第二十六話 意志と決意
「どうしてこうなった……」
フリスが操るスキターリェツの引く荷台の上で、俺は”眠る赤ん坊を膝に乗せて”いた。
「まあ、お主が言いだしっぺなのじゃから諦めるのじゃな」
「あー、カイいいなぁー! ボクも抱っこしたいなー!!」
紅玉姉さんとヴィクターは、”ニヤニヤしながら”そんな事を言って来る。
「カイ以外が抱っこするとショーゴ君がぐずるんだからしょうがないね。 将来の為の予行練習とでも思ってカイが抱っこするしかないんじゃないかな?」
スキターリェツを操縦しながら、フリスが口を挟んでくる。
「くそ……コイツ等、他人事だと思いやがって……」
まあ、こうなったのも元はと言えば”俺の気遣い”が原因な訳なのだが……
「なんかごめんね、私達に気を使ってショーゴの面倒を見て貰っちゃって」
「あの…カイ、代わりましょうか?」
「いい。 俺が言い出した事だ。 プリムは気にせずにティリアさんと話をしてろよ」
しかし…この坊ちゃんは俺の膝のどこが気に入ったんだか……。
俺の思いとは裏腹に、坊ちゃんは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
◆
「聞く限りでは、厄介な呪いだねぇ……長年、その手のもんには携わってきたがそれほどの呪いは初めて聞くね」
「えー、婆ちゃんでも分からないのー!」
ニューデトロイトに到着した俺達は早速、冒険者協会にいるブーマ婆さんの所を訪ねて事情を説明した。
「早合点するんじゃないよ! 初めて見る呪いだからね、現物を見ん事には何も分からんよ。 あたしの知っている呪いとの類似点でも見つかれば対策位は立てられるはずだよ」
「ほ、本当ですか!?」
「先ずは見ん事には始まらんさ。 早速、呪いの刻印の方を見せておくれ。 主と奴隷の両方共だよ」
「はい、分かりました」
「分かったわ」
「後、男衆は部屋の外に出てな!」
そう言えば、刻印って左胸の丁度”心臓の位置”にあるんだっけか…。
「分かった…部屋の前で待ってるから、終わったら呼んでくれ」
俺とフリスは部屋から追い出された。
「まぁ、流石に女の子が裸になる所にいる訳にはいかないからね」
「……まぁな」
「さて、うまい事何とかなればいいけどね」
「そうだ…」
『きゃ! お、お嬢様!?』
ん、何事だ?
部屋の中からプリムの悲鳴の様なものが聞こえた気がした。
『むむ…何て事なの! 私の方が年上になったのにこの差はッ!!』
『お、お嬢様! そんな事をしている場合では…』
『幾つになっても女は変わらないものじゃの』
『お姉さん、余裕だねー。 流石、おっぱいお化け』
何やってるんだ、アイツ等は……
「いつの世も女の子達は変わらないね」
◆
「どうだったんだ、婆さん」
暫くして、調べ終わったとの事なので俺とフリスが再び部屋の中に入って話を再開する。
「結論を先に言うよ。 現時点での”解呪は不可能”だね。 奴隷紋の方は、正式な外し方をしない限り”どうあっても魂を傷つける”様になっているよ」
「そんなぁー……」
「万事休す……かのぉ」
「…………」
「ただ……」
暗く沈んだ俺達に婆さんが言葉を続ける。
「主の方の紋は、”解呪は出来ないまでも移動ぐらいはできそう”だね」
「それって…どういう事だ!?」
「奴隷の側の方は手の出しようが無いが、主の側なら”宿主の変更が可能”と言う事だよ」
「それって……なんの解決にもならないんじゃ……」
「すまないがあたしでもそれが限界だね。 その刻印が刻まれている限り、その子は”誰かに寄り添わなければ生きられない”。 その事実は変えられない……」
どうやら、大した成果は上げられなかった様だ。
「そうなると手詰まりかぁ?」
「私個人としては、プリムが傍にいてくれる事は構わない……むしろ、子供がいる身としてはありがたくもあるんだけど……それだとこの子が自由になれないし…」
「で、でもお嬢様……私はそれでも……」
「それじゃダメよ! だって、私はプリムが幸せになってくれる事を望んでいるんだから!! 私の所にいたら幸せにだってなれないわよ!! こんな呪いが付いたままじゃ女としての幸せだってつかめないわよ?」
「で、でも…私はお嬢様の……」
「はい! ”私は奴隷です”発言禁止ッ!!!」
結局、話は平行線に縺れ込んでしまった。
期待してきて、大した成果が上がらなかったんだから仕方が無いとは思うが……。
呪いの問題が解決せぬまま、他の皆はこれからの事について話し始めていた。
そんな中俺は、話を聞き流しながら別の事に頭を巡らせていた。
結局、俺達がやってきた事は徒労だったのか?
プリムはティリアさんと再会させない方が良かったのか?
そもそも、なぜプリムのお嬢様探しを手伝おうとしたのか?
結局、俺はどんな結末を望んでいるのか?
俺自身はどうしたいのか?
色んな疑問が俺の頭の中をグルグルと回っていた。
何かいい方法は無いか……。
満点の答えじゃなくてもいいから、皆が譲歩できる範囲での解決策を……。
できれば”誰も悲しまない”方法を……。
『こんな呪いが付いたままじゃ女としての幸せだってつかめないわよ?』
ッ!
”女としての幸せ”……それってつまり……。
それなら、一応収まりが付くな。
でも、それには……
アイツの意志はどうなのか?
更に問題も……
………思いついてしまった。
俺の理想通りに進むのであれば、”俺がただ一つ諦めれば”丸く収まる。
それならば、後の問題は…
プリムの”意志”と俺の”決意”……ただ、それだけだ!
◆
「駄目ね、このまま話していても平行線だわ」
「じゃのぉ……一旦、時間を置いた方が良いじゃろう」
「そうだねー…。 婆ちゃん、長々と居すわってごめんね」
「まあ、それはかまわんよ。 どうするか決まったらまたおいで。 後一週間はこの街にいる予定だからね」
そう言って、皆が立ち上がり部屋を出ようとした。
「まった!」
「…カイ?」
皆を俺は止めた。
ここから先は、”話してしまったら、冗談では済まない取り返しのつかない話”だ。
「俺なりに考えて見た。 何とか皆が納得できそうな、少なくとも不幸にならなそうな……そんな方法を」
「そんな方法があったら、こんな論議になってないわよ。 それとも、見つけたっていうの?」
俺が”ソレ”を話したら、プリムは、ティリアさんは、皆はどんな反応を示すんだろうか?
呆れられるのだろうか?
笑われるのだろうか?
それとも、激怒されるのだろうか?
「ああ、最適解とは言えないが……少なくとも、”ティリアさんの望みを叶えつつ、プリムの幸せを考えられる”方法をな?」
「そんな方法を思いついたのか!?」
「あんまり期待しないでくれよ。 所詮は独りよがりかもしれないんだから……」
そう言うと、俺は立ち上がって”プリムの前”に立った。
「カイ?」
そう、俺はただコイツの”本当の”笑顔が見たかっただけだ。
見惚れる程のプリムの笑顔を……。
俺はその為に………
”今まで生きて来た世界を捨てる”ッ!!!
「プリム」
「はい、何でしょう?」
もう、決意は固まっている。
後は……思いの丈を言葉にするだけだッ!!!
『俺はお前が好きだッ! 俺と…俺と”結婚”してくれッ!!』
なんて事無い、ティリアさんに代わって誰かが”呪いごと”プリムと寄り添えばいいのだ。
夫婦になれば、一生でも寄り添える。
そう、”ただそれだけ”だ。
◆
「………」
あまりの唐突さに皆、固まっていた。
俺の告白を受けた当のプリムは、暫くの間固まっていたが、言葉の意味が浸透して来るにつれて頬を赤らめていった。
「あ…ああ……ああああああ、あのッ!!」
「俺が……俺が、プリムの抱える呪いごとプリムを受け止める! その上で寄り添って歩んでいく! 根本的な解決にはなって無いかもしれないけど、これなら……プリムは幸せになれないか?」
顔を真っ赤にして狼狽えるプリムに俺の思いの丈をぶつけて行く。
実際口に出してしまった……告白すらショートカットしてプロポーズしちまった。
ちくちょう! プリムの何もかもが愛おしくて仕方が無い!!
「それはヒーローにでもなったつもり?」
頭の中が舞い上がっていた俺に、ティリアさんは冷水の様な冷たい言葉を浴びせかけて来た。
「あなたの気持ちは分かるわ。 身内びいき無しでもプリムは可愛いいい子だしね。 でも、そんな簡単な事情じゃ無いのはあなたも分かっていると思うんだけど?」
「すべて覚悟の上だ。」
「あなたが死ぬ様な事になったら、プリムはあなたの身代わりになって死ぬのよ?」
「そうだな」
「あなたがプリムの傍を離れすぎても、あの子は死ぬのよ?」
「分かっている」
そう、それは俺が”プリムの命を背負わなくてはならない”と言う事。
プリムが死んだ時は勿論、俺が死んだ時にも”俺の身代わりになって”プリムは死ぬ。
更には、俺からプリムが5km離れてもプリムは死ぬ。
「俺は……プリムの本当の笑顔が見たいんだ。 コイツはいつもどこか無理をして笑顔を浮かべている気がするから……」
「この子と寄り添うには……」
「故郷は捨てる。 プリムと生きる為に、どこにでも行く。 コイツの本当の笑顔に出会う為に……」
「ふう…少なくとも性質の悪い冗談とかでは無さそうね。 でも、口では何とでも言えるわ」
俺はプリムから視線を離して、ティリアさんの方を振り向く。
「そうだな。 なら、どうすれば信じて貰える?」
「この子を…”プリムを呪いから守れる力を示して”」
「どうやって、示せばいい?」
「やり方は任せるわ。 どう示すかも信じるかの基準にさせてもらうわね」
”呪いから守れる力を示す”か……。
「お嬢様! 幾らなんでもそれは……」
「私からプリムを掻っ攫おうとするんだから、それぐらいの気概は見せて貰わないとね。 プリムの将来を考えるなら、これぐらいの事はこなして貰わなきゃね!」
「ですが……」
「それより、プリムはあの”プロポーズ”にどう返事するの?」
「へ!? ああ、ええっと……そ、その……な、なんでいきなりその話を振るんですか!?」
プリムを守る為には、先ずは俺が死ぬ訳にはいかない。
そうなると、単純に俺の力を示すのが近道か……。
ならば………あれしかないか。
俺は考えを纏めると婆さんの部屋に設えられた電話を手に取った。
「婆さん、ちょっと電話借りるぜ」
コートの内ポケットからメモ書きを取り出すと、そこに書かれている電話番号に電話をかける。
『はい、”スタジョーネ”です』
「もしもし、キアラさんか? カイだけど、お久しぶり」
『ああ、どうしたの? プリムちゃんのお嬢様は見つかった?』
「その辺は後で話すよ。 それより、ウォルフ爺さんいるかな?」
『古狼? ええ、居るけど?』
「変わってもらえるか? 話があるんだ」
『分かったわ。 その代り、詳しい話は後で纏めて聞かせて貰うわね』
呼び出すのに少し時間がかかるとの事なので、電話は切らずに待つことにした。
「カイ、スタジョーネに電話してどうするつもりですか?」
「昔な、おじさんが言ってたんだ。 ”どうせ壁にぶち当たるなら、あえて一番頑丈な場所をぶち破れ”ってな? 無茶苦茶だろ?」
「今の話と何の関係が………」
『変わったぞ、小僧』
プリムの質問を遮る様に電話からウォルフ老の声が聞こえた。
「爺さんか、久しぶりだな。 頼みがあるんだが、いいか?」
『なんじゃ、藪から棒に……とりあえず聞いてやるから話してみろ?』
「俺と一手戦って貰いたいんだ。 できるなら、”黒狼”として…」
『ッ!? 小僧、それを誰から聞いた?』
俺の言葉に電話の向こうのウォルフ老の声質が変わった。
俺の後ろでもざわめきが起こっている。
「その辺はそっちに行ってから話す。 今、ニューデトロイトまで戻って来てるんだ」
『では、どうするかは話を聞いてから決める。 先ずは、一度こっちにこい』
「分かった」
俺は電話を切ると皆の方に向き直った。
「カイ……まさかと思うが……」
「ウォルフの爺を……黒狼を引っ張り出す気か!?」
「黒狼って……”魔人の乱の六英雄”のあの……?」
「ティリアさんは知ってるのか?」
「う、噂程度には……」
知っているなら話が早い。
「その”六英雄の一人”、黒狼と戦って”勝利”する。 それぐらいすれば”力を示せる”と思う」
「し、正気なの!?」
「俺にとって、師匠は何時かは超えなきゃいけない壁なんだ。 遅かれ早かれ通った道だ。 それが”今”になっただけだ」
流石に自分でも無謀かとも思うが、俺がこれからやろうとしている事の重さから考えると、この程度はこなさないといけない気にもなってくる。
「カイ……」
「何か悪いな、話を大きくしちまって」
不安げに俺を見上げているプリムの頭を撫でる。
「返事は後で聞かせてくれるか?」
「え?」
「今、聞いたら武運が逃げそうだからな。 ゲン担ぎって奴だ」
「………はい」




