第七話
もう何度目になるだろう。薄暗い部屋の中、目を覚ましたアリシアはボンヤリと
天井を眺めながら考える。
初めて目にした時は見慣れないものばかりで驚きの連続だったが、何度もここで
目を覚ます内に次第に慣れてきていた。
片づけられ整理された部屋を見て、騎士団の男性騎士は私物や訓練用の
装備なども片づけずに散らかしていた事を思い出し、一志殿は綺麗好きなのだな、
などと考えるアリシア。
実際のところは宮田一志という人間はあまり物欲がなく、必要以上に身の回りに
物を置きたがらない性格なだけだったりする。
ベッド脇にある小さな机に点いていた暖色系の明かりを消すと(消し方は以前に
教えて貰っていた)アリシアは寝室を後にする。
「お、アリシアさん。目が覚めたみたいだね、気分はどう?」
寝室から出て来たアリシアに気付いた一志はキッチンから声を掛ける。
アリシアは居住まいを正すと一志に向けて申し訳なさそうな、困ったような笑顔を向ける。
「体調は問題ありません。その、またご迷惑をお掛けしてしまい…」
「先輩も俺も迷惑なんて思ってないから、謝らないでよ。はいこれ、取り合えず水分補給。」
そういうと一志はコップに入れたミネラルウォーターをアリシアに手渡す。
「今回はこれまでより少し長く眠っていたみたいだからね、ゆっくりでいいからちゃんと飲むこと。」
「はい。頂きます。」
アリシアは渡された水に口を付ける。サッパリとした口当たりとほんのり甘みを感じる。
「美味しい…。」
「今回はレモン果汁とガムシロを入れてみました。」
少し得意そうな顔をしている一志を見て自然と笑みが零れるのを自覚する。
思っていたより身体が水分を欲していたのか、一息で水を飲みほしたアリシアは思い出したかのように部屋の中を見渡す。
先ほどの一志の言葉から、遠見は無事に戻って来られたという事だろう。
だがその本人の姿が見当たらない。
「遠見先輩なら家に帰ったよ。」
「そう、ですか。」
遠見と共に歩んだ道中、その索敵スキルの性能と遠見のスカウトとしての強さに助けられたアリシアは、これからも遠見がサポートしてくれると心の何処かで期待していた事に気付かされた。
これまで戦いと無縁の人生を過ごしてきた遠見に、自分の我儘を何度も押し付ける訳にはいかない。
目を閉じ一呼吸して気持ちを切り替えると、アリシアは一志に向き直る。
「一志どっ…。」
口を開いたアリシアは突然目の前に差し出された服を咄嗟に両手で受け取るとそのまま口籠ってしまう。
「ちょっと、目に毒というか。寒そうというか。取り合えずそれ着てね。」
そういって視線を外す一志を見て、アリシアは改めて自分の恰好を理解する。
以前は死してこの部屋に来た時は白いワンピースのような部屋着だったが、今は身体にフィットする服を身に着けている。
騎士であることを望んだ時に、女としての感情は切捨てたと思う。事実、ここまで肌を晒していても真っ先に思い浮かぶのは羞恥ではなかった。
若い男性の前でこのような姿でいて、困らせてしまったのではないか。そう考えるとそのまま消え入りたい気持ちになった。
一志から渡されたパーカーを着たアリシアは促されるまま、ソファへと座る。
「遠見さんは家に戻って着替えとか、生活用品を持って来るって。その、アリシアさん用の服も見繕ってくるって張り切ってたよ。」
「私が着る服ですか?」
「そうそう。遠見さんが戻ってきたら着替えて皆でご飯食べに行こう。」
「あの…、お誘いは嬉しいのですが…。私は急ぎ王都に帰還しなければ。早々にウィルナードへ戻る必要があります。」
こんなにも良くしてくれている恩人に反対するのは忍びなかったが、自分にも理由があるのだ、仲間達が散っていったのに、自分だけ安穏として良い筈がない。
自分を真っ直ぐ見つめるアリシアに一志は質問を投げかける。
「アリシアさん、ウィルナードの暦をもう一度教えてくれる?」
一志の唐突の質問に一瞬きょとんとしたアリシアだったが、思い直して記憶を辿ってみる。
「聖ガーナード歴128年の、紅陽の季、先緯6の日、です。」
「間違いない?」
「はい…。前日の先緯5の日がグレアヒム王国でのお祈りを行った日でしたから。」
一志の質問の意図が掴めず困惑するアリシアに、一志はスマホの画面を見せながら話し始める。
「ウィルナード世界の一日が何時間か分からないけど、表示上はこっちの基準に即して表示されていると思う。24時間表記になってるし。」
「ウィルナードに行ったり、戻ってきたりの時間がログ上に表示されるんだけど、こっちとあっちでは時間の流れが同じじゃないようなんだ。」
頭の上に?マークが浮かんでいるかのようなアリシアを見て苦笑いする一志。
「まだ細かい検証は必要だろうけど、ざっくりこっちの1日が向こうでは1時間位にしかならないみたいなんだ。」
一志に説明されたアリシアだが、言わんとする事は伝わったが、理解が追い付いていかない。
「え?つまり、ウィルナードはまだ6の日のままで?」
「そうそう。アリシアさんが向こうで過ごした時間はしっかりと経過しているから、実際は半日は経ってるけどね。こっちでは帰還後に休んでいる時間もあるし、
俺が初めてアリシアさんと出会ってから、都合3日は経ってるんだ。」
「だから体感的には想定しているより遅く感じているかもしれないけど、ほぼ無駄なく黒霧の森を踏破出来ているって事だね。」
だから十分急げているんだよ、という一志の言葉を聴いて漸くアリシアも頭を整理することが出来た。
「それにこれまでとは違って、今回はもっとしっかり対策を練らないとダメだと思う。あの大型のモンスター、ものすごく厄介そうだ。」
「実は二人が向こうに行ってる間、何度かイッシーを探索に出したんだ。黒霧の森自体は割と余裕で探索完了するんだけど、最後に出てくるあのボスは倒せてないんだよね。」
事実イッシーは3回連続ボス戦で敗北している。負けてはいるが、それでも少しずつ良い勝負が出来てきている。
敗北してからログをチェックして、有効な攻撃方法や弱点を付けるスキル構成、装備に変更したり敵の攻撃パターンを分析したりと、一志としてもやれる事は多岐に渡る。
「遠見さんを交えて打ち合わせしたいから詳細はその時に話すけど、あのボスは所謂ギミック持ちだったんだ。」
初めて聞く単語にアリシアが首を傾げる。
「ギミック?とは?」
「ギミックっていうのはそうだね、例えば戦闘中ある特定の行動を取ると、こちらが不利になる条件を強制されたりすることかな。」
「大きく分けて舞台装置的に一方的に発生するタイプと、こちらの行動が引き金になる相関的なタイプがあるんだ。」
簡単に言うと時間経過で分身を呼んだり攻撃パターンが増すケースは前者、一定のダメージを与えると狂暴化してステータスが増すようなケースは後者と言える。
「ちなみにあのボスは…」
一志がさらにギミックについて説明しようかというところで、ピロンと一志のスマホが鳴った。
スマホの画面を確認した一志はアリシアに断りを入れて玄関に向かった。
扉を開けるとキャリーケースを携えた遠見が立っており、荷物を一志に持たせると勝手知ったるといった具合に入ってきた。
「アリシアさん、おはよう。私ならこの通り、すっかり元気よ、心配しないで。」
そう声を掛けながらアリシアの前に座ると、その両手を握って正面から見つめる。
「あれから宮田君とも色々話をしたんだけどね、取り合えず今後の事を話す前にご飯、食べに行きましょ。」
時間の話はしたんでしょう?と表情で一志に問いかけつつ、アリシアの手を引き立ち上がらせる。
「そんな地味なパーカーなんて着てないで、こっちに来て。アリシアさん美人だから、着せ替え甲斐があるわ。」
困惑するアリシアを半ば引きずるように荷物と共に寝室に向かう遠見。
「あの、ちょっ、私は!か、一志殿…」
助けを求めるように一志を見るアリシアだったが、良い笑顔で手を振る一志を見て諦めたのか、されるがままに寝室に連行されていった。
それから小一時間、遠見によるアリシアのファッションショーが開催された、のだろう。
着替えて部屋から出て来たアリシアは少し疲れた顔をしていた。対してホクホク顔の遠見、完全に着せ替え人形感覚なんだろうな、と呆れ顔の一志。
しかし遠見も満足したのだろうそのチョイスは、元々飛び抜けていたアリシアの美しさを更に際立たせていた。
「メイクもしっかり肌に乗ってるし、ハリも弾力もあるし瑞々しい。流石10代ね。」
「これが、私…。」
現代の美容技術によって磨かれたアリシアは、玄関横の姿見で自分を見て騒然とした。
騎士団に居る時も、また貴族令嬢として過ごしていた幼少期も、男性の自分を見る目というのがどういった意図を持っているのかは何となく理解していた。
騎士として在籍している筈が、お祈りの時や隣国での夜会などでは令嬢として出席を求められる事も多かった。
そういった過去の自分と比較しても、今姿見の前に立っている姿は、これまでで最も洗練されているとアリシアは感じていた。
それに冴殿(遠見殿ではなく下の名前で呼ぶよう求められた)が選んでくれた洋服というのも、デザインが素晴らしく彼女のセンスの良さが伝わろうというものだ。
頭でそんな事を考えながら視線を横に移すと、外套を羽織り外出の支度を整えたであろう一志と目が合った。
一瞬目を大きく見開いた一志に不安がむくむくと鎌首をもたげてきたアリシア。言葉に詰まって何も言わない一志を、後ろから突いて小声で何かを話す遠見。
「よく似合ってるよ。うん。」
「あの、その…。あ、ありがとうございます。なんだか照れてしまいますね。」
アリシアも照れているのか、少し声が上擦っている。
「さ、じゃあご飯、行きましょうか。体感的には半日以上食べてないからね、もうお腹と背中がくっつきそう。」
「その表現久々に聞きましたよ、取り合えず徒歩圏内で行けるファミレスでいいですかね。」
「アリシアは好き嫌いってある?苦手な物とか、そのレイヤード教?でNGな物があれば教えてね。」
マンションのエントランスを出た3人は国道添いの大通りに向けて歩きながら、夕飯についての話を続ける。
「レイヤード教では特に禁止している食べ物はありません。ただ、こちらの世界の食べ物に疎いもので…。」
「この前作ったナポリタンは美味しそうに食べてくれてたよね。」
一志の一言でアリシアは以前一志が振舞ったあの麺料理を思い出す。あれは美味しかった。
「何?宮田君の手料理?貴方、料理なんて出来るの?」
「いや、独り暮らししてる男の料理なんで、手の込んだものは作れませんて。簡単なものだけですね。」
「ふーん。それならイタリアンなファミレスにしましょうか。近くにある?」
「すぐそこに〇〇〇リアが。」
「決まりね。アリシアもそれでいい?」
「私は元よりお任せするつもりでした。」
アリシアの返事ににっこり微笑む遠見を先頭に、3人は緑色の看板で有名なイタリアン系ファミレスに入っていったのだった。
ファミレスに入った3人は給仕係に案内され窓際の席に着いた。都合良く奥まった配置になっており、ここなら会話の内容もそこまで気を使わなくても良さそうだった。
まずは腹ごしらえと様々な種類のピザやパスタを注文した。これを小皿に取り分ける事で、色々な種類の料理をアリシアにも楽しんで貰おうという訳だ。
アリシアにとっては食べた事のない料理ばかりだったため、とても満足の行くものだったようだ。
「ウィルナードにも麺料理はありますが、麺そのものに独特な苦みがあるというか、その苦みを打ち消すために味付けが全て同じになるのです。」
リンガという香草を刻んで混ぜたソースがかかっていて、それ以外の味付けでは麺の苦みが消えないらしい。
香りが強い分、味にも影響が強く決まって同じ味になるのだという。
「こっちの小麦みたいな穀物はないのかな…。異世界料理食べてみたいかも。」
「王都に無事着いたら、私が通っているお店にお連れしますね。騎士団御用達の店で、煮込み料理が売りなんです。」
「いいなぁ。異世界料理とか想像もつかないですもんね。」
「一志殿…。」
「まぁまぁ、パーティーチャットで食レポしてあげるから。写真付きで。」
「それ余計に辛いやつじゃないですか。」
そんな他愛のない話をしていると遠見がそっと手を挙げ、視線を集めた。そして小声で、
「索敵スキルに反応があったの。こっちに敵意、警戒、関心を持っている反応があるわ。」
思わず息を飲む一志、瞬間的に周囲を警戒し身構えるアリシア、苦笑いの遠見。
それとなく一志が周囲を見渡すと、年末特有の賑わいがある一方で満席でもなく適度に空いている席、その中でチラチラとこちらを伺うような視線に気付いた。
「あー、これって所謂アレですかね。美人二人を連れてるフツメン気に入らねぇ。的な?」
「ついでに言えば男はボコボコにして女は攫え、とか思ってたり?」
冷や汗を垂らしつつ、引き攣った顔で呟く一志。
「興味、関心ならまだしも、露骨な敵愾心だからねぇ。あ、でもこれナンパされる前に察知出来るのは便利かも。」
そんな斜め上の感想を漏らす遠見に半笑いを浮かべつつ、どうしたらいいのか頭を抱える一志。
「一志殿、周辺に脅威を感じる程の敵は存在しませんよ。これならウィルナードに蔓延る野盗の方が何倍も脅威でしょう。」
「そうそう。索敵スキルの効果の一つで敵対者の強さが計れるんだけど、相手が格上だと当然何も分からないのね。で、今はハッキリと判別出来てる。」
「こんな非力な女に強さで劣ってるのに、妙な粉掛けてこないで欲しいわ。」
女性陣の頼もしすぎる言葉に安堵するも、何だか男としての沽券に関わるような気がして複雑な一志。
「宮田君、アリシアに紅茶持ってきてあげて。私はブラックね。」
「お腹も膨れたし、外野は放っておいて作戦会議を始めましょう。」
その後若干ビクビクしながらドリンクバーを取ってきた一志を交えて、目下最大の障害である大型異形討伐の作戦会議を始めるのだった。
「じゃー、まずは現時点で判明している事から整理していきます。まず、あのボスですが種族的にはアンデッドでグールの強化個体のようです。名前はそのままグールチャンピオン。」
一志は鞄からA4サイズのレポート用紙を取り出すとおもむろにペンを走らせた。
「アンデッドタイプなので、アリシアさんのホーリーエンチャントはとても有効だから、基本的には切らさずに戦闘を続ける事が大事になってくる。」
「前回は切断された腕を武器にして攻撃してきたから、きっと次回もその状態から戦闘が始まると思う。イッシーの場合、こっちはあくまでゲームだから毎回初期状態に戻るんだけどね。」
「質問いいかしら。」
ここで遠見から質問が入る。
「はい、どうぞ。」
「宮田君の話では戦闘の途中から再開されるんでしょ?あまり考えたくないんだけど、形振り構わず攻撃して、死んで戻って再突撃を繰り返したらその内勝てるんじゃないの?」
「そうですね、僕もそう考えてみたんですが…。どうやらそうもいかないみたいなんですよね。これを見てください。」
そうして一志はスマホを操作し、アリシアと遠見のステータス画面を表示する。
「ほらここ。LOって項目があるでしょ。タップすると説明が表示されるんですが、Life Orbの略なんです。」
「説明はこうです。"煌めく生命の灯火、その光が照らす限りあなたの旅は遍く続いていくだろう。”」
そう言って遠見とアリシアに見せた画面には装飾を施された白く輝く丸い球が映っている。
「……つまり、このオーブが光を失ったら終わりって事?」
「これこそ検証出来ないですが、そう仮定しておく必要があるかと。」
ステータス上に表示されている遠見のLOは陰る事なく輝いている。ちなみにアリシアも同様である。
場を重い空気が支配し、沈黙が流れる。この制約がある以上、考えなしに突撃する作戦は避けなければならないだろう。
「すみません、本当は真っ先にこの可能性を想定して、調査すべきでした。」
「んー…。ううん、事前に判っていたとして、何か対策を講じる事が出来たとも思えないわ。それぐらい、グールチャンピオンっていう化け物は圧倒的だったし。」
「それなんですよね。僕はログ上で戦闘の流れを追っていたんですが、何というか、遠見さんいきなり死んでましたよね。その流れを詳しく聞かせて下さい。」
そして遠見とアリシア、それぞれに戦闘開始からの流れを説明された一志はグイっとティーカップを仰ぐ。
「なるほど…。ログ上でも確かにゾンビが大量に発生した旨は記載されてましたが、並んで整列してる訳じゃないですもんね。」
「後ろを振り返ったら目の前にゾンビが居た時の衝撃ったらなかったわ…。アレはね、免疫のない地球人で冷静に対処出来る人なんていないわよ。断言する。」
その時の光景を思い出したのか、顔を青褪めさせた遠見が力なく項垂れる。
「そうなると冷静にゾンビを倒していたアリシアさんは流石、って感じだね。」
「そんな、ただの慣れです。騎士団の演習でもゾンビや異形、モンスターとの戦闘は定期的に行っていましたし。」
「慣れかぁ…。慣れるかなぁ…?」
「どこか近場にゾンビが巣食うエリアなどありませんか?ゾンビに限らず、スケルトンやスライム、グレムリンなどの下級クラスであれば何でも構いません。」
両手の拳を握り、前のめり気味に話すアリシア。
「アリシアさん、そう言えば伝えてなかったかもしれないけど、僕らの今居る地球にはモンスターは居ないんだ。勿論、ゾンビだって居ない。せいぜいが創作の中だけだね。」
「ついでに言うと野盗の類もそうそう出くわさないよ。国や地域によっては近しい存在は居るんだろうけど、少なくともこの国ではほとんど居ないかな。」
一志に告げられた事実に相当なショックを受けたらしく、アリシアは目を見開いて固まっている。
「取り合えず、このパターンの相手側の狙いはゾンビで足止めしてからの強攻撃、でしょうね。ログ上ではゾンビを召喚する前に雄叫びをあげていましたが
実際でも同じ行動してました?」
「してたと思う。最初大きな樹の上に居て、ものすごい大音量の叫び声がして飛び掛かってきたの。霧で見えてなかったけど、多分その時にゾンビが沸いてきていたんでしょうね。」
「ふーむ…。」
顎に手をやり何か考え込む一志、視線をアリシアに移すと疑問を口にする。
「アリシアさん、ゾンビが現れる瞬間って見た事ある?」
「はい。ゾンビは大抵が地面から這い出てきます。黒霧の森においては気付いたら霧の中に佇んでいるケースが多いので、何度も目にした訳ではないのですが…。」
「そうですか、なら何とかなるかもしれないですね。」
「遠見さん、次はボスが雄叫びをあげたらすぐに索敵スキルを使用して下さい。そして大まかなゾンビの出現位置を確認して下さい。」
「恐らくですが、その時に二人の居る位置を中心にして囲むような配置で発生する筈です。完全にランダム配置の可能性もありますが、今回それは無視します。」
遠見もアリシアも真剣な面持ちで一志の話に耳を傾けている。
「アリシアさんの白銀の鎧には不浄の者、つまりゾンビを遠ざける効果が付与されていますが、ボスの呼び寄せたゾンビには補正が掛かって効かない事が考えられます。ボス補正ですね、」
「なので索敵でゾンビとボスの位置関係を確認したら、囲まれないようすぐに移動して下さい。」
「判ったわ。」
「はい。」
さらに一志は移動する際はアリシアを先頭にボスに接近するように指示した。
「アリシアさんはひたすらボスに近接戦闘を仕掛けて下さい。片腕を棍棒のように使っているみたいですが、その棍棒もゾンビである以上はホーリーエンチャントが通る筈です。」
「わかりました。確かに腕を斬りつけた時、十分な手応えは感じました。」
「ですよね。今度は落ち着いて、冷静にいきましょう。折れた剣は交換します。」
「逆に遠見さんはゾンビとは近接戦闘しないように徹底して下さい。ゾンビの位置を把握したら距離を取りつつ寄って来た順に弓で攻撃して下さい。」
「取り巻きを倒しつつ、アリシアさんの援護をすればいいのね。」
「はい、ゾンビを捌く途中で余力があればボスにも攻撃して下さい。」
「とまぁ、取り合えず現状判明しているボスの動きから対策を練ってみましたけど、この召喚ギミックには2つ懸念があるんですよね。」
難しい顔をして話を続ける一志に
「懸念、ですか?」
「うん。まず一つ、ゾンビを呼び出す咆哮は連続で使用出来るのか、そして2つ目、ゾンビ以外のアンデッドも出てくるのか、」
「特に2つ目、ここでグールやらスケルトンアーチャーなんて出てくるんなら、立ち回りを見直す必要があります。」
「グールか…。グールね。」
グールと聞いて遠見の表情が曇る。グールとの戦闘は基本的にアリシアが請け負っていた、それは経験値の差もあるが何より相性の問題が大きかったためである。
グールは多少の攻撃には怯まずに素早く接近して、肥大化した身体で攻撃を仕掛けてくる。遠距離から矢を当てても、それが致命傷にでもならない限り接近されてしまう。
体術スキルを習得したとはいえ、実践経験が乏しい遠見ではグールと近接戦闘になった場合、力押しで潰されてしまう可能性が非常に高い。
「正直、復活に制限がある可能性が高いと判明した以上、行き当たりばったりは避けたいのですが、ある程度予想と仮定で戦略を立てるしかないのが現状ですね。」
一人だけ安全なところからすみません、と一志はやるせない表情で俯く。
「宮田君…。」
「一志殿。」
アリシアはそんな一志の両手を自らの手で包み込むと優しく微笑んだ。
「私の手は固く、ボロボロで血に塗れています。まだ見習いとは言え騎士としてモンスターや野盗、犯罪人なども数多くこの手にかけてきました。」
「同じ年の頃の令嬢などとは比べるべくもありません。ですがそれは私の騎士としての誇りです。」
「アリシアさん…。」
一志は顔をあげ、アリシアを見る。
「今もこうして剣を振るい、誇りを失わずにいられるのは一志殿のおかげです。ですから、そのような事を仰らないで下さい。」
横で聞いていた遠見もうんうんと頷く。
「そうね、これまでも一人でアプリを通じて色々調べてくれていたでしょう?このアプリだって普段ゲームをやらない私じゃ理解出来ない事ばかりだしね、」
「それに貴方のキャラ、イッシーだっけ。あの猫ちゃんにはお世話になってるんだから、それだけでもお釣りが来るってものでしょ。」
場の雰囲気を明るくしようとお道化た遠見に乗って、一志も気持ちを切り替える。若干の照れ隠しもあったが。
「イッシーと言えば、そうだ。アリシアさんも遠見先輩もこれを見てください。」
そう言うとスマホの画面を操作してMIST WANDERERを起動する。
「イッシーはもう設定と解放済なんですけど、このグランドステム(perk)ってところです。」
「パーク?」
遠見が露骨に疑問符を浮かべているのを見た一志が補足で説明をする。
「こういったゲームでは良く出てくるものなんですが、簡単に言うと特殊な能力や才能を得られるステータスの一種ですね。」
ふーんと聞き流す遠見に対して、生真面目なアリシアはまじまじと画面を見て頷く。
「MIST WONDERERではステータスやスキルもツリー状になっていて、細分化と深化を進めていく形式なんですが、このperkも同じように樹をモチーフにしているんです。」
「どういう事?」
ちょっと説明を読み上げますね、と言った一志が纏めた内容は次のような話だった。
グランドステム(荘厳なる魂幹)とは身体を一本の樹として捉え、その身体の一部に印しとして現れる。
印しとして現れるのはその者の持つ潜在的な能力であり、個性でありそれらはユニークなものである。
それらは例外なくリング状に現れる。
身体の中心、体幹に近い方がより強力な効能を発揮する。
「とまぁ、つまりリング状のタトゥーが現れます。ちなみにイッシーは尻尾に出ました。」
すかさずイッシーのステータス画面を見せる一志、そこには2Dドットの黒猫が立っており、尻尾の先端に黒い環がある、らしかった。
「そのパークについては理解したわ。それで?さっき解放って言ってたけど、何か条件でもあるの?」
遠見の質問に歯切れを悪くする一志。
「それが…、設定は可能なんですが、解放される条件も効能も不明なんですよね。」
「ちなみにアリシアさんのグランドステムは<纏聖陣護>ですね。漢字の字面から判断するに、防御系の特殊スキルの可能性がとても高いです。」
「ホーリーオーダー…。」
「天声人語でホーリーオーダー…。まぁある意味、と言えるのかしら。」
苦笑いを浮かべつつ呟く遠見。
と、ギョっとした表情で騒ぎ出す。
「え、私のは?私のもトンチの利いた系?」
「トンチって。遠見さんのは<風霊奉環>ですね。もう見たまんま風属性の力を得られるとかだと思います。」
「あら。意外と普通ね。」
「漢字と名前である程度の予想はつきそうですね。」
「まぁ、今はまだ使えない訳だし、現状で当てにするのは避けるべきね。…そろそろお開きにして帰りましょうか。大まかな作戦も決まった事だしね。」
「はい、次こそは必ずや打ち倒してみせます。…必ず。」
「俺もログを追ってサポートします。」
話し合いを終えて店を出た一志達は、店の外までついてきたナンパ目的の男達に絡まれるのだが、遠見とアリシアによって簡単に制圧される事となった。