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新世界の魁  作者: 黒狼
第一章 旅立ち編
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第十二話 カナンの辺境伯

「見えたッ! カナンが見えて来たよーッ!!」


 山道を緩やかに走るスキターリェツの上で、双眼鏡を覗いていたヴィクターが叫ぶ。

 程なくして、山の麓に広がる水田と、その中に浮かぶように佇む西洋風の街が見えてきた。


 ん? なぜに西洋風の街の周りに水田!?


「麦畑が水浸しですよ? どうなってるんでしょう?」

「ああ、あれは水田じゃな。 それにあれは、麦では無く”稲”じゃよ」

「そういえば、教皇国のミラコロ河周辺は、”米”の産地だったね。 僕も”ワショク”を食べたことあるけど、あれは中々いけたね」

「そうか…米作ってんだな……」


 国境線にあたる街の通用門は、冒険者証明証の確認と、手荷物と貨物の確認だけで30分足らずで通る事が出来た。 


「証明証持ちとはいえ、えらくあっさりした入国審査だったな」

「それだけ証明証が信用されているって事だね。 まあ、順番待ちが無かったしね」



 教皇国の北の国境の街”カナン”


 山の麓にある街ではあるが、立派な城壁のある”城塞都市”だ。

 城壁の中の城下町は、活気に満ちている。



「それじゃ、今日の宿を確保しようか?」

「あー、それならボクのオススメがあるからそこにしようよ?」

「オススメ?」

「うん、期待してていいよー!」


 この街が初めてな俺とプリムは元より、フリスや紅玉姉さんもこの街は大通りの宿を2、3度利用した事のあるだけらしい。

 とりあえず、自信たっぷりに言い放つヴィクターを信じて案内を受ける事にした。


「この大通りをまっすぐ、そのまま行けば大きな建物が見えてくるから」


 ヴィクターの指さす方向を見る……


「大きなお屋敷ですね」

「領主の館だよな? ……もしかして?」

「そういやカナンの領主は、気に入った多くの冒険者や旅人を食客としていると聞いた事があるのぉ」

「大丈夫、大丈夫ッ! 領主のソリッドおじさんと、ボクのパパは”親友どうし”だし、ボクとも”マブダチ”だからッ!!」


 ヴィクターは、自信たっぷりに俺達の先を進んで領主の館に入ろうとするが……



 ガキーーーーンッ



 当然の如く、守衛に止められた。


「だから、ボクはソリッドおじさんの知り合いだってばッ!!」

「すまんな坊主。 最近は、その手の輩が多くてな。 一々相手にしてられんのだ」


 しかも、面倒くさそうに窘められている。


「話がちがうのぉ…」

「だね」

「ぅ………」


 このままだと埒が明かないな……


「おや、何事だい?」


 いつの間にか俺達の後ろに黒いスーツを着た痩せぎすの男が立っていた。

 眠そうな双眸、咥え煙草に無精髭、おまけにネクタイも緩めている。


「あ! 執事さんッ!!」

「お? どちら様かと思えば、エドワード殿の御息女のヴィクトリアお嬢様じゃないですか? お久しぶりですね。 二年ぶりぐらいですか?」


 そこに居たのは、 少なくとも俺の思い描く”執事”には程遠い人物だった。

 ”執事”は、丁寧な口調で挨拶をすると、口調とは裏腹にヴィクターの頭を無造作にわしゃわしゃ撫でた。


「其方は、お嬢様のお友達方で?」

「うん、一緒に旅している仲間だよ!」

「ほほう…… おっと、申し遅れましたな。 私は、カナン領主オブライエン辺境伯家にお仕えする執事のジークと申します。 皆様、お見知りおきを…」


 ”執事”は、俺達を一瞥すると、俺達の方に向き直って礼儀正しく一礼した。

 ただし、”煙草は咥えたまま”で……


「こ…これはご丁寧に……」


 プリムは戸惑いながらも、反射的に礼を返す。


「まあ、立ち話も何ですから皆様、屋敷内へとお進みください。」

「あ、ああ…」

「おっと…其方様は、その乗り物に乗ったままお進みいただく訳にもいきませんね。 守衛」

「は…ははッ!」


 ”執事(ジーク)”は、先程まで行く手を遮っていた守衛を呼びつける。

 守衛は、緊張で声を上擦らせながら返事をした。


「此方の方を、屋敷裏の広場まで案内して差し上げてもらえるかい? その後、客間まで”丁寧に”お通しするように。 いいね?」

「りょ…了解しましたッ!!!」


 ”執事(ジーク)”の指示を受けた守衛は、先程とはうって変わった態度でフリスを屋敷の裏手へと案内していく。


「ヴィクトリアお嬢様、申し訳ありませんでした。 あの者は、ごく最近雇った者でしてね」

「ああ、道理で見憶えないと思ったよ。 前来た時には、いなかったもんね?」


 俺達三人の前を談笑しながら歩くヴィクターと執事(ジーク)

 何やら、話についていけてない……


「あー、ヴィクター質問。」

「何?」

「お前とここの領主さんってどういう関係だ? イマイチ関係が見えなくてな……」

「ああ、その事ですか」


 ヴィクターに先んじて執事(ジーク)が俺の問いに答える。


「ヴィクトリアお嬢様とお父上のエドワード殿は、五年前までこの屋敷で暮らしておられたのですよ。 領主様を始め、その頃から屋敷に居られる方にとっては、お二人は家族みたいなものです」

「ほほぅ…ここで暮らしておったとな?」

「うん。 ここの暮らしも良かったんだけどね。 パパが、『俺は探偵だからいつまでもここで燻ってはいられない!!』って一念発起してスチームヒルに引っ越したんだよ」

「意外とアクティブだな、ヴィクターの親父さん…」




         ◆




 執事(ジーク)の案内で客間に通された俺達を待っていたのは、一人の女性だった。


 歳は、20代後半ぐらいだろうか。

 ウェーブのかかった長い金髪のモデルの様な容姿の美人だった。


「ジーク、お客様をお連れしたのね? 当家へようこそ、私は領主ソリッド・オブライエンの妻でアリエルと申します」

「アリエルさん、お久しぶり!」

「あら、ヴィクターちゃんじゃないですか! 二年ぶりぐらいかしら? 大分大人っぽくなりましたね」

「えへへ…そういえば、リチャード君とジョアンナちゃんは元気?」

「ええ、とっても。 今は、お昼寝しているので後であってあげてくださいね」

「うん!」

「あ…ごめんなさい、私達だけで話し込んでしまって… どうぞお掛け下さい、すぐにお茶の支度をいたしますので」


 領主夫人(アリエル)に促されてソファーに腰かける。

 なんていうか……人様の親戚のお宅に招かれた気分だ。


 まあ、間違ってないかな?


「ヴィクター、さっき言ってたリチャード君とジョアンナちゃんってどなたですか?」

「ソリッドおじさんとアリエルさんの子供だよ。 男の子と女の子の双子なんだよ」

「はい、今年で四つになりますわ」

「四歳ですか、可愛い盛りですね!」

「ええ、旦那様ってばすっかり親馬鹿になってしまって……困ってしまってますわ」

「はは、どこでも旦那の方は似た感じなのかのぉ。 奥方も大変じゃろう?」

「ええ、最近はあの子達の事ばかり気にかけて……はぁ」


 ……あれ? なんだ、この居心地の悪さ……


 ガールズっていうか…レディースっていうか……女子会状態のこの場に男は俺一人。

 執事(ジーク)は、お茶の準備で退室中。 フリスは、スキターリェツを屋敷の裏まで停めに行っている。

 そして、当の領主とやらは未だ出てこない……



 正に、”孤立無援(・・・・)”!



 孤立無援の俺の元に執事とフリス(えんぐん)が来援したのはそれから15分後の事だった……。


 女子会の中に男一人は、マジでキツイ……。




          ◆




 そろそろ日が暮れ始める頃、突然客間の扉が開いた。


「ヴィクターが来ているそうだな! なぜ、呼ばなかったッ!!」


 そこに入って来たのは、長身の筋骨隆々の男だった。

 歳は、30前後だろうか。 背中まで届く黒髪を撫でつけて後ろで束ねている。

 左頬に十字の刀傷がある。 それのせいで全体的に少々粗野な印象を与えている。

 ダークブルーのフロックコートを着ているが、なんか金属鎧を着ていた方が似合いそうだ。


「すぐに旦那様にお知らせしたらお仕事を放棄してしまうじゃないですか。 私が皆に口止めをしておいたのですよ」


 領主夫人(アリエル)は、”然も当然”と言う顔でしれっと言い切った。


 うむ、間違い無く”尻に敷かれているな”。


「ぐぬぬ……俺にとっては、姪っ子も同然のヴィクターが訪ねて来たのだぞ! そのぐらいいいだろう?」

「ダメです。 ヴィクターちゃんにも子供達にも示しがつきません。 そんな無様な様を子供達に見せるんですか?」

「むむむ……」


 何が”むむむ”だ……

 この夫婦は、奥さんが強すぎだな。 こりゃ、旦那は勝てないな。


「おじさ~ん、ボクの仲間もいるから早めに立ち直ってね」

「む……おお、そういえば客人が居たな! 申し訳無い、見苦しい所を見せた… 俺は、このオブライエン辺境伯領領主のソリッド・オブライエンだ。 ようこそ、我が家へ」


 ヴィクターの言葉で立ち直ると、俺達の方に向き直って自己紹介をする。

 散々情けない所を晒していたが、こうしてみると中々の偉丈夫だ。 これならあの美人の奥さんとも釣り合うだろうな。

 似合いの夫婦だと思う。


「まぁ、さっきのは気にするな。 女房の尻に敷かれるのも男の甲斐性だ」

「おじさん、意味わかんないよ」


 コンコン

 俺達が談笑していると、客間の扉がノックされた。


「領主様、奥方様。 お連れしましたよ」


 執事(ジーク)が小さな子供二人を伴って入って来た。

 一人は、肩ぐらいまでの黒髪をポニーテールにした活発そうな女の子。

 もう一人は、肩ぐらいまでの金髪を後ろで束ねた内気そうな男の子。

 顔立ちが良く似ている。 領主(ソリッド)の双子の子供達かな?


「リチャード、ジョアンナ。 お客様にご挨拶なさい」

「「はい、おかあさま!」」


 領主夫人(アリエル)に促されて、双子が俺達の前に整列する。


「はじめまして! ソリッドとアリエルのむすめのジョアンナですッ!!」

「は、はじめまして… おなじく、むすこのリチャードです」


 俺達にお辞儀をする双子。

 よく躾けされているのか、二人とも利発そうな良い子だ。 思わず頬が緩んでしまう。


「二人とも久しぶり! ボクの事覚えているかな?」

「ヴィクターおねえちゃんッ!!」 「おひさしぶりです、ヴィクトリアおねえさん!」

「二年ぶりなのにちゃんと覚えてくれてたんだ! 二人ともエライ子だねぇ!!」


 ヴィクターが双子を抱きしめてすりすりしている。 よっぽど名前を覚えていた事がうれしかったんだろうな。


「ふむ、四つの子供とは思えん利発な子達じゃのう。 関心関心」

「可愛いですねぇ……思わず頭をなでなでしたくなります」


 どうやら女性陣は、双子にメロメロの様だ。

 まぁ、気持ちは分かるが……


「さて、そろそろ良い時間ですね。 お話の続きは、お食事をいただきながらしましょう」

「おお、これは気が付きませんで。 すぐに準備をいたしましょう。 お客様方、リクエストが御有りなら考慮いたしますよ。 どうぞ仰ってください」


 リクエストOK……だと?


「ん~特に無いかな~?」

「御馳走になるんだからお任せしますよ」

「ワシは、酒が出れば言う事はないのぉ」


 俺は、無言でそっと手を挙げた。


「米……」

「……カイ?」

「この世界に来てから、一度も食えなかった白い飯を是非ともッ!!」


 俺は堪えきれなかった。 やはり日本人は、米の飯だろう!!


「米の飯か! それだったら今晩は”アレ”で決まりだろう?」

「あら、久しぶりにいいですわね」

「今朝方、食客の方が猪を一頭差し入れてくださいましたから、それを使用しましょう」

「”アレ”?」

「大広間に今滞在している食客の連中も呼んでやれ!」



「今夜は、”鍋”だ!!」

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