幕間 怒れる閃光、吠える荒鷲
”白銀の騎士”は海洋上に浮かぶ船の上に降り立った。
「なんだ……この惨状はッ!?」
甲板の上には折り重なるように無数の”死体”が転がっていた。
斬殺されたもの、殴殺されたものなど殺され方は様々だったが、確実に言える事は”全員が殺されている”と言う事だ。
「女子供すらお構い無しで皆殺しか……なんと惨い…」
『ロード! ロード!!』
騎士の従者である”白い子竜”が、騎士の肩に降り立つ。
『船室の方も確認してきましたが、生存者はいませんでした。 これは、海賊の仕業でしょうか?』
「海賊同盟か……今までは縄張りを通る船から保護料を取るだけで、襲うのは保護料の支払いを拒否した船だけだったはずだ」
『昨今では、商船を襲って積荷を奪う事が多くなっている様ですが……』
「それにしたって、こんな大規模な虐殺をするなどッ!?」
憤る騎士の傍らで、子竜は何かに気がついたのか、首を左右させて辺りを見回した。
「どうした?」
『帆のはためく音が……船が近づいてきている様です!』
「なんだと!? どっちだ?」
『あちらの方角です!!』
騎士は子竜の指し示す方角に眼を向け、小さく呪文を唱える。
視力強化の呪文だ。
強化された騎士の眼に三隻の軍艦が見えた。
「……”髑髏に泊まる鷲”の海賊旗ッ!!!」
『”荒鷲”の旗じゃないですか!?』
”荒鷲”とは海賊同盟を構成する、七つの海賊団の一つで海賊同盟の中でも最も強い勢力を誇る海賊団である。
「まさか、この虐殺は奴らの仕業か!?」
『どうしますか、ロード? 相手は、少なく見積もっても百名はいるものかと……』
騎士はしばし思案する。
「この人達の無念を晴らせぬままと言うのは口惜しいが、あの人数を相手取るには分が悪いか……引くぞ!」
『承知しました、ロード!』
そう言うと子竜は光に包まれた。
『ロード、お乗りください!』
子竜は、白銀の騎竜へと姿を変え、騎士を乗せて空へと飛び立った。
◆
「提督ッ!! 例の船から光が昇って行きます!!」
「ありゃあ、まさか……”海賊狩り”じゃねぇのか!?」
閃光と共に空から舞い降りる強襲者。
海賊を狙って狩る所から、それは”海賊狩り”と渾名されていた。
「静まれッ! 総員マスケットを準備して待機!」
提督と呼ばれた男の指示で、騒いでいた海賊達は瞬時に落ち着きを取り戻し武器を手にする。
「合図があるまで絶対に撃つな! …もっとも、”海賊狩り”が勝ち目の無い戦を仕掛けるとは思えんがな」
提督と呼ばれた男の言うとおり、しばらくすると閃光は彼方へと飛び去って行った。
「へへ、”海賊狩り”の奴、”荒鷲”の旗を恐れて逃げ出していきやがったぜ!!」
「奴は捨て置け! 本来の目的を果たすぞ! グロリアは船に乗り付けろ! レボルシオン、オノールは周囲の警戒をしろ!!!」
◆
「グロリア号、接舷完了ッ!!!」
「ペドロの隊は本艦で待機、ミゲルの隊は甲板上を、ダビドの隊は船室を調べろ!」
提督の指示で海賊達が接舷した船の中に散って行く。
「生存者の有無と、積荷の状況を確認しろ!」
近くの部下に指示を出して、提督は周囲を見回した。
「……徹底的にやられているな」
「提督、甲板上に生存者はいません。 老若男女、皆殺しです…」
「遺体を検める! 遺体を甲板上に並べろ! 部下共には”くれぐれも丁重に扱え”と釘を刺しておけ!!」
「了解です、提督!」
甲板上に折り重なるようにうち捨てられていた遺体が、海賊達の手によって一人一人並べられていった。
「提督、だめだぁ!! 積荷は取られた後だ!! 目ぼしい物は何にものこっちゃいねぇ!!」
「乗客の個人的な荷物もか?」
「それも粗方やられてる!」
船室を調べて来たダビドの報告を受けてから、甲板に並べられた遺体に視線を戻す。
「こんな強引なやり口、”海象”か”黒熊”の仕業に違いねぇ!!」
「……奴等が黙ってやるとは思えん」
「確かに…いくら強硬派の御二方とはいえ、”皆殺し”まではやりますまい」
「気になる点が二つある」
そう言うと、提督はミゲルとダビドに”身なりの良い婦人”の遺体を調べる様に指示する。
「気になる事はあったか?」
「身に着けている装飾品がそのままですね。 略奪目的なら身ぐるみ剥いでいても良いものなのに……」
「綺麗な女なら売れば金になるのに、何でただ殺しただけなんだ?」
「それだ。 もし”海象”や”黒熊”がやったなら、それを見逃すとは思えん」
提督は甲板に並べられた遺体を再度見渡し、動きを止めた。
「ん? どうしたんだ、提督?」
「……そう言う事か。 デセオ海で好き勝手やりやがってッ!!!」
提督は突然怒りを露わにすると、矢継ぎ早に部下達に指令を出す。
「ダビド、ペドロの奴に”エド”に連絡を取れと伝えろ! ミゲル、ここの遺体は船ごと海に葬る、急いで準備しろ!!」
「りょ、了解!!」 「わかったぁ!!」
提督の指令に従って、部下達が散ってゆく。
『忌々しい……”十年前の悪夢”を再現させる気かッ!!』
彼方を見つめながら、提督……”荒鷲のエンリケ”は吠えた。




