第十二話 踏みとどまらせるッ!!!
私の前から飛び立った”光”……私の元婚約者”ユリウス・ルスキニア男爵”。
彼は私の予想通りに海賊同盟の会議場を襲撃しました。
会議場の壁を突き破り、天井を吹き飛ばして突撃をする事二回……。
現在は三回目の突撃を行う期を伺い、上空を高速で旋回しています。
「すいません、通してくださいッ!!」
その時の私は、この騒ぎで混乱した人々に揉まれて会議場に中々近づけないでいました。
その間に会議場から出て来た人はいませんでした。
恐らく、総出で迎撃をしているのでしょう。
上空へ威嚇であろう鉄砲の弾が無数に飛び交うのが見えています。
「早く……手遅れに、なる前にッ!!」
私は焦って人混みをかき分けて進もうとしますが、人混みの流れに逆らって進んでいる為、遅々として進みません。
このままでは、カイやヴィクターが……一人戦いを挑んでいるユリウスも……。
ドンッドンッドンッ
中々進めずにいる私の後ろからいきなり”轟音”が響きました。
私も、周囲の人々も何事かと”轟音”が響いた方を見ました。
「…………」
「フ……フリスさん?」
そこには、先程まで一緒にいたフリスさんが普段使用しているものより一回り程大きな”拳銃”を持って立っていました。
フリスさんは無言で周囲を見渡すと、その”拳銃”を正面に向けました。
それに怯えた周囲の人々が慌てて”拳銃”の射線から飛びのいて行きます。
「プリムはカイ達の所へ!」
「え……は、はいッ!!」
フリスさんの”拳銃”の射線は丁度、会議場の方に向いていました。
周囲の人々が飛びのいたそこには、会議場までの道が出来ていたのです。
私はフリスさんが促すまま、会議場まで走り出しました。
上空では、今まさに三回目の突撃が敢行されようとしていたのです。
◆
私は突撃による轟音の響く中、会議場の廊下を駆けていました。
既に三回目の突撃が行われてしまったッ!!
カイ、ヴィクター……どうか無事でいてッ!!!
天井から降り注ぐ瓦礫を跳ね除け、扉を蹴破って建物の中央部の会議場へと急ぎました。
『くらえ、”ランドブラスト”ぉッ!!!!!』
私が扉を蹴破ろうとした時、扉の向こうからカイの声が聞こえました。
この扉の向こうにカイがいるッ!!!
私は、三度の突撃でガタがきていた扉を蹴り破って会議場の中へと駆け込みました。
◆
「カイッ!!!!!」
会議場に駆け込んだ私が最初に見たものは、部屋の中央に立ち尽くすカイの姿でした。
ただし……その身体に”光の渦の騎槍”が穿たれた姿で……。
「ち……しくじった…ぜ」
私が見ている目の前で、カイはゆっくりと後ろに崩れ落ちました。
「え……?」
カイが倒れた拍子に身体に穿たれていた”光の渦の騎槍”が抜け落ちて私の足元に転がり落ちました。
それは見る見るうちに光が解けていき、見覚えのある一本の剣に姿を変えていきます。
それは、”ユリウスが愛用していた剣”でした。
「こ、小僧ッ!!?」
”海象”の声にその場にいる全員が反応してカイへと視線を集めました。
倒れ伏したカイは、グッタリした様子で”血の海に沈んでいた”のです。
「チッ! ”シーギスムンド”はそのまま”海賊狩り”を抑えておけッ!!! 医者だ、すぐに医者を呼んで来いッ!!!」
「”デカブツ”ッ!!! うわ……やべぇ、傷口が抉られてやがる……ッ!!」
「カイッ!!!!!」
私は思わず飛び出していました。
血に塗れるのも構わずにカイに縋りつきました。
「カイッ!!! カイッ!!!!!」
「なんだ、この小娘は? どこから入った!?」
「姉ちゃんッ!?」
「プリムッ!!」
私は身に着けている服の裾をカイの傷口に当てがって止血しようと試みましたが、傷口が広すぎてあまり効果はありませんでした。
「ああ……血が止まらないッ!! どうすれば……」
「娘、落ち着け! 今、医者を呼びに行かせている。 素人が下手に処置すればかえって酷い事になりかねんぞ?」
「でも…でもッ!!!」
私は、目の前のカイの惨状に気が動転していました。
カイの命が危険に晒されれば、呪いにより”私の命が代替えで失われる”事すら頭から抜け落ちていた程です。
「お嬢さん、ちょっといいかい?」
そう言って、私の真横に一人の男性が屈みこんできました。
「私には、多少なりとも医術の心得がある。 応急処置ぐらいならできるかもしれない」
「パパ!?」
パパ?
では、この人が”ヴィクターのお父様”なのでしょうか?
「今は、少しでも血を体外に流させない事が重要だ! 誰でもいい、清潔な布をあるだけ持ってきてくれッ!!」
「パパッ!!!」
「”ヴィクトリア”、話は後だ! お前は私の鞄を持ってきてくれ。 ”黒熊”殿の控室にある。 何時も私が使っている鞄だから分かるはずだ」
「う、うんッ!!!」
「お嬢さんは、彼の傍にいてくれ。 彼の心が折れぬ様に傍で支えていてあげてくれ」
「はいッ!!!」
ヴィクターのお父様の指示の元、カイを救う為に皆動き出しました。
私も、カイの傍らで彼の手を握りしめて声をかけ続けました。
「カイ、気をしっかり持ってッ!! すぐにお医者様が来てくれますからッ!!!」
「ぐ……うぅ……」
カイが辛そうに呻き声を上げる中、ヴィクターのお父様はカイに傷口を布で丁寧に拭ってから、傷口を丹念に確かめていました。
「ヴィクトリア、明かりを揺らすな」
「うん!」
「………良かった、運良く内臓は傷ついていない! 問題は、裂傷と裂かれた血管の処置か……こっちはかなりひどいな……」
「医者が来るまで持たせられそうか?」
「……医者では手に余るかもしれない……。 ”治療術師”を手配できませんか? そうだ、”妖狐”殿に頼む事は…」
「あたしも多少は治療術を使えるけど、そこまで酷いのはお手上げだね……」
”妖狐”は申し訳なさそうに首を振ります。
「無いもの強請りをしても仕方ない……。 ”フランチェスカ”は他の怪我人を診てやれ」
「力になれなくて悪いね」
「く……こんな時に”あの女”が居ればな……」
”荒鷲”の言う”あの女”とは……恐らく紅玉さんの事でしょうね。
確かに紅玉さんならどうにかできるかもしれません……。
「パパ…ボクに”治療術師”の心当たりがあるんだけど、今から呼びに行っていいかな?」
「何!? そんな人が居るのか!?」
「うん、当人は顔を出したがらないだろうけど、事情が事情だからここまで引っ張り出してくるよ!!」
そう言うと、ヴィクターは立ち上がりました。
「その心配は無いでござる」
「え!?」
不意に背後から声がかかり振り返るヴィクター。
背後には、フリスさんと”見慣れぬ男性”に左右から腕を掴まれて”連行”されたみたいに連れてこられた紅玉さんの姿が見えました。
「状況から万が一と思って、紅玉さんを無理やり引っ張って来たけど、どうやら正解だったようだね」
「フリス、ナイスッ!!! …で、そっちは”ティーガー”?」
「左様でござる。 拙者も紅玉殿を呼びに向かった所、途中でフリス殿と合流した次第」
「どっちにしても助かったッ!! カイが大怪我をして大変なんだよ!!」
「ふむ、その様じゃの……。 人の命がかかっているのに我儘を言ってもおれぬか」
無理矢理、この場に連れられてきて渋い顔をしていた紅玉さんは、血だまりで倒れているカイの姿を見ると、顔の表情を引き締めました。
ヴィクターのお父様と入れ替わる形で、カイの横に屈みこみました。
「これは……酷いもんじゃな……。 一刻を争う事になりそうじゃな」
「貴様…”紅玉”か? 何故、貴様が此処に居る!?」
「あー、その話は後じゃ!! それより、ECをありったけ持って来い!! 湯水の如く使わねば手遅れになりかねんッ!!!」
「フン、良かろう。 大至急、島中のECをここに集めろッ!!! 俺達に”恩を売りつけた”奴をこのまま死に逃げさせるなッ!!!」
紅玉さんは、手持ちのECを使って治療を始めました。
「………どう?」
「ワシの手持ちでは、血止めが精一杯じゃな……。 これは、少々強引にでも肉体再生させるしかなさそうじゃな」
紅玉さんは、周りで見守っている人達に指示を出し、カイの手足を押さえつけさせました。
「急激な肉体再生は、相応の痛みを伴うのじゃ。 酷い時は、痛みのせいで気が触れる事もある……」
「うげ……マジかよ!?」
「じゃからな、プリムよ」
「…はい、私がカイの心を支えます」
「うむ、任せるぞ?」
そうこうしている内に、島の各所から次々にECが集められてきます。
紅玉さんはそのECの量を確認すると、気を引き締め直してカイの傷口に手を当てました。
「それじゃあ、始めるぞ……」
紅玉さんは用意された大量のECを両手で掴み取ると、それを手に小さく詠唱を始めました。
紅玉さんが手にしたECは次々に弾け飛び、その手には目に見えるほどの膨大な魔力が渦巻いていました。
さらにその膨大な魔力を”練り込む様に”腕の中で混ぜ合わせて一塊にして右手に掲げ持ちました。
「カイよ、逝くでないぞッ!! でなければ、向こうに持って逝かれるのはお前ではなくプリムなのだぞッ!!!」
「……ぅぅ」
「カイ、”踏みとどまれ”ッ!!!!!」
紅玉さんは、その叫びと共に掲げ持った膨大な魔力をカイの傷口へと押し当てました。
押し当てた魔力は、光を放ちながらカイの傷口へと流し込まれていきました。
「………………ぅぅぅ」
「カイ………」
「ぅぅ………ッ!!? ぐッ…があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
暫しの沈黙の後、カイはあまりの痛みの為か、いきなり目を見開いて大声を上げながら暴れ出しました。
「カイ、暴れちゃダメですッ!!! 傷口が開いてしまうッ!!!!!」
「両手両足を絶対に放してはならんぞッ!!」
そう言うと、紅玉さんは先程と同じ魔力の塊を、さらにカイの傷口に押し当てました。
「ぐぁぁッ!!! があぁぁぁ………ッ!!!!!」
「お姉さんッ!!! こんなんじゃ、カイが死んじゃうよッ!!!!!」
「傷が深すぎるんじゃッ!! 悠長にやっていれば、呪いで先にプリムが死にかねんッ!!! 多少無茶でもここから盛り返して貰わねばならんのじゃッ!!!!!」
「でも……でもぉッ!!!」
ヴィクターが泣きそうな顔で訴える中、紅玉さんはさらにペースを上げて魔力の塊をカイの傷口に押し立て続けてます。
その度にカイの暴れ方は激しさを増していきました。
「ぐぁがぁぁぁぁぁッ!!!!」
「クソッ!! 大人しくしやがれ”デカブツ”がぁッ!!!」
「ぐ……まだ終わんねぇのかッ!?」
「ええい、後少しじゃッ!!! いい歳の男が弱音なんか吐いとるんじゃないッ!!!!!」
カイはどれほどの痛みをその身に感じているのでしょうか?
その暴れ振りと呻き声は、直視してるのも辛いほどに激しくなっていきました。
最初は四人がかりで押さえつけていたのが、今では八人がかりで押さえつけている始末です。
「があ゛ぁぁぁぁぁぁぁアあぁぁぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁァァッ!!!!!!!!!!」
「チ……ッ!! 誰か、カイに何か噛ませいッ!!! このままじゃと舌を噛みかねんぞッ!!!!!」
「こ、この状態でどうしろって言うんだよッ!!?」
紅玉さんは、治療の為動けない状態です。
押さえつけている人達は、カイの身体を押さえつけるので精一杯……。
唯一、動き回れるヴィクターが何か噛ませるものは無いかと探し回っていました。
そんな中で私は………
咄嗟にカイの口に”自分の腕”を噛みつかせました。
「クッ……!!!」
「何やっとるんじゃッ!!?」
「わ、私の事はいいですから、早く治療を…!!!」
私の腕に容赦無くカイの歯は突き刺さり、私の腕を食い破ろうとしてきます。
「カイ……大丈夫です。 貴方は……私が守ります! 痛いのでしたら、私に痛みを分けてください!! 辛いのでしたら、私にも辛さを分けてくださいッ!!!」
「ンンッ!! ンンン……」
私の声が聞こえたのでしょうか?
カイの噛みつく力が徐々に緩んで来た様に感じました。
「これで……最期じゃッ!!!」
紅玉さんは、今までに無い数のECを砕き散らして、その手に膨大な魔力を抱えました。
「カイ、踏みとどまるんだッ!! 君はプリムの”これから”を守るんだろう!?」
「カイッ!!! プリムを泣かせないんじゃなかったのッ!?」
「安心せいッ!! カイは、ワシが絶対に死なせんッ!!!」
「カイッ!!!!!!!」
紅玉さんが押し当てた魔力は、眩い光を放ちながらカイを包み込んでいきました。
次回は、短めの幕間を挿みたいと思います。




