第十六話 創造主の玉座
私は話を聞く皆さんのお茶を新しく淹れると、再び席につきました。
「さて、どこまで話しましたか……」
「”正義”の元の世界に戻る方法を探す調査隊に参加したあたりだよ」
「ああ、そうでしたね……」
私は少々気が重かったが、話し始める事にした。
◆
私を含む数人の研究者は、大部屋に集められた膨大な書物を紐解いて”元居た世界への帰還方法”を探していました。
様々な世界の書物があったのでその中には、私には全く読めないものも存在していました。
そうした場合は、その書物があった世界の出身者を呼んで朗読してもらったりして解読していました。
余談ですが、世界が違っても言語が殆ど同じだったり、似通っているケースが数多くありましたので私を始め皆驚いていましたね。
調べ始めて一月程がたった頃だったでしょうか……私を初めとする研究者達の”元居た世界への帰還方法”の研究は行き詰っていました。
そもそも限られた資料しか無い上に、異なる世界の魔法の”知識統合”も出来ていない状態です。
更には、大気中に魔力が全く無い事も問題になりました。
異世界間の転移どころか、”通常の転移魔法すら満足に使えなかった”のです。
流石に一月も缶詰で研究していた為、私達研究者は精神的に追い詰められていました。
そこで私達は数日の間、研究室のある建物を出ての休暇を要求したのです。
……返って来た答えは、『その様な”戯言”を言っている暇があるなら、一日も早く”成果”を出せ!』でした。
その言い分に疑念を持った私は、その護衛と称して建物を固めていた騎士達の眼を盗んで外へと出てみたのです。
一月ぶりに見た建物の外は、以前とは違う意味で”酷い有様”になっていました。
一番衝撃的だったのは、”人が人を売り買い”していました。
………つまりは、”奴隷”です。
人々は、”正義”の定める”貴族”、”平民”、”奴隷”という三つの階層に”区別”されていました。
”貴族”とは、”正義”を構成する貴族や騎士の事で支配階層です。
”人々を守る”という理由で”武装する権利”や”居住区で戦闘用の魔法を使用できる権利”を持ち、それを維持する名目で”税を取り立てる事が出来る権利”を保有していました。
”平民”とは、”正義”以外の”魔法が使える人々”の事です。
武装や居住区での戦闘用魔法の使用はできませんが、それ以外は決められた税を納めるだけで魔物等の外敵に恐怖しなくてもいい生活を約束されていました。
今上げた二つ以外の人々が基本、”奴隷”となります。
人権は剥奪され、売り買いをされる”モノ”扱いをされます。
大半の”奴隷”は、あちこちの地面を掘り返して”EC”を発掘する作業に駆り出されました。
余談ですが、その頃は”EC”を通貨の代わりとして使用していました。
つまり、何がどうやっても”貴族にECが集約する”社会体制だったのです。
それを見た私は、『もう”正義”には従えない!』そう思い、そのまま脱走する事にしました。
ですが、私が外に出た事は程無く”研究室のある建物を護衛”していた騎士達に知られ追手をかけられたのです。
◆
追手をかけられた私は、必死に逃げました。
ですが、”研究三昧で体の鈍った”私と”普段から体を動かしていた”騎士達との体力は、雲泥の差であり街の外に出てすぐの所で捕まってしまいました。
「勝手に外に出るとは感心しませんな。 外には魔物が闊歩し、我々に刃向う反乱分子も未だ存在しているのです。 御身を護る為です、今すぐお戻りください」
「ぐ……あ、あんな”人を人とも思わぬ所業”をしている貴方達の為に働けと言うのかッ!? あれでは、家畜にも劣る”消耗品”じゃないかッ!!!」
「それは”奴隷”どもの事ですか? ”アレ”等は、人の形をしてはいますが魔法の使えない”人間の出来損ない”です。 むしろ”有効利用してやっている”だけ”慈悲深い”というものでしょう。 我々が元居た世界では、昔は今の様な”有効利用”せずに”処分”していたらしいのでそれに比べれば”アレ”等は遥かに幸せだと思いますが?」
その騎士は、悪びれる事無くそれが”当たり前”として話していました。
「あ……貴方方は、狂っている!! 同じ人をその様に扱えるなんてッ!!」
「おかしいのは貴方の方です。 もはや問答も不要でしょう、力尽くでも連れて帰りますよ?」
私は必死で抵抗しましたが、元々の体力の差が有り過ぎました。
私は無念にも地に伏せられてしまいました。
もはや観念するしか無い………そう思った時です。
ガンッ
私の上で鈍い音が響きました。 そして私を押さえつけていた騎士が倒れこんで来たのです。
「フン…胸糞悪い講釈を延々と垂れ流しやがって……おい、大丈夫かアンタ!」
私は、その”声の主”に気絶した騎士の下から引っ張り出されました。
どうやら私はこの”声の主”に助けてもらったみたいでした。
「た、助かりました……」
「怪我は……無い様だな。 んー、身なりからすれば”奴隷”じゃ無い様だが…アンタ、何をやってコイツ等から逃げていたんだ?」
”声の主”……その男は、私の頭一つ分は背が高くガッシリとした体つきをしていました。
年の頃は、30代半ばかそれより上に見えました。
粗野ではあるが整った顔立ちをし、何日も剃っていないのか無精髭を生やしていました。
伸び放題の少々痛んだ黒髪を後ろで無造作に束ねていました。
薄汚れた白衣を着ているにも関わらず、手には無骨な片刃の剣を持っているという……なんというか、統一性に欠けた人物でした。
「た、助けてもらって感謝します。 僕は、アウグスト・アルジェント…魔法研究者です。 元の世界では、”魔法学”、”歴史学”、”考古学”を専攻する学生でした」
「ふむ、差し詰め”学者の卵”って所か。 そりゃ丁度いい! アンタの様な人材を探していたんだ!」
「え?」
「アウグストっていったか? 俺達の仲間になってくれないか? 今の所、俺の仲間の中にそういう知識系の人間がいなくてなー……丁度探していたんだよ」
”私の様な人間を探していた”……そう彼は言いました。
「ああ、そう警戒しないでくれ! アンタの事を囲っていた連中と同じ事をするって訳じゃないから!!」
「……では、どうするつもりですか?」
彼は、その問いに”まるで少年の様に眼を輝かせて”話し始めたのです。
「ほんの一週間前の事だ。 南……まあ、”太陽の位置からして南だと思う”ってだけだけどな。 南に見える山脈の頂上付近に”明らかに人工の建物っぽい影”が見えたんだよ! もしかしたら、この世界に人間が存在してるか、してたかしてる証拠でもあるんじゃないかって思ってな?」
「そんなものが……」
「最低でも遺跡とか見つかればこの世界の事が分かるかもしれないってな?」
「確かに……そんな物が見つかれば、もしかしたら元の世界に戻る方法も分かるかも……」
「そう! この世界に住むにしろ、元の世界に戻るにしろこの世界の事は出来るだけ知っていないとダメだと思うんだ!」
「……でも、それって確証の無い話ですよね?」
「だから、調べに行くんだろ?」
”知らないから調べに行く”……単純な考えでした。 迂闊ともいえました。
ですが、彼の言葉は”熱意”がありました。 そして、何とも言えない”吸引力”みたいなものも……
「分かりました、協力します。 ですが、その前に……」
「ん、なんだ?」
「僕は、貴方の名前を聞いていない……」
「あー……そういや名乗って無かったな! 俺の名は……」
彼の名前は、”カイン”。
私達のリーダーであり、誰よりも早く”この世界と向き合った男”でもあります。
◆
私は”カイン”と名乗った男に案内されて、街から少し離れた場所にある森の中まで来ました。
そこは森の中にある”丁度広場の様になっている場所で、真ん中で焚火が焚かれそれを囲むように六人の男女が座っていました。
「おー、帰ったぜ!」
「おお、帰ったか。 ワシ等は追われる身じゃから一人で出歩くなと言ってたのは誰じゃったかのぉ?」
「わりぃわりぃ、ちょっと様子見してくるつもりが思いがけない拾い物をしてな!」
カインを最初に出迎えたのは、”緋色の髪をした”女性でした。 因みに彼女は”巨乳”を持っていました。
「拾い物とは、その”モヤシ”男の事か?」
「も、モヤシ…… ゴホンッ、お初にお目にかかりますお嬢さん僕の名は、アウグスト・アルジェントと申します。 どうぞお見知りおきを……」
「……軽いセリフの割には余裕がないのぉ?」
「はぁ……今までいっぱいいっぱいだったもので……すいません」
「はは! アンタ、意外と軽い奴だったんだな!! それじゃ、仲間達を紹介するぜ!!」
そう言うと、カインは一人ずつ紹介を始めました。
「先ずは、アンタがナンパしようとした彼女からだな」
「うむ! ワシの名は”紅玉”じゃ。 仙号は”紅玉娘々”、要するに仙道じゃな」
「こう見えて俺等の中じゃ最年長だがな。」
「な、何をほざきよるか!! 実年齢はそうでも精神年齢は見た目相応じゃ!! ワシを手籠めにしておいてその言いぐさはなんじゃ!!!」
「分かった、分かったから落ち着こうな紅玉。」
カインは、窘めながら”緋色の髪の女性”…紅玉の髪を指で梳き始めました。
程なくして紅玉は頬を赤らめながら大人しくなりました。
信じられますか? あの頃の紅玉は、こんなにも乙女だったんですよ?
っと、話を戻しましょう。
「次は、コイツだな」
「次は、拙者の番ですな」
そう言って立ち上がったのは、私よりやや背の低い中肉中背の中年男性でした。
キッチリ整えた髪型でスーツを着ていました。
特徴的だったのは、スーツの上に羽織っていたものです。
たしか、”半纏”と呼ばれる異国の装束を羽織っていました。
「拙者は、科学文明世界”ヤマトエンパイア”出身の行商人で”紀伊国屋・ジェイコブ”と申します。 商人とはいえ皆さんの足手纏いになる様な事は無いので心配はご無用」
「まあ、ふざけた名前の奴だけど商人としても戦士としても腕は確かだから大丈夫だ」
「カイン殿、何度も言うが拙者の故郷では割と普通の名だと言っているでは無いですか?」
「分かった、分かったから。 んじゃ、次な?」
そう言うと視線を此方に視線を向けずに座っている男に向ける。
私よりも少々高い身長のやや細身の男性でした。
ダークブルーのガウンを身に纏い、腰には細身の剣と短筒を提げていました。
そしてその頭には特徴的な”骸骨十字”が描かれた帽子を被っていました。
「エンリケ。 キャプテン・エンリケだ。 出身世界は、”アスル・オセアノ”だ」
「この旦那は、元海賊でな。 色々あって俺等に協力してもらっているんだ」
「カイン、一つ言っておくぞ。 船は失ったが、俺は現役だ」
「ああ、そうだったな。 わりぃわりぃ!」
「本当に分かっているのか……まったく」
剣呑な雰囲気を醸し出す海賊エンリケを軽く流して、カインは次の人物の紹介に移りました。
カインよりも頭半分大きい筋骨隆々の大男でした。
くすんだ長い赤い髪を束ねもせずに後ろに流していて、獅子の鬣を連想させる髪型でした。
歳の頃は20代半ばぐらい、赤染めの全身鎧を着込みその手には巨大な戦斧を持っていました。
「俺は、ゲオルグ・フォン・ロート。 ”アーベントラント”のナハト帝国の出身だ」
「ナハトにその名も高き”廃皇子”ってな。 故郷では英雄扱いだったらしいぜ!」
「やめてくれ、恐れ多い! ”本物の英雄”に比べれば俺など立場と武勇を利用されただけの偽物にすぎん」
「はは、お前がどう思っているか分からんが、お前が言う”本物の英雄”もお前を認めていただろう? そんなに自分を卑下にするなよ!」
「む……そうは言われてもだな……」
「まあ、いい。 んじゃ、最後に爺さんだな」
最後の人物は、カインと同じぐらいの体格をした老人でした。
髪は白髪交じりの黒髪、年相応に長い髭を生やし、身体の至る所に刀傷を残していました。
身体以上に傷だらけの全身鎧を身に纏い、手には巨大な斧槍、腰には両刃剣を提げていました。
「うむ、儂の名はウォルフ。 皆は、シュヴァルツ・ウォルフと呼ぶのぉ。 出身は、皇子殿下と同じアーベントラントじゃ」
「アーベントラントの”一騎当千”の大英雄、”黒狼”のシュヴァルツ・ウォルフ!」
「なぁに、昔の話じゃて。 今では、衰えを見せ始めた老兵よ」
一通りの自己紹介を聞いて思った事は、彼等は生まれた世界は違えども、それぞれが並以上の強兵であると言う事でした。
そして、カインと言う男は”自然体”で彼等を率いている様に見えたと言う事です。
正直に言いますと、この時の私はこの中でも”浮いていた”様に思えます。
そして、次の日の早朝……私達は、あの南の山脈。
後の世で『救世主の玉座』と呼ばれる事になる地へと出発したのです……。
◆
「一旦区切って休憩を取りましょう。 いよいよこの後、”神の欠片”の話になります」
「いよいよ本題か……。 そういえば、この時点では教皇は”神の欠片はまだ手に入れていないのか?」
「それは順を追って話しますよ。 一先ずは、休憩しましょう」




