第八話 海賊同盟からの召喚状
照りつける太陽。
白い砂浜。
そして、弾ける波飛沫。
向こうからは、子供達のはしゃぐ声が聞こえてきます。
「ほら、お姉ちゃんもおいでよ!」
「はい、今行きますよ!」
木陰で一休みしていた所を村の子に呼ばれました。
私は上着を脱いで立ち上がると、木陰を出て砂浜へと駆け出しました。
……水着姿で。
◆
「ってぇ事は、お前等の立場は偽装だってのか?」
「全部が全部って訳じゃ無いがな。 うちのパーティーに”荒鷲”にばれるとちょっと面倒な人がいるんだ」
俺とフリスは、島の浜辺が見渡せる木陰で”野猿”と副長のソウヤに”俺達の旅の経緯”と”俺達の正体”について話していた。
流石に協力してくれる”野猿海賊団”に嘘をついたままではいけないと思ったからだ。
「それって、あの”ナントカ夫人”ってボインの姉ちゃんの事か?」
「グラナード夫人な」
「”荒鷲”にばらしたくないってのに引っかかるな。 あの姉さんは何者なんだ?」
「本当の名前は”紅玉”。 昔は”紅の仙女”って呼ばれていたみたいだな」
「”紅の仙女”!?」
「ん、ソウヤは知ってるのか?」
「少しはものをおぼえると言う事をしろ、エテ公! ”魔人の乱”で名を馳せた”六英雄”の一人だ。 もっとも……”紅の仙女”と”黒い巨壁”の本名までは知らなかったがな」
「そうなのか?」
「救世主教団の聖典にも渾名でしか記されていないしな」
ふむ、そうだとすると”荒鷲”や”原初の一万人”の幹部にだけ気をつければ姉さんの正体はばれずに済みそうだな。
「まあ、なんにせよだ。 あの小僧…いや、”嬢ちゃん”だったっけか?」
「ヴィクターの事か?」
そういや、ヴィクターが実は女だって事実を知って一番驚いていたのは副長だったな。
「嬢ちゃんの親父さんを探す手伝いをする約束だからな。 協力は惜しまねぇぜ」
「相変わらず、ちびっ子には優しいな」
「黙れ、エテ公」
まあ、”エロ猿”は兎も角として…副長が好意的なのはありがたいな。
「あー、こんな所に居たんだ。 探しちゃったよー!!」
木陰で屯する”野郎四人”の所に”ワンピースの水着の上からパーカーを羽織って、麦わら帽子を被った”ヴィクターが駆け寄って来た。
普段は大きめの帽子の中に納めているくせっ毛の長い髪も”三つ編みにして”帽子の外に出している。
普段が男の子っぽいだけにこういう風に”普通の女の子”の恰好をしてると別人の様だな。
「皆で何やってたの?」
「強いて言えば……”お仕置き”かな?」
「このエロ猿が”女子の着替えを覗こうとしてたんでな、俺とフリスと副長で”念入りに”シメてた」
「いや、ちげぇ! 誤解だッ!! オレ様は”覗く奴が居ないか見回りをしてただけ”だッ!!!」
「へー、そうなんだー。 でも、その姿だと説得力無いよね?」
そう…ヴィクターの指摘の通り、”野猿”の言い訳は説得力を持って無かった。
何故なら、”首から下の身体が砂浜に埋まってる”からである。
「ここは僕が見てるから、皆は泳いでおいでよ」
「あれ? フリスは行かないの?」
「僕は”永久凍土のガラクーチカ”出身だからね。 水の中を泳ぐってどうもしっくりこないんだ。 それに……」
「それに?」
「”退役軍人”が”夏場でも長袖を着ている”事で察してくれると助かるよ」
それはつまり……”人には見せたくない身体”って事か。
例えば、痛々しい傷が残ってたりとか……。
「そう言う事情なら仕方ないな」
「なんか、悪い事聞いちゃったね…」
「気にしなくていいよ。 その程度で傷つく程、子供でもないしね」
「それじゃ、俺等はガキ共の世話に言って来るから、旦那はそのエテ公が逃げ出さない様に見張っててくれ」
俺とヴィクター、副長は、エロ猿のお仕置きをフリスに託すと、プリムや村の子供達が待つ浜辺へと駆け出した。
◆
「で、何で俺達は村の子供達と海水浴してるんだっけか?」
「島の外の事に詳しいって”行商人のおじさん”が島に帰ってくるのを待ってるんでしょ?」
「待っている間やる事も無かったので、物珍しさで集まって来ていた村の子供達に誘われて泳ぎに来たんですよ」
「エロ猿をとっ捕まえるに忙しくて、その辺詳しい事聞いて無かった」
まあ、そんな訳で俺達は村の子供達と海水浴に来ている訳だ。
因みに姉さんは、村の爺さん方と朝から酒盛りしていてこの場にはいない。
毎度毎度、飽きずに良くやるもんだ……。
因みに、俺とプリムの水着は自前の物だ。
正確に言うと、”出発前にキアラさんから貰った物”だ。
「そう言えば、カイの感想を聞いてませんでしたね。 どうでしょう、似合いますか?」
水着姿のプリムがその姿を”俺に見せつける為に”その場で一回転する。
さっきまで遠くから見てはいたが、改めて近くで見ると…何かこう……”イイ”と思う。
プリムが身に着けている水着は、リボンがあしらあれた白いビキニだった。
更に腰には、薄紫色のパレオが巻かれている。
「あ、ああ……いいと思う」
「そうですか! カイにそう言って貰えると、自信が持てます!! さっきまで、”私には可愛すぎるかな?”って思っていたもので……」
「そ、そんなものか?」
「そんなものです。 それに……”恋する女の子”には好きな人の肯定は最高の賛辞ですから!!」
「ッ!!!」
ああ、もう……なんでコイツはこれだけの事でこんな眩しい笑顔になれるんだよ……。
俺の方が恥ずかしいぐらいだ、まったく。
「「「おおーーーーー」」」
「いやぁ、相変わらずラブラブだよねぇ~。 皆、邪魔しちゃ悪いし向こうに行ってようか?」
どうやら、今までの俺達のやり取りは皆の注目を集めていた。
普段の村での生活で刺激に餓えている性か、子供達は俺とプリムの甘いやり取りを眼を爛々とさせて見ていた様だ。
ってか……ヴィクター、煽ってんじゃねぇよッ!!
「いやぁ、眼福眼福でござる」
「ッ!?」
一体、何度目になるのか……毎度の如く一文字がいつの間にか俺の横に立っていた。
しかも、ふんどし一丁で覆面を被った姿で……。
「お、お前、この数日姿を見かけなかったけど、今までどこにいたッ!?」
「皆さんと一緒に居たでござるよ? 覆面を脱いで海賊達と似たような恰好をしていたでござるから、目立たなかっただけでござろう」
それにしたって、目立たな過ぎだろうッ!?
俺はてっきり、また一人で単独行動しているとばかり思っていたぞ!!
「実は…密かに”野猿海賊団”の内偵をしていたでござるよ。 万が一もあり得ると思ったでござるから」
「……なるほど」
「彼等は気持ちのいい御仁方にござる。 拙者等が誠実でいる限り、裏切りの心配は無いと思うでござるよ」
「それは分かった。 で、お前はなんで”今”、”そんな恰好で”この場に現れた?」
「海水浴に紛れるならやはり水着姿でござろう?」
ふんどし覆面が水着?
分からん……コイツだけは分からん……。
「それとお婆殿からの伝言でござる」
「婆さんから?」
「『件の行商人が今日の夕刻頃には戻って来るので、夕飯時に皆集まる様に』との事でござる」
◆
「君たちが婆様の言っていた陸から来た人たちだな? 私はこの村の者で行商人をやっている”カイリ”という者だ。 大体の事は婆様から聞いている。 そっちの子が親父さんを探しているそうだな?」
「うん、そうなんだ。 ボクと同じ茶色の髪をした長身細身の探偵で、名前は”エドワード・ロウ”っていうんだ」
「ふむ……」
カイリと名乗った行商人は、ヴィクターの説明を受けると考え込む事少々…。
「一人…それらしい奴に心当たりがある」
「ほ、ホントッ!?」
「確か…名前は”エド”だったか…。 確か、そう呼ばれていたな」
「エド……それって、パパが親しい人達に呼ばれる時の呼び名と同じだよ!」
「可能性はありそうだな。 そのエドって人は何処にいるんだ?」
「何処にいるかは私にも分からんよ。 ただ、その”エド”って男が”黒熊”の”参謀”として傍に侍っているのは間違いないらしい」
”黒熊”の”参謀”!?
「”黒熊”って……あの?」
「そう、”黒熊海賊団”の一員って事だな。 もっとも、最近入ったばかりで客分扱いとも聞くがな」
「よりにもよって険悪になっている一角の客分か……」
「また、厄介な所におるもんじゃ。 どうにかならんかのぉ」
「せめて、本人かを確認できればいいんだが……」
「……その程度なら、何とかなるかもしれん」
手詰まりで落ち込みムードだった俺達に、カイリはそう呟いた。
「どういう事だ!?」
「まあ、慌てなさんな。 これには順序があるのでな」
そう言うと、カイリは懐から油紙に包まれた何かを取り出した。
「婆様、それと坊。 ”荒鷲”の旦那からお二人への手紙です。 恐らくは、例の”定例会議”の召喚状かと…」
「あー、あったな月一の”定例会議”! ……ここ三か月、顔を出してないけど」
「その度に俺が呼び戻されて、俺が代理に行かされてたんだがな……」
ああ、やっぱり副長は貧乏くじ引くタイプなんだな。
「こりゃ、ちがうねぇ……」
「おや、”召喚状”では無いので?」
「いいや、間違い無く”海賊同盟からの召喚状”だね。 ただし……”定例”ではなく、”緊急”のだね」
”緊急”……”海賊同盟”に何かあったのか?
婆様は、手紙の内容を一読するとその手紙を”野猿”に回す。
手紙を見た”野猿”は、今まで見た事の無い苦々しい表情をしていた。
「内容は……部外者の僕達が聞かない方がいいか」
「婆ちゃん、ソウヤ。 こいつはオレ様達の手に余りそうだ。 コイツ等に話しちまおうと思う。 いいか?」
”野猿”が初めて見せる真面目な表情で、婆様と副長に伺いを立てる。
二人はそれに首を縦に振る事で答えた。
「エンリケ曰く……”海賊同盟内に裏切り者がいる”、だそうだ」
「う、裏切り者……」
「そいつは”同盟の取り決めを破り、船一艘の乗客、乗組員を皆殺しにした”んだと」
「胸糞悪りぃな……。 ”海象”の野郎だってそこまではやらねぇぞッ!!」
「だからこその”緊急会議”だろうねぇ。 ”海象”や”黒熊”が宗旨替えしたのか、それとも他の奴等がやらかしたのか……その是非を問おうって事だろうね」
何かきな臭い事になって来たな……。
ともあれ、この会議はヴィクターの親父さんを探す絶好の機会ともいえる。
「俺達もその会議についていく事は出来るか?」
「なんだと?」
「オレ様”配下”って名目なら大丈夫だ。 ただ、会議場には連れて行ける人数が決まってるから全員は連れて行けないぞ」
「”黒熊”はその”エド”って参謀を連れてくると思うか?」
「可能性は高い。 今まで”黒熊”の配下にはいなかったタイプの人材だからな」
「よし……会議場にヴィクターを連れていければ、その”エド”がヴィクターの親父さんかどうか確認が出来そうだな。 後は……」
俺はさっきまで落ち込んでいたヴィクターに目を向ける。
「パパかどうかを確認した上で、他の海賊達に不審な反応が無いか見てろって事?」
「ああ、それと……一文字」
「お呼びでござるか?」
”いつの間にか部屋の中にいた”一文字が”わざわざ覆面をつけながら”前に進み出る。
「い、いつの間に……」
「まあ、拙者は”素顔は地味”でござるからな…」
「他の海賊達にばれない様に”エド”に接触できるか?」
「ふむ、一言二言伝える程度なら可能かと存ずるでござる。 何と伝えるでござるか?」
「ただ、”娘さんが探しに来てる”ってそれだけでいい」
「了解でござる」
一文字は俺の言葉に頷くと、”覆面を外しながら後ろに下がって皆の後ろに消える”。
「あんな事言ってどうするつもりじゃ?」
「どうするもこうするも、こういうのは”専門家”に任せるのが筋だろ? 親父さんがヴィクターの言う様に切れ者なら、”ヴィクターの行動”からやろうとしている事を察せるんじゃないかってな?」
「なるほど……良くそんな事考え付くね」
「昔見たもので、ちょっとな?」
まあ、元ネタは昔読んだ事のあるラノベなんだけどな……。




