11 唯一の祝福
百年後。
ヴィクトルはまだ、街を見下ろす丘の上に住んでいた。「朝の約束」はもうなかった。しかし毎朝どこかでパンが焼かれ、どこかで人々が働き、どこかで子供たちが笑っていた。
ヴィクトルは時々街に降りていった。一日一日を必死に生きる人々を、有限の中で輝く人々を見ていた。
彼はもう退屈ではなかった。
エマの言葉を、彼は今も覚えていた。
「ヴィクトルさんは、私を通じてしか自分を経験できないんじゃないかな」
その通りだった。永遠が一つの花として咲くには、他の全ての花であることをやめなければならない。有限になることだけが、無限が自分を知る唯一の方法だ。
しかし、永遠のままでも有限に触れることはできる。有限を見つめ、愛し、通じて自分を経験することはできる。
ヴィクトルは空を見上げた。朝日が昇ってくる。
今日は少しだけ、見ていてもいいかもしれない。焼けてしまう前に目を逸らせばいい。ほんの一瞬。
彼は目を閉じた。瞼の裏に感じる温かさの中で、エマの声を聞いた気がした。
「今日が特別なんです。今日しかないから」
そうだ。今日しかない。永遠の中にも今日はある。今日という有限は、永遠の中にもある。
ヴィクトルは微笑んだ。八百年ぶりの、心からの笑みだった。
今日も誰かがパンを焼いている。今日も誰かが必死に生きている。
その輝きを見つめること。
それが、永遠を生きる彼に与えられた、唯一の祝福だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
一つだけ、問いを残させてください。
ヴィクトルは八百年の間、「いつでもできる」と思って何もしませんでした。
エマは「今日しかない」と思って、毎日パンを焼きました。
私たちは、どちらでしょうか。
永遠の時間はなくても、私たちはよく「明日やろう」と思います。
「いつかやろう」「そのうちやろう」「時間ができたら」
それは小さな永遠を生きているのかもしれません。
エマは言いました。
「今日しかないから、今日が特別なんです」
今日という日は、二度と来ません。
この瞬間は、もう戻りません。
それは、悲しいことでしょうか。
それとも——
あなたの今日が、あなただけの輝きで満ちていますように。




