表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

運命のヒーロー? 導かれた帰属点


本は、自分の盆を左手に、真葉音の特製拉麺が乗った膳を右手に持ち、器用に人波を避けながら歩き始めた。

「あっちで、和尚さまと合流することになってるから」

真葉音がそう言うと、本は軽く頷いた。

二人が待ち合わせのテーブルに着き、盆を置いたものの、まだ腰を下ろす前だった。その瞬間、ちょうど向かい側から和尚さまが戻ってくる。

「お邪魔しまーす!」

本が、場違いなくらい明るく言う。

「本くーん! どうしたの?」

和尚さまの声が弾む。

「わたしもびっくりした」

真葉音が苦笑すると、和尚さまは盆の上を覗き込み、目を見開いた。

「本くんの拉麺、めっちゃ美味しそう!」

「特製付盛です。たぶん今日、わたしだけです」

真葉音が少し誇らしげに言った、その瞬間。

「は? これ、本くんの拉麺でしょ!?」

和尚さまの声が裏返った。

いいね、その流れなら和尚に“解説者”をやらせるのは自然だ。

ただし、説明くさくならないように、彼の軽さに乗せるのがコツだ。


書いてみる。


―――


真葉音は、麺類注文列で起きた一部始終を説明した。

烈火刀削麺が最後の一杯だったこと。

半分案が即却下されたこと。

そして、古根という名前を口に出したところで――


「ぷっ」


和尚が盛大に吹き出した。


「ウケるー! 古根ゴン、噂どおりじゃん!」


「噂……?」


真葉音が目を瞬かせる。


和尚は卓に肘をつき、にやにやしながら言う。


「判断の早い者が取る、って人だよ。

迷う者は後回し。以上。説明終わり」


「終わり!?」


「古根ゴンの世界はシンプル。弱肉強食っていうより、即断即決の論理。

ためらった時点で負け。列に並んでる順番とか、感情とか、そういうのはオプション」


本が小さく笑う。


「合理主義者ってやつか」


「そうそう。本宮は処理速度が命だからね。

午後の案件十件抱えてる人間と、新人一人。

どっちが烈火を取るべきかって言われたら、古根ゴンの中では即答なんだよ」


真葉音は唇を引き結ぶ。


「でも……わたし、後ろに並んでたんです」


「それも関係ないんだよなあ。

並び順より、決断の速さ。あの人にとってはそれが秩序」


「めっちゃ怖かったです……」


真葉音は肩をすくめる。


本が苦笑しながら付け足す。


「自分が後ろに並んでたのに、だよ」


和尚が身を乗り出す。


「で? 言った?

『わたしの烈火刀削麺愛を舐めるな』って」


「言えるわけないじゃないですか!」


三人の間に、遅れて笑いが起きる。


だが真葉音の胸の奥には、さっき列で感じたあの一瞬がまだ残っている。

譲ったのは恐怖か、空気か、それとも自分の未熟さか。


烈火はただの一杯。

いいね、この温度。

笑いながら、ちゃんと刺さっている。


少しだけ整えて、余韻を残す形にしてみる。


―――


なのに、なぜか敗北の味がした。


「めっちゃ怖かった……」


真葉音は肩をすくめる。指先が、まだわずかに強張っている。


「自分が後ろに並んでたのに、マジ凄いよな」


本が苦笑しながら付け足す。

順番という概念を、あんなに軽々と飛び越える人間を、彼は初めて見た顔だ。


和尚がニヤニヤしながら、答えのわかりきった質問を投げる。


「で? 『わたしの烈火刀削麺愛を舐めるな』って言った?」


「無理無理」


即答だった。


言えるはずがない。

本宮初日。上位五人。古根ゴン。

喉まで上がった何かは、ちゃんと飲み込んだ。


和尚が天井を仰ぐ。


「運命の出会いが、女性だったとは……」

しみじみと、妙に情感を込める。

三人の間に、小さな笑いが落ちた。

烈火でも王族でもないけれど、こういう偶然が重なる昼食の時間こそ、配属初日の本宮らしさなのかもしれなかった。

「――あれ?」


和尚が、ふいに声を上げた。


「これさ、本くんが正義のヒーローなんじゃない?」


「正義のヒーロー?」


真葉音がきょとんとする。


「だってさ。真葉音が最終的に烈火刀削麺にありつけたの、本くんが呼び止めたからでしょ。タイミングずれてたら終わってたじゃん」


本が小さく首を振る。


「いや、オレ何もしてないけど」


「してるしてる。偶然ってやつが一番ヒーローっぽいんだよ」


和尚はうんうんと勝手に納得する。


「……でもさ」


ふっと表情を変える。


「古根ゴンを倒したわけじゃないんだよね」


顎に手を当て、少し考え込む。

視線が卓の上を泳ぐ。


「ヒーローっていうより――」


一拍。


湯呑みの縁から立ちのぼる湯気が、ゆらりと揺れる。


「運命の人、だね!」


言い切った。


「ないないないないない……!」


真葉音と本が、ほぼ同時に手を横に振る。

息まで合っている。


「ない。絶対ない」


本が低い声で重ねる。


「え?」


和尚は本気で不思議そうな顔をした。


卓の上に、半拍ぶんの沈黙が落ちる。


「……いやっ」


和尚は指を立てる。


「やっぱり、運命の人だねー」


にやり、と笑う。


真葉音は額を押さえた。


「どうして確信が強まるんですか」


「否定が早いから」


即答だった。


本が立ち上がる。


「……小休、終わるから戻るよ~」


少しだけ逃げるみたいな声音。


椅子が床を擦る音がして、会話は現実に引き戻される。


真葉音も立ち上がる。


「運命」という言葉の軽やかさと、刀削麺のずっしりとした実実感が対比されるよう、一人芝居のような「語り」の形式から、真葉音の五感と感情が地続きになった叙述的なスタイルに書き換えました。


地の文に心情を溶け込ませることで、ドラマの台本から一歩進んだ「小説らしい」情緒を持たせています。


改訂案:『小麦の引力、あるいは帰属点』

 運命なんて、大げさだ。

 そう思いながらも、胸の奥にひっかかった小さな違和感――あるいは予感のようなものは、熱いスープを飲み込んでも消えてはくれなかった。私はわざとらしく鼻を鳴らし、少し重くなった盆を持ち上げる。和尚さまが背後でニヤニヤしているのは気配で分かったけれど、あえて振り返らなかった。


 私は、昼に刀削麺を啜りながら、今夜食べる刀削麺に思いを馳せるような女だ。

 和尚さまが吹き込んだ「運命」なんていう不確かな言葉は、麺から立ち昇る猛烈な湯気に巻かれ、天井の魔導紋様へと消えていった。


 そのとき私の脳裏を占めていたのは、もっと切実で、もっと卑近な、ある「味」の記憶だった。

 太井炭巡府の倉庫で埃にまみれていた頃、逃げ込むように暖簾をくぐった、あの店。少し油が強くて、無骨で、けれど凍えた胃の腑を問答無用で温めてくれた、あの不思議と落ち着く一杯。

 本宮の「烈火」のような華やかさはない。けれど、慣れない環境で神経をすり減らした夜には、どうしてもあの味が恋しくなる。

 運命よりも先に、私の心は小麦の香りに支配されていた。未来の希望より、今この瞬間の空腹を満たす現実の方が、いつだって私には強烈な引力を持っている。


 仕事を終え、吸い寄せられるように辿り着いたのは、夜の闇にぼんやりと赤提灯を浮かべる、いつもの麺飯店だった。


「こんばんは……」

「あら、真葉音ちゃん! 久しぶりじゃない。おい、真葉音ちゃんが来たよ!」


 引き戸を開けた瞬間、店主の威勢のいい声が飛んでくる。


「まあ、真葉音ちゃん。おかえりなさい」


 店母さんの柔らかな微笑みが、冷えた頬を緩ませる。そこはもう、私の第二の実家と言っても過言ではない場所だった。二人から注がれる温かな眼差しに、ようやく今日という一日の終わりを実感する。


「いつものでいいわね?」

「はい、お願いします」


 カウンターの止まり木に腰を下ろし、注文した一杯を待つ。

 手持ち無沙汰に眺める厨房の火。昼間に食べた烈火刀削麺の余韻が、まだ舌の奥に微かに残っていた。

 淀みのない所作で膳を交換してくれた、あの背中。盆を両手に提げて人混みを分けていく、本の少しだけ不器用そうな歩き方。

 ふっと、和尚さまの声が耳の奥で蘇る。


『運命の人、だね』


「……いやいや、ないない。それだけはないって」


 苦笑まじりに独り言をこぼした、その時だった。


「はい、お待たせ。刀削麺よ」


 目の前に置かれた器から、懐かしい香りが弾ける。と同時に、店の戸が勢いよく開いた。


「あ、おかえり! ――(厨房へ向かって)刀削麺、もうひとつね!」


 店母さんが注文も聞かずに声をかける。常連である私だけの特権だと思っていたその光景に、聞き慣れた声が重なった。


「ただいま」


 心臓が、妙なリズムで跳ねる。

 隣の席に滑り込んできた影を、私は凝視したまま固まってしまった。


「え……っ、本くん!?」

「ん? ああ。……真葉音ちゃんも、ここ常連だったの?」

「それはこっちのセリフ! なんでここに……」

「いや、ここ、俺の実家」


 呆気にとられた私の胸の奥で、昼間の「運命」と、今この場所にある「帰属感」が、熱いスープのように混ざり合っていく。


「えええええええっ!?」


 驚愕の声を上げる私を見て、店母さんが目を細めた。


「あら、二人は知り合いだったの?」

「同門、なんです」

「まあ! すごい運命じゃない。ねえ?」


 顔を見合わせた私たちは、今度は反射的に、全く同じ角度で首を振った。


「「ないないないない……!」」


 私は朝も昼も夜も刀削麺を食べながら、その「コシ」に一喜一憂し、ありもしないドラマを妄想する女だ。

 運命なんてものは、光り輝く劇的な瞬間に訪れるものではないのかもしれない。

 こうして、形を変え、温度を変え、当たり前のような顔をして、すぐ隣に座っているもの。


「……なんてね。やっぱり、ないないないない」


 私は心の中で自分に言い聞かせ、少しだけ赤くなった顔を隠すように、どんぶりへと深く顔を寄せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ