おへそものがたり
「ねぇいっちゃん。私、おへそ取られちゃった。」
あっちゃんが言いました。
「ふざけないでよぅ。
おへそなんて、誰でも付いているのよ。
ほら、あっちゃんにも。」
そう言って私はあっちゃんのお腹を見ました。
そこにはまあるい窪みがありました。
「違うわよ、よく見て。
窪んでるだけじゃない?」
「そう言われてみればそう見えるような…?」
私には普通のおへそに見えましたが、泣きそうなあっちゃんにそれを伝えることはできませんでした。
「あたし、自分のおへそ探しに行ってくる!」
あっちゃん一人では心配なので、私もついていくことにしました。
―――
「あたしのおへそ、知りませんか?」
みんな不思議そうな顔をして、お腹を指さして言いました。
「そこにあるでしょう?」
と。
「違うの。あたしのおへそじゃないの。」
あっちゃんは泣き出したので、私はあっちゃんを引っ張って町の中を進みました。
「先生、こんにちは。
あたしのおへそ、知りませんか?」
「こんにちは。
あっちゃんのおへそは、かみさまが持っていってしまったんだよ。」
あっちゃんも私もびっくりしました。
あっちゃんのお話を初めて真面目に聞いてくれたのですから。
「そういえば昨日、雷が鳴っていたかも。」
私はぽつりと呟きました。
あっちゃんは、早くかみさまのところへ行こう、と言いましたが、私はそれを止めました。
「先生、かみさまはどこにいるのですか?」
「かみさまは、お空の端っこにいるよ。」
「どうしたら会えますか?」
「もう遠くに行ってしまわれたから、明日になさい。」
空は暗くなってきていたので、先生の言う通り明日もう一度出かけることに決めました。
「先生、また明日。さようなら。」
あっちゃんと二人で手を振って、先生にさよならを言いました。
振った手を下ろして、あっちゃんと握ります。
そして家のある方角に歩こうとすると、先生が言いました。
「お空をご覧なさい。もう遅い時間でしょう。送って行きます。」
先生が車で送ってくださいました。
家の前まで送ってもらった私は、先生に挨拶をして玄関の戸を開けようとしましたが、先生がついてきました。
おかあさんに怒られないで済むと思っていたので、私はがっかりしました。
先生はおかあさんとお話をするようで、私は自分の部屋で待つことにしました。
ところが私はすぐに眠ってしまって、おかあさんに起こされたときには、先生は帰られていました。
私はがっかりしましたが、おかあさんは嬉しそうでした。
―――
次の日、あっちゃんと二人で先生の元を訪ねました。
先生はお忙しい方ですが、今日は予定を空けていたようで、すぐにお会いできました。
「先生、かみさまの元へ連れていってください。」
断られるかと思ったのですが、意外にも先生は私たちを案内してくださいました。
「ここの階段をお上がりなさい。
その先にかみさまはいらっしゃいますよ。」
先生は周りを見渡しながらゆっくりと登っていたので、はやくかみさまにお会いしたかったあっちゃんと私は、先生を置いて先に階段を上がることにしました。
階段を上がった先は、広場のようなところでした。
真ん中に朝礼台が置いてあります。
その広場の奥、草木の生えたその隙間に獣道が見えました。
「かみさま、今日はいらっしゃらないみたいですね。」
いつの間に追いついたのか、後ろから先生が私たちに声をかけられました。
「あっちゃんのおへそはどうすればいいですか?」
「この近くを探してご覧なさい。
かみさまが落としていかれたのかもしれません。」
それを聞いたあっちゃんと私は、さっき見つけた獣道を進んでみることにしました。
くねくねとした獣道を進むと、その先には一つの古屋が建っていました。
あかずきんちゃんのおばあさんが住んでいるような、小さな木の古屋です。
ここにかみさまが住んでいるのでしょうか。
私たちは古屋に入ってみることにしました。
中にはなにもありませんでした。
私たちはすぐに飽きて、元の獣道を戻りました。
先生はいらっしゃらなかったので、私たちは帰ることにしました。
ですが、先生の案内でここまできたので、家への帰り方がわからなかったのです。
歩いてきたので、遠いわけではないとわかっているのですが。
キョロキョロと辺りを見渡していると。
「あっあったよいっちゃん!
あたしのおへそ!!」
突然大声を上げたあっちゃんは、広場の朝礼台に向かって駆け出しました。
あっちゃんを追いかけて私も朝礼台に行きました。
するとそこにはあっちゃんのおへそが落ちていました。
それを拾って、あっちゃんは嬉しそうに自分のお腹に擦り付けました。
へその緒の部分でしょうか、細長い肉の管は、まるで見つけてくれてありがとうとでも言うかのようにあっちゃんのお腹に絡みました。
よかったね。あっちゃん。
―――
ここは田舎で、よそから来るのは病気療養でこの町にくる人間ばかりだった。
―――
ここは田舎で、風習なんてものが残っていた。
かみさまが子を選ぶ。
選ばれた子はかみさまの元でお勤めをするのだ。
古くさい、馬鹿な風習だ。
―――
ここは田舎で、うちの家は権力が大きかった。
私はそこで育った。
石段を登った先に、子を置く台がある。
台の後ろの獣道を進むと、子を隔離しておく古屋がある。
―――
ここは田舎で、風習を利用する人間もいる。
捧げられて動かなくなった子を使うのだ。
私の車に乗せて運んだ。
―――
彼女は自分のことをあっちゃんと名乗った。
あっちゃんは常に嬉しそうで、虚空を見つめてぶつぶつと声を上げていた。
ある日あっちゃんが私に言った。
「あたしのおへそ知りませんか?」
おへそがないといったら、かみさまの子に選ばれた合図だ。
試しに私の家の近くに連れてきてみた。
少し話をした後、少女はふらふらと獣道を進み消えていった。
後をつけてみると、古屋で寝ていた。
「おやすみ…。」
そして、ありがとう。
少女は一週間古屋から出てこなかった。
その間私は台の横に立って少女を待ち続けた。
―――
古屋から出てきた少女は、ふらふらと台の元へやって来た。
一週間もあったのになぜ生きているのかと思ったが、かみさまが選んだ子だと思えば、不思議ではなかった。
一週間あって痩せてしまった細いカラダ。
ごくりと唾をのんだ。
嬉しそうに近寄ってくる少女の腕を掴んで、引き寄せて、そして。
お腹に擦りつけた。
―――
前に比べて歳もとっていたが、まあいいだろう。
若い女が必要なのは私が少女に戻るため。
これは家のため、この家を続けていくため。
生贄となった少女を乗っ取り続けて早百二十年。
新しい子に変わる度に、自分がどんどん穢れていくのを感じた。
―――
私が面倒を見ていた女性が、かみさまの子に選ばれた。
良い歳して私をおかあさんと呼ぶ、幼稚な子。
名前をアツコと言った。
自分をあっちゃんと呼ぶ彼女に、一人の女性を重ねた。
かみさまとは、ある一族の名称だ。
一族の人間が次の子を選び、その子が一族にお勤めをする。
お勤めというのは、一族に迎え入れても良いかを見極める期間のことだ。
そして見事一族の人間となった者が、次の子を選ぶ。
そうやって続いてきたのだ。
アツコを選んだ彼女も、元は一族の人間ではなかった。
彼女もまた選ばれたのだ。
アツコが次のかみさまになったら、前にかみさまだった彼女はどうなるのだろうか。
「どうか無事でいて。あっちゃん。」
いっちゃん、と呼ばれていたのが懐かしい。
かみさまになってからすっかり人が変わってしまった彼女の後ろ姿に、ぽつりと呟いた。
説明
時系列
あっちゃん①いっちゃん①
↓数年後
あっちゃん②=アツコ=いっちゃん②(存在しない)
先生=かみさま=あっちゃん①
おかあさん=いっちゃん①
最初→いっちゃん①といっちゃん②両方の視点
中盤→あっちゃん①視点
終わり→いっちゃん②視点