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大熊との出会い①

0.01mmが、いつも俺を苦しめる。朝も夜も、ひと時も俺を休ませてくれない。


義肢師の俺にとって、0.01mmはあまりにも大きい。


使用者の体に触れるソケットに0.01mmの誤差があれば痛みや水ぶくれが起きる。関節部分に誤差があれば疲労に繋がる。たった0.01mmの誤差でさえ、使用者は敏感に感じ取ってしまう。


0.01mmに生涯を捧げる。それが、俺たち義肢師の仕事だ。俺はこの仕事に誇りを持っているし、やりがいを感じている。だが、俺は本当に使用者の「体」を作り出せているのだろうか。


同じ義肢師の父はかつて俺に問うた。「もし体が全て機械に置き換わったなら、人間はその人を人間と認められるだろうか?」その問いの答えを、俺は探し続けている。




———「私と一緒に“人間”を作らないか?」


夏下がりの、日差しの暑い日のことだった。目の前の男に言われ、俺———片西夏生かたにしなつおは呆気に取られた。男が言う“人間”とは人型ロボットのことだ。だが、人型ロボットを作るのは造人禁止法で禁止されている。


こんな話をした、とばれるだけで俺の人生も危ない。なぜこんなことに巻き込まれた?


俺はここまでの経緯を思い返した。


そもそもの発端は、俺の常連の老人宅へメンテナンスに行ったことだ。


「片西さんに紹介したい人がおったのですよ。わしの知り合いで、大熊志門おおぐましもんと言いましてね。資本家なんですが、わしと同じく右足が義足でしてな。わしが片西さんに義足を頼んでいることを話したんですが、是非会いたいと言っておるんです。まあ食えぬ奴ですが悪い噂は聞きませんし、片西さんの資金の助けになってくれるやもしれんので、一度会ってもらえませんかな」


顧客の老人にそう言われ、断る理由もなく承諾したのだ。


それから2週間後に、俺は大熊と名乗る男のバカでかい豪邸を訪れていた。


執事に通された大熊邸の応接室。天井には飾りすぎないシャンデリアが吊るされ、床にはえんじ色の明らかに高価な絨毯と細かな装飾のテーブル、椅子。奥の壁一面をぎっちりと詰まった本棚が占めていた。


その部屋の真ん中で男が一人、こちらを向いて立っていた。


見たところ50代前半だろうか。背は高くないが、中肉中背の広い肩幅から、引き締まった体が想像できる。豊かな口ひげを蓄え微笑むその姿は、執事以上に洗練されていた。


「君が片西夏生君だね。なるほど、確かにどことなく嘉之さんの面影がある」


ひげを触りながら男が言った。そこで初めて、部屋に入ってから俺が一言も発していないことに気づいた。


「すみません、素晴らしいお部屋に圧倒され思わず言葉を失っていました。初めまして、片西夏生と言います」


そう言って名刺を取り出す。失礼のないように丁重に名刺交換を行う。手が震えるのはどうしようもない。初仕事の時よりも緊張したかもしれない。


大熊に椅子を勧められ着席したところで、大熊が話し出した。


「急な日程になってしまってすまなかったね。近々新しいプロジェクトを始める予定で、なかなか時間を空けられなくてね。よく来てくれた」


そう言われ、慌てて頭を下げる。こんな大豪邸の主に労わられるほど俺は大した人間じゃない。


「最近は御父上の話を耳にしないが、元気にしておられるかな」


父、という単語に思わず顔をしかめてしまう。父———片西嘉之かたにしよしゆきは今ではごく一般的な生体電位信号を読み取って動作する義肢を世界で初めて開発した、俺の師匠だ。


父に憧れて義肢師にはなったが、30代後半にさしかかった今でも父の背中は遠く、いつしか父の話題を避けるようになっていた。


「さあどうでしょうか。父は造人禁止法が施法された1年後にはアメリカに飛んでいましたから。もう10年近く顔も合わせていませんよ」


「そうか。御父上のような技術者は日本の宝だからね。是非日本で活躍していただきたかったが、そうかやはり海外に。どうも今の日本は技術力を自ら手放しているようにしか思えんな」


話の雲行きが怪しくなり始め、心の中で身構える。こういった話は正直苦手だ。


「そうですかねえ」


「そうだとも。ここ数年、日本で中止された研究が海外で引き継がれ特許を取られる例が後を絶えない。造人禁止法がいい例だな。あれは稀代の悪法。あれで一体どれほど日本の技術の進歩が遅れているか。君もあれの被害者だろう?」


「……まあ、それはそうですが」


造人禁止法。正式名称「高度人型人工物製造禁止法」。今から10年前、2033年に施法された法律だ。


簡単に言えば人型ロボット(ヒューマノイドロボット)を作ることを禁止する法律。違反すれば10年以上を刑務所で過ごすことになる。


俺のような義肢師はあくまで腕や脚だけを作るので造人禁止法には違反しないが、ヒューマノイドロボットの開発に転用できてしまうため年々義肢師への風当たりは強くなっている。俺も悪法だとは常々思っているが、しかし施法されるだけの理由も確かにあった。


「あんなことがあったんです。仕方がないでしょう」


「たった一度の失敗だ。科学の発展とはいつだって失敗の上に成り立ってきたものだ。こんな風に締め付けられては、日本の研究者はどうしようもない」


よほど思うところがあったのか、大熊が義足で床をドン、と鳴らして言った。義肢師の俺としては義足は大事に扱ってほしい。


「それには同意しますよ。10回を超えるデモンストレーションの中で、デミヒューマンが暴走したのはたった1回。暴走がなければ日本はきっと世界に誇るヒューマノイドロボット大国でしたよ。でもあのたった1回はヒューマノイドロボットの危険性を認識させるのには十分すぎた」


「兵器への転用の恐れだな。そんなもの、技術の発展にはつきものだ。それを言い出したら、原子力発電所はどうなる? ロケットは? 技術の善悪は使い方が決めるものだ。」


「それはそうですが。仮に日本が兵器への転用を考えていなかったとしても、他国がそう捉えてくれるとは限りませんから。それに、平和を重んじる国だからこそ、兵器になりうるデミヒューマンの存在を許すわけにはいかなかった」


口ではそう言いつつ、心の中では大熊に同意してもいた。12年前、デミヒューマンの映像を初めて見た時、新たな時代の到来を予感したことを思い出す。


「……まあ、いいだろう」


大熊が不服そうに話を続ける。


「今日君を呼んだ理由を話そう。まあ、言ってしまえば私がやろうとしている新しいプロジェクトについてなんだが」


そう言って突然、大熊がニヤリと笑う。なぜかすごく嫌な予感がした。こういう予感は大体当たることを俺は知っている。


「単刀直入に言おう。私と一緒に“人間ヒューマノイドロボット”を作らないか」

読んでいただきありがとうございます。

今日は6話まで更新する予定です。

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