敵②
しばらくして、俺は再び蓮美の家を訪れていた。規模の大きな発表会に出ることになり、念のため義手の調整をしてほしいと頼まれたのだ。
「よし、これでいいかな。ちょっと試しに動かしてみて」
KATOプロジェクトへの参加は、「人間とは何か」の答えを知る以外にも役に立った。須田や稲田のような機械屋との接触により新しい技術を取り入れることができ、俺の義肢も進化を遂げていた。
蓮美が軽く腕と指を動かす。見たところ問題はなさそうだ。
「ありがとう! 前よりもちょっと軽くなった? 指も動かしやすくなった気がする!」
「よかった。まだ商品としても出してない新作なんだ。蓮美ちゃんに是非、と思ったんだけど、実験台みたいになっちゃって申し訳ない」
「全然大丈夫! むしろありがとう! 本番まで1か月だから慣れるのも間に合いそうだし、これならいい演奏できそう!」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
嬉しそうに言う蓮美の姿を見て安心した。これはプロジェクトで今取り組んでいる機構を思いついてから考えていた義肢だった。蓮美は無事気に入ってくれたようだ。
新しい義肢にはしゃぐ蓮美をなんとはなしに見ていた。その視線に気づいたのか、ふとこちらを見た。
「おじさん、なんかあった? 元気なさそうだけど」
そう言われてようやく自分が疲れていることに気づいた。思えば最近あまり眠れていない。
「ちょっと最近忙しくてね。でも心配するほどじゃない」
「そうかなあ。ま、私が心配する立場でもないけどさー」
蓮美が義手を撫でながら言った。
「目に見えてしんどそうだよ。そんなに仕事忙しいの?」
疑念の混じった心配の声に苦笑してしまう。身寄りのない俺にも心配してくれる人がいる事実が小恥ずかしくも嬉しい。
「結構大きな仕事でね。確かに忙しいけど、でもやりがいがあって楽しいんだ」
「ふーん」
納得したのかしていないのか分からない声で相槌が返ってきた。
「ま、おじさんがいいならいいけどさ。おじさんは私の大事なお客さんなんだから、体調崩して発表会来れないとか無しだよ」
「ふふ、わかってるよ」
蓮美のファンとして、発表会は見届けてあげたい。それまでに体調は戻しておきたい。
疲労の原因がストレスであることは分かっている。森のロボットや緒方のAIなど、このところ心労が絶えなかった。一度全員で話し合って解決の糸口を探ってみよう。
そう決心し、席を立った。見送るよ、と蓮美が立ち上がり、先導して玄関へ向かっていった。その背中を追って廊下を歩く。
ガチャリ、とドアを開けて蓮美が外に出たところで、うわっ、と声が上がった。
「どうした?」
続いて外に出て、絶句した。固まった蓮美が凝視する先、家の塀の上に、子猫サイズの、大きな蜘蛛型ロボットがこちらを監視するように鎮座していた。間違いなく森のロボットだ。
「こんなところまで……。蓮美、早く家に入って」
「なんなのこれ。おじさん知ってるの?」
「ごめん、詳しいことは今度話すよ。とりあえず中に」
強引に蓮美を家の中に追い返し、ロボットと対峙した。
「これは犯罪じゃないのか、森」
ロボットに近づきながら問いかけた。すると、ジ、ジジという音の後にロボットから歪んだ音声が聞こえてきた。
「驚かせて申し訳ない。私は対話をしに来た。私は敵ではない。話を聞いてほしい」
その言葉で、頭に血が上った。全く無関係の蓮美の家に押しかけてきて、敵ではない? 図々しいにもほどがある。
「話すことなどない。とっとと去れ」
「そうか。なら力づくで聞いてもらうまでだ」
その音声の後、胴体部分に格納されていたであろう細長い腕が2本、上に伸びるように現れた。関節の多い腕が触手のように揺れる。
「30代の体力を舐めるなよ」
いくら普段運動していないとはいえ、俺だってまだまだ動ける。……はずだ。こちらに伸びてきた腕をかいくぐり、俺は門戸を開けて車道へ飛び出した。その場から逃げようと周りを見たところで動きを止めてしまった。
「おい嘘だろ……」
そこには俺を取り囲むように3体の蜘蛛型ロボットがおり、さらにドローンが一機地面から宙に浮かび上がった。蜘蛛型ロボットの背中から腕が伸びる。
呆気に取られる俺の背後から歪んだ声がする。
「これでも逃げられると?」
「くそっ」
ロボットの間を縫うように走り出した。細く気味の悪い腕が脚に絡んできたのを強引に振りほどく。後ろで俺を追う音が聞こえる。
どうすればいい? どうすれば撒ける?
答えが出ないまま走り続ける。こんなところを人に見られたらまずい。人通りは少ないが、通りすがった何人かが奇異の目でこちらを見ていた。俺も人に言えないことをしている以上、あまり目立ちたくはない。
住宅街をでたらめに走り続け、5分ほど経っただろうか。ちらりと後ろを見ると、ロボット達はもれなくついてきていた。
――いや、2機足りない。確か蜘蛛型ロボットは4機だったはず。
上空ではドローンが常に俺を監視し続けている。もしかしたら消えた2機は俺を挟み撃ちするために別れたのかもしれない。
このままではジリ貧だ。いつか捕まってしまう。
そう考えながら曲がり角を曲がったところで、遠くに大通りと、その先に高い土手が見えた。そこで多摩川の存在を思い出した。
高性能ロボットも水は嫌がるだろう。
俺は多摩川へ向けて全力で走り始めた。
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