!」
「へー、見た目じゃよく分からんな」
マルコが、ジャケットの裾を摘まんでみる。
「お、本当にケブラーだ」
「さらに、このショートブーツ! プリムちゃんがキック主体だって聞いたから、どっかの機械文明産のチタン合金…って言ったかな? それを仕込んでおいた!」
「このブーツ、凄いんですよ。 軽いのにちゃんと鉄板みたいな物が入っているんですよね」
プリムラが、つま先を軽く蹴ってみると、確かに金属がぶつかる様な軽い金属音を鳴らす。
「で、極めつけが服のあちこちに金糸で縫ってある”これ”!」
言われてみると、確かに袖の端や、比較的目立たない所にいくつも文字の様な模様があった。
「これは、あたしの故郷に伝わる”お呪い”で御印って言うの。 魔力を込めた糸で、加護の言葉を刻んであるから、魔法に対しての耐性が込められてるよ」
「そんなものまで仕込んであるのか?」
「んまぁ…割と初歩的なものだから気休め程度かもだけどね」
「多少でも魔法耐性があるだけでずいぶん違いますよ。 ありがとうございます、ヴィオレッタさん」
「ははは…す、ストレートにお礼言われちゃうと、照れるね!」
プリムラは、ヴィオレッタに深々と一礼すると足元に置いてあった背嚢を背負う。
「ん、そろそろ準備良さそうね。 餞別渡す人いたら早く渡しちゃいなさいよ?」
「……」
キアラの言葉を聞いて、曹が無言で進み出る。
「あ、曹さん…」
曹は、無言で何かをプリムラに渡す。
「これは?」
「…元の世界の素材で作った脛当てだ。 カーボンファイバーと、最新鋭の衝撃吸収材で作ってある。 軽くて頑丈だ」
「ありがとうございます、曹さん」
続いて、アンリが無造作に皮袋を差し出す。
「ほら、持って行けよ」
「何だ、これは?」
「ECだ」
”エネルギークリスタル”
エネクリ、EC、などの通称を持つ”新世界固有にして唯一の鉱物燃料”だ。
人が念を込める事によって”形状を変化させる特性”を持つので、魔法を使う際の魔力としても、車両を動かす際の液体燃料としても、銃弾の火薬の代わりになる粉末としても、超未来文明のレーザーガンなどのエネルギーの光子としても使用できる。
基本、この世界では、木炭以外の燃料はほぼ”EC”が使われていると言ってもいいぐらいの物だ。
因みに、アンリ本人から聞いた話だが、新世界では”大気に魔力が一切存在しない”ため、魔法を使うためにはECを魔力代わりに使う必要があるらしい。
「アンリには必要な物だろう、いいのか?」
「僕が使う分は、取ってあるから心配無用だ。 お前達が直接使わなくても、いざって時には換金すればいい。 星貨幣が使えない様な場所でも、ECなら物々交換ぐらいできるだろうしな」
そう言って、アンリはそっぽを向く。
「なるほど…それじゃ借りておくぜ」
「帰ってきたら返せよ…」
よほど照れ臭かったのか、そっぽを向いたまま皆の所へ戻っていく。
戻るアンリと入れ替わる様にカルメシーが出てくる。 勿論、余計なひと言を言って、アンリをからかってからだが…
「プリムちゃん、ちょいちょい…」
「? なんでしょう?」
プリムラを自分の所に呼ぶと、不意に俺を指さす。
「この男、野暮ったくない?」
「野暮ったい…と、言いますと?」
「髪がボサボサでみっともないと、思わない?」
みっともないって…
「え…そ、そうか?」
「このままだと、一緒に居るプリムちゃんに恥をかかせる事になるわね」
確かに、この一ヶ月殆ど髪型なんて気にしてなかったが…そんなにひどいのか?
「素体はいいのに勿体無い…」
「へ?」
「プリムちゃん、五分貰うわね」
「はぁ、構いませんが…」
プリムラの許可を貰うと、カルメシーは俺をその場に強引に座らせてから櫛で髪を梳かし始めた。
丁寧に髪を梳かしてから、伸びた後ろ髪を紐で縛る。
「ん、こんなものでしょ。 うん、こうするだけでも中々男前に見えるわよ?」
「そ、そんなもんか…?」
「プリムちゃん、どうかしら?」
「見違えました…。 さっきよりもずっと凛々しいと思います」
むぅ…ストレートに褒められるとこそばゆい…
「餞別は、これで全部かしら?」
準備も完了し、皆からの選別も受け取った。 いよいよ出発だ。
「皆さん、色々と良くしてくださってありがとうございました」
「いいのよ。 皆、好きでやってるんだし」
最後にキアラが、プリムラにメモ書きを渡す。
「ニューデトロイトから南に、徒歩だったら半日ぐらいの所に”スチームヒル”って街があるわ。 ”スチームヒル”のそこに書いてある住所に、例の探偵の事務所があるわ」
「はい、行ってみます」
「んじゃ、そろそろ出るか」
「はい」
俺とプリムラは、皆に手を振って出発する。
「んじゃ、行ってくるぜ!」
「行ってきます! 必ず、お嬢様を見つけてきます!!」
俺達は、ニューデトロイトの南門に向けて歩き出した。
「結局、この街を良く見て回る事も出来無かったな」
「すいません…。 何か、私が急がせる様な形になってしまって…」
「いや、いいさ。 何だったら、お嬢様を見つけた後に三人で見て回ればいいんじゃないか?」
「そうですね」
「んじゃ、行こうぜ”プリム”!」
「はい! ………あ」