第二十八話 剣の騎士と盾の姫君
目を覚ました俺が最初に見たものは、見覚えのある木製の天井だった。
「あれ……俺って、何してたんだっけ?」
寝起きのせいかどうも頭が回らない……。
確か………そうだ、俺はウォルフ老と勝負をしていたんだった。
それで………だめだ、その後が何かぼんやりしてて覚えて無い…。
「こうして悩んでいても仕方ないか…」
ベッドから身を起こそうとするが、何故か身体に力が入らなくてうまく起き上がれない。
どうなってやがる!?
「んん……」
俺が身体を動かした時、近くで誰かの声がした。
そこにはプリムがベッドに寄りかかって寝息を立てていた。
ああ、そうだった。
限界まで”神の欠片”の力を使ってぶっ倒れたんだった。
って事は、プリムはぶっ倒れた俺を介抱しててくれたのか?
…………で、このラブコメ展開はなんなんだ!?
「ん……んん…」
眼を擦りながら、プリムが眼を覚ました。
「…ああ、いけない……寝ちゃってました」
「あー…おはよう?」
「ッ!? カイ!! 良かった……眼を覚ましましたかッ!!」
な、何か知らないけどプリムは目端に涙まで浮かべていた。
「心配をかけたみたいだな……」
「本当ですッ!! 二日も眼を覚まさなかったんですよッ!!!」
二日!? 俺はそんなに眠ったままだったのか!?
「でも、良かった……。 このまま目覚めないんじゃ無いかと……」
「え、縁起でも無い……。 まあ、心配をかけたみたいだな…すまん」
「いえ、そんな……」
そこで会話が途切れてしまった。
何と無く気まずい雰囲気になって来た……どうしたものか。
グ~~~~~~~~~
「「あ…」」
なんで、こんな時になるかな…俺の腹の虫……。
「そう言えば、二日も何も食べていないんですよね。 すぐ用意しますね」
「ああ、頼む」
「じゃあ、ちょっとだけ待っていてくださいね」
そう言ってプリムはいそいそと部屋を出て行った。
◆
「あ、あの…プリムさん? これはいったい…?」
「ダメですよ、身体が上手く動かないのでしょう?」
俺の目の前に”おかゆを掬ったスプーン”が差し出される。
要するに”あーん”ってやつだ。
「はい、口を開けてください」
「ぐ……」
身体が上手く動かない以上覚悟を決めるしか無い様だ。
俺は”覚悟を決めると”、意を決して口を開いた。
「はい、あーん」
俺の口の中にスプーンが差し込まれる。
こんな状態じゃ、味なんて分かりやしない……。
「はい、次です」
「…何時までつづけるんだ?」
「勿論、食べ終わるまでです」
「まあ、そうだよなぁ……」
結局、プリムの”あーん”攻撃は俺がおかゆを食べ尽くすまで続いた。
本当に……誰かに見られたらどうするんだ……。
◆
「え、ヴィクター達はいないのか?」
「はい、お父様の居所に目星がついたらしくて、昨日の内にフリスさんと紅玉さんと一緒に出発しました。 ”先に行って準備しておくから後から追って来る様に”との事です」
それにしたって急な話だな。
「えっと……それでですね…」
「ん?」
「”色々準備に時間がかかるから、プリムにしっかり看病してもらって体調を整えてから追って来る様に”だ、そうです……」
もしかして、変な気を使わせたのか?
「まあ、実際に俺の身体はまともに動かない訳だからそこはしょうがないな。 ティリアさんはどうしている?」
「お嬢様は、遠方に出張中の旦那様と連絡が取れたそうで、現在は冒険者協会の方に行っておられます」
「そうか……俺の事何か言ってたか?」
「”なんて不器用な人なんだろう、でも認めてあげる”と……」
「そうか……」
ティリアさんの方はどうにかなったか……後は…。
「それでですね……」
「ん、まだ何かあるのか?」
「えっとですね……”私の大事なプリムを泣かす様な真似をしたら許さない”とも……」
「あー……」
プリムは頬を赤らめて視線をそらす。
ここは俺の方から覚悟を決めて聞くしかないか…。
「プ、プリム!」
「ひゃ、ひゃい!?」
あ、噛んだ…。
「あの時の答えって、もう出たか?」
「あ…は、はい!」
「……聞かせて貰ってもいいか?」
「はい…」
さて、いよいよか…。
くそ……顔が熱い。
「その前に聞かせてください……」
「なんだ?」
「カイは呪いを背負う事が怖くないんですか?」
「そんなもん…怖いに決まってるだろう? 当然、プリムを失うのも怖い」
「なんで…なんで、その上で呪いを受け入れようと思ったのですか?」
「それだけのリスクを負って尚、プリムの傍にいてプリムの”本当の笑顔”が見たかったからだな」
「私……カイの望む様に笑えないかもしれません……それでも?」
「だったら、俺が笑顔にしてやる。 今迄みたいに”どこかで無理をしている笑顔”じゃなくて、プリムが自然と笑えるようにする」
プリムが顔を俯かせる。
「私はカイが思ってる様な女じゃありません… 頭が固くて、ワガママです…」
「そうだな」
「我慢強い様に見せてるだけの泣き虫です…」
「知ってる」
「その上、独占欲が強いやきもちやきです…」
「それだけ思いが強いって事だろ」
「家族に捨てられた、元奴隷です…」
「そんなの嫌う理由にならない」
「カイとは生まれ育った世界が違います…」
「そんなの承知の上で故郷を捨てると決めた」
「私はカイの様な立派な方の傍に立つには不釣り合いです…」
「俺は間違っても立派な人間じゃないし、不釣り合いなんて事も勿論無い」
「………」
「もう終わりか?」
プリムは顔をあげると、泣きはらした眼を俺の方に向けた。
「私…私、幸せになって……いいんですか?」
ああ、過去の…”家族に突き放されて、奴隷になった”事があったせいで不安だったんだな。
だから俺は”その不安を振り払う”為に力強く断言した。
「勿論なっていい! 俺が幸せにする!!」
その言葉を聞いたプリムは、涙をポロポロ零しながら首を縦に何度も振った。
「私は……プリムラは、カイの事が大好きです…愛しています!」
「ああ、ありがとう…」
俺は中々言う事の聞かない身体に鞭打って、プリムを抱きしめた。
「ああ…どうしよう。 涙が溢れて止まりません……。 カイに笑顔を見せてあげたいのに…」
「きっと、大丈夫だ。 こっち向いてみろよ」
俺に言われるまま、プリムは顔を起こして俺を正面から見据えた。
「ど、どうでしょう?」
そこには涙に濡れはいたものの、”今まで見た中で一番眩しい笑顔を浮かべた”プリムがいた。
それは本当に”見惚れる笑顔”だった。
「やべぇ…最高だ! 気の利いた言葉が思いつかないくらい、やべぇ…」
「カイが…私にくれた笑顔です。 私にとっては、お嬢様にいただいた自由と同じくらい……いえ、それ以上の宝物です!!」
俺達はどちらとも無く顔を近づけて、唇を重ねた。
◆
俺が立ち上がれるぐらいまで回復するのを待って、ティリアさんの呪いの刻印を俺に移す儀式が行われた。
とは言っても刻印を移す間、俺は魔法で眠らされていたので起きたらいつの間にか”左胸に刻印が刻まれていた”だけだったのだが。
ともあれ、プリムの命と繋がった刻印は現在”俺の胸に”刻まれていた。
その夜、俺は自分に宛がわれた部屋でベッドに寝転がって天井を眺めて考え事をしていた。
プリムは俺の告白を受け入れてくれた。
式はまだだから、俺達の関係は…”婚約者”って事になる。
まさか、この世界に来て三か月足らずで最愛の人を見つけて婚約まで来るとは……。
本当に分からんものだと思う。
あんな美少女が、”図体ばかりデカくて目つきの悪い”俺の……嫁に?
思わずニヤけてしまうが……なんか現実感が持てない。
「あー! 何悶々としてるんだ、俺はッ!!」
なんか、落ち着かない。
コンコン
「ッ!?!」
突然鳴ったノックの音に反応して、俺はベッドから飛び起きた。
『あの…私です。 カイ、起きていますか?』
「あ、ああ」
プリムの声を聴いて思わず声が上ずってしまった。
『入っていいですか?』
「ああ、鍵は開いてるから入ってこいよ」
『はい、それではお邪魔します…』
扉を開いて入って来たプリムは、恰好こそ普段と大差無かったがどこか違う様に見えた。
こう、艶っぽい感じがあった。
「こんばんは、カイ」
「あ、ああ。 ん、もしかして……風呂上りか?」
「はい、ついさっきいただいてきました」
だからか……。
うぅ……石鹸のいい香りが………ん?
石鹸の香りに交じって、いつか感じた事のある香りを感じた。
「あれ……この香りは?」
「おじょ……いえ、”お姉様”から頂いた”サクラソウの香水”の香りです」
「ああ、香水なのか……ん? お姉様?」
「カイには、報告がまだでしたね。 刻印を移す儀式の後、お姉様…ティリア様と相談して幾つか決めた事があるんです」
「へぇ、どんな?」
「先ずは、私との”主従関係を正式に破棄する”事です」
「破棄か…。 またプリムがごねたんじゃないのか?」
「勿論、食い下がりましたよ。 刻印って繋がりが無くなったとはいえ、私にとって大事な方である事は変わりないですから」
そこは胸を張る所じゃないと思うぞ?
「で、二つ目の決め事で”主従とは違う特別な関係”を作る事にしたんです」
それで”お姉様”か。
……………怪しい関係じゃないよね?
「私達はこの世界に来て、年齢差が逆転してましたので”ティリア様のご要望”でティリア様が義姉、私が義妹って事になりました。 義理の姉妹ですね」
「あ、ああ! だからお姉様か!! 俺はてっきり……」
「?」
「い、いや…なんでもない……」
「おかげで私は十七歳にして、ショーゴ君の”叔母さん”って事になっちゃいました」
困りますとは口では言っているが、嬉しそうだ。
「良かったな。 正直言うと、俺もここまでうまく纏まるとは思ってなかった」
「それもこれも、貴方が…カイがしてくれた結果ですよ」
「お、俺は大した事やってねぇよ! 爺さんとの勝負だって、いつかはやるつもりだった訳だしな!」
ああ、くそ!
コイツは、可愛いな……自分の自制が聞かなくなりそうだ。
「「…………」」
居心地はわるくないんだけど、何か落ち着かない雰囲気に部屋が包まれて来ていた。
「そ、そろそろいい時間だろ? ティリアさんも心配すると思うからそろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
「………バカ。 ……意気地なし」
分かってる。
俺は肝心な所でヘタレてた。
「軽々しくそういう事を言うな。 俺も男だ。 ………勘違いするぞ」
「勘違い……してください」
向こうは既に覚悟完了か……。
「プリム……」
俺はプリムの両肩に手を置くと、プリムと向かい合った。
プリムは頬を染めながら俺を見上げると、目を瞑る。
あの時と同じ様に、唇を重ねる。
「……いいのか?」
「………はい」
プリムの了承を取って、俺はプリムの身に着けている服を脱がしていく。
プリムは俺にされるがままにしているが、僅かに体が震えてる様に見えた。
下着姿にしたプリムを優しくベッドに横たえてから、手早くTシャツを脱ぎ捨てる。
「大丈夫か?」
「も、勿論です!」
俺がプリムの肌に手を触れようとした瞬間、プリムの身体がビクッっと反応する。
相当、緊張している様だ。
「本当に大丈夫か?」
「あ、あの! 私、小さい頃は”お姫様”になりたかったんです!!」
「え?」
唐突にどうしたんだ?
「昔、大好きなお話があって…”邪悪な竜にさらわれたお姫様が、勇敢な騎士に助け出されて、その騎士と結ばれる”ってそんなお話…」
何か、どこにでもありそうなお姫様と騎士の話だな。
プリムにもそんな頃があったんだと思うと頬が緩んでくる。
「私にとって、”竜”は”私を縛っていた呪い”で、”カイ”は”お姫様を助け出した騎士”なんです…」
「なるほど、そう考えると妙に合致するな」
「本当に子供っぽくて、お姉様にも黙っていた”私の憧れ”なんです…」
「なんでここで話そうと思ったんだ?」
「わ、私の全部を…カイに知って欲しかったんです……」
こんな話をするなんて、緊張と不安で押しつぶされそうになってたのかもしれない。
なんか、ちょっと悪ふざけしたくなってきたな……。
緊張を解す事が出来るかもしれない。
「”姫”」
「ひゃ、ひゃい!?」
「そう、貴女の事です」
「カイ……。 ……騎士様?」
「はい、姫」
プリムは何が起こったか理解しきれないらしくキョトンとしていた。
俺は構わず演技続ける。
「姫の身は、これより先も私が全身全霊、”生涯を賭して”お守りします。 私は”姫を護る剣”となりましょう」
「……ありがとうございます、騎士様。 ですが、私も戦装束を纏って戦場に出る身です。 ですから、私も”生涯を賭して”貴方様の”背を守る盾”となります」
お互いのセリフを言い終わると、どちらとも無く吹き出してしまった。
「なんだよ、それは? なんで姫まで騎士を守るんだよ?」
「そういうお話なんです。 ”私の憧れ”って言ったじゃないですか?」
「はは、納得した」
どうやら俺もプリムも、緊張はほぐれた様だった。
「カイ…私の騎士様。 お姉様が守ってくださった、私の純潔を貴方に捧げます……。 愛してます、カイ…」
「俺の方も初めてだから、優しく出来ないかもしれん……。 だが、精一杯リードする。 愛してる、プリム…」
俺はプリムの剣に、プリムは俺の盾になると誓ったその夜、俺達は結ばれた。
ああ! 書いていて身もだえするほど恥ずかしいものを書いてしまいました。
でも、後悔は無い!!
 




