第二話 キアラの提案
俺がこの世界に落ちて来て二十八日、それは目の前に現れた。
「うわ…なんだありゃ…」
「わぁ…すごいですね…」
それは街だった。
巨大なビルが、石造りの城壁が、螺旋を描く塔が、宇宙戦艦の艦橋が…
「ごった煮にも限度があるだろうッ!?」
それは、様々な世界、文明の建物がごった返した巨大都市だった。
「ここが新世界の中心地、星達の合衆国の首都”ニューデトロイト”だ」
「”ニュー”デトロイトかよ…。 ここのトップって、俺と同じ世界の出身なんじゃねぇか?」
「カイの出身世界って、”地球”だったか?」
「ああ…世界って呼んでいいものか怪しいがな…」
「確か、”合衆国大統領兼ニューデトロイト市長”のリカルドは”地球”の”アメリカ”って国の出身だったはずだ」
「マジかよ…」
初めて確認した同じ世界の人間がよりにもよって”大統領”とは…
俺達がいる娼館キャラバン”プリマヴェーラ”は、街の南側の歓楽街の奥まった場所にある大きな建物の前まで来る。
それは、中世ヨーロッパ風の屋敷に見えた。
「ここが俺達のホーム、”スタジョーネ”だ。 恐らく、合衆国で一番の娼館だろうな」
見た所、まだ日も高いと言うのに結構賑わっている。
「んで、当然の如く裏に回る訳だ」
「まあ、”従業員一向”だしな…」
”プリマヴェーラ”一向は、裏口から”スタジョーネ”の敷地内に入り、元々屋敷の中庭だった場所で馬車や自動車を止め荷解きを始める。
「んじゃ、キアラに報告に行くからハッサンと各セクション責任者は、一緒に中に来てくれ」
リーダーのマルコ、サブリーダーのハッサン、護衛隊責任者のウォルフ老、バックヤード責任者のアンナ、そして接客責任者のヴィオレッタの五人が先んじて屋敷の中に入っていく。
「……ヴィオって責任者だったんだ」
「ああ見えてヴィオは、人望あるのよ。 ”アレ”以外はね」
俺のぼやきに横で作業をしていたカルメシーが答える。 周りも首を縦に振って同意する。
「”アレ”は、もう勘弁してほしいです。 はぁ…。」
ヴィオレッタの”アレ”の被害者であるプリムラが溜息を吐く。
「まあ、流石に”あの”スカート丈は…なぁ?」
「うぅ…思い出さないでください…」
一通り荷解きが終わった頃にウォルフ老が戻って来た。
「小僧と嬢ちゃんは、この場に居るか?」
「ん?」 「お呼びですか?」
「二人共、中に入ってくれ。 オーナーが二人を呼んどるぞ」
俺とプリムラは、ウォルフ老の後について屋敷の一室に通された。
部屋の左右に先程入って行った”プリマヴェーラ”のリーダー達が立っている。 そして部屋の中央に据えられた机に一人の女性が座っていた。
長いウェーブのかかった黒髪の20代後半~30代前半ぐらいの結構な美人だった。
「”カイ”君と、”プリムラ”さんね? 初めまして、”スタジョーネ”と”プリマヴェーラ”のオーナーのキアラです」
”キアラ”と名乗った女性は、俺達に手を伸ばしてくる。
「ど、どうも」
「初めまして」
キアラは、俺とプリムラの手を取って握手する。
「さて、早速だけど本題に入るわね。 マルコ達から報告は、聞いたわ。 プリムラさんは、お仕えしていたお嬢様を探しているそうね?」
「はい」
「私の方でも探しておいたんだけど…”ティリア”って名前は、あなたの世界では良くある名前?」
「はい、ウェールス帝国の初代皇帝陛下の姫君がその名前で、帝国内でも人気がある名前ですね」
それを聞いたキアラは、軽く溜息をついた。
「やっぱり?」
「え、やっぱりって?」
「同じ世界出身者でその名前の子が合衆国で戸籍を持ってるだけで五人…。 13歳ぐらいの子は、一人も居なかったわね」
「そうですか…」
プリムラが目に見えて肩を落とす。
「んまぁ、他にも手を打ってあるからそんなに落ち込まないで」
「はい、ありがとうございます…」
「それじゃあ、これをね」
キアラがプリムラに掌に乗るぐらいの皮袋を差し出す。
机の上に置かれた時に重そうな音を立てた。
「これは?」
「今日までのお給金。 一応、全部”星貨幣”にしておいたから、他国の辺境にでも行かなければ使えると思うから」
「”星貨幣”?」
「この合衆国で作っている貨幣ね。 銅貨が1ステラ、銀貨が10ステラ、金貨が100ステラ。 紙幣って概念が無い世界もあるから”合衆国”ではすべての貨幣を硬貨で統一しているわ」
そう言いながらキアラは、銅貨、銀貨、金貨と机に並べて説明していく。
「因みに現在の大体の物価は、パン一個で1ステラ、宿屋に泊るなら安い所なら30ステラぐらいからあったかな? まあ、これだけあれば当座の旅の資金にはなるわよ」
キアラは、改めてプリムラに皮袋を差し出す。
「はい、ありがとうございます」
「他に打ってある手に関してだけど、知り合いの探偵に外注してあるのよ」
「探偵?」
「ええ、この世界に割と早い頃に来た男でね前居た世界でも探偵をやってたって話よ。 まあ、人探しの専門家ね」
「その人なら見つけられるでしょうか?」
「確実に…とは言えないけど、私達みたいな素人が探すより遥かにマシな筈よ。 この世界のあちこちに知り合いが居るらしいしね。 少なくともお嬢様を探す手助けはしてくれると思うわ」
「解りました。 何から何までありがとうございます」
プリムラは、そこに立つ人間一人一人に深々と礼をした。
「プリムラちゃんは、ひとまずこれで良し。 次は、カイ君ね」
「ああ」
次にキアラは、俺の方に眼を向ける。
「えっと、単刀直入に聞くけど…カイ君は、”元の世界に帰る気”はあるのかな?」
「え…確かマルコの話じゃ…」
「ええ、確かに”未だに元の世界に帰る方法”は見つかって無いわ」
俺の言葉にキアラは、神妙に頷く。
「でもね、未だに”元の世界に帰る方法”を探すのを諦めていない人は、沢山いるわ。 そういう研究者も居るけど、一番多いのがこの世界を旅して”元の世界に帰る方法”の手掛かりを探す人。 便宜上、私達は”冒険者”って呼んでるわ」
「つまり、帰る気があるなら”冒険者”になるのが近道って事か?」
「ええ。 座して待つより建設的だと思うわ」
「…なら、帰るのをあきらめている場合は?」
「その場合は、この世界で生きていく事になるわね。 やりたい事が見つかるまでプリマヴェーラで継続して雇ってもいいわよ」
「……」
正直な所、俺は迷っていた。
元々居た場所では、あまりいい思い出が無いからだ。
学生時代は”成績”と”結果”ばかりしか見てくれない親に他の兄弟と比べられる日々だった。
親に反発した俺は、高校卒業と同時に実家を出て一人暮らしを初めてバイト三昧の日々に突入した。
仕事以外は、食事や家事、風呂以外は殆どゲームかラノベ漬けだった。
自分で言うのもなんだが、”肉体労働者系のヲタク”っぽい何かだったと思う。
だからと言って、今まで住んでいた世界を否定して捨てるのも気が引けた。
結局の所、俺は肝心な所で”ヘタレている”のだ。
「すぐに答えは出せ無さそう?」
押し黙っている俺を気遣ってか、キアラが声を掛けてくる。
「え…ああ…」
気の無い返事で答えてしまう。
どうにもゲームやラノベの主人公の様にはいかないらしい…。
「んじゃ、質問を変えてみるか?」
マルコが話に入ってくる。
「とりあえず、現状でやりたい事ってあるか?」
「…現状で?」
「そう、現状で」
「そうだな…」
「自然体で答えてみろよ?」
俺は、これ以上悩んでいても仕方ないと思ったので、とりあえず思いついた事を並べて行ってみる事にした。
「まずは…”ウォルフ老から模擬戦で一本取りたい”かな?」
「ほう、言うのぅ小僧」
「いきなりハードル上げて来たな」
周りから呆れている様な、それでいて感心する様な声がちらほら上がる。
「それから…”世話になったプリマヴェーラの人達に恩が返したい”。 結局、俺は見習い止まりだったからな」
「へぇ、以外に律儀じゃないのさ」
「以外は余計だって…。 後は……」
ふと、視線が交わった…気がする。
(ああ、そういえばコイツはそういう子だったな…。 きっとまた無茶をするんだろうな…。 まあ、人の事言えないけど…)
「後は…うん」
俺は、横に立つ少女に視線を向ける。
「”プリムラをお嬢様に会わせてやりたい”。 あー、俺が偉そうに言える事でもないか…」
「え…?」
「俺に何ができるか分からないけど、やれる事があったら手伝いたいなって…な?」
プリムラは、意外そうな顔をして俺を見ている。
それに対して俺は、困ったように苦笑いするだけだった。
「小僧、惚れたか?」
「?」
「ッ!? ち、違うッ!! そういうのじゃないッ!!」
ウォルフ老の冷やかしにプリムラが頭に?マークを浮かべ、俺が全力で否定した。
なんか、いい雰囲気が台無しだ…。
「じゃあ、カイ君はなんで”プリムラさんの手伝い”をしよう思ったの?」
なんだか、意地悪い口調でキアラが聞いてくる。
「え~と…アレだ!」
「アレ?」
「人の事言えないとは、思っているんだが……危なっかしくてほっとけない…」
「プ…」
周りから大爆笑が起こる。
「そ…そんなに笑う事かよッ!?」
「はは……い、いや…すまんすまん!」
「それが本心なら、えらく損する性質だのぅ、小僧」
「うん、”いい子”なんだけど”イイ人”で終わるタイプね」
もはや言いたい放題だ…
「あの…カイ?」
「ん?」
皆にいじられている俺に、プリムラが声を掛けてくる。
「私って、危なっかしく見えます?」
「俺を逃がすためとはいえ、一人で得体の知れない化け物相手に囮役をやった人が何を言うか…」
「結局逃げなかったんですから、人の事は言えないかと思いますが?」
「だから、”人の事言えない”って最初に言っただろうが」
「はーい、二人ともストップ!」
不毛な言い合いに発展している俺とプリムラをキアラが止める。
「私から言わせてもらえば、君達いい勝負だわ。 そんな二人に私から提案があります!」
「ん?」 「提案?」
「ええ。 っと、その前に…」
キアラは、ウォルフ老に向き直る。
「古狼、あなたから見て二人の実力はどうかしら?」
「ふむ、そうじゃの…」
ウォルフ老は、しばし思案する。
「小僧の方は、この一ヶ月で基礎はほぼ仕込んだ。 元々が平和ボケしていた世界の出身らしいからのう…言うなれば、”そこそこ戦えるが経験不足”じゃな」
「プリムラちゃんは?」
「嬢ちゃんの方は、無手が得手らしかったからのぅ。 曹が暇な時に手合せしていたみたいじゃな。 奴から聞いた話からすると、”実力も経験もあるが、型が独特すぎる”ようじゃな」
「独特って?」
「両手に持った得物は盾として使い、攻めは蹴りのみ。 基本、護りが信条の護衛の業じゃな」
「うん、もしもの時は都合がいいかな…? で、二人の相性はいかに?」
「相性もなにも…儂から言わせれば、”二人で一人前”程度と言った所じゃな」
「ふむ…いけそうね」
キアラは、ウォルフ老の話を聞いて大きく頷くと俺達の方に向き直る。
「お待たせ二人とも。 それじゃ提案の内容ね」
「さてはて、うちのオーナーはどんな提案をしなさりますのやら…」
「外野、うるさいわよ!」
茶化すマルコを一括した後、キアラは話し始める。
「まず、カイ君」
「おう」
「カイ君は、プリマヴェーラと”正式契約”してもらうわ」
俺は、このまま居残りか…。 プリムラの手伝いは難しそうだな。
「んで、そのまま長期出張ね」
「…は?」
「で、プリムラさん」
「はい」
「”プリマヴェーラ”からあなたの手伝いに一人貸すから、お嬢様を探すためにこき使ってやって」
「え!?」
「”カイ”、”プリマヴェーラ”を代表してプリムラさんの手伝いに出すんだから、くれぐれも粗相の無い様にね」
俺とプリムラは、この提案に絶句した。
「カイは、ついでに剣の修行もしていらっしゃいな。 そうしたら、古狼から一本取れるぐらいになれるかもよ? ね?」
「小僧の努力しだい…かのぅ?」
キアラとウォルフ老は、意地悪そうに笑う。
「…あー、プリムラ」
「…なんでしょう、カイ?」
「うちのお偉いさん方がああ言っているけど…いいのか?」
「私の方は、手伝っていただけるのは助かります。 カイこそ、自分の処遇を勝手に決定されていますけどいいのですか?」
「ん~…今の所、他に当ても無いしな。 ありがたい話だとは、思ってる」
出来過ぎだと思ったが、俺は”とりあえず納得しておく”事にした。
「二人も納得してくれたみたいだし、急ぎ準備をしないとね。 旅で使う保存食や消耗品の用意は、アンナさんに任せちゃっていい?」
「了解だよ。 戻って来たばかりだと言うのに忙しくなるねぇ!」
「小僧が身に着ける防具やらなんやらは、儂の方で都合しておこう。 儂の使い古しを手直しすれば、大丈夫じゃろう」
「うん、そっちは任せるわ。 で、プリムラさんの方は~…」
「はいはいは~い! それは私がやる~!」
「んじゃ、ヴィオに一任ね。 あんまり過激な恰好はNGよ? 後で検閲かけるから」
「ぶ~、信用無いなぁ~!」
キアラが釘を刺した事に、ヴィオレッタがむくれる。
「まあ…”アレ”の前例があるしなぁ…」
「さすがに”アレ”で旅とか…勘弁してほしいです…」
その後もキアラ指示の元、準備の手順が決まっていく。
さすがにこれだけの規模の娼館を仕切っているだけあって、仕切り方が様になっている。
「こんな所かな?」
「これで大方の案件は、片付いたか。 んじゃ、後は解散って事で…」
「え? まだ、”大事な案件"が一つ残っているわよ?」
一瞬で部屋の中が凍りついた様な錯覚に囚われる。
キアラは、満面の笑顔を浮かべていた。 だが、眼が笑っていない。
「ハッサン! 報告を…」
ハッサンは、咳払いを一つすると神妙な表情で語りだした。
「今回の興行中、”遊女に手を出す事3回”、”無断の朝帰り2回”。 まあ、今回はうちの子達に手を出す時ちゃんと代金は支払っていたみたいだがな」
「あらあら、今回も”御盛ん”です事…」
「は…ハッサン、貴様ぁ!?」
「自業自得だ、馬鹿者め」
つまり、これは…
「あの、アンナさん?」
「ん? なんだい、プリムちゃん」
「マルコさんと、キアラさんって…」
「お察しの通りさ。 まあ、色々あって夫婦って訳じゃ無いけどね」
マルコ…チャラい奴だと思っていたが…
要するに、浮気の報告だった訳だ。
「皆、撤退するぞ。 ここはすぐ”戦場”になる」
ハッサンの”戦場”と言う言葉が、この後この場で行われる事の凄まじさを物語っていた。
ハッサンに促されて、俺達は退室する。 部屋には、マルコとキアラの二人だけのはずだ。
その後、部屋の中からマルコの悲鳴が響き渡ったのは言うまでも無い……
遅れました、申し訳ありません。 最新話投稿です。




