第二十話 三方の戦い3 旗艦 中編
現在、俺達は”荒鷲”の旗艦に強襲をかけてきた”山羊の腹心”達を旗艦の各所に分断させて連携を断たせた状態で戦っていた。
それは逆に言えば、”俺達も連携できない”事を示していた。
旗艦後方、船長室の前でヴィクターを後ろに庇う俺と、”山羊の懐刀”がお互いに剣を構えて対峙していた。
相手は敵のNo2にあたる男だ。
病み上がりで本調子ではない俺では、勝つ事はおろか、打ち合い続ける事すらキツい状況になりそうだ……。
何とか、他の連中が駆けつけて来るまで粘らないと……。
旗艦のほぼ中央、メインマストのすぐ前で全身に魔力を纏った紅玉姉さんと、雷を手に纏わせた”山羊の悪夢”がお互いの隙を伺いながら対峙していた。
非常に強力な風と雷の魔法を操る”悪夢”に対して、旗艦に待機している面子の中では一番の魔法耐性を誇る姉さんが当たるのは、必然と言えた。
回復と支援が本領の姉さんが、攻撃特化の魔術師相手に何処までやれるのか……そこが心配だ。
旗艦のやや前方、甲板上で”野猿海賊団 副長”ソウヤが”山羊の末子”を相手に大立ち回りをしていた。
”副長”の繰り出す一発一発が重い櫂の一撃を”末子”は、小さな体で捌きながら拳や蹴りを繰り出していた。
手練れの”副長”でもあの小さな少年の相手はやりにくそうに見えた。
旗艦の先頭、舳先の辺りで”黒熊のジェラルド”が素早く動き回る”山羊の傍仕え”相手に銃弾の雨を浴びせかけていた。
今の所、”傍仕え”に銃弾は命中してはいなかったが”黒熊”の張る弾幕に遮られ、”傍仕え”も手を出せずにいる。
最後に散々旗艦の各所を飛び回って、現在はメインマストの頂上で一文字 ディーガーと”山羊の影”がマストの両端に立って対峙していた。
”影”の繰り出す六本の毒短剣を、一文字の”身体のどこからともなく射出される噴射式苦無”クナイスロー”で牽制して硬直状態に持ち込んでいた。
現在、どちらの陣営も目的は一緒だ。
一刻も早く”目の前の敵を倒して、他の仲間の援軍に向かう事”。
◆
「しぶとい男……私の攻撃をこうも掻い潜り続けるなんて」
「どうやら娘さんは、冷静に見えて激情家でござるな。 拙者如きの挑発に乗っている時点でそんな気はしてたでござるがね」
「やっぱりお前を最初に殺すべき。 お前は、”七提督より危険な存在”だから」
「それは此方とて同じ事でござるよ。 娘さんの短剣の”致死毒”は他の者では厳しいでござるからな」
「レーヴンや義弟妹にあまり負担はかけられないから、決着をつけさせてもらう」
”影”は、六本の腕それぞれに毒短剣を構えると、一文字へとマストを駆けた。
それを迎え撃つべく、一文字は苦無を両手に構えた。
キンッ キンッ キンッ キンッ キンッ キンッ
六本の腕から繰り出される”致死毒”の連続攻撃を、或いは避け、或いは苦無で弾き返し、一文字はその攻撃すべてを捌いて行く。
「……突破出来ないッ」
「それは当然でござろう。 その為に”マストの上”お越し願ったのでござるからな」
「そうか…攻撃の方向を正面だけにする為に……」
「御名答」
その声を合図に一文字の身体のあちこちから一斉にクナイスローが射出された。
”影”はそれを後方に大きく飛んで回避する。
”影”の立っていた場所に無数のクナイスローが突き刺さった。
「仕切り直しでござる」
「そうはさせないッ!!」
”影”は、着地と同時に六本の腕に持っていた毒短剣を一斉に一文字目掛けて投げ放ち、それと同時に毒短剣を追う様に駆け出した。
更に駆けながら、途中の足元に突き刺さっているクナイスローを素早く拾い上げて六本の腕に構える。
「ッ!?」
”投げ放った六本の毒短剣”と”拾い上げた六本のクナイスロー”、それは即席でありながら先程の倍の十二連続攻撃だった。
「もらったッ」
「ぐッ!!」
最初に飛来した六本の毒短剣の内、四本は回避した。
回避が間に合わなかった二本は、両手の苦無で弾き落とした。
だが、そのタイミングで拾い上げたクナイスローの六連撃が迫る。
ザシュ ザシュ ザシュ
六連撃の内、三発は回避が間に合わず一文字の身体を掠めた。
覆面の頬の位置、左の肩口、右太腿に浅い切り傷をつけられた。
傷自体は大した事は無かったが、その十二連撃を捌く為に体勢が大きく崩れてしまっていた。
「とどめッ!!」
その隙を逃さずに”影”が六本の腕を振り上げた。
チャキ……
その不可解な音に”影”が動きを止める。
”影”の胸元には、どこから現れたのか”白銀の砲身”が突きつけられていた。
「まさか、拙者の”光学迷彩式オンミツクローク”を切り裂かれるとは思わなかったでござるよ」
「光学…迷彩ッ!?」
”白銀の砲身”は切り裂かれた”一文字の覆面”から生えて来ていた。
そして、その切り裂かれた穴の奥に、”一文字とは違う誰か”が銃器を構えて”影”を睨み付けていた。
「お、お前は通し…!!」
”影”が、その言葉を発するより早く数発の”螺旋を描く弾丸”が”影”の身体を貫いた。
「おっと……それ以上は、言わせる訳にはいきません…で、ござる」
”螺旋を描く弾丸”によって身体に”複数の風穴”を穿たれた”影”は、ゆっくりと身体を傾かせると、そのままマストの下へと転落していった。
◆
「チィッ!!!」
”黒熊”は苦々しげな表情を浮かべながら、”機関砲”をその場に投げ捨てた。
投げ捨てた機関砲は、銃身が両断されておりとてもじゃないが使い物にならないからだ。
「やれやれ、苦労させてくれます。 流石は”黒熊のジェラルド”といった所でしょうか」
「弾丸切れを狙っての武器破壊とは、味な真似をしてくれるじゃねぇか!!」
”黒熊”は腰に差してあった曲刀を引き抜いて構えた。
だが、機関砲の銃弾をすべて避け切るだけの運動力を見せた”傍仕え”を相手にするには、それはあまりにも頼りない武器だった。
「”海賊同盟”随一の重火力の持ち主も、肝心な武器が破壊されてはどうにもなりますまい。 だが、ここは貴方方の旗艦……新たな武器を調達されてしまえば、戦況は振り出しに戻ってしまいます」
「それじゃあ、どうするんだ”ネズ公”?」
「無論、この好機を逃すつもりなぞありません。 この場で仕留めさせていただきますよ」
”傍仕え”は、身を低く構えると、いつでも飛びかかれる体勢を取った。
「粋がるなよネズ公ッ! 貴様如きに使ってやるのは不本意だが、俺の”奥の手”をみせてやるッ!!」
「”奥の手”とな? 面白い、それが私に通じるかどうか……試させて貰いましょうかッ!!!」
”傍仕え”は低い姿勢のまま、”黒熊”に向かって駆けだした。
それに対して曲刀を構えて”黒熊”は待ち構える。
「”奥の手”とやらを出させるまでも無い。 このまま、貴方の喉笛を噛み切ってやりますよッ!!!」
待ち構える”黒熊”の脇をするりと抜け、その直後、”傍仕え”は背後から”黒熊”の首筋に目掛けてその前歯を突き立てた。
プシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
首筋に前歯が突き刺さる直前、突然”黒熊”の服を突き破って”大量の蒸気”が”黒熊の左肩の辺り”から噴き出した。
「な、なッ!?!」
その強烈な蒸気噴射で”傍仕え”は、後方に吹き飛ばされた。
「ふぅ……ようやく俺の”体内の小型蒸気機関”が温まってきやがったぜッ!!」
「あつつ……一体な、何が……ッ!?」
”黒熊”の左肩から左腕にかけて、服が弾け飛んでいた。
そこから覗いていたものは、複数の”蒸気を吹き出す突起”と”鋼鉄製の義手”と化した左腕だった。
「蒸気動力の……義手!?」
「驚くのは、まだ早えぇぞッ!!」
再び突起から蒸気を吹き出させると、”鋼鉄製の義手”は耳障りな金属音を響かせながら、変形を始めた。
先程まで”左腕”だったモノは、その形を”機関砲”へと、変形させた。
「コイツがブリティッシュ帝国が誇る”蒸気式体内内臓兵器”だッ!!!」
「な……人体改造ですとッ!?」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ
”傍仕え”に向けて再び無数の弾丸の雨が降り注ぐ。
「性懲りも無くッ!! その程度、かわせぬはずが…ッ!?」
”傍仕え”は、”避けられるはずの攻撃”に対しての反応が僅かに遅れた。
……その”僅かな遅れ”が命取りとなった。
「な、なぜだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!???」
”傍仕え”は、避け切れなかった無数の弾丸の雨を浴びて”原型を留めぬ肉塊”となって甲板に転がった。
プシューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
”排熱の蒸気音”が鳴りやんだ後には、”物言わぬ肉塊”のみがその場に転がっていた。
「何で回避が間に合わなかったかって? そんなもん決まっている。 幾ら魔人とはいえ、”超高温の圧縮蒸気”をまともに浴びればしばらく再生しきれん程の火傷を負うだろう。 そんな身体で十全に動かれてたまるかよ……」
◆
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「くッ!!」
バシーーーーーンッ
何度目になるか分からない”末子”の我武者羅な突撃を、副長はやり辛そうな表情で櫂を振るって薙ぎ払った。
二人は、対峙した時から同じ事を繰り返していた。
「おい、クソ餓鬼ッ!! いい加減理解したらどうだッ!?」
「うぅ……ま、まだまだぁッ!!!」
再び踊りかかってくる”末子”を再度、櫂で叩き伏せる。
なるほど、流石に言うだけあって”末子”の拳、蹴り共に良く訓練された鋭いものであったが、如何せん経験が圧倒的に足りなかった。
副長は、常に間合いを取りながら櫂のリーチを生かして迎撃していた。
それに対し”末子”は、懲りる事無く突撃を繰り返す。
「もうやめとけ。 お前じゃ俺には勝てねぇよ!」
「な、何で……僕が勝てないんだッ!! 馬師匠にだって認めて貰えたのにッ!!!」
「お前に足りないものが分からない様じゃ、どの道俺には勝てねぇ。 そろそろ、終わりにするぞッ!!」
副長は櫂を構え直して、攻めの構えを取る。
「僕に……足りないもの…………」
「悪いが、その答えを待ってやれるほどお人好しにもなれないんでな。 死んでもらうぞ…」
そう言うと、項垂れたままの”末子”へと副長は櫂を振り降ろした。
ガキィッ
「何ぃッ!?」
頭を粉砕するはずだった一撃は、”末子”が”無造作に突き出した片手”に掴まれていた。
「この餓鬼!?」
「身長…体重…経験……リーチ………うん、足りないものが多すぎるや」
副長は、櫂を左右に大きく振るって掴んだ手を引き剥がそうとしたが”末子”は微動だにしていなかった。
「この餓鬼……なんて馬鹿力だッ!?」
「じゃあ……”今からそれを一気に埋めれば、僕が勝てるわけだね”!!」
「ッ!!? おい、やめろぉッ!!!!!」
副長の叫びも虚しく、”末子”はポケットから無造作に取り出した”小石”を迷う事無く呑み込んだ。
「僕の魔人の力は、分かってるんだ。 ”知恵袋”が教えてくれてたからね! なんか、僕は”センザイノウリョク”っていったかな? それの塊なんだって。 で、魔人化が進むと、確か……それの”サキドリ”をして”ゲンカイトッパ”しちゃうんだって!!」
「……潜在能力の先取りだと!? そうか……あの”怪力”と”頑丈さ”はそれのせいか……」
「でね、ある程度の量のECを一気に呑むと……」
そう言っている傍から”末子”の身体に変化が起こり始めた。
身体が急激に成長を始めたのだ。
身体中の筋肉が盛り上がり、身長も副長を超えるほどになった。
幼かった顔立ちは、一気に大人の顔へと変化していった。
ほんの僅かな間に、幼い少年だった”末子”は、副長を見下ろすほどの巨体へと進化を果たしたのだった。
「む、無茶苦茶だろ、コイツはッ!?」
「これが魔人の力だよ、”お兄ちゃん”?」
バキィィィィィッ
既に子供の面影のすら無い野太い声を発しながら、”末子”は今まで掴んでいた副長の櫂を握りつぶした。
「こいつ……樫でできた櫂をッ!!」
「これでリーチの問題も解消っと。 それじゃあ、”どこまで差が埋まったか”を確かめさせて貰うよ?」
そう言うと、”末子”の腕が唸りを上げて副長に襲い掛かった。
申し訳ありません、前後編のつもりでしたが、長くなり過ぎるので前中後に分ける事にします。
 




