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新世界の魁  作者: 黒狼
第一章 旅立ち編
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第十九話 怒りの炎、恵みの雨

「カインッ!!!!!」


 私は崩れ落ちるカインに駆け寄り、血溜まりの中から抱き起しました。


「は…はは……しくじった……ぜ…」

「く……出血が酷い!」


 私はすぐさまカインに治癒魔法を使用しましたが、傷は深い様で中々効果を表しませんでした。


「ああ……血が止まらないッ!! 紅玉ッ! 手を貸してくださいッ!!! 僕だけでは…!!」

「……イン…カイン!! クソ! ワシとした事が……絶対に、絶対に死なせんぞッ!!!」


 我に返った紅玉は、すぐにカインの元に駆け寄って治癒魔法を使用してくれました。

 ですが、私達二人掛かりで治癒魔法を使ってもカインの出血は止まらなかったのです。



 カインの治療に掛かりきりなっている私達を尻目に、”魔人(デモン)の青年”はその手のEC(エネクリ)を呑み込んでしまったのです。


「グ……グァ……グガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」


 EC(エネクリ)を呑み込んだ青年は、私達の目の前で”身体が膨張”を始めました。

 身体を膨張させながら、加速度的に”異形化”を始めたのです。


「こ……こんな事になるなんて……!!」

「おいッ! カインを移動させるぞ、手伝わんかいッ!!!」

「は…はい!!」


 私と紅玉は、”異形化する青年”を一先ず捨て置き、カインを安全な場所に移す為に彼を担ぎ上げて移動しました。


「ガアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」


 遠ざかる私達の後方で、”青年”の咆哮が響き渡ったのです。





          ◆





「先生、紅玉嬢!」


 カインを担いで運ぶ私達に、仲間達が追いついてきました。

 四人とも大した怪我は負って無い様でしたが、四人とも返り血を浴びていました。


「カインッ!? しっかりしろ!!」

「これは酷いな…! 一体何があったのだ!!」


 私はカインの治療を紅玉に一時預け、仲間達に今起こった事の経緯を簡単に説明しました。


「クソッ! 自暴自棄になって暴走しやがってッ!!!」

「それよりも今は、カインの怪我をどうにかしないといけません! 僕と紅玉は治療に専念します! ジェイコブは、手持ちの痛み止めと止血剤を出してください! 他の三人は周辺の警戒をッ!!」

「ま…待て、先生……」

「カインッ!?」


 深手を負って、言葉を発する事もままならない筈のカインが私達に話しかけて来たのです。

 私達はその声に反応して一斉にカインを取り囲むように彼の周りに集まりました。


「無理をするな、傷に触るぞ」

「今は…いい! 俺の事より…アイツを……あの”魔人(デモン)の男”を”救って”やってくれッ!!」

「しかしのぉ……儂等の見た限り既に……」

「……”救ってくれ”!!」


 カインの言いたい事は、私達には言葉に出さなくても伝わりました。


 『あの男を”人として”逝かせてやってくれ…』


「カイン……」

「こやつは……何時も何時も人の事ばかり……自分の事を、お主を案ずるワシや皆の事をなんじゃと思っておるッ!!」

「悪いな……元の世界では医者をやってたせいかね……性分なんだ」


 カインは”いつもの様に”紅玉の髪を指で梳いていました。

 いつも拗ねた紅玉を宥める時に行っていた事です。


「”ウォルフ(じいさん)”…」

「何じゃ?」

「…纏め役を頼む。 この中だときっとアンタが適任だ…」

「この老骨に無理難題を押し付けおるのぉ… 安心せい、悪い様にはせんさ」


 カインの肩を二、三度軽く叩くと、シュヴァルツ・ウォルフはその場で立ち上がりました。


「”エンリケ(だんな)”…」

「……」

「アンタが愛した海に帰りたい気持ちも分かるが……きっと、こっちの海もいいものだと思うぞ…」

「フン、知った風な口を利くな! そんな事は、俺の眼で実際に見てから決める」


 カインの肩に自分が羽織っていたガウンを羽織らせると、エンリケは帽子を被り直して後ろを向きました。


「”紀伊国屋”…」

「次は、拙者ですか?」

「アンタが夢見た、皆が豊かで誰も餓えない世界……アンタなら実現できるさ…」

「それを誰よりも見て貰いたいって……思ってたのですけどね……」


 簡単に身なりを整えるとジェイコブはカインに対して深々と一礼しました。


「”ゲオルグ”…」

「カインッ!! 貴様は…貴方は……王になるべき男なんだッ!! 俺達をこれからも導いてくれッ!!!」

「…馬鹿を言うな…… 俺は、そんな器じゃないさ…… 王には……お前こそが、相応しい。 胸を張れよ、ゲオルグ…」

「畜生ッ!!!! ……俺はこんなの認めないぞッ!!!!!」


 地面に拳を叩きつけて、ゲオルグはカインに吠えました。


「”アウグスト(せんせい)”…」

「もういいから喋らないでくださいッ!!」

「先生が…俺達があの城で調べた情報の公開に関しては、アンタに任せる… アンタなら最良の方法を取れるはずだ…」

「それは…貴方が僕を導いてくれたからじゃないですかッ!! 僕には、まだカインが必要なんですッ!!!」


 私は自分の無力さに歯噛みしながら、カインの横で項垂れました。


「”紅玉”…」

「カイン……もういいから……」

「お前っていう、最高の女に出会えた事が……この世界に来て、一番の収穫だったな……」

「何を…何を馬鹿な事をいってるのじゃッ!! ワシは、まだまだ女として満たされておらぬぞッ!!!」

「…そこら辺は、ちょっと後悔している… もっと可愛がっておくんだったぜ……」

「まだまだこれからじゃろうがッ!! ワシは…まだ、主の妻にもなれておらぬし……主の子も授かっておらんッ!! これから…これからじゃろうにッ!!!」


 『すまん』と何度も謝罪するカインに紅玉は縋り付いて泣いていました。


「皆……」

「達者での…」

「後は任せて、楽にしていろ」

「お疲れ様でした…」

「こんなの……こんなのって無いだろぅッ!!!」

「カイン……僕は…僕はぁッ!!!」

「だめじゃッ!! 逝くでないッ!!!」

「皆、自分らしく……生きろ…! ……じゃ…あ………な……」



 シュヴァルツ・ウォルフにとって、歳の離れた友人であった人物……

 キャプテン・エンリケにとって、盟友であった人物……

 紀伊国屋・ジェイコブにとって、恩人であった人物……

 ゲオルグ・フォン・ロートにとって、王と仰ぎたかった人物……

 紅玉娘々にとって、最も愛しき人であった人物……

 そして私、アウグスト・アルジェントにとって、道標であった人物……


 この世界で初めて、誰よりも自分らしく生き切った人物……

 カインは、その命を散らしたのです……。





           ◆





 カインを失い、私達が悲しみに沈んでいる間も”魔人(デモン)の青年だったモノ”の呻き声は響いていました。

 その声は、まるで”この世界のすべてを呪う怨嗟の声”にも聞こえたのです。


「皆、泣いて居るばかりではいられんぞ。 奴を…魔人(デモン)どもを止めてやらねばな……」

「そうですね……カインもそれを望んでいました。 ならば、拙者等がやらねばなりますまい…」

「まったく……気の休まる暇も無いな……。 だが、今は戦いの中で狂いたい気分だ!」

「僕も行きます……」


 私達は、カインの望み……”魔人(デモン)の青年だったモノ”を止める為に立ち上がりました。



 実を言うと、ここから先の事はあまり覚えていません。

 起こった事だけお話しするなら、私達は三日三晩戦い続け、”魔人(デモン)を一人残らず屠り”ました。


 そして、その最中に起こった事が一つ……


 その心から沸き立った”怒り”が吹き上がったかの様に、突然”ゲオルグが紅蓮の炎に包まれた”のです。

 彼は炎を纏いながらも平然としていました。


 そして………私達が見ている目の前で、その燃え盛る炎から一振りの”炎を物質化させた様な大斧”を顕現させたのです。



 それこそが”この世界(デウス・カルケル)で最初に発現した神の欠片(ゴットピース)”、”西の武王(ゲオルグ)”の”火”の神の欠片(ゴットピース)”紅蓮の戦斧『怒りの炎(ツォルン・フラム)』”だったのです。





           ◆





「終わったか……?」

「はい、魔人(デモン)のすべて……それこそ”女子供に至るまで”僕達で殺しました……」

「彼の言葉を借りるなら、”胸糞悪い”……正しくそんな感じですね」


 後に言われる”魔人の乱”と呼ばれる戦いを”魔人(デモン)を皆殺し”にする事で終えた私達は、性も根も尽き果てて瓦礫の上でへたり込んでいました。


「結局、ワシ等はあ奴に”最悪の最善”を選ばせてしまったのじゃ……」

「だが、ああするしかなかった……。 ああしなければ、誰も生きてはいられなかっただろうな……」


 起こった事に対する悪態と、後悔の念を言葉にして吐き出しながら、私達は段々と睡魔に飲まれていきました。

 そんな時です……


「あの……」


 私達に向けて、か細い声が聞こえてきました。

 そこには、二人の子供が立っていました。 女の子と男の子、顔立ちも似ているので恐らく姉弟でしょう。


「……なんでしょう? 僕達はとても眠いので、要件なら手短にお願いします…」

「あ、あの……あなた達が暴れる魔人(デモン)と戦っていてくれた人達ですか?」

「そうですよ、お嬢さん(シニョリーナ)。」

「えっと…ありがとうございました!! あなた達が助けてくれたおかげで、あたしも弟も生き残る事ができました!!」


 少女の”ありがとう”という言葉に、私達は無言になりました。


「……?」

「ああ……気にしなくていいですよ。 そう言って貰えて、僕達もうれしいです。」


 姉弟は、何度もお礼をしながら帰って行きました。


「今の言葉……カインに聞かせてあげたかったですね」

「そうだな……」


 そこから更に私達は無言になりました。

 少女達のお礼は嬉しく思いましたが、同時に虚しさと悔しさが湧きだしてきたのです。



 しばらくすると周りから寝息が聞こえ始めました。


(もう、皆寝てしまいましたか……)


(結局、僕達はカインを失い、異形化した人々を殺す事でしか救えなかった…… でも、後悔ばかりをしてても前に進めない…… こういう時、カインなら……)


 頬に何かが当たる感触がしました。


(雨か…… なんだか暖かい雨ですね……心地いい…)


 暖かい雨に打たれながら、私は先程お礼を言いに来ていた少女達の事を考えていました。


(きっと…カインなら彼女等も導いてくれたのでしょうね…… 僕等に…僕にそれが出来るか……)


 きっと彼ならこう言ってくれた……




『そんなの、お前のやり方で、やりたい様にやってみればいい』




(僕のやり方……)


(ゲオルグは……その怒りを炎に変えて、カインの仇を討った。 ならば、僕は……)


「僕は……カインの様に……弱き人々を守り導く… 彼の様には出来ないけれども……僕なりのやり方で…僕は”人々に恵みをもたらす雨”になろう!!」


 そう私が決意した時、私の手には『(ヌヴォラ)』が……”水”の神の欠片(ゴットピース)が握られていたのです。





          ◆





 魔人の乱から更に二日後の事です。


「紅玉、もう良いか?」

「良い。 別れはもう済ませた……」

「そうか…」


 そこは私達が初めて顔合わせした森の中の空き地でした。

 カインの遺体を囲んで、皆で彼に最後の別れをしました。

 全員の別れを済ませたのを確認すると、ゲオルグが魔法の詠唱を始めました。


火葬(アインエッシェルング)…』


 ゲオルグが放った炎はカインの亡骸を包み込み、その身を灰へと変えていきました。


「せめて、彼が安らかに眠れるよう祈りましょう……。 身勝手な創造主もそれぐらいは許してくれるでしょう」


 その後、私達は”カインだった”灰を集めて小さな壺へと納め、それを紅玉とシュヴァルツ・ウォルフに託しました。


「それじゃあ、紅玉、ウォルフ殿、後は任せる」

「ああ、必ず……」

「で、お前等は”本当にやる”のだな?」

「ええ、彼が拙者等に望んだ事を……”各々のやり方”で」

「こいつ等だけだとどこか歪むからな。 ならば俺が”裏”を受け持ってバランスを取ってやるさ」

「”我が王(カイン)”を嘘吐きにしたくは無いからな。 それを信じて邁進するのみだ」

「ぼ……いえ、”私”に秘策ありです。 彼に託されたもの、私なりのやり方で……」

「ふむ、それでは儂が仲間外れみたいじゃのう? ならば、お前等が”道を踏み外しそうになったら説教する役”になってやるとするかのぉ」


 私達四人は、カインの遺灰を紅玉とシュヴァルツ・ウォルフに託しました。

 遺灰は二人によって”創造主(ジェネシス)の玉座”の山頂に葬られたそうです。





            ◆





 残された私達四人は、その場で”袂を分かち”ました。


 ゲオルグは、生き残った兵士や傭兵などを中心とした人々を率いて西の荒野へと旅立っていきました。

 『貴賎無く力を評価される国』を作る為に……


 それが後に『モルゲンデンメルング武王国』と呼ばれる国になる事になります。



 ジェイコブは、商人や職人などを中心とした人々を率いて東の沿岸地帯を目指して旅立っていきました。

 『商業と流通で皆が富める国』を目指すために……


 今では『雷龍(レイロン)通商連合同盟』と呼ばれる国に匹敵する規模の巨大な商人達の組織になっています。



 エンリケは、どこにも行き場の無い元犯罪者や野党を纏め上げて南東の海へと乗り出しました。

 『海を愛する荒くれ共の楽園』を求めて……


 今では周辺の島々を纏め上げて『海賊同盟パイレーツ・アライアンス』を名乗っています。



 そして私は……


「皆さん、どうか絶望しないでください。 この世界を我々に”授けてくださった”創造主は、”希望”も我々に用意して下されたのです。 ここより山脈を越えた南の地……そこは約束された豊穣に地なのです」


 私は”忌々しい”創造主(ジェネシス)の名を使い教団を起こしました。

 騙りをするのは心苦しかったのですが、弱き人々には”心の支え”が必要だと思ったからです。

 ”創造主(ジェネシス)の玉座”で得た情報を編纂したものを教団の”聖典”とし、神の教えとして人々に世界の理を広めたのです。

 そうして作られた教団によって興された国こそが……


 それこそが、ここ……『ヴァンジェーロ教皇国』です。





           ◆





「長くなりましたが、これが一通りの顛末です」

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