第二十五話 再会は呪いと共に
ヘルート市国を出発して六日目の昼過ぎ、俺達はかつて通った街であるオレルアンへ到着した。
「無事に到着したはいいが…肝心のお嬢様の住んでいる場所は分からないのか?」
「元々選考から外していたからそこまでメモしてきていないよ。 でも今回はすぐに見つけられると思うよ?」
「ほう、その根拠はなんじゃ?」
「元冒険者なら冒険者協会の支部へ行けば所在も分かるんじゃないかな? 事情を話せば、最低限本人に連絡位は取ってくれると思うんだ」
「もし、それがお嬢様本人なら会ってくれるかもしれないね」
俺がふと横を見ると……
プリムが挙動不審になっていた。
まったく、しょうがねぇな。
「プリム!」
「ひゃ、はい!」
「その場で深呼吸」
「は、はい! すぅーーーーー、はぁーーーーー……」
「落ち着いたか?」
「は、はい!」
なんか、手のかかる妹でもできた気分だが、これはこれで楽しいので良しとしておく。
「「「………」」」
「な、なんだよ?」
「ふうむ…”手をかけすぎていい雰囲気を逃した”と、言う感じじゃな」
「この場合、”優しさがアダになった”感じだね」
「カイはボクがあった頃からこんな感じだったよ。 よく言えば紳士、悪く言えばヘタレ」
「うるせぇ! 勝手な妄想を広げてんじゃねぇ!!!」
こいつ等はぁ……
◆
「人探しですか?」
「そう、元冒険者のティリア・カルブンクルスっていう女の人で、サンクトゥス出身の人なんだけど…」
「少々お待ちいただけますか? 人事担当の者に確認を取ってまいりますので…」
そう言うと受付嬢は、確認の為に奥へと下がって行く。
「これで見つかってくれればいいけどね」
「じゃのぉ」
待つ事五分程、受付嬢は戻って来た。
「お待たせいたしました」
「ど、どうでしたか!?」
「はい、お探しのティリアさんは一年程前まで冒険者として活動なさっていました。 現在はこのオレルアンに在住なさっています」
「その方と連絡を取る事は出来ませんか!?」
「此方で連絡先の方は分かっておりますのでそれは可能です。 では、どのようにお伝えしましょうか?」
「私の名前はプリムラと申します。 元の世界では、ティリア様にお仕えする使用人でした。 ”一度ご尊顔を拝見して、ご無事な姿を確認したい”とお伝えいただけますか?」
「分かりました。 此方からティリアさんへお電話を差し上げて見ますので、皆様は隣の宿の方でお待ちください。 お返事がいただけたら、そちらの方にご報告に上がりますので…」
「はい! よろしくお願いします!」
◆
「さて…いよいよじゃのぅ?」
俺達は冒険者協会が用意してくれた宿屋の個室の中で”お嬢様”の到着を待っていた。
連絡はあれからすぐに来て”すぐに会いに行くので待たせておいてほしい”との答えだったそうである。
「あー、ボクの方がドキドキしてきちゃったよ!」
「プリム、大丈夫か?」
「は、はい。 大丈夫…です」
あんまり大丈夫そうには見えないが、さっきよりは落ち着いている様だった。
「あまり気負うなよ」
「はい。 ありがと……ッ!!?」
「プリム!?」
「どうしたの!?」
突然、プリムが胸を押さえてうずくまった。
今まで特に調子が悪いと言う事は無かったのに……。
「だ…大丈夫です…。 ちょっと、胸に痛みが走ったので……でも、もう落ち着きました」
「本当に大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「ちょいと、触るぞ」
心配する俺達を押しのけて、紅玉姉さんがプリムの胸に右手を当てて瞼を閉じる。
姉さんの掌から淡い光が漏れ出し、左手に握っていたECの欠片が小さな音を立てて砕け散った。
「心音に問題は無しじゃ。 一応、治癒術を施しておいたから問題は無かろう。 じゃが、また起きんとも限らんから、その時は迷わずワシに頼るんじゃぞ?」
「はい、ご心配をおかけしました」
姉さんの見立てでも問題は無いらしい。
腑に落ちない所もあるが、とりあえず一安心だろう。
コンコンッ
不意に部屋の扉がノックされる音が響いた。
「冒険者協会の者です。 ティリアさんがただいま到着いたしました。 お通ししてよろしいですか?」
「来たよ!」
「は、はい! お願いします、お通ししてください!!」
「畏まりました」
さて、いよいよだ!
俺達が注目する中で扉がゆっくりと開いていく。
「あ…………」
「本当に……プリムなのね……!」
「お、お嬢様……ティリアお嬢様ッ!!!」
”銀髪”の長い髪、透きとおる様な”紫色の瞳”の女性がそこにはいた。
以前会った”白姫のティリア”に何処と無く似た容姿の女性。
”赤姫のティリア・カルブンクルス”その人だった。
プリムはお嬢様に抱き着いて嗚咽を堪えて泣いていた。
お嬢様の方もプリム抱きしめながら愛おしそうに見つめていた。
「会いたかった……会えるだなんて思って無かった…………」
『……でも、会いたくは無かったッ!!』
お嬢様の最後に発したその言葉に場が凍りついた。
◆
「お、お嬢様……?」
「プリム……さっき”胸に痛みを感じた”わね?」
「は、はい。 一瞬だけでしたが……」
「やっぱり、さっきので”リンク”が再接続されちゃったんだ…。 どうしよう……」
感動の再会なのに何でこんな悲しい顔をしているんだ?
それに”リンクが再接続された”!? 何の事だ?
「”リンク”……”奴隷紋”の事ですか?」
「ええ、そうよ…」
「奴隷紋って?」
「奴隷の胸に刻まれている所有者を示す紋の事です。 奴隷紋がある事で主は所有する奴隷がどこにいるかを把握でき、奴隷の反抗的な行為を阻害する能力も持ちます」
「鈴のついた首輪って所か…。 魔法文明世界の奴隷ならそれほど珍しくないものだとは思うけど?」
「この子の…プリムに刻まれた”奴隷紋”が”特別”なものだからよ……」
「特別じゃと?」
その事についてはプリムも初耳だったらしく、驚いた様子でお嬢様を凝視していた。
「”生贄の山羊”……命を軽視しすぎる為に”皇族以外の使用が禁じられた”禁断の呪法よ」
「何か、物騒な響きだね……」
「効果は、”主と奴隷の魂の一部を接続させて、主の命が危機に瀕した時に奴隷の命を代替えとする”事。 要するに、私が死にかけたとしても”プリムの命を使って”生き残る事ができる……そういう呪いなのよ…」
「じゃあ、仮にこの場でアンタが斬り殺されでもしたら……」
「私の代わりにプリムが”死ぬ”わね」
「胸糞が悪くなる呪いじゃな…」
「ええ、まったくよ。 更には…」
「ま、まだあるの!?」
「逃走防止用に”行動範囲の制限”がかかっているわ。 私から”半径5km以内から出た場合、問答無用で刻印が命を奪う”わ。 傍仕えとして私の傍にいた頃にはあんまり気にしてなかったんだけど、今にして思うと幾らなんでもやり過ぎよね……」
「何だよそれはッ!! 本当に”物”扱いもいいとこじゃねぇかッ!!! アンタもアンタで他人事の様に言いやがってッ!!!!!」
あまりの事に腹を立てた俺がお嬢様の胸ぐらをつかんで詰め寄った。
「だって…しょうがないじゃない! 当時の私は子供で、プリムを私の傍に置く為にはそうするしかなかったのよッ!! そうでもしなかったら、あの子は見知らぬ男の慰み物になっていたのよッ!!!」
「だからって、それを正当化しようってのかッ!? アンタ等の世界はどれだけイカレてるんだよッ!!!」
こんな事を彼女に言っても意味の無い事だと理解していたが、俺は誰かを責めずにはいられなかった。
ビュンッ
不意に俺の鼻先に”黒い何か”が現れて視界を遮った。
「……これ以上の不遜は、”カイとて”許す訳にはいきません……! すぐに手を離してくださいッ!!!」
プリムが俺の鼻先で”蹴りを寸止め”していた。
今にも泣きそうな顔をして、それでも涙一つ零さずに……。
「カイ、気持ちは分かるが今は君が引くんだ。 プリムをこれ以上悲しませてはいけない」
フリスが間に割り込んで俺の手を引き剥がす。
「あなたは、”カイ”っていったかしら? あなたはあの子の為にあそこまで怒ってくれるのね…」
「こんな理不尽って無いだろう……! アイツは、アンタの為にここまで頑張って来たのに……!!」
「うん、理不尽よね…。 私だって歯がゆいわよ!」
「お嬢様、カイ、私は…私は大丈夫です。 元々、お嬢様にお仕えする身ですから……元に戻るだけです」
憤る俺とお嬢様にプリムは”努めて冷静に”そう言い放つ。
「だって、それじゃプリムは私に縛られている事になるじゃないッ!!」
「お気遣いは嬉しいのですが、私には過分な配慮です。 私は…お嬢様のお傍でお仕えする事が幸せですから…」
「だって…それじゃあ、プリムの自由が無いじゃない!」
「ですが、私は”そういう”立場ですから……」
「”ここは”元居た国じゃ…世界じゃ無いのよ! 魔法が使えないからって奴隷に落とされる世界じゃ無いのよ!!」
「………」
このままじゃ平行線だ……どうにかしないと…
「その胸糞悪い呪いの解呪は出来んのか?」
「それが出来れば苦労は無いわよ…。 解呪の方法は、皇家の秘伝で皇帝陛下と陛下直属の宮廷魔術師長しか知らないのよ。 強引に解呪しようものなら、それでも刻印がプリムの命を奪いかねない…」
「ふむ、ワシはお主等は”お主等の常識に囚われ過ぎている”と思うがのぉ」
「え?」
「”他の世界の魔術”はどうだろうのぉ? 中には呪術に特化した魔術形態も存在するしのぉ。 案外それで打開策が見つかるかもしれんぞ?」
姉さんがチラッと俺の方を見るとウィンクして見せる。
助け船を出してくれたらしい……。
「誰か…誰かそういう魔術に詳しい人っていないか?」
「魔術……か。 僕は専門外だから思い当たらないな」
「あの教皇ぐらいかのぉ…。 だが、あ奴が呪術に精通してるとは聞いた事無いのぉ」
「お嬢様は? アンタ、元冒険者だったんだろう!?」
「直接の知り合いは……いないかな。 冒険者時代の知り合いを当たるぐらいしか……」
「プリマヴェーラのアンリはそういうの詳しくなさそうだったな…直情的な奴だったしな」
くそ! 誰かいないか、誰か…!!
「カイ……もういいですから…」
「あ! ブーマの婆ちゃんは?」
「ブーマ? ああ、冒険者試験受けた時の試験官だった婆さんだな」
「確か婆ちゃんって本来は、冒険者協会の”魔法関係の御意見番”やってて、冒険者になった時に刻む刻印を考案したのも婆ちゃんだって聞いた事あるよ!!」
「それなら期待が持てるかもしれないな…」
「でも、スチームヒルにはいないかも……。 婆ちゃんは、合衆国内の協会支部を定期的に回っているって言ってたから……」
「なら協会に所在を聞いて、追いかければいいんじゃないか?」
「そうだな…それしかないか!」
僅かながら希望が出て来た!
◆
「分かったよ! 婆ちゃんは今”ニューデトロイト”にいるって!!」
「ニューデトロイトなら、街道を北上すれば一直線だ。 全速で行けば二日とかからないよ」
俺達は宿を出ると急いで出発の準備を始めた。
「でも、お嬢様が一緒に来てくれるって言ってくれてよかったね!」
「彼女もプリムをあのままにしてはおけないんだろう」
現在、当のお嬢様はプリムと紅玉姉さんを伴って自宅に旅支度をしに戻っていた。
プリムは兎も角、姉さんがついて行ったのは”持っていく荷物が多くなるので人手が欲しい”からだそうだ。
「あ、戻って来たよ! プリム、お姉さんおかえりー!!」
「確かに荷物が多いな……なんであんなに?」
プリムと姉さんが特大のボストンバックを一つずつ持ち、当のお嬢様も肩掛けの鞄を持っていた。
そして、”見慣れない何か”を両手で大事そうに抱いていた。
「た、ただいま戻りました…。 は、はは……」
プリムの顔が心なしか複雑な表情をしている。
「これはわがままも言ってられなくなったのぉ、プリム?」
「予想外でした……」
? 何の事だ!?
「それじゃあ、しばらくお世話になるわね」
「あ、ああ。 遅ればせながら、このパーティーのリーダーの切原 魁だ」
「私は”倉坂 ティリア”よ、よろしくね」
は? ”くらさか”!?
「で、こっちが私と旦那様の愛の結晶、ショーゴ。 もうすぐ一歳になるわ」
「………それって、つまり……」
「お嬢様には、既に夫君と若君がいらっしゃった……そういう事らしいです……」
「これが私の冒険者証明証」
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氏名:倉坂・ティリア・カルブンクルス 年齢:22 性別:女
出身世界:サンクトゥス
戦闘能力:A-(魔法に依存)
世界知識:B
情報収集:D
生存能力:C
個人資質:A+(属性魔術 火 風 雷 光)
追記:現在、産休中
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「って、引退じゃなくて産休じゃねぇかッ!?」
はい、実は誰もお嬢様が”引退”したとは言っていません。
元とは言っていますが……
 




