第4話 本当の自分
絶叫系アトラクションを立て続けに乗り、
美智はすっかり力を使い果たしてベンチに腰を下ろした。
頬は赤く、髪も乱れ放題。
クールビューティーの仮面など、とっくに剥がれ落ちている。
それでも――。
(……楽しかった)
峻と一緒に笑い合った時間の余韻が、
胸の奥にあたたかく残っていた。
「お腹すいたな」
峻が腕時計を見ながら、何気なく言う。
美智は一度深く息を吸い、背筋を伸ばした。
崩れた仮面を、どうにか貼り直す。
「……お弁当、あるけど。
よかったら、食べてもいいわよ」
声色だけは、いつもの冷静さを取り繕っていた。
「ほんと? やった!」
峻は素直に喜び、差し出されたサンドイッチを手に取る。
一口。
その瞬間、彼の表情がわずかに固まった。
「……これ」
美智の胸が、ぎくりと跳ねる。
(しまった……!)
間違えた。
自分が作った、あの真っ黒な失敗作の方だ。
「あ、今のなし! こっちを食べて!」
慌てて取り替えると、峻は改めて母が作ったサンドイッチを口に運び、
にっこりと笑った。
「うん。おいしい」
その一言に、美智は心から安堵した。
自分の出来損ないのお弁当は、
誰にも見せないよう、そっと自分の口に運ぶ。
――と。
「どうして、隠すの?」
峻の疑問に、美智は一瞬たじろいだ。
「これは……失敗作なの。
お母さんに、責任もって食べなさいって言われて……」
言ってから、あ、と気づく。
「お母さん?」
「あ……違うっ。
もったいないから、自分で食べようと思って……!」
苦しい言い訳だった。
これでは、「お弁当は私が作った」という嘘までバレてしまう。
峻は少し考えるように唸り、それから、柔らかく笑った。
「じゃあ、俺も手伝うよ」
そう言って、失敗作のサンドイッチに手を伸ばす。
「えっ……!」
止める間もなく、峻はためらいなく口に運んだ。
「……うん。悪くないじゃん」
美智は、言葉を失う。
「ちょっと焦げてるけどさ。
ちゃんと一生懸命作ったの、分かるよ。ありがとな」
何でもないことのように言い切る――その表情。
嘘をついていた自分を責めるどころか、
その裏にある「一生懸命」を拾い上げてくれた。
美智の胸が、じんわりと熱くなった。
(どうして……こんなに優しいの……)
クールに振る舞っていたはずの自分が、
ただの「風原美智」として彼を見つめている。
気づけば、頬が夕陽よりも赤く染まっていた。
***
昼食後、二人は遊園地の通りを並んで歩いていた。
「謎多き女性、謎多き……」
史織から授かった次の作戦。
――『ミステリアスな女を演じて、次を期待させる』を、必死に自分に言い聞かせる。
だが、集中しすぎてつい口から呪文のように漏れてしまった。
「ここ、入りたいの?」
峻が不思議そうに声をかける。
彼が指差した先には、『謎の館』と書かれた不穏な建物。
「えっ……あ、ええ。そうよ」
(違う、そういう意味の『謎』じゃない……!)
心の中で叫ぶが、もう遅い。
「お化け、怖い?」
「別に、怖くなんか、ないわ」
咄嗟に強がる。
「じゃあ、入ろう」
峻は楽しそうに、迷いなくその扉を押した。
仕方なく、美智も後に続く。
***
「……なによ。全然怖くないじゃない」
中は暗い迷路だったが、驚かせる演出より謎解きが中心だった。
歴史ゲームで鍛えた美智の知略が光る。
「なんだ、お化け屋敷じゃないのか。期待してたのに」
峻は少しがっかりした様子だった。
「ふん。クールビューティーの私に、解けない謎なんてないわ」
峻が振り返り、挑発的に笑う。
「へぇ。じゃあ競争な。
どっちが先に脱出できるか!」
「あ、ちょっと、待ちなさい!」
***
ようやく出口にたどり着いた美智を、
外で待っていた峻が目を丸くして迎えた。
「……風原さん? なんで、女の子と一緒?」
美智の手を握っていたのは、小さな女の子だった。
「途中で迷子になっていたみたいで……。
一人で泣いてたから」
峻はすぐに状況を察し、頷いた。
「じゃあ、迷子センターに――」
だが女の子は、美智の背中にさっと隠れてしまう。
美智は自然としゃがみ込み、目線を合わせて微笑んだ。
「怖かったね。大丈夫、一緒にお母さん探そう?」
女の子は、こくりと小さく頷く。
「お名前、聞いてもいい?」
「……みっちゃん」
「……!」
美智は思わず、今日一番の柔らかい笑みを浮かべた。
「偶然ね。私も同じ名前なのよ」
そう言って立ち上がり、周囲に向かってはっきりと声を張る。
「みっちゃんのお母さん、いませんか――!」
峻はその声の大きさに驚きつつ、すぐに笑って同じように叫んだ。
「みっちゃんのお母さん、いませんかー!」
しばらくして、
慌てた様子の母親が駆け寄ってくる。
抱きしめられて泣き出す女の子。
安堵した背中を見送り、二人は顔を見合わせた。
母親は、何度も頭を下げ、そして去って行った。
***
「……よかったね、みっちゃん」
無事に母親を見送り、峻が小さく呟いた。
「どっちの『みっちゃん』……かしら?」
美智の冗談めかした問いに、峻は少し照れたように視線を泳がせる。
「えっ、えっと……どっちも、かな」
二人の間に、くすぐったくて甘い沈黙が流れる。
遊園地の喧騒の中。
その瞬間だけ、世界が少し静かになった気がした。




