第十三話 白い飯と猪鍋
「お…おおおぉ……」
今、俺の手にはドンブリで山盛りになった”白い飯”が鎮座していた。
因みに、オブライエン家における食客調査による”この世界に飛ばされて来た人間の元居た世界の主食”の割合は、小麦7:米1:雑穀1、穀物以外1、であるらしい。
「なんかさ、カイの眼がキラキラしてるよ?」
「あんなカイを見るのは私も初めてです…」
「懐かしい故郷の飯を目の当たりにしたのじゃからしょうがないじゃろう。 人とは、得てしてそういうモノじゃ」
現在、俺達はオブライエン邸の大広間にいる。
部屋自体は、所謂洋風の広間なのだが、床には10程の足の短いテーブル……つまりはちゃぶ台が置かれ、その上には卓上コンロの様な物に乗せられた”土鍋”が置かれていた。
和洋折衷なんてものすら吹っ飛ばしたカオスっぷりである。
「皆そろったな? そろそろ始めるから適当に座ってくれ!」
領主の声に反応し、部屋に集まった人々が待ってましたと次々とちゃぶ台を囲み始める。
「それにしてもすごい人数だな……。 三、四十人はいるんじゃないか?」
「本日は、お客様方五名様以外に”ご領主一家四名”、”食客の方々三十四名”、”執事を初めとした使用人十一名”の合計”四十九名”がこの場に居ります。 料理担当の者以外で手の空く者は、全員参加ですね」
「し…使用人の人も同席してるんですか!?」
「ええ、領主様は『食事は皆で食べた方が美味い』と言うのが信条な方でして。 遠慮している方がお叱りを受けるのですよ。 まあ、食べながらでもお酌等のホスト的な役割もこなしますから、この方が都合が良いとも言えますね」
「ほら、客人方も遠慮無く座ってくれ!」
領主に促されて俺達も腰を下ろす。
「それでは、手元の杯を手に取ってくれ。 酒類がダメな者は、先に言ってくれ。 果実水等も用意している」
手に持った杯に屋敷の使用人が酒を注いで回る。
「透明な……これは、お酒ですか?」
「……この匂い…日本酒か?」
「米で作った酒だ。 我が領地の特産品の一つだな」
まさか日本酒にまでお目にかかるとは……
「皆に飲み物は行き渡ったか? うむ、よしよし」
全員に飲み物が行き渡った事を確認すると領主は、杯を持って立ち上がる。
「では……懐かしき人との再会と、新しき出会い、そして、日々の大地の恵みに感謝を込めて……乾杯!!!」
「「「乾杯!!!」」」
各卓で杯がぶつかり合う音が響いた。
◆
「……」
ドンブリ飯を美味そうに喰らっていた俺をプリムが神妙そうな顔で見ていた。
「プリム?」
「おハシでしたっけ……カイは、器用に使うんですね……」
どうやらプリムは、箸が上手く使えない様だった。
初見で使えって方が無理な注文かもしれんが……
「俺の育った所だと、箸で食べるのが普通だったからな。 フォークやスプーンも用意してあるんだから無理せずに使ったらどうだ?」
「ですが……」
プリムがチラッと横を見る。
領主の双子の子供(四歳児)が”箸で行儀良く”ご飯を食べていた。
「この子達は、普段からお箸で食べるのを躾けていますから出来るんですよ。 ですからお気になさらないでくださいね?」
プリムの視線に気が付いた領主夫人が気遣いの言葉をかけてくれる。
プリムは、ちょっとむくれながら箸を置いてフォークを手に取った。
やっぱり、小さい子に出来る事を出来ない事に釈然としていない様子だった。
ちょっと微笑ましいと思う。
◆
「ふぅ…食った食った! 御馳走さん!!」
カラッポになったドンブリをちゃぶ台の上に置いて手を合わせる。
久々の白い飯は、腸に染み渡る美味さだった。
「カイって言ったか。 どうだった、この土地で作った米は?」
「すごく美味かった! 堪能させてもらいました」
「ん、そうかそうか。 それなら米を作った連中も満足するだろう」
どこの卓も鍋をあらかた食べ尽くして、今はそこかしこで酒盛りをしていた。
ヴィクターは、昔の知り合いの所で昔話に花を咲かせている。
フリスは、先程の守衛と意気投合して酒盛りしながら話をしていた。
紅玉姉さんは、食客の連中と酒飲みで勝負をしている。 今の所、姉さんが飲み潰れる様子は微塵も感じられない。
「では旦那様、私は子供達を寝かしつけて参りますね」
領主夫人が眠そうにしている双子の手を引いて立ち上がる。
「ほら、皆さんにおやすみなさいの御挨拶なさい」
「みんな、おやすみなさ~い」「おやす…みなさい…」
双子は、眠そうにおやすみを言うと領主夫人に手を引かれて部屋を出て行った。
「本当に可愛いお子さん達ですよね。 とても微笑ましいです」
「はっはっはっ! お嬢さんは、分かってるな!!」
自分の子供が可愛いと言われて領主は、上機嫌な様だ。
本当に親馬鹿なんだな。
「そういえばお嬢さんは、人探しをしているそうだね」
「はい。 私のお仕えしているお嬢様を探しています」
「俺に何か手伝えるなら言ってくれ。 家族の友達なら俺にとっては家族も同然だ。 まあ、俺に何ができるか分からんがね」
「ありがとうございます。 そう言っていただけて嬉しいです」
「実は、そこがちょっと問題なんだよね…」
「ヴィクター?」
いつの間にか、俺達の所にヴィクターが戻ってきていた。
「問題って?」
「アルモリア在住って事しかわかってないんだよね。 地道に調べるとなると時間がかかるかも…」
「それなら戸籍を調べたらどうだ?」
「それはちょっと難しい…… ボク達は、教皇国の国民じゃないし…事情を話して調べてもらうにしてもすぐって訳にはいかないと思う」
国が違うと勝手が違うと言うわけか。
「それじゃ、ヴィクターは、どうするつもりだったんだ?」
「ボクが使える伝手を頼ろうと思ってたんだ…」
そういうとヴィクターは、チラッと領主を見る。
「ああ、なるほど」
「それは…… 期待に応えられんかもしれんな」
ん、歯切れ悪いな?
「辺境伯とは言っても所詮は”外様”だからな。 教皇聖下は兎も角として、ジェネシス教団の国内政治に携わっている連中には、あまりいい顔はされんのだ。 色々と好き勝手してる手前もあるからな…」
「えー、そんなー…… ボクはおじさんが頼りだったのにぃ……」
「紹介状を持たせてやる事は出来るが、それでも面倒な手続きを幾つか飛ばせる程度だと思う。 すまんな、あまり力になってやれそうにない……」
「まあ、そう悲観する事もあるまい」
「あ、紅玉さん」
さっきまで向こうで屈強な男達と酒盛りをしていた紅玉姉さんが戻ってきていた。
「もう酒はいいのか?」
「一緒に飲んでいた連中が全員酔い潰れたのでな。 退屈で戻って来たんじゃ」
「うちの連中を全員酔い潰したのか……」
「米酒なぞ水と変わらんと言うに、軟弱な連中じゃのぉ」
世の中には、”底無し”を凌駕する”笊”が存在すると言うが、この人がそうなのだろう。
「で、なんで悲観する必要が無いんだ?」
「ワシの古い馴染みが教団の上の方におる。 彼奴を頼ればすぐにでも調べてくれよう」
「ええ!? 紅玉姉ちゃんにそんな知り合いが居るなんて聞いて無いよ!!?」
「言っておらんからのぉ。 まあ、伊達に”この世界が開かれた当初”から居た訳では無いからのぉ」
「…って事は、紅玉姉さんは”原初の一万人”だったのか!」
原初の一万人
十年前にこの世界に”一番最初に呼び出された約一万人の人々”の総称。
呼び出された当初の混乱、世界観の違いによる差別、魔法と科学の格差……
様々な困難を経験したと言われている人々。
現在、この世界に残る原初の一万人は、百人にも満たないと言う……
「確かに”原初の一万人”なら俺より教団の上の方にも顔が利くかもしれんな!」
「そうなのか?」
「俺達と違って”原初の一万人”は、”同じ場所に同時に”落ちて来たらしいからな。 教団内の幹部に何人かいる原初の一万人の誰かと顔見知りであっても不思議じゃない」
「彼奴は、ワシに頭があがらんからのぉ。 ”借りを返して貰いに来た”とでも言えば喜んで協力してくれるじゃろう」
紅玉姉さんは、なんて事も無い風にカラカラと笑う。
「でも…私の私用の為に……いいのでしょうか?」
「なに、餓死寸前の所を助けてもらった身じゃ。 こんな事で借りを返せるならお安いものじゃよ」
「はい……ありがとうございます」
とりあえず、プリムの探し人の方は何とか目途が立ったな。
後は……
「おじさん、もう一つ聞きたい事があるんだけどいいかな?」
「ん、エドの事か?」
「そうそう。 最近、連絡が取れなくてね……依頼の”ついで”で探しに来たんだけど何か知ってる?」
「ああ、数日前にエドから手紙が送られて来たからな」
「ホントにッ!? 何で今まで黙ってたの!!?」
「黙ってた訳じゃ無い。 まずは客を持て成す事が先決だったからだ」
「だからって……」
食ってかかろうとするヴィクターを領主は、手を前に出して制する。
「いいから、落ち着け。 いいな?」
「う、うん……」
「手紙は、今は書斎だから後で改めて見せる。 内容としては、”急ぎの依頼が入った為、スチームヒルに戻っている暇が無くなった”と言う内容を”俺経由でお前の所に連絡してくれ”と、いう感じだ」
「ん? なんでわざわざ領主さん経由なんだ?」
ヴィクターが神妙な面持ちで呟いた。
「………多分、危ない橋渡ってるんじゃ無いかな…?」
「まあ……多分な。 一応、今の内容は手紙にしたためて昨日の内に出しておいたから、数日中にイリスの手元に届くだろう」
「うん、ありがとね」
……危ない橋を渡る探偵か。
ドラマとかなら絵になるけど、当事者の身内にとっては堪ったもんじゃ無いんだろうな……。
「ヴィクターちゃん。 そんなに心配しなくてもいいですよ?」
「あ、アリエルさん……どういう事?」
子供達を寝かしつけて来た領主夫人が戻って来た。
「旦那様がご自分の親友の危機を見逃すわけが無いじゃないですか。 ね、旦那様?」
「うむ……今、言おうとしていた所だ。 俺の所の食客にな、そういう事を調べるのに長けているものが居てな、そいつ等にエドを探してもらっている。 できるなら俺も力になってやりたいしな」
「”そいつ等”? ボクの知っている人じゃないの?」
「うむ、ヴィクターが館を出て行った後に食客になった連中だな。 たしか……”ヤマトエンパイア出身のニンジャ”とかなんとか…」
”ヤマトエンパイア”…… ”ニンジャ”……
何か、とてつもなく胡散臭い……
「だからな、エドの行方に関しては俺達に任せて、ヴィクターは”お前の仕事”を全うしてこい」
「おじさん…アリエルさん…… ありがと… ボク、ちゃんとプリムのお嬢様見つけてくるから!」
「プリムラさんも、お嬢様と再会できる事を祈っていますわ」
「御領主様、奥方様…ありがとうございます」
一時はどうなる事かと思ったが収まる所に収まった様だ。
「お、そうそう…」
感慨に耽っている俺の所に領主がズカズカ近づいてくる。
「カイ、お前は”男”だな?」
「いや、どう見たって男だろう?」
領主は、向こうで領主夫人と談笑している”プリムとヴィクター”を指さす。
「なら、護ってやんなきゃなんないよな?」
「まあ、二人とも放って置けない所があるからな…。 俺に何処までできるか分かんないけど、やれる事は精一杯やる」
「ハッキリと”護る”って言わない所は、少々気に食わんが…今はそれでいい。 頼むぜ…」




