敵③
多摩川へ走る俺の意図を察したのか、後ろのロボット達がより一層騒がしい音を立て始めた。その音が近づくのが早くなっている。
まだ若いと信じていた俺の体はすでに限界を迎えようとしていた。すっかり息が上がり、走り方も無茶苦茶になっている。それでも土手まであと少しというところまで来た。
あと少し。
「うおっ」
突然、目の前の曲がり角から蜘蛛型ロボットが現れた。さっき見失った2体だ。
慌てて急停止しようとして脚に力が入らず、転がるようにして膝をついてしまった。みるみるうちにロボットたちが近づいてくる。ジ、ジと深いな音を立てて、頭部の赤いライトを点滅させている。
どうにか立ち上がろうとするが、もう上体を起こす余力もない。さらに、とどめを刺すようにロボットのアームが伸びてきて、身動きが取れないよう四肢と胴体を拘束されてしまった。
「よく頑張った。その気概は認めよう。だが、全く無駄な努力だ」
ロボットの一体から音声が流れる。ロボットをにらみつけ、言葉を返そうとしたが息切れのせいでまともに話せない。
「俺を捕まえた、ところで、話すこと、は、何も、ないぞ」
「君がそうでも私は違う。君に話しておきたいことがある」
ロボットから深いため息が聞こえてきた。
「何度も言うように私は敵ではない。逃げる必要などないのに、まあちょこまかと……」
「そう思うなら、せめて、場所を、選べ。俺の、客まで、巻き込むな」
段々と落ち着いてきた息を整えてそう言うと、申し訳ない、と謝罪が返ってきた。
「君たちの拠点は監視システムのせいで近づくのが難しい。こうして一人のタイミングを狙うしかなかったのだ
「そうかよ」
理由はどうあれ蓮美を巻き込んだことは許さないし、こいつを信用する気もない。心臓の音が収まってきて、力が入るようになってきた。拘束を解こうと力を入れてみるが、ほどける気配はない。
「いいから落ち着け。君に危害を加えるつもりはない」
森が話を続けようとしたところで、遠くでサイレンの音が聞こえた。パトカーだ。さっきすれ違った誰かが通報したのかもしれないが、俺は蓮美がやったのだとピンと来た。恐らく俺を心配して警察を呼んでくれたのだろう。だがまずい。今警察と関わるべきではない。
森の狙いはこれか?
「おい! 離せ!」
手足をばたつかせるが拘束は解けない。徐々にサイレンの音が近づいてくる。俺が焦る一方で、ロボットの向こうの森も焦った声を発した。
「落ち着け! 警察が来るとまずいのは私も同じだ。時間がない、簡潔に言うぞ」
私も同じ? 森は政府側の人間じゃなかったのか? 政府と警察は別? そんなことはないはずだ。
俺の困惑をよそに、森が言った。
「大熊を信じるな。本当の敵はあいつだ」
それだけを伝えると、ロボットはたちまちどこかへ走り去ってしまった。その言葉の真意を捉えかねて一瞬動けないでいたが、近づくサイレンの音で正気を取り戻しすぐにその場を去った。
「まずいことになったね。ちょっとした騒ぎになっている」
命からがらアジトに到着すると、開口一番に大熊に言われた。
「人を追いかけまわすロボットなんて恰好の注目の的だ。数は少ないが、いくつか動画がSNSで拡散されている。今はまだロボットの方ばかり注目されているが、いずれ片西君の方にも目が向くだろう」
そして大熊は心底気の毒そうに言った。
「申し訳ないが片西君。しばらく家には帰れないと思ってくれ。ほとぼりが冷めるまでアジトで寝泊まりするように頼む。外出するなとは言わないが、無駄な外出は控えるように。仕事もなるべく切ってくれ」
それから俺の缶詰生活が始まった。
とは言え、アジトで暮らすことに不自由がある訳ではない。これまで徹夜作業も何度かあったので、寝泊まりに必要な道具は一通り揃えてあった。がしかし、自分の家とアジト、心が休まるのはどちらかと言えば当然自分の家だ。体調を元に戻すのはまだしばらくかかりそうだ。
アジトで暮らすことの問題点はもう一つある。アジトでは研究、家では休息と、場所を変えることで切り替えを行っていたのだが、一日中アジトで過ごすとなると誰に強制されなくとも自然と研究のことを考えてしまう。結果、寝ても覚めても研究ばかりするようになり、睡眠も食事も満足に取らなくなってしまった。
そうやって、無精ひげが結構な長さになってきたある日。ちょっとした事件が起きた。