第六話 野猿のヤオト
私達が海賊同盟に属する”海賊にして冒険者”の”野猿”を探しにジェマ島まで来て三日が経ちました。
昨日までの二日間で”野猿”がジェマ島に帰ってくる様子もありませんでした。
今日一日は”野猿”が帰ってくるのを待つ予定になっています。
「それじゃあ、奥様行ってまいります。 夕食の時間までには戻りますから」
「ええ、気にしないで楽しんでらっしゃい。 ”私の事なんか気にしないで”二人で楽しく…ね?」
本日の留守番役の紅玉さんが、”ドスの利いた奥様言葉”で私達を送り出してくれました。
……そんなに留守番役が嫌だったのでしょうか?
ともあれ、必要な買い物は”昨日の内に済ませてしまった”ので、今日はカイと二人連れ立ってお出かけです。
要するに……”デート”です。
とは言っても、私はメイド服で、カイは普段の恰好で剣を背負った護衛スタイルなので”切原夫婦”としてですが……。
でも、夫婦でもデートはデートです!
◆
「あー、プリム?」
「はい、何でしょう?」
「何時まで、そうやっているつもりなんだ?」
「勿論、今日はずっとですよ。 この人混みでは、こうしていないと逸れてしまいます」
「それは…そうだが……」
私達は大勢の人々が行き交うジェマ島の市場に来ていました。
このごった返す人混みで逸れない様にする為に私達は”腕を組んで”歩いていました。
勿論、カイは終始照れていましたけどね。
私達が露店を覗きながら市場を物色していた時の事です。
「あ…カイ、あそこにいるのはヴィクターじゃないですか?」
「ん? アイツ、あんな所で何やっているんだ?」
ヴィクターは周囲をさり気なく注意しながら裏路地に入って行く所でした。
私達は一瞬顔を見合わせると、ヴィクターの後を追う事にしました。
「ヴィクター!」
「カイ、プリム!?」
「何やってるんだ?」
ヴィクターは人差し指を口元に当てて”静かにする”様に私達に合図を送ると、私達に手招きをしました。
「丁度良かった…よかったら付き合ってよ二人とも」
「どうしたんですか?」
「実はね……”野猿”の一味の一人を見つけたんだ…」
「何!?」
「食料調達に戻っているらしい事を偶然聞いてね、さっきから尾行してたんだ」
そう言うヴィクターの視線の先には、荷物を抱える若い男性の姿が見えました。
身長は私と大差無いぐらいの身の軽そうな青年です。
「このまま”野猿”の所まで案内してもらおうと思ってね」
「でも、なんで私達が居て丁度良かったんですか?」
「相手は、仮にも”海賊”だし…荒事になった時の為にね?」
確かに、荒事になったらヴィクターでは対応しきれないでしょう。
相手は”個人の武勇を誇る””野猿海賊団”です。
「しょうがねぇな……プリム、デートは一時中断だな」
「はい」
「……埋め合わせはその内するから」
「気にしなくてもいいのに……」
「彼氏としての面子の問題だ…」
「では、楽しみにしていますね」
「おーい、早く来ないとおいて行くよー」
私達は慌ててヴィクターの後を追いました。
◆
”野猿”の一味の男を追跡して暫し、見つかる事無く人通りの無い倉庫街まで追って来る事が出来ました。
私達が追っている男は、追跡を受けているのも知らずに鼻歌交じりで倉庫街を奥へ奥へと進んでいきます。
「この先には確か、貨物積み下ろし用の桟橋があったはずだよ」
「それじゃあ、”野猿”の船はそこに停泊しているのか?」
「多分ね…」
「カイ、ヴィクター…あの男が止まりました!」
男は倉庫街の真ん中で立ち止まっていました。
何をするでも無く空を仰ぎ見ていたのです。
「何してんだ?」
「さぁ…?」
「………ッ!」
不意に、私達の周りに気配を感じました。
私達の尾行に気がついていたッ!?
「キキキ……そこの坊やはイイ線いってたんだけどなぁ……。 仲間と合流した時点で尾行が雑になったみたいだなぁ?」
「ッ!?」
その声を合図に私達の周りを取り囲む様に人影が現れました。
その数は、十人以上いるでしょうか…。
皆、その手に変わった武器を持っていました。
「棒…はいいとして……”ヌンチャク”、”トンファー”に”サイ”……それにあれは”船の櫂”か?」
「トンファー…でしたか。 私の”守護棍”と酷似した武器は…」
「な、なんなの!? この”トンデモ武器”の集団はッ!!?」
「トンデモとは失礼だなぁ! オレ様達の故郷ではどれも割と普通の武器だぜ?」
戸惑う私達に”先程まで尾行されていた男”が声をかけてきました。
よく見ると、男の腰帯には”ヌンチャク”と呼ばれていた連接棍が差さっていました。
「で…わざわざオレ様を付け回してたんだから、何か用があるんじゃないのか?」
「あ、アンタ等が”野猿海賊団”か!?」
「ああ、そうだぜ! オレ様達が”野猿海賊団”だ!!」
「ふむ…賞金目当ての賞金稼ぎには見えんがな…」
”船の櫂”を持った男が私達を値踏みするように見回してきました。
周りの様子を見る限り、この男がリーダーの様です。
「アンタが”野猿のヤオト”か? 俺達はアンタ達に人探しに協力してもらいたくて探していたんだ!」
「人探しぃ? 俺等には似つかわしくない案件だな」
「それには事情があるんだよ! せめて話だけでも聞いてよ!!」
「どうするよ?」
私達の訴えに”リーダーと思わしき男”は、”私達が尾行していた男”に話を振りました。
「いいんじゃねぇ? そこそこには面白そうだしな!!」
「馬鹿野郎。 俺等に利がねぇだろうが!」
「そんなもん、後で拵えればいいんだよ!」
そう言うと、男は私達に向き直って”悪巧みをしている様な笑み”を浮かべて提案してきたのです。
「なぁ、オレ様達がお前達に協力するかどうかを”勝負”して決めねぇか?」
「…”勝負”ですか?」
「おう、お互いに代表を出してタイマンでバトルんだよ! お前達が勝ったら、オレ様達はお前達に全面的に協力する”ってのでどうだ?」
「なッ!? 何を勝手な事を言ってやがる、このエテ公が!!」
「キキキ…だって、その方がより”面白い”だろう?」
「それはいいとして……アンタ等が勝ったら俺達に何を要求する気だ?」
「そうだなぁ……」
男は”意地悪そうな笑み”を浮かべると、私に対して視線を向けてきました。
「それじゃあ、オレ様が勝ったら”姉ちゃんがオレ様のオンナになる”ってのはどうだ?」
「な、何を言ってやがる!!」
「……私、ですか?」
「そそ、”アンタ”だ」
「勝負してそっちが勝ったら”プリムをよこせ”かぁ……」
自分達が勝ったら”私をよこせ”…男はそう言っていました。
それにカイは即座に食ってかかっていましたし、ヴィクターも難色を示していました。
「それで…勝敗はどの様に決めるんですか?」
「「プリムッ!?」」
平然と答える私に、二人は驚いていました。
「オレ様だけがルールを定めるのもなんだな。 それはそっちで決めていいぜ!」
「自信が御有りの様ですね?」
「当たり前だろ? オレ様が”図体ばかりデカい人相の悪い野郎”に負けるわけが無いだろ?」
「ぁんだとぉッ!!!」
「まあまあ……」
どうやら向こうは、私達の中からカイが代表して出るとみている様です。
私はメイドの恰好をしており、ヴィクターは幼い少年の装い……無理も無いでしょう。
「では…”先に有効打を与えた方の勝ち”って事でどうでしょう?」
「キキキッ! おいおい、それじゃあ明らかにオレ様が有利だろう? それとも姉ちゃんはオレ様のモノになるのを望んでるんじゃねえのか?」
「さて、それはどうでしょうね?」
男は”自信満々の笑み”を浮かべて私の前に進み出ました。
「キキキ…いいぜ、それで。 こっちの代表はこのオレ様、”野猿のヤオト”だ!!」
ああ、彼が”野猿”でしたか…。
私の想像よりも随分と子供っぽい感じですね。
「で? そっちは誰を出すんだぁ?」
”野猿”の眼は明らかにカイを見ていました。
なるほど、身軽そうな彼ならカイから先に有効打を奪う事も容易い事でしょう。
私は”カイに視線を送る”と、カイを差し置いて前へ進み出ました。
「お、おいッ!」
「私、”切原 プリムラ”がお相手いたします」
私は、スカートの中に隠し持っていた”守護棍”を抜き放ち構えました。
どうやら、向こうは”私が代表で出てくる”とは思っていなかったのかざわめきが聞こえてきます。
「おいおい、姉ちゃんが相手かよッ! 後ろのデカブツは姉ちゃんの後ろに隠れて何もしないのかッ?」
「違いますよ? 私が望んで出て来たんです」
「キキキッ!! さては姉ちゃん、俺に惚れたか?」
「それは…勝敗を決しれば自ずと分かります」
私と”野猿”は十歩ほどの距離を空けてから、お互い構えました。
私は、守護棍を構えて腰を低く落としました。
対する”野猿”は、小気味良くヌンチャクを振り回してから棍の片側を脇で挟み、軽快なステップを刻み始めました。
「キキキ…オレ様、本気になっちゃうから、覚悟しろよ姉ちゃんッ!!」
「此方も手加減は無しです。 遠慮なくどうぞ?」
「そう? それじゃ、遠慮なくッ!!!」
そう言うと”野猿”は十歩の距離を一飛びで詰めてきました。
「先ずは、小手調べだッ!!!」
ヒュン ヒュン ヒュンッ
そのまま、華麗なヌンチャク捌きで目にも止まらぬ三連撃を放ってきました。
私は両手の守護根でその攻撃を捌くと同時に横薙ぎの蹴りを繰り出しました。
「おおっとッ」
”野猿”は私の蹴りを余裕をもってバク転で躱すと、再び距離を取りました。
「おぅ、あぶねぇあぶねぇ! 姉ちゃんの武器は旋棍の方じゃなくって、その”可憐なあんよ”の方だったかッ!!」
「目にも止まらぬ変幻自在の三連撃……お見事です」
「こりゃあ、思ったより強敵だなぁ……あのデカブツとやるよりキツそうだぜ…」
そう言うと”野猿”の顔から”軽薄な笑み”が消え失せました。
刻んでいたステップをやめると、今までの”動”の構えから一転して”静”の構えへと移行したのです。
片足を前に出し、顔の横でヌンチャクの棍を両手で握り持っていました。
手に握ったヌンチャクの紐が、引っ張られているのかギリギリと微かな音を立てています。
「フゥゥゥゥーーーーー……」
「あのエテ公め、本気になったか。 こうなったら、あの娘に勝ち目は薄そうだな」
「カイー! 向こうあんな事言ってるけど、プリム大丈夫かなぁ?」
「不安が無い訳じゃ無いが……俺はプリム信じる! なにせアイツは……”神の欠片無しなら俺より遥かに強い”からな」
どうやら、あれが”野猿”の本気の構えの様です。
本気でやって無くて捌くのがやっとだった攻撃が今度は本気で打ち込まれる……。
今の私では、捌く事は出来ないかもしれません……ですが…。
「次の一撃で決着としましょう…」
私は”野猿”にそう宣言すると、左腕を”盾を翳す様に”顔の前に上げて”野猿”へと駆け出しました。
私が攻勢に出たのを見た”野猿”は引き締めた口元を緩めると笑みを浮かべました。
「勝負を逸ったなッ! もらったぁぁぁぁぁッ!!!!!」
”野猿”の手の中に握られていたヌンチャクが、正に”目にも止まらぬ”速度で放たれました。
さっきまでの連撃とはうって変わった、”一発にすべてを賭けた一撃”です。
躱せないッ!! …………でもッ!!!
その動きを読んでいた私は、ヌンチャクが放たれるより一瞬早く”右腕を野猿に突きだした”のです。
「ッキ!?」
私の右手には、守護棍が”本来とは逆に棒の部分を握った”状態になっていました。
つまり、”T字になった握りの方”を”野猿”に突きだしたのです。
バキィッ!!!!!!
本来なら、”握りの部分でヌンチャクを絡め取る”つもりで出した突きでしたが、”ヌンチャクの威力が強すぎるせいか”一撃で握りをへし折られてしまいました。
ですが、守護棍にぶつかった事でヌンチャクも弾かれる形になりました。
「貰いましたッ!!!」
「キッ!!?」
私は右手の守護棍を即座に手放すと、間髪入れずに”野猿”の側頭目掛けて回し蹴りを放ちました。
ドゴォォォォォォォォッ!!!!!!
驚くべき事に”野猿”は、あの体制から私の蹴りを腕でガードしたのです。
ですが、威力を殺しきれずに”野猿”はその場で横倒しになって地面に転がりました。
「チィッ!!!」
それでも瞬時に起き上がろうとする”野猿”に、更に追い打ちで顔面目掛けて蹴りを繰り出しました。
「……………」
「私の勝ち……それでいいですか?」
私の蹴りは、”野猿”の顔面の数ミリ手前で止まっていました。
”野猿”は引きつった顔で私の方を見ると、首を縦に振ったのです。
それにより決着がつきました。
私の勝ち…です!
「な、なぁ! オレ様の負けは認めるが……姉ちゃんにどうしても聞きたい事がある!!」
「何でしょう?」
へたり込んだままの”野猿”が私に質問をしてきました。
やはり、最後の一撃を寸止めした事に対してでしょうか?
「……やっぱりさ、”黒”はないんじゃねぇ?」
「……へ?」
……黒?
何の事でしょう?
「だからよぉ……清純系の姉ちゃんが”黒のパンツ”だなんてって……そこは”基本的に白”、いいとこ”ピンク”だろうッ!?」
「ッ!!!!!!」
スッパァァァァァァァァァンッ!!!!!!
「こ、これはアンダーですッ!!!!!」
私は羞恥に震えながら大声で抗議しました。
しかし、その直前に私の”踵落とし”をモロに食らって痙攣している”野猿”の耳にはその抗議の声は届いていないようでした。




