第一話 プリムラの朝、魁の剣
「本日より、こちらでお勤めさせていただく事になりましたプリムラと申します。 どうぞよろしくお願いいたします」
プリムラは、深々と頭を下げて自己紹介をする。
「マルコから、話は聞いてるよ。 あたしはアンナ、よろしくね!」
気風のいい姉御風の女性がプリムラの肩をポンポン叩く。
「早速で悪いけど、朝食まで時間が無いから働いてもらうよ?」
「はい」
「それじゃ皆始めるよ!! 配置は、昨日と同じでよろしくね! プリムちゃんはー…先ず野菜を洗って貰おうかな?」
「解りました」
アンナの号令に従い、10名程のバックヤードスタッフが慌ただしく動き出す。
プリムラも自分に次々に与えられる仕事をこなしていく。
瞬く間に、大量のパンが積み上がり、山盛りのサラダが幾つも並び、大鍋にいい匂いのするスープが出来上がっていく。
もうすぐ朝食の支度が整う頃…
「アーンナさーん、ご飯まーだー?」
一人の女性が陽気な声を上げながら天幕から出て来た。
露出度の高い服を着て、化粧をしている所を見るとどうやら遊女の一人の様だった。
「もうちょいでできるから、大人しく待っててね!」
「ぶー! あたしってば、お仕事後でおなかすいてるんだってばー!!」
女性は、軽くあしらうアンナにぶーぶー駄々をこねる。
「駄々をこねたってダメな物はダメ! 大人しく待ってな!!」
「はーい…ちぇ~」
「皆、ヴィオちゃんに”エサ”を与えちゃだめよ!!」
「え…”エサ”って…」
”ヴィオちゃん”と呼ばれた女性の扱いにプリムラは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
きゅぴーん!!
「あれあれ? こんなかわいい子いたっけ? 新人さん?」
さっきまでぶーたれていた”ヴィオちゃん”は、見慣れないプリムラに目をつけるとずいずいと近寄ってくる。
「えっと…今日から働かせてもらっています、プリムラと申します」
「へー、プリムラちゃんかー! うん、かわいいね!!」
「かわいいって、そんな…」
「あたしは、ヴィオレッタ。 ここでお客取ってるの。 よろしくね!!」
ヴィオレッタは、プリムラの手を取って嬉しそうにぶんぶん握手した手を振る。
「アンナさん、ご飯までこの子借りるね?」
「…え?」
「なんだ、またかい?」
”借りる”の言葉にアンナが溜息をつく。
「え…これはどういう…」
「いいからいいから!!」
「ちょ、ちょっと待っッ!!」
プリムラは、『待ってください』と言い終わる前に腕を引かれて天幕に引きずり込まれた。
30分後……
「朝ご飯の時間だよッ!!! 皆、起きた起きたッ!!!!!」
アンナのフライパンを叩く音でキャラバンの人達が集まってくる。
昨晩お客を取っていた遊女達、寝ずの番をしていた護衛達、それにバックヤードスタッフを含めれば総勢で50人はいるだろうか。
「あの…ヴィオレッタさん?」
「なーに?」
「私は、この格好のままで給仕をするんですか?」
「うん、かわいいからOK!!」
そこには、”たっぷりフリルのついた””メイド服っぽい”服を着て給仕をしているプリムラの姿があった。 しかもスカート丈は申し訳程度しかなく、下手に身を屈めたら見えてしまいそうな程だった。
「あー、アンナさん。 これって、”アレ”かね?(ニヤニヤ)」←マルコ
「ご明察、いつもの”アレ”(苦笑い)」←アンナ
「また”アレ”か(頭を抱える)」←ハッサン
「”アレ”だね(呆れ顔)」←アンリ
「相変わらず、ヴィオの”アレ”はいい趣味してるわねぇ(ニヤニヤ)」←カルメシー
「………(気を使って見ないようにしている)」←曹
「ほぅ、そういう格好も中々似合うのう(ニヤニヤ)」←ウォルフ
「……あ、あー…えーと…(目を泳がせる)」←カイ
「み、皆さん見ないでくださいッ!!!(涙目)」←プリムラ
後から聞いた話だが、”ヴィオレッタ”という遊女は、”かわいい女の子”を見るとその子を”自作の可愛い衣装”で”着せ替え人形”にするのが趣味だという困った性癖の持ち主だった。
一ヶ月の旅の間、時折ヴィオレッタにつかまったプリムラが”着せ替え人形”と化している姿が度々見られるようになった。
◆
俺の目の前でウォルフ老が訓練用の刃を潰した剣を持って立っている。 前と違って鎧は着ていない為、60を過ぎた老人とは思えない筋骨隆々の身体が服の上からでも分かる。
「ほれ、折角儂が”比較的苦手な”剣を使って相手してやっておるのだ。 一本ぐらい取って見せろ、小僧」
「ぐ…こっちは”素人”だってのに…」
「戦場では、”素人”なんて言葉は意味を成さないぞ。 意味を成すのは、己の腕と知恵のみだ」
「知恵?」
「おう、戦場で頭が回らん奴は、遅かれ早かれ死ぬ。 足元が見えておらんからな」
(頭を使えって事か…)
暫しの逡巡してから動き出す。
走りながらウォルフ老に突きを繰り出す。
「フン、単調だのぉ!!」
当然と言わんばかりに俺の剣を横薙ぎに剣で弾く。
(どうにでもなれ!!)
俺は、弾かれた剣から手を離した。 俺の剣は、俺の手を離れ遠くに飛んでいく。
それと同時にウォルフ老の剣を持つ右腕に蹴りを放つ。
「ッ!」
ウォルフ老は、俺の蹴りを止めようと左手で遮ろうとするが間に合わない。
俺の蹴りは、ウォルフ老の右腕を蹴り飛ばす。 その勢いで剣が宙を舞った。
(よし、してやったぜ!!)
「中々良い手だ。 欠陥だらけだがな!!」
「なッ!?」
次の瞬間、蹴りを繰り出した俺の足はウォルフ老の右腕に掴まれていた。 そしてそのまま持ち上げられて宙吊りにされる。
「剣に固執しなかったのは中々に良かったが、無手で儂に挑むとはのぉ」
「ぐ…何が、いけなかった?」
「先ず、お前は無手に関しては、剣以上に素人だ。 その上で武器を持っている相手の前で武器を手放した。 そして何より…」
「な、何より?」
ウォルフ老は、ニヤリと笑った。
「儂は、”剣”より”無手”の方が得意だったと言う事だ。 儂は、”剣は比較的苦手”と言ったはずだがのぉ?」
「ぬわ…そんなのアリかよ~!」
「洞察力も足りんようだな。 それじゃ”仕置き”だ」
ウォルフ老は、俺の足を掴んだまま”俺を振り回し地面に叩きつけた”。
「これで今日14回目の死亡だ」
俺の意識は、その言葉を最後に闇に沈んだ…
◆
俺が目を覚ましたのは、日が傾き始めた頃だった。
俺の身体には、毛布が掛けられていた。 誰かが掛けてくれたのだろう。
「おう、小僧。 気分はどうだ?」
俺の傍には、ウォルフ老が座っていた。
「ッ! まだ、背中に痛みが…」
「ふむ。 まあ、しばらく横になってろ」
俺は、ウォルフ老の言うとおりに横になる。 正直、寝てた方が楽だ。
「時に小僧。 お前、”あの剣”は”森で拾った”と言っていたな」
「? ああ、そうだけど?」
「ふむ…」
「爺さん?」
「お前、あれが持ち上げられるか?」
ウォルフ老が指さしたのは、ウォルフ老の愛用の斧槍だった。
「多分、持ち上げるだけなら…」
ウォルフ老の斧槍は特注の品で、総鉄製の業物だ。 持って見た感じだと、20~30kgぐらいかそれ以上ありそうだった。
「あれを三本同時には?」
「いや、流石に無理だろ…」
「ふむ…」
「それが何か?」
ウォルフ老は、顎鬚を撫でながら難しい顔をする。
「爺さん…さっきからどうしたんだよ?」
「まあ、待っとれ。 もう、来た」
そこに現れたのは、銀髪の魔術師アンリだった。
「ウォルフ老、僕を呼んでいると聞いたけど? ああ、新入りも一緒か」
「む、他でも無い。 魔術に詳しいのはお前だけだしのぉ」
「魔術関連? 確かに僕の分野だね。 それでどんな事を聞きたい?」
「実際持って見たほうが早い。 あの剣を持ってみろ」
そう言ってウォルフ老が指さしたのは、俺が持っていた”あの剣”だった。
アンリは、腑に落ちない表情で剣に手を伸ばす。
「これがなんだっていう……ッ!! な…なんだ、これ!?」
剣を持ち上げようとした瞬間、アンリの顔色が変わる。
(ん、何かおかしい事でもあったか?)
「因みに儂でも持ち上げるだけで精一杯だったわい」
「なッ!?」
(はぁ!? あの斧槍を片手で振り回す爺さんがかッ!!?)
ウォルフ老とアンリは、二人して難しい顔をしながら小声で話し始めた。
俺は、起き上がって二人の傍らに置いてある剣に手を伸ばして持ち上げた。
「っと…」
先程持っていた時と変わらない、”ズッシリ重いが振り回せないほどでも無い”重さだった。
「……ウソだろ!?」
「小僧は、先程まで儂と”その剣”で打ち合っておった。 間違いなかろう」
「えーと…どういうことだ?」
「どうやら”その剣”は、”小僧以外”が持つととんでもない重量になる仕掛けでもあるみたいだのぉ」
俺は、言われた事が中々理解できずに、剣を見つめて呆けていた。
「可能性の話になるけど、恐らくは魔術的なプロテクトが施されているんだと思う。 僕の居た世界では、位の高い騎士や貴族が先祖伝来の宝剣なんかに施しているのが一般的だったね」
「これもその類だと?」
「多分ね」
持ち主以外が持てなくなるプロテクト…
「あれ? それっておかしくないか?」
「何がおかしいっていうんだ?」
「だって、その剣はこの世界に来てから”森の中で拾った”んだぞ。 なんでプロテクトなんか…」
「小僧が最初に触れたから、主に選ばれたという可能性は?」
「うん、あり得るね。 森に落ちてたってのが気になるところだけどね…」
持ち主しか持てない剣…
「高名な魔術師や魔術研究家なら何かわかるかもしれないね。 何か、特殊能力とかあるかもしれないし」
「特殊能力…」
(蜘蛛モドキを粉砕した時にできていた爆発痕とも関係があるのかも…)
「儂の見立てでは、その剣自体は中々の業物のだのぉ。 小僧が持ち続ける気があるならそのまま使ってた方が良いと儂は思うぞ?」
「今まで振るってて何も無かったのなら、危険な呪いとかは無さそうだね。 断言はできないけど、手に馴染んでるなら無理に他の剣に変える必要無いんじゃないかな?」
ウォルフ老とアンリは、それぞれにお墨付きをつけてくれる。
「そう…だな。 ”こいつ”で一度死線も潜り抜けているし、なんとなく愛着もあるしな」
剣を軽く振ってみる。
重い事は重いが、その重みが今は頼もしく感じる。
「小僧、それを相棒とするなら”名”でも与えて見てはどうだ?」
「名…剣に名前をつけるのか?」
「物に名を与えるというのは、物に魂を込めるという事だ」
「何か、考えて見るかな?」
剣を見つめながら呟く俺を見ながら、ウォルフ老は微笑んだ。