第二十九話 共に歩んで
「ん…まぶし……。 …ああ……もう朝か…」
カーテンの隙間から差し込んでくる朝日を浴びて、目を覚ました。
随分と上の方から日が差し込んで来ていた。
もう朝も遅い時間らしい。
「ああ、朝飯食い損ねたか……まあ、しょうがねぇか」
ふと、違和感を感じた。
あれ、俺はなんで裸で寝てるんだ?
それに右腕が重いな……いったいどうなっ……。
「すー……」
俺の右腕を枕にしてプリムが寝息を立てていた。
しかも、俺の身体に”一糸纏わぬ姿”で密着していた。
「……ああ、そっか」
段々と、寝ぼけた頭が覚醒していく。
昨晩、俺とプリムは”一夜を共にした”。
無論、男女として…だ。
「やべぇ…今更になって実感してきた…。 起きて来たら、どう声をかけたものか……」
……悩んでいても仕方が無いか。
それよりも……。
俺はプリムの寝顔から視線を離せないでいた。
「本当に無防備だな、コイツは……」
こんな無防備なのは、本当に安心して眠っているからなのかもしれない…。
そう思うと、俺がやらかした一連の事が妙に誇らしく感じてしまう。
「守って行かなくちゃな……何せ、コイツは”俺が守るべき姫”だもんな…」
自由に動く左手で、朝日を浴びてキラキラ輝いている髪を梳く様に撫でた。
たったその行為だけで、プリムへの愛しさが増していく。
「んん………」
髪を強く触り過ぎたのか、プリムは小さく身もだえすると眼を開いた。
「………あ、カイ……おはよう……ございます」
「ああ、おはよう」
プリムは”なぜ目の前に俺がいるのかが理解できない”様子で、怪訝な顔をしたまま周囲を見渡した。
そして、恐らく”昨夜の事を思い出した”のか、急に頬を赤らめて俯いてしまった。
「えっと……こ、これはつまり……夢じゃ…無いんですね?」
「あー、そうだな。 俺が起きた時からこんな状態だったしな。 ……嫌だったか?」
「嫌だなんて事は、絶対無いです! ただ……」
「ただ?」
「とても……恥ずかしいだけ…です」
あー、うん。 それは同感だ。
◆
俺とプリムは、朝起きた時の状態でいた。
気を利かせているか分からないが、誰も起こしに来ないからだ。
更には二人とも裸の為、どっちから先にベッドから出るか決めかねているのもあった。
「まあ、しょうがねぇよな?」
「そ、そうですね。 これではどうしようも無いですからね」
本音を言えば、お互い離れがたかっただけだ。
だから二人して色々と言い訳を考える。
そんなくだらないやり取りでさえ、幸せを感じてしまっていた。
「プリム、これは真面目な話なんだが聞いてもらっていいか?」
「はい、何でしょう?」
「あー、うん。 俺達の”式”の事でな…」
「ああ、それはとても大事なお話ですね」
「”式”をするのを、”待ってもらって”いいか?」
「……え?」
俺の言葉に、プリムの顔が陰る。
「それって…どういう?」
「そ、そういう意味じゃないんだ! 頼むから最後まで聞いてくれ!」
泣き出しそうになったプリムを宥めながら俺は話を続けた。
「それじゃあ、どういう意味なんですか?」
ムッとしながらも話を聞いてくれるようだ。
「で、できるなら、今回の事で世話になった人達も式に呼びたいじゃないか! 辺境伯一家とか、子破兄者とか、教皇は……呼ばなくていいか」
「確かに、それは同意できます。 で、本音は?」
やはり、見透かされていたか……。
本音は、個人的に情けない理由なだけに出来れば言いたくなかったが仕方ない……。
「………勿体無いって……」
「…はい?」
「いや、な……折角、プリムみたいな美少女と相思相愛になって置きながら、”恋人”の期間が無いのは勿体無いって……」
俺の本音を聞いて、プリムはキョトンとしていた。
呆れられたのかもしれない。
「一つ確認させてください」
「なんだ?」
「私との婚約はどうなります?」
「そのままでってつもりだったけど…。 ”恋人兼婚約者”って感じが理想かなと…」
「じゃあ、カイは私を妻にしてくれるんですね?」
「それは勿論! 近い将来、必ず!!」
不意に、プリムが険しい表情を解いた。
「それなら、承諾します。 こ、恋人同士って関係にも興味ありますし……」
「そ、そうか! なら、良かった!」
「ただしッ!!! 浮気なんかしたら絶対に許しませんからねッ!!!」
「分かってるよ! 流石に”マルコ”や”教皇”みたいにはなりたくないしな!!」
どうやら俺は既に尻に敷かれている様だ。
もはや、ハッサンやソリッド辺境伯を笑えないな……。
◆
それから数日後、俺とプリムは再び旅立つ事になった。
今回は、最初に旅をしたルートを辿ってオレルアン、カナン、アルモリアを経由してパーティーの仲間達が待つ港町グラナダを目指す。
クラナダまでは俺とプリムの二人旅だ。
「こうして二人を見送ったのは僅か二ヶ月前なのに随分と昔に感じるわね」
見送りに来てくれたのは、前回の旅立ちの時に見送りに来てくれた、スタジョーネ、プリマヴェーラの面子と、今回はプリムの元お嬢様のティリアさんとその息子のショーゴもいた。
ティリアさん達にはオレルアンまで一緒に行かないかと提案してみたが、一度出張中の旦那の所に行くらしいので今回の見送りとなったらしい。
「お姉様、行ってきます!」
「一応、心配無いとは思うけど身体には気をつけるのよ?」
「はい。 お姉様の旦那様にもよろしくお伝えください。 その内挨拶にお伺いしますので…」
「うん、伝えておくわ。 後、カイ君!」
「ああ。」
「プリムの事、よろしくね」
「勿論だ」
「プリムを泣かしたり、裏切ったりしたら”消し炭にする”からそのつもりでね」
「お、おう!」
俺の将来の義姉は非常におっかなかった。
できるだけ逆らわない様にしておこう。
「あー、プリムちゃん、プリムちゃんお願いがあるんだけどイイかな?」
「な、何でしょう、ヴィオさん?」
プリマヴェーラの遊女、ヴィオレッタがプリムを手招きする。
「プリムちゃん達のお式もすぐにやらないって話だし、その間にあたしがプリムちゃん用の”花嫁衣裳”作ってイイかな?」
「え、”花嫁衣裳”……ですか?」
「うんうん! 実はもう構想はあってー……ふんだんにフリルを盛り込んだ、”膝上30cm”ぐらいの!!」
「はい、アウトッ! それは既にスカートじゃないから!!」
「それって、既に丸出しだと思うんですけど……」
「ぶーぶー!」
結局”花嫁衣裳”は、ヴィオレッタが作って、キアラさんが検閲をかけたものを用意される事になった。
相変わらずヴィオレッタは絶好調の様だ。
ただ、人前で俺の彼女に”アレ”を着せるのだけはやめてほしい。
「ふむ、ヴィオも相変わらずじゃな。 儂の弟子の嫁に間違っても如何わしい恰好はさせんから安心せい」
「ああ、頼むぜ師匠。 俺はあの人は苦手なんでな……」
俺はあの勝負以降、ウォルフ老の事を”師匠”と呼んでいた。
「所でカイよ…」
「ん?」
「儂には以前、妻はいたのだがな子宝には恵まれなかった。 故に儂の弟子達は息子の様なものと思っておる」
「子破兄者も以前、似た様な事を言っていたな」
「子破の奴は未だ独り身じゃからのぉ……。 お前には期待しているぞ?」
「期待? 一体何を?」
「無論、”初孫”じゃよ!」
「気が早ぇよッ!!!」
まったく、いきなり何言いだすんだこの爺さんは!!
「この老い先短い爺の願いを叶えてくれんかのぉ?」
「ほっといても後五十年は生きそうなのに、老い先短いとか笑わせるなよ!!」
こんな事言っている内は、師匠はピンピンしてるんだろうな。
「まあ、冗談はともかく……”例の物”ちゃんと渡すんじゃぞ?」
「わ、分かってるよ!」
「”例の物”?」
「ああ!! なんでもない、なんでもないから!!」
実の所、俺はプリムに一つ隠し事をしていた。
幸いにも、プリムはすぐに他に呼ばれて事無きを得たが、ちょっと危なかったぜ……。
「プリム、これをあげるわ」
「お姉様、これは?」
ティリアさんが渡した物は、”赤色を基調とした長いマフラー”だった。
「私がこの世界に来た時に身に着けていたマントを仕立て直してマフラーにした物よ。 プリムも知ってると思うけど、非常に強い耐魔法能力を持っているわ」
「確か、威力の低い攻撃魔法程度なら無効化する事も出来るんでしたよね? こんないい物をいただいても良いのですか?」
「良いから持っていきなさい。 私には”義姉”として”義妹”に尽くしてあげる義務があるんだからね」
「はい……お姉様、ありがとうございます」
プリムは早速マフラーを身に着けてみるが、かなり長いようだ。
背中の方に流したマフラーの両端が赤い翼の様にも見える。
「カイ、どうでしょう? 似合いますか?」
マフラーを身に着けてプリムは、くるっと一回転する。
よっぽど嬉しかったんだろうな。
ちょっと特撮ヒーローっぽくも感じるが、プリムの黒い服に赤いマフラーはとても映えるので似合うと思う。
「うん、いいんじゃないか」
そっけなく答えたが、内心ではちょっとドキマギしていた。
ちょっとした仕草が、可愛く思える……。
「いい雰囲気の所申し訳ないんだけど、ちょっといいかしら?」
プリムに見惚れていた俺に横から声がかかる。
「キ、キアラさん!? 脅かすなよ……」
「色々とご馳走様。 一つ聞かせてくれる?」
「ああ、俺で答えられる事なら」
「カイはプリムちゃんや他の仲間の人達と旅を続けるつもりなのよね?」
「ああ、そのつもりだけど?」
「うん。 じゃあ、これにサインして」
そう言うとキアラさんは一枚の紙を差し出す。
「これは?」
「うちの退社届。 一応、カイはうちの所属って事になってたからね」
ああ、そういえば俺は”出張扱い”なってたんだった。
すっかり忘れてたぜ。
「なんか、結局好き勝手やってただけだな、俺は……」
「ううん、そんな事無いわ。 カイは、”私達の代わり”にプリムちゃんのお嬢様を探してくれたしね。 まあ、その後あんな風にプリムちゃんを持って行くとは思わなかったけどね」
「もう、そこはいいだろう!? 」
俺は退社届にサインをするとキアラさんに押し付けた。
「はいはい。 それじゃあ、これね」
「これは?」
「今までのお給料」
「いやいや、それこそ貰う訳にはいかないだろ!?」
「じゃあ、私からの餞別って事でね。 いいから持って行きなさい」
そう言って、俺に星貨幣の詰まった袋を押し付ける。
「お、恩に着るよ。 ありがとう」
「いいのいいの、その内物入りになるだろうからね」
恩を返すつもりが、また恩を受けちまったな……。
皆、本当にいい人達だ。
「んじゃ、そろそろ行くか?」
「はい!」
俺とプリムは荷物を背負う。
「皆、世話になった。 この恩はいつか必ず返しに来る」
「ありがとうございました。 このご恩は忘れません」
「恩など気にするな! ちゃんとプリムを守ってやるんだぞ!」
「プリムちゃ~ん、とびっきりの”花嫁衣裳”作っておくからね~!」
「カイ、しっかりやってこい!」
「二人とも喧嘩なんてしちゃダメよ!」
「プリム、カイ君、行ってらっしゃい!!」
「お姉様、皆さん、行ってきます!!」
「じゃあ、言って来るぜ!!」
俺とプリムは、二か月前と同じこの場所から再び旅立った。
◆
「先ずは、乗り合いバスでオレルアンまで行って、それから…」
「バスまで時間あったっけか?」
「そうですね……確か一時間ぐらいあったはずです」
「じゃあ、ちょっと付き合って貰っていいか?」
「え? 私は構いませんけど…」
俺はプリムの了承を貰うと、乗り合いバス乗り場に程近い公園へと向かう。
朝も早い時間の為、殆ど人は居ない様だった。
「本当ならもっと雰囲気とか出したかったんだがな…まあ、しょうがない」
「え?」
「ぷ、プリムに受け取って欲しいものがある!」
俺は緊張しながらコートの内ポケットから、”小さな箱”を取り出した。
無言でプリムの手に”小さな箱”を乗せた。
「これは?」
「開けてみてくれ」
俺に言われるままにプリムは”小さな箱”を開ける。
「わぁ…指輪ですね。 指輪何て、どうしたんですか?」
「俺の故郷ではな…婚約した時に男から女に指輪を贈る風習があるんだ。 あんまり時間が無かったし、金もちょっと足り無かったから師匠からいくらか借りたんだがな……。 だから、あんまり良いものとは言えないかもしれんが、受け取って貰えるか?」
「これを私に?」
「ああ」
プリムは嬉しそうに眼を細めて指輪を眺めている。
どうやら気に入ってくれた様だ。
「でも、このままじゃ受け取れません」
俺の予想に反して、指輪は箱ごと俺につき返された。
「な、なんで!?」
「だって……だって…」
何故か、恥ずかしそうに俯いた。
「どこの指に嵌めればいいか、私は知らないのですから…」
失念していた。
どうやら、プリムの故郷では指輪を贈る習慣は無いらしい。
「ですから……カイが嵌めてください。 その方が私も嬉しいです」
「あー…そういう事か。 そ、それじゃあ、左手を出してくれ」
「はい。」
プリムは手袋をはずして、左手を差し出す。
俺はその左手をそっと手に取ると、左手の薬指に指輪を嵌めた。
「わぁ……私、大事にしますね。 ありがとうございます、カイ」
「ああ、喜んでもらえて何よりだ」
俺達はどちらとも無く、手を取り合う。
「じゃあ、行くか?」
「はい!」
俺達は手を繋いだまま歩き出した。
これで第一章終了となります。
この後、幕間と今まで登場した主要キャラの紹介分を投稿した後、第二章に入りたいと思います。




