プロローグ3
俺とプリムラは、”蜘蛛モドキ”(正式名称らしい)の群に襲われていた所を助けてくれた”マルコ”と名乗る男が率いる武装集団のキャンプまで案内された。
「ようこそ、移動娼館プリマヴェーラ…の、バックヤードへ!」
マルコと名乗る男は、そう言いながら仰々しく一礼した。
そこは、街道脇の大きな空き地でそこにいくつもの大きな天幕が張られていた。 テントの脇には、数台の馬車と十頭程の馬も見受けられた。
その他に使い古されたジープの様な軍用車っぽい自動車も二台程止められていた。
……まて。 移動”娼館”……?
「……もしかして…」
「ああ、お客が入っている天幕には、入るなよ?(ニヤリ)」
「ああ…やっぱり、そうなんですか…」
自分の認識の正しさを確認して、俺とプリムラは天幕から目を背ける。
マルコが、その姿を見てニヤニヤしている。
「まあ、お若い二人をからかうのもこのぐらいにしておくか」
マルコは、空き地の外れで焚かれている焚火の前に敷いてある敷物の所まで案内してくれた。 当人は、地べたに胡坐をかく。
「んじゃ、改めて自己紹介からな。 俺の名は、マルコ。 このキャラバン隊、移動娼館プリマヴェーラのリーダーだ。 ああ、因みに”出身世界”は、”惑星エヴォル”だ」
……出身世界!?
「ま…待ってくれ! 出身世界ってなんだ!?」
「お、この話題に食いつくか。 思ったより冷静だな」
「んじゃ…やっぱり…」
「詳しく話してやるさ。 だが、その前に自己紹介してくれないか? 後、年齢と出身地な」
「あ…ああ」
俺は、戸惑いながらも促されるままに自己紹介をする。
「俺は、切原 魁。 魁の方が名前だから、カイって呼んでくれればいい…です」
「無理して敬語なんていいぞ。 苦手なんだろ? 俺もだから安心しろ」
「わ、わかった。 歳は19。 えーと、日本国の……東京かな?」
「それじゃ、お嬢さんの方もお名前を伺っても?」
マルコは、プリムラにも自己紹介を促す。
「はい。 先程は助けていただきありがとう御座いました。 プリムラと申します。 年齢は、17歳。 ウェールス帝国、帝都トロヌスの出身です」
「うん、可愛らしい名前だ。 よろしく、お嬢さん」
マルコは、器用にコーヒーを淹れながら、先程助けてくれた他の人間の自己紹介を手早く済ませる。
「さっきの強面でスキンヘッドのがハッサンだ。 ここのサブリーダーをやってる。 見た目通りの頭でっかちだ」
「ふん、貴様の様なちゃらんぽらんな奴よりはましだ」
遠くからツッコミが入る。
「ああ、因みに出身世界は、俺と同じだ。 んで…」
マルコがジープが止まっている場所を指す。
「あのゴツイ爺さんが、ウォルフ老。 出身は、アーベントラント。 本人は”古狼”とか名乗っているけどな」
老人は、不敵に笑って頷く。
「あの赤い髪の奴が、カルメシー。 出身は、たしかエクシリオ…だったな」
赤い髪の二刀剣士が此方に妖艶に微笑みながら手を振る。
「因みに”男”だ」
「もぉ! マルコったらひどぉい! その言い方じゃ情緒も何も無いじゃない!! 体は男でも、心の中は”乙女”よぉ~!」
「ああ、漢女…ね。」
抗議するカルメシーに銀髪の少年がツッコミを入れる。
「んで、あの生意気そうなのがうちで唯一の魔術師のアンリだ。 出身は、シェル・カルティエ」
銀髪の少年は、勝ち誇ったような顔をする。
「因みにうちで唯一のチェリーでもある」
「よ、余計な事言うなッ!!」
「で、あの影が薄いのが曹。 出身は、ちと言いにくい名前だが輝かしい帝国。 無愛想な奴だが、腕は確かだ」
無口な男は、こちらに軽く会釈する。
「まあ、質問は山ほどあるだろうが…先ずは、話を聞いてくれ」
マルコは、自己紹介の時とはうって変わった真面目な声で言うと、俺とプリムラの前にコーヒーが入ったアルミのカップを置いた。
「もう気が付いているかもしれないが、俺達全員が”違う世界”の出身だ」
「…異世界」
「そうだ。 お前等だけじゃなく、このキャラバンに居る全員…」
マルコは深呼吸する。
「いや……この世界に存在する”すべての人間”が異世界から来た……”異世界から飛ばされた”人間だ。」
空気が凍りついた。
その場の一瞬の沈黙こそが、それが”真実”であると雄弁に語っていた。
「まあ、改めまして……
ようこそ、”新世界”へ……
◆
「ショックを受けている所悪いが、このまま世界の説明を始めてもいいか?」
マルコは、先程の軽い口調に戻して聞いてくる。
「あ…ああ、大丈夫だ」
「おー、カイは立ち直るの早いな」
「まぁ…予想は、出来てたからな。 ……規模は、想像を大きく超えてたけどな」
「お嬢さんは、大丈夫かい?」
プリムラは、何度か深呼吸をしてから、マルコに向き直る。
「はい、何とか。 未だに信じられませんが…」
「悪いが、質問は後回しにするぞ。 先ずは、この世界の成り立ちについてだ」
「ああ」 「お願いします」
マルコは、コーヒーを一口、口に含むと深呼吸をした。
「この世界が、”世界として認知された”のは、今から十年程前だ。 それまで”人間”自体がこの世界に居なかったからな」
「その”人間”は、どこから来たのでしょう?」
「色んな世界から手当たり次第に、この”新世界”自体に呼ばれた…としか言えないな。 この世界を調べた学者先生の話だと、”世界の法則でそうなっている”そうだ」
「何だそりゃ…無茶苦茶だな。 誰だよ、そんなルール作った奴は…」
「”神”。 その学者先生は、”創造主”…”ジェネシス”とか呼んでたな。 今では、それが正式名称だ」
「”創造主”…」
もはやラノベ並みの規模の夢物語だった。
「俺もその話を聞いた時は、そんな顔をしてたな。 詳しい事は、これから話してやるさ」
「お…おう」
それからマルコは、この世界での歴史、新たに生まれた国、現状の状況等を掻い摘んで話してくれた。
時々、他の仲間から茶々を入れられつつ…。
それらを話し終える頃には、地平線が白み始めていた。
◆
「さて…話せる事は、話し切ったか。 まだ聞きたい事とか、質問はあるかい?」
「いや…胸焼けがおきそうなぐらいだ…」
「あ…あの…!」
今まで黙って話を聞いていたプリムラが口を開いた。
「マルコさん達は、今まで私達の様に助けた人って他にいたのでしょうか?」
「ああ。 このキャラバンは、あちこち行くからな。 何人も拾って来たぞ」
「その中に私と同じ出身地の13歳ぐらいの女の子は、いましたか!?」
今まで見た事も無い剣幕でプリムラは、マルコに詰め寄る。
「ぉお!? お嬢さん、一体どうした!?」
「どうなんですか!?」
「そのぐらいの年の子は、拾った事はあるが…」
「あるんですか!?」
「それも二年も前だ。 それに出身地も違うしな…」
「そ、そうですか…」
プリムラは、その場で項垂れる。
「君の妹さんかな?」
「あ、いえ…」
プリムラは、言い出すのに躊躇している様に見えた。
(この手のフォローは、苦手なんだがなぁ…)
「話しづらい事かもしれないけど、とりあえず相談してみたらいいんじゃないか? 少なくともここの人達は、信用してもいいと思うぜ?」
なんとなく”柄じゃ無い”と、思いつつも助け船を出してみる。
「必要なら、人払いしようか?」
マルコが気を使って、さらにフォローを入れる。
「カイ…マルコさん…あ、ありがとうございます。 大丈夫です」
「話してくれる?」
「はい」
プリムラが意を決して話し始める。
「その御方は、私の主人に当たられる方です」
「つまり…プリムラは、その人のメイドって事か?」
「はい。 私は、その御方の使用人兼護衛役です」
「なるほど、そう言う事ならさっきの取り乱し方も納得だね。 その”お姫様”の名前はなんていうんだい?」
「ウェールス帝国、カルブンクルス大公のご息女で”帝国第四皇位継承者”…御名前を、ティリア・カルブンクルス様と申します」
…大公? ……第四皇位継承者!?
「あー、お嬢ちゃん」
俺やマルコ、この話を聞いていた人間は、一瞬凍りついていた。
それを見かねて、遠くから見ていたウォルフ老が話に割り込んで来る。
「何でしょう?」
「それはつまり…お嬢ちゃんのご主人様は、帝国のお姫様って事か?」
「そうなるでしょうか? 大公殿下の奥方様は、現皇帝陛下の姫君に当たられますから、皇帝陛下の御孫様に当たられます」
プリムラは、御大層な事をさらっと答えた。
「まあ…じゃが、”この世界”では、それは大して重要な事ではないのぅ」
「どういう事でしょう?」
「”前の世界”の肩書きなぞは、ここでは役に立たんからじゃ」
「あ……」
言われてみれば、その通りだった。
「あー、そうなると探すのは大変だなぁ…」
「”自分がお姫様です”なんて吹聴しなければ…な?」
ウォルフ老が意地悪く言う。
「そんな事考えてても埒が明かないだろう…。 俺達の方でも手を打とう。 まず、ホームのキアラに連絡を取って向こうでも探してもらう。 うちの女の子達にもそれとなくお客に聞いてもらおう」
マルコが、頭を掻きながら方針を立てていく。
「あ…ありがとうございます」
「安心するのはまだ早い。 それでも見つからないかもしれない」
「……それでも、私は探します」
プリムラの決意は固いようだった。
「探しに旅に出るにしても、準備も無しで勝手も分からないんじゃ話にならないだろ」
「あ…」
「そこでお嬢さんと、ついでにカイに提案だ」
「さり気にひでぇ!」
俺は抗議の声を上げるが、マルコはあっさりスルーして話を続ける。
「このキャラバン隊は、大国の辺境警備部隊の駐屯地や、各地の傭兵団の砦なんかを回って営業する。 まあ、娼館だから内容は推して知るべし、だ。 期間はおよそ一か月」
「まあ、”この世界”の事ならその間に儂等が細かく教えてやれば良かろう」
「所でお嬢さん、炊事洗濯の類は得意かい?」
「はい、一通りこなせますが…」
マルコは、ニヤリと笑ってプリムラを指さす。
「んじゃ、バックヤードスタッフとして雇用したい。 期間は、一月の間。 衣食住の保障と、それなりの給料を約束しよう」
「え…」
「お嬢様をさがすんでしょ? 甘えちゃいなさいな」
後ろで見ていたカルメシーが後押しする。
「…よろしいのですか?」
「我がキャラバン隊は、常に人手不足なのでね」
「は、はい! ありがとうございます!!」
プリムラの話を手早く纏めると、次は俺の方を見る。
「い、言っておくが…炊事やら家事は、苦手だぞ!」
無駄に力強く言い切る。 自慢にもならんが…
「んじゃ、素材は悪く無さそうだし…フフフ」
「なッ!?」
カルメシーの眼がキュピーンと光る。 俺は、身の危険を感じて身構える。
「のう、マルコ。 この小僧、儂が預かっても良いか?」
ウォルフ老が俺に救いの手を差し伸べる。
どうやら俺は、あちらの世界に行かなくても良さそうだ…。
「爺さん、またか?」
「…また?」
嫌な予感がした。
「この爺さんはな、”見どころがありそうな若者を見るとしごきたくなる”癖があるんだ。 教えるのは、うまいんだけどなぁ…」
「ま、ついていければね。 前の奴は三日と持たなかったけどね」
「この子は、何日でギブアップするかしら~」
「まあ、しょうがないな。 カイは、ウォルフ老の下で護衛隊の見習いな」
いつの間にか俺の処遇が決定していた。
「ま、いいか…。 ここで放り出されるよりマシだな」
「おー、切り替えが早いのう。 ”この世界”じゃいい事じゃぞ?」
「それじゃ、改めまして……カイ、プリムラ…」
「「「ようこそ、プリマヴェーラへ!!!」」」
こうして、俺達の”新世界”での一日目が刻まれた。
これでプロローグは、終了です。
この世界の事は、この後話題になった時に随時補足を入れていく形にします。