第二十七話 超えるべき壁
「って言うのが事の顛末なんだが……」
俺達はあの後、娼館”スタジョーネ”へと移動し、今はスタジョーネの応接室にいる。
ここにはスタジョーネとプリマヴェーラのオーナーであるキアラを始め、俺達とも親しいプリマヴェーラの主だった面々も顔をそろえていた。
俺が冒険者協会のブーマ婆さんの部屋でのやり取りの一部始終を説明し終えた所だ。
「「「…………」」」
皆、驚いた様なそれでいて呆れた様な顔で俺を凝視していた。
「な、なんだよ……?」
「まあ、儂の弟子じゃから馬鹿だとは思っておったが……これほどとはのぉ」
「他にもうまいやり方はありそうなものなのに、よりにもよってそう来るとは……」
「はぁ、若いってすごいわね…。 ちょっと、プリムちゃんがうらやましいわ」
「お、俺の方を見ながらいうなッ!! 俺は関係無いだろうッ!?」
「甲斐性の問題だろうな。 実際、貴様は甲斐性無しだからな」
てっきり、もっとからかわれるものかと思ったがそうでも無かったようだ。
ただ、スタジョーネが出発した時のままだった事には、妙な安心感があるな。
「プリムは一月ぐらいここでお世話になっていたのよね?」
「はい。 正確には、ここに所属している”プリマヴェーラ”ってキャラバンの方ですが…」
「皆、いい人達みたいね」
「はい、私もカイも大変お世話になりました」
和やかな雰囲気はいいのだが……話の趣旨がずれてきてるような…。
「さて、事情も理解したわ。 でも、まさかプロポーズまでしちゃうとは……流石、私達が見込んだ事はあるわね、カイ」
「ああするしかなかったんだよ……俺の事情とか込みだと……」
「はいはい、ご馳走様。 で、古狼貴方としてはどう?」
「儂としては問題ないんじゃがな……小僧」
「なんだよ?」
「黒狼の名で指名してきたのはどういう事じゃ?」
「爺さんなら分かってるんじゃないのか?」
ウォルフ老は深く息を吐くと、神妙な表情になった。
「小僧、いい気になっていると……死ぬぞ?」
「そのぐらい超えて見せないと、つり合いが取れないんだ。 俺はプリムの”これから”を背負って行くつもりだからな。 アンタ相手に死ななければ、大抵の連中じゃ俺を殺せないって事になるしな」
「女一人に命を賭けるか?」
「それだけの価値があると、俺は思っている」
それだけ聞くと、ウォルフ老は少しの間考え込んだ後口を開いた。
「良かろう。 ただし、命の保証は無い。 それでも良いなら、”黒狼”として相手になってやる」
「ああ、頼む」
勝利条件は”相手を打ち倒すか、降参させる事”。
”武器や魔法、その他特殊能力は好きに使っていい”事になった。
「儂の方にも準備がある。 勝負を行うのは明朝が良かろう」
「分かった、それでいい」
「そうなると立会人もいた方が良いじゃろう。 ハッサン、頼めるか?」
「うむ、引き受けよう」
こうしてスタジョーネの中は、俺とウォルフ老との勝負に向けて、慌ただしく準備がされる事になった。
◆
その夜、俺は宛がわれたスタジョーネの従業員用の宿舎の一室で”魁”の手入れをしていた。
「…これでよし。 後の問題は…”魁の能力”を全力で使って、”俺の身体がどこまで持つか……だな」
俺は教皇の話を聞いた後、暇を見つけては”魁”の能力を使って見ていた。
能力としては、”剣先が触れた地面を爆ぜさせる”能力と、”重力で剣の速度や軌道を操作する”能力の二つが備わっている様だ。
それを発動させる鍵となるのは、俺の”念”…つまりは意志の力だ。
だが、その力も無限に使える訳じゃ無い。
以前、試しに限界まで能力を使って見た事がある。
結果としては、一定以上能力を使うと”身体から段々力が抜けて行く”様に感じた。
多分、体力や精神力的なものじゃ無く、もっと”根幹”から力が抜けて行く感じだった。
教皇に確認してみなければ分からないが、恐らく使いすぎはヤバいだろう。
「それでも、使わなきゃ師匠の足元にも及ばないだろうな……」
コンコン
不意に部屋の扉がノックされる音が響いた。
『カイ、起きていますか? 私です』
ん? プリムか?
「待ってろ、今開ける」
『待ってください…。 どうか、そのまま…扉を閉じたままで……』
まあ、あんな事があった後じゃ顔も合わせづらいよな。
『このままでちょっとだけお話したいんですけど、お付き合い願えますか?』
「ああ」
俺とプリムは、扉を挟んで背中合わせに座った。
「あー、先ずはごめん」
『カイ?』
「プリムの気持ちも考えずに先走って……ここまで騒ぎを大きくするつもりは無かったんだがなぁ…」
『それはいいです…。 本気で私達の事を考えてやってくれた事ですから、怒って無いです』
「それなら安心だな。 気兼ね無く爺さんとやりあえる」
『なんで……』
プリムは一瞬の躊躇した後、口を開いた。
『なんで、あんな事……確かに呪いが解呪できない以上、私がお嬢様の元を離れるにはそれしか無いとは思いますが……』
「そうじゃない。 ティリアさんの気持ちを酌んでやれよ。 ティリアさんは、プリムに幸せになってもらいたいんだよ」
『それは分かっています…。 ですが、私の幸せは……』
「それってさ、”傍仕えの奴隷、プリムラ”として…だろう? ティリアさんはプリムには、”自分と同じ様に幸せ”になってもらいたいんじゃないか?」
『え……』
「今のままだと、結婚もままならないしな。 結婚して、子供産んで……そんな”女としての幸せ”を掴んでもらいたいって思ってるんじゃないか?」
『………』
俺の言葉にプリムが黙り込んだ。
「プリム?」
『で、では……カイはどうなのですか? わ、私に好意があるのは……分かりました。 でも、好意だけで呪いを背負うだとか…故郷を捨てるだとか……』
「その辺の事は確かに躊躇したな。 でもな、俺の”根本にある気持ち”を意識しだしたら、どうでも良くなった。 あー、いや……どうでも良くは無いとは思うが……」
『根本の気持ちって…?』
「”俺がプリムの事を好きだ”って気持ち……だな。 多分……俺はプリムに”一目惚れ”してたんだと思うしな」
『………ッ!』
あー、恥ずかしいなちくしょう!
「だ、だからって気にするな! もし、他に好きな男でもいるんだったら俺の方はいいから。 元々、振られて当然って気で言った事だから!」
ウソだ。
強がっているだけだ。
本当はプリムを他の誰かに取られたくなかっただけだ。
『カイ、その件でお話があったんです』
「その件って……俺の言った”アレ”か?」
『はい。 正直言いますと……面喰ってしまいました』
「まあ、だよなぁ……」
『でも、嬉しくもありました。』
「そ、そうか……それは何よりだ…」
『それで……お返事なのですが……』
「あ、ああ」
『待っていただく事は出来ませんか?』
「ああ、そうだよな。 急に返事は出来ないよな」
『それもあるのですが……カイのお気持ちにいい加減な答えは出せないと思いましたので……。 私なりにしっかり考えて必ず答えは出しますので、少し待ってください』
「分かった。 焦る事無いからな、納得いく答えを出してくれ」
『はい、ありがとうございます……』
◆
そして、朝……俺はスタジョーネの中庭に立っていた。
俺は、普段と同じ格好だった。
対するウォルフ老は、年季の入った傷だらけの金属鎧を身に着けてその上から見事な刺繍を施された布を羽織っていた。
その手には愛用の重量三倍増しの斧槍を持ち、腰に剣を提げている
そして、俺達二人を仲間達とスタジョーネ、プリマヴェーラの面々が周りを囲む。
「準備は良いか、小僧!」
「ちょっと、待っててくれ。 すぐすむから…」
そう言って俺は、背中から”魁”抜いて地面に突き刺すと、背負っていた鞘を外してプリムに投げ渡した。
「わわッ!! えっと……一体、どうしたんですか?」
「預かっていてくれ」
「わ、分かりました…」
プリムは俺に投げ渡された鞘を抱く様に胸に抱えた。
「待たせたな」
「あれはどういう事じゃ?」
「単なるゲン担ぎだ。 気にしないでくれ」
俺は地面に突き刺していた”魁”を引き抜いて構える。
「二人とも良いな?」
立会人のハッサンが俺達の間に立つ。
「いいぜ」
「応よッ!」
「俺がこのコインを弾く。 それが落ちた時が勝負開始の合図だ」
チーーーーーーーーーーーーーンッ
金属音を響かせてコインが弧を描く。
そして、コインが落ちたと同時に俺はウォルフ老に向かって駆けだした。
剣先を地面に引きずるほど下げた状態でウォルフ老の近くまで駆け寄り、魁の能力で”地面を炸裂させて”その勢いで剣先を跳ね上げた。
「まだまだじゃッ!」
それに素早く反応したウォルフ老は、俺の繰り出した斬り上げを力任せに振り下ろした斧槍で弾き返す。
威力は拮抗していたらしく、どちらの武器も後方に大きく弾かれた。
「ほう、儂と互角に打ち合うか。 以前とは一味違う様じゃな」
「チッ! 膂力だけで弾き返しやがった!! なんて爺さんだッ!!」
「次は此方から返礼せねばなるまい。 行くぞッ!!!」
今度はウォルフ老が斧槍を振り降ろしてくる。
俺は素早く後ろに下がって回避する。
「甘いわッ!!」
斧槍の振り降ろしを自らの膂力と前に前進する力で”突き”に切り替えた。
「ッ!!」
俺は横に倒れ込む様にして突きをかわす。
「あれを避けるか。 中々の動きじゃな」
(避けきれずにコートの裾をザックリやられたか…。 喰らっていたら、それで終わってたな……)
お互い武器を構え直して、再度対峙する。
「なるほど、中々に鍛えて来た様じゃな。 ならば、手加減もいらんだろう……」
そう言うと、ウォルフ老は腰を低くし構えを変える。
「殺す気で来いッ! 来ねば、その喉笛に”黒狼の牙”が突き立つ事になるぞッ!!」
「ッ!!!」
今までに無い”殺気”を放ちながら、ウォルフ老……いや、”黒狼”が駆け寄って来た。
全身金属鎧を着込んでいるとは思えないほどの機敏な動きで詰め寄ると、大振の薙ぎ払いを繰り出す。
それに対して俺は、剣に重力による加速を乗せて迎撃する。
ガキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ
再び拮抗して、お互い大きく弾かれる。
「ぐ……押しきれねぇ…!!」
「まだまだぁッ!!!」
黒狼は動きを止める事無く再び斧槍を振り降ろす。
それを防ぐ為に、再び重力で加速した斬撃で迎撃する。
弾かれては再び切り結ぶ。
俺と黒狼は脚を止めて、何度と無く切り結んだ。
皆が見守る中、俺と黒狼の勝負は硬直状態に陥っていた。
「どうしたどうしたッ! 脚が止まっておるぞッ!!!」
無尽蔵かと思われるほどの体力と膂力にものを言わせて、黒狼は次々に斬撃を放ってくる。
それに対して俺は、重力加速を乗せた斬撃で迎撃して拮抗させるだけで精一杯になっていた。
喰らえば確実に両断されるであろう斬撃を、喰らえば確実に風穴を開けられるであろう打突を、神の欠片の力を乗せて弾き続けた。
「ッ!?」
いよいよ目の前が怪しくなってきた。
そろそろ能力を使う”限界”が来ているらしい……。
(もう限界がきたか……。 今のままやれば、後二、三発は防げるだろうが……それじゃ勝てないな……。 と、なれば……)
ガッ!!!
その時、打ち合いの均衡が崩れた。
俺の斬撃が押し負けて、切っ先を地面に弾かれたのだ。
「これで終わりだ、小僧ッ!!!」
その隙を見逃さず、黒狼が渾身の力を込めて斧槍を俺めがけて振り降ろした。
「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は黒狼が振り降ろす斧槍目掛けて、”炸裂”によって打ち上げられた剣に”重力”による加速を加えた一撃を繰り出した。
「バ……バカなッ!?」
俺の繰り出した渾身の一撃は、度重なる打ち合いでガタがきていた斧槍を”へし折っていた”。
黒狼はすぐに腰に下げていた剣に手をかけた。
だが俺は、自らの獲物を破壊され一瞬驚愕した黒狼の隙を突き、そのまま剣を黒狼の首に突き付ける。
「”剣は比較的苦手”だったよな?」
「最初から、これが狙いだったか……小賢しい奴じゃ。 降参、儂の負けじゃ…」
そう…俺は最初からウォルフ老に一撃入れる事すら考えていなかった。
狙ったのは”武器破壊”だった。
もし、あそこで武器破壊できてなかったら確実に負けていただろう……。
「勝者、カイッ!!!」
ウォルフ老の敗北宣言を聞いて、ハッサンが俺の勝ちを高らかに宣言する。
「久々に熱くなり過ぎたわい。 中々やるもんじゃの?」
「はは……し、死ぬかと思ったぜ……。 こ、こんな無茶…二度とやらねぇ……」
性も根も尽き果てて俺はその場に倒れ込んだ。
急激に意識が遠くなり始める。
「あー……やべ…」
「カイッ!!!」
倒れた俺の視界にプリムが入り込んできた。
俺の預けた鞘を胸に抱えたまま、その眼は涙を浮かべていた。
「あなたは…そんな無茶ばかりしてッ!!!」
「大丈夫だって……ちょっと無理をして、限界が来ただけだって……」
「バカッ! バカバカッ!! 私がどれだけ心配したと……」
「あ……わりぃ…。 そろ…そろ、限界だ……。 せ……きょうな…ら、あと…で………」
「あ! 寝ないでくださいッ!! 言いたい事がまだまだ………」
涙声で俺に説教やら罵声やらを浴びせてくるプリムを尻目に、俺の意識は深淵に飲まれていった。




