第十五話 三方の戦い1 正面突破 前編
今回と次回は、ユリウスの視点となります。
”山羊”の一党が潜む小島”カペル島”……。
カペル島にあるただ一つある入り江に向かって、私達の乗る船は唸りを上げて進んでいる。
船の人員は、まず船の舳先に盾を持って立つ海賊”海象”。
船の船尾にて、船の舵を取るのはプリムラの仲間である元軍属の男”フリストフォール”。
私の前に威風堂々に座るのが、海賊同盟の首魁”荒鷲”。
そして、この私…”ユリウス・ルスキニア”と私の従者たる子竜の”ソール”。
以上が、この船の人員だ。
海賊共と組むなど、本来なら考えがたい事ではあるが……この世界に来たばかりで、右も左も分からなかった私に手を差し伸べてくれた”恩人”達の御霊に報いる為にも手段は択んではいられなかった。
私は、”山羊”一党への怒りと、”己自身”への憤りを胸に静かにこれから上陸する島を見据えていた。
◆
船を走らせる事暫し、目的地である入り江の中に入り込む事が出来た。
ここまでに予想されていた敵の襲撃は無かった。
島に戦力を集中させて迎え撃つつもりなのか、それとも……。
「なんだなんだ? 勢い込んで出てくれば出迎えも無しかッ!!!」
「ふむ…戦力の分散を避けて迎え撃つつもりか?」
「”シーギスムンド”気を抜くなよ? 相手は半分が餓鬼とはいえ魔人だ。 どこから襲って来るか見当もつかんぞ」
”荒鷲”の心配を余所に、私達の乗る船は”何事も無く”入り江の中程まで進む事ができた。
「……!?」
「前だッ!!」
私が”ソレ”に気が付くと同時に”荒鷲”が声を上げて正面を指さした。
「ようこそ”我々の庭”へ、”荒鷲”殿、”海象”殿」
”荒鷲”が指さした先、何も無い海岸にポツンと一人の男が立っていた。
気味の悪いほど”特徴に無い何処にでもいそうな顔”をした男が仰々しく頭を下げる。
「”懐刀”のレーヴンか。 貴様の義父は何処だ」
「残念ですが義父に合わせる事は出来ません。 そして、お帰りいただく訳にもね……」
”山羊の懐刀 レーヴン” 22歳 男性
出身世界は”山羊”と同じ”ラートステ・アルヒペル”。
元の世界では”然る闇組織に育てられた少年密偵”。
現在は”山羊”の養子として、養父の補佐と護衛役を兼ねている。
身長170cm前半の痩せぎすの青年で、それ以外に外見でこれと言った特徴が無い。
髪は茶色で、瞳は青。
レーヴンが徐に指を鳴らすと、近くの茂みからぞろぞろと進み出て来た。
その数5人。
「特徴から言って……”影”、”舵輪”、”悪夢”、”末子”。 それに…あの小男は”傍仕え”かな?」
「ケッ、半分以上が”山羊”の餓鬼共じゃねぇかッ!! わし等を舐めているのかッ!?」
船の舳先で”海象”が吠える。
だが、レーヴンは気にする事も無く平然とした様子だ。
「御安心ください”海象”殿。 貴方の様な”粗野で野蛮な下種”に私の”大事な弟妹”を当てるような愚行はしませんよ」
「なッ!? こんの餓鬼がぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「貴方の相手は既にそこにいますよ?」
「なにぃ!?」
バァキィィィィィィィィィィィィィッ
次の瞬間、私達の乗っている船の舳先を粉砕しながら”子供の胴体程の太さの腕”が下から”海象”に襲いかかった。
「提督のお子達に手は出させんぞぉセイウチィぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!」
「ぐ、ぬかっ…!!!!」
私は呪文の詠唱を始めていたし、”荒鷲”もフリストフォールも武器を構えていた。
が、どれも間に合わず”海象”は海中へと引きずり込まれた。
「あの巨体……奴は”盾”か!?」
「まさか海の中からの奇襲とは……」
”山羊の盾 馬英” 30歳 男性
出身世界は”輝かしい帝国”。
元の世界では”人体実験により生み出された改造人間の子孫である武侠”。
現在は”山羊”直属の配下のリーダー格として、主に戦闘指揮をしている。
身長200cmを超す大男で、厳つい外見に似合わず温和な顔をしている。
髪は黒で、瞳の色も黒。
突然、目の前で”海象”が消えた事に一瞬の動揺があったのだろう、その”音”に気が付いたのは私だけだった。
その二つの”風切音”に……。
「”光の盾”ッ!!!!!」
ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ……
上空から飛来した二つの”何か”を咄嗟に展開した防御魔法で弾き返す。
一撃で突破は出来ないと判断したらしい”何か”は次の攻撃をする事無く、羽ばたく音を残して上空へと戻って行った。
「どうやら、本命はこっちのようだな」
「あれは……”左剣”と”右剣”か!」
”左剣”は、両手が鳥の羽の様になっており、足に鋼鉄製の爪を装備していた。
一方で”右剣”は、背中に金属質の竜の翼を生やして、手に刃が赤熱する槍を持っていた。
”山羊の右剣 パーヴィル” 26歳 男性
出身世界は”ガラクーチカ”。
元の世界では”身体の一部を機械に置き換えたサイボーグ兵士”、脱走兵だったらしい。
現在は”山羊”の親衛隊の一人。 機械式の槍の使い手。
身長180cm半ば、機械に置き換えた身体を恥じてか、肌の露出を極力控えている。
髪は金で、瞳の色は緑。
”山羊の左剣 アルマ” 23歳 女性
出身世界は”ベンタニア”。
元の世界では”若いながらも腕の立つ傭兵”だったらしい。
現在は”山羊”の親衛隊の一人。 身体に刻んだ魔法の刻印で身体能力している。
身長170cm半ば、筋肉質だが、女性のだとわかる体つきをしている。
髪は褐色で、瞳の色は金。
「仕留めそこなったか」
「”海賊狩り”の奴がやっかいだね。 馬英の奴が”海象”を引きつけている今がチャンスだってのにさ!!」
「焦るな、俺達の役目は…」
「分かってるよ!! 頼んだよ、坊や達!!」
「頃合いですね……エス!」
「おう、任せろ兄貴ッ!!」
海岸の方で動きがあった。
”山羊”の子供達の中から”舵輪”だけが波打ち際に進み出たのだ。
”山羊の舵輪 エステバン” 18歳 男性
出身世界は”アルス・オセアノ”。
元の世界では”海賊船の見習い航海士”。
現在は”山羊”の養子の一人。 ”山羊”の旗艦の副操舵士。
身長170cm後半の筋骨逞しい少年で、養子達の中のムードメーカー。
髪は灰色で、瞳の色は緑。
「さぁ、見やがれ海賊共ッ!!! これがオレの”魔人としての能力”だ!!!」
”舵輪”は大きく息を吸い込むと、それに呼応する様に一本、二本と背中に”水晶の棘”の様なものが次々と生えて来た。
『ロード、あれは水晶等では……』
「あれは……”氷”だ!!!」
”舵輪”の吐き出した息は、”氷嵐”となって私達の船の横を抜けて、海の上を駆け抜けてゆく。
「ッ!? 奴等の狙いは旗艦かッ!!?」
”舵輪”の吐き出した”氷嵐”は海を凍結させ、”荒鷲”の旗艦をその場に縫い付け、”旗艦まで氷の道を作り出した”。
「馬英、パーヴィル、アルマ、この場は任せます」
「僕等をこの場で足止めして、旗艦への強襲ッ!!?」
”懐刀”を先頭に”山羊”の子供達と”傍仕え”は、旗艦まで続く氷の道を走り出した。
その動きを阻止すべく、”荒鷲”が左手の武器を構える。
「させないよ”荒鷲”ぃぃぃッ!!!!!」
私達の動きを察知して、乗っている船に”右剣”と”左剣”が再度踊り込んでくる。
今度は私も直前まで気が付けなかったので”光の盾”では間に合わない。
”左剣”の攻撃を手に持つ剣で防御して弾き返す事は出来たが、それだけで”右剣”を素通しさせてしまった。
「抜かれたッ!?」
「”荒鷲”、打ち取らせてもらうぞ!!」
ダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッ
”荒鷲”の背後に赤熱した刃が迫りくる中、重々しい音が高速で響き渡る。
「な……!?」
”荒鷲”のすぐ横を”右剣”が通り抜ける……”鉄の右腕を砕き散らし”ながら。
「ミーチェの”マシンナリー・ソルダート”……生身を機械の四肢に置き換えた強力な兵士だが、柔軟性に欠ける。 関節を狙えば、実弾でも十分に破壊可能だ」
「ッ!? 貴様……まさかッ!!?」
”右剣”は一瞬だけ驚愕の表情を見せると、すぐに体勢を立て直して再び上空へと舞い上がった。
「行かせんぞ餓鬼共ッ!!」
これで阻害する者がいなくなった”荒鷲”は左に持つマスケット銃を氷の道を進む”山羊”の子供達に向けて引き金を引いた。
その弾丸は狙いを違わずに、列の最後尾を進む少女…”悪夢”へと命中した
……かに思われた。
「何ッ!?」
「エス兄様ッ!!」
”悪夢”のすぐ前を進んでいた”舵輪”が咄嗟に庇ったのだ。
銃弾は”舵輪”の背中を穿ち、そこからは夥しい血が流れ出ていた。
「大丈夫ですか、エス兄様!?」
「へへ、兄ちゃんなら大丈夫だ。 お前は先に行って、兄貴達を手助けしてやんな!!」
「でも……」
「偶には、兄ちゃんにもカッコつけさせろよなッ!!」
「エス兄様……分かりました! 兄様の分も私がお役に立ってきますッ!!!」
”悪夢”は”舵輪”をその場に残して旗艦へと再び進み始めた。
一方の”舵輪”は、走り去る義妹を見送ると、”怒りに燃える視線”を私達の方に向けた。
「てめぇ……俺の大事な義妹に手を出しやがったなッ!!! ”荒鷲”ぃぃッ!!!!! 絶対にゆるさねぇッ!!!!! てめぇは、オレがぶっ殺してやるッ!!!!!!!」
怒りに燃える”舵輪”は懐から革袋を取り出して、その中身を”口の中に含み、その場で音を立てて噛み砕いた”。
その瞬間、”舵輪”の身体が淡く光り出し、身体が明らかな変化を始めた。
「ぐ…あいつ、ECを呑み込みやがったッ!!」
「ぐ……ぐグ…グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」
”舵輪”の身体は一回り大きく膨張し、背中だけでは無く腕や脚からも氷の棘が無数に生えて来ていた。
その姿は、例えるならば伝承にのみ存在する”悪鬼”の様にも見えた。
「”荒鷲”ぃぃィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!!!!!」
悪鬼へと変貌を遂げた”舵輪”は、自らの身体から発散される冷気で周辺の海を凍結させながら、私達の船へと駆け出してきた。
「これは……どうしますか、提督?」
「……あの餓鬼は俺が仕留める。 フリストフォールと”海賊狩り”は上空の二人を任せる」
「”荒鷲”……お前に殺れるのか、あの少年を?」
「頭に乗るなよ、小僧。 そんな事より貴様等は自分の心配をしていろッ!!」
”荒鷲”はそう吐き捨てると、自らに向かって来る”舵輪”と対峙すべく私達に背を向けた。
……私はなぜ、あのような事を”荒鷲”に言ったのだろう?
まるで心配するかの様な言葉を……。
いや、今はそんな事を考えていても仕方が無い。
私の倒すべき相手は遥か頭上にある。
「ソール、頭上の敵を仕留めるぞッ!! 騎竜形態ッ!!!」
『はい、ロードッ!!!』
私の肩の上に居たソールは、光に包まれる。
そして、その光が弾け飛ぶとそこには、”白銀の騎竜”が姿を現した。
「フリストフォールとか言ったか、すぐに私の後ろに乗れ。 上空の敵を相手取る」
「それはあの子竜なのかい……? その姿はまるで……」
「余計な詮索は後だッ!」
「ああ、そうだね」
フリストフォールが後ろに乗った事を確認すると、私は騎竜へと変化したソールのハンドルを引き絞った。
私達が乗ったソールは、光の尾を引きながら上空へと舞い上がった。
年内に投稿できなかった……。
ともあれ、あけましておめでとうございます。
拙いお話ではありますが、読んでくださってありがとうございます。
 




