第二十三話 魔人王ライデン
「いやはや…これは、酷い惨状だな……」
カペル島に上陸した俺達を待っていたのは、先発した第一班、第二班の半数が負傷している状況だった。
”海象”は、胸に強烈な一撃を喰らっていて肋骨が何本か折れていた。
その状態で格闘戦をしていたという話なのだから、コイツも魔人に劣らず化け物じみてるな。
フリスは、空から落下してきたユリウスを受け止めた時に腕を痛めたらしかった。
同じく空中から落下した自身は、”倒した相手の身体”をうまく使って怪我もせずに着地したというのだから驚きだ。
コイツ本当に冒険者証明証で”戦闘能力:D”なのか疑問に思えて来た。
”猟犬”は、ナイフが左腕を貫通したらしかった。
すぐに応急処置はしたそうだが、痛みで指の感覚がおかしいらしい。
最後にヴィクターの親父さんの両の拳が血に染まっていた。
何か”硬い物を殴り続けた”せいで、メリケンサックを嵌めていた指の皮が破けて酷い事になっていた。
もっとも、合流した第三班も他の班の事を言えない状況なのだが……。
”黒熊”は、身体に負担のかかる”体内小型蒸気機関”を使ったせいで身体と機械の義肢の繋ぎ目から出血していた。
義肢の内蔵武器は、身体への負担が大きいらしい。
副長は、ヴィクターを庇った時に左目を斬られていた。
幸い眼球は無事だったが、しばらくは左目が使えない状況だ。
紅玉姉さんは、怪我自体は大した事無かったが、さっきから怪我人の手当てに治癒術を使い続けている。
ECもかなり目減りしているし、何より姉さん自身にも疲労の色が濃くなっていた。
「カイ、何で病み上がりの貴方がここまで来たんですか!」
島に上陸した俺を、先発で先に上陸していたプリムが怒りの声と共に出迎えた。
「プリム、カイを怒らないであげて! カイは、ボクを庇って……」
「それは分かってます! でも……」
プリムの瞳に悲しみの色が見受けられた。
ああ、コイツは”俺が何をしたか”察したんだろうな。
「何時かは通らなければならなかった道だ。 ……仲間が殺されるよりは、何倍もマシだろ?」
「カイ……」
「あー、そんな顔すんなよ! 今はそんな時じゃないから、弱音なら後で纏めて吐くから!!」
「……分かりました」
プリムはそれだけ言うと、俺をギュッと抱きしめてくれた。
ああ、暖かいな……。
俺はコイツを心配させてばかりだな。
俺は抱きしめ返そうとした矢先……
「ええい、離れないか痴れ者が! プリムラは私の婚約者だと言っておいたはずだッ!!!」
空気を読まない自己中野郎に引き離されてしまった。
「……この、邪魔するな”自称”婚約者ッ!!」
「黙れッ! いやらしい手でプリムラに触れようとしておいてッ!!!」
ズダーンッ
今、正に取っ組み合いを始めようとしていた俺達の足元に銃弾が撃ち込まれた。
それに俺とユリウスは、凍りついた様に動きを止める。
「じゃれ合うのは後にしろ、餓鬼共!」
”荒鷲”の持つ銃から白い煙が漏れていた。
どうやら”荒鷲”が俺達の足元に銃弾を撃ち込んだらしい。
「あれが聞こえないのか?」
「……あれ?」
ォォォォォォォォォォォォォ………………………………
耳を澄ませてみると、鳴動する様な低い唸り声の様な音が響いていた。
どうやら聞こえるのは、島の内陸部かららしい。
「紅玉、先ずはシーギスムンドを優先して復帰させろ!」
「なんじゃと!?」
「強固な壁役がいないと持たん! 手早く復帰させろッ!!」
”荒鷲”は、姉さんにそう言って皆の前に立った。
「貴様等、最悪の事態になった! ”山羊”の奴が”完全に魔人化”しやがったッ!!!」
「”完全な魔人化”?」
「新世界の最初の一年の話は聞いているな? 魔人共のリーダーだった男……俺達が”魔人王”と呼んだ存在と同格の存在になりやがったッ!!!」
”荒鷲”が苦々しい表情で唸り声のした方を睨み付ける。
「戦える奴は、前に出ろッ!! ”海賊狩り”、貴様の魔法でどこまで支援できる?」
「多少の身体強化と、簡単な防壁程度なら可能だ。 大規模なものは、私を起点にしないと使えない!」
「では、今動ける連中に可能な限り使え!」
”荒鷲”の様子に鬼気迫るものを感じたのか、ユリウスは言われるがまま、今動ける六人……俺、プリム、”荒鷲”、”野猿”、一文字、そしてユリウス自身に支援魔法を使った。
それにより、俺達の身体は淡い光に包まれる。
「固まって動くな! 常に動き続けて撹乱しながら攻撃しろッ!!!」
「”エンリケ”、後ろの連中はどうすればいい?」
「シーギスムンド以外は、動ける様になったら遠距離から援護射撃だッ! シーギスムンドは復帰次第、奴の正面に壁になって立ちふさがれッ!!」
”荒鷲”の指示が矢継ぎ早で飛ぶ。
そんな中、先程の唸り声と共に、地面が微かに振動し始めていた。
「全員構えろッ!! 奴が……”山羊”が来るぞッ!!!」
俺達は横一列に並んで武器を構える。
なんだか分からないが……近づいて来るのが”ヤバイ何か”だって事だけは肌で感じる。
他の連中も俺と同じみたいで、緊張で強張っていた。
ドスン… ドスン… ドスン…
「おいおい……こりゃ、何の冗談だよッ!!」
「なんと……禍々しい…」
地響きをさせながら俺達の前に現れたのは、”身長3m以上の全身が魚の鱗に覆われた山羊頭の化け物”だった。
その瞳は暗い光を湛えていて、痛ましい血の涙を流していた。
発する呻き声は、怒りの声にも悲しみの鳴き声にも聞こえた。
ただ、その手に持つ武器だけが、その化け物が”山羊のライデン”だと伝えていた。
ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………………………
「や……やりづれぇ…」
俺の横で”野猿”が小声で泣き言を呟く。
「貴様等……あの姿を見て、悲しいと思うか? 痛ましいと思うか?」
「な、何だよ急に……」
「あれが”禁忌”を犯したなれの果てだッ! 力を安易に求めた”魔人”の行きつく先だッ!!!」
”安易に力を求めたなれの果て”……。
「ああなっては、もはや人としての理性すらも消え失せているでござる。 子等の所へ送ってやるのが、せめてもの情け……」
一文字は、そう呟くとその手に苦無を持って一歩前へと進み出る。
「ぐ……。 せめて…せめて、オレ様達の手で……ッ!!」
意を決して”野猿”が構えを取る。
「貴様に殺された罪無き人々の敵討ちをこの場でさせて貰うぞ。 ”山羊”、覚悟しろッ!!!」
剣を構えてユリウスが前へと進み出る。
「お前は禁忌を犯した、だから殺す。 世話になったな、ライデン」
一言、”山羊”に対して感謝の言葉を述べた後、”荒鷲”はその銃口を”山羊”へと向けた。
「カイ、大丈夫ですか?」
「何とかな…」
「無理だけはしないでください…」
「それは……無理な相談だッ!!」
最後に俺とプリムが、”山羊”に向かって武器を構える。
「行くぞッ!! この場で”山羊”に終止符を討つッ!!!!!」
”荒鷲”の号令の元、俺達六人は”山羊”に……”魔人王ライデン”に挑みかかった。




