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第二話

暗い森をただひたすらに走った。

騎士団に入団した時に下賜された鎧は既にボロボロになっており、手に握る直剣も

ひび割れてしまっている。

深い霧で視界が霞む、それでもただただ走り続けた。

不意に少し開けた場所に出た。咄嗟に後ろを振り返り、膝に手を付き肩で息をする。

必死に呼吸を整える。すぐにまた移動しなければならない。決して追いつかれる訳にはいかない。

「っ!」

深い霧の中、前方に気配を感じた。人型の黒い影。それはこちらを確認すると体を左右に不規則に

揺らしながらゆっくりと近づいてきた。

直剣を構え、踏み込みながら斬りつける。左肩口から右脇を抜けるように振り下ろしたつもりが、

途中で剣が止まってしまい、抜けなくなってしまった。

即座に直剣を押しやり、バランスを崩した相手に蹴りを放つ。よろけた相手の脇を抜けて再び走り出す。

だがそのすぐ目の前に複数の黒い影が立ち塞がるように立っているのが見えた。

「~~~!!」

声にならない声を上げ、それでも勢いに任せて影に向かってタックルする。

その際にバランスを崩してしまい、黒い影諸共派手に転倒してしまった。

急いで立ち上がろうとするも、タックルで倒せなかった別の影に捕まり、

そのまま押し倒されてしまった。

直ぐに無数の手が殺到し、身動きが取れなくなる。

深い霧の中でもこの至近距離であれば、その黒い影が何であるかは否でも分かってしまう。

死後、無念や怨念などの負の要素が蓄積された死体が蘇り、生者を襲うアンデッドの一種〈ゾンビ〉だ。

ボロボロに崩れた腐敗した顔が大口を開けていくつも迫ってくる。

私はこんな所で死ぬ訳にはいかないのに…!!


「うわあぁぁっ!!」

「おわっ!」

突如上がった悲鳴につられて可笑しな声が出てしまった。

声の主の方を見ると、運び込んだベッドの上で上半身を起こした状態で荒い息を吐いていた。

一志はその女性を極力刺激しないようにゆっくりと慎重に近づき、改めて声を掛けてみた。

「目が覚めましたか?…あー、日本語通じるかな?Can you speak Japanese?」

貼り付けたような笑顔に拙い発音の英語と、なかなかに怪しい雰囲気を醸しながら

取り合えず相手の反応を伺う。

怪訝そうな表情をしながら探るような瞳で一志を見る女性。

僅かな逡巡の後、恐る恐るといった顔で女性が口を開く。

「あ、あなたは?此処は一体…?」

「あ、日本語。通じるんですね。良かった…」

上から見下ろしながら話すと相手に余計なプレッシャーを与えてしまうかもと、

ベッドの横に屈みこんで目線を合わせて話を続ける。

「僕の名前は宮田一志。それで此処は僕の住んでる家だよ。」

「なんて言ったらいいのか…。気を失っていたあなたを取り合えず休ませる為にここに運んだんだ。」

背中の中ほどまで伸ばした銀色の髪と透き通るような青い瞳。

若干の幼さを残す美しく整った顔立ちはどこか現実感を伴っておらず、絵画の世界から

飛び出してきたかのような錯覚を覚える。

「気を失っていた…?申し訳ありません、私はどれ位眠っていたのでしょうか?」

「此処は黒霧の森から近いのでしょうか。私は急ぎ王都に向かわねばなりません。失礼とは存じますが、

教国の大事ゆえ、何卒ご容赦下さい。」

そう言った女性は急いでベッドから起き上がると、そのまま自分の姿を見て動きを止めた。

「あの、私の身に着けていた鎧や装具は何処に…?あっ!!」

弾かれたように叫ぶと女性は胸元をまさぐり始めた。

「…ない、ない!」

先ほどまでの落ち着いた様子から一変してとても慌てた様子で、あっけに取られていた

一志ににじり寄る。

「私が首から下げていたペンダントを何処にやったのですか!?」

迫る女性のあまりの権幕に若干、どころか大分気圧されながらも一志は答える。

「いやいやいや!僕は何も知らないし、必要以上に触れてもいないよ!」

「ペンダントもそうだけど、そもそも君は今の恰好のままだったよ?鎧も何も付けてなかったし。」

文字通り目と鼻の先まで近づいた女性にドギマギしながらも、必死になって説明する。

そんな一志の様子を見た女性は押し黙ると、俯き肩を落としてしまった。

「そんな…。司教様からお預かりした大切なモノだったのに…。」

悲壮極まる表情で俯いたまま、ブツブツと喋っている女性を前にして

どうしたものかと困惑していると一志のスマホが鳴動する。

スマホを手に取り内容を確認すると、MIST WANDERERからの新着通知だった。

状況が状況だったが、どこか無関係とも思えない気がしてすかさず通知内容をチェックする。


新規メンバー〈アリシア=リオーネ〉のキャラクター情報を登録して下さい。

写真を撮って編成したら、さっそく冒険に出発しましょう。


タイミングや状況から鑑みても、これはもう何て言うか、そういう事なんだろうな、という直感。

一志は悲壮感漂う女性に声を掛ける。

「ちょっとごめんね。君の名前はアリシア=リオーネ、で合ってるかな。」

「えーと、確かレイヤード教国?の騎士だったっけ?」

一志の言葉を耳にしたその女性はゆっくりと顔を上げると、涙を溜めた瞳で一志を見つめる。

「はい、確かに私はアリシア=リオーネと申しますが、どうして私の名前を…?」

と、そこで一志のスマホを凝視したアリシアと名乗る女性が目を見開いて叫んだ。

「それ!それです!私のペンダント!やはりあなたが奪っていたのですね…!返して下さい!返せ!」

突然声を荒げたアリシアはそのままの体勢で一志に飛び掛かる。突然の事に全く反応出来ない一志は

なすすべもなく、簡単に組み伏せられてしまった。

「あだだだだだ!痛い痛い痛い!」

一瞬で腕を極められ喚き散らす一志に構わずスマホを取り上げたアリシアは、ぶら下る小石を

スマホから取り、改めて確認し始めた。

「…あれ?確かに司教様からお預かりした聖石と同じ…、だけど文字が変わっている?」

そのまましばし小石を見つめていたアリシアは視線を一志に移すと、耳元に顔を近づけ冷淡に告げる。

「これから拘束を解きます。ですが、大人しくしていて下さい。貴方には聞きたい事が

幾つかあります。」

「はい、ジッとしています。暴れません、逃げません。」

っていうかそもそも此処は俺の家なんだけどな!という思いもあるが、目の前の女性に一瞬で

身動きを封じられた手前、大人しくするの一択しかないのも事実である。

拘束を解かれた一志はフローリングに座り直し、極められた腕を擦りながらアリシアに向き合う。

「まず、貴方はどのようにしてこの聖石を手にしたのですか?」

「あー、会社帰りに拾ったんだ。公園の芝生に落ちてた。拾ったのはその石ともう一つ、

丸くて白い石。」

「丸くて白い石、ですか。念の為、そちらも見せて貰えますか。」

思案顔になったアリシアにどう説明したものかと考えるが、そのままを説明するしかないのだ。

「えーと、その白い石の方はもうないんだ。触っていたら突然光りだして、その後に君が

現れたんだよ。」

「ついでに言うと、その時にアリシア=リオーネという君の名前も知ったんだ。説明が難しいけど。」

「…」

アリシアはそのまま黙ると少し考え込んでいるようだった。

「もう少し細かくこの状況を調べる事が出来るかもしれない。」

一志の言葉に顔を上げたアリシアは視線で話の続きを促す。

「一度、その手に持ってるスマホを返して貰っていいかな。試してみたい事があるんだ。」

自分のスマホを指差して、アリシアの反応を伺う。正直、何かが解る確証などないが、

恐らく鍵を握っているのは例のアプリだ。

暫く押し黙っていたアリシアだったが、一息吐くと一志の目を正面から見据える。

「分かりました。一旦、貴方を信用します。先ほどは乱暴な事をしてしまい、申し訳ありません。」

細かい事情は知らない、というか一志からしてみたら完全に超常現象の類だが、それでも

色々なものを押し込めて堪えているように見える目の前の女性に、なんとか力になれないだろうか

と考えてしまう。

「気にしてないから大丈夫、それより僕からも質問していいかな。現状の整理も兼ねてさ。」

「はい。私でお答え出来る事であれば。」

「わかった。まずは君の出身はどこかな?」

「私は此処、聖レイヤード教国の出身です。貴方も同じでは…?」

「そうだね、じゃもう一つ暦って言って通じるかな?教えて貰える?」

「??今は聖ガーナード歴128年です。あの、どうしてそのような質問を?」

アリシアは質問の意図が分からず、困惑しているようだ。彼女からしてみたら当然だろう。

だがそれは一志にとっては、現在の状況をある程度確定的にさせる程の重大な意味を持つ質問だった。

「じゃ、ウィルナードって言うのは?」

「ウィルナードは私たちの住まうこの世界の事です。」

「違うよ。」

短く会話を切った一志の言葉にアリシアは言葉を詰まらせる。

「ここは地球にある日本という国で、聖レイヤード教国じゃない。ウィルナードという世界でもない。」

「ついでに言うと聖ガーナード歴なんて暦は、聞いた事もないよ。」

「…どういう事でしょうか。」

「ちなみに君の言う聖レイヤード教国ってどういう国なのかな?人口は?国の規模とか、文化を

軽くでいいから話して貰えないかな。」

「は、はい。えっと…」

そこからアリシアに聞いた話を纏めると、ざっと次のようになる。

聖レイヤード教国は聖教父という所謂王様が治める宗教国家であり、信仰している宗教は

勿論レイヤード教である。

隣国であるグレアヒム王国と政治、文化的に強固に結びついており、国教であるレイヤード教の

信者は王国を始め世界中にいるらしい。

聞いている限り、文化レベル的にはこちらでいうところの中世程度。


「…大体、分かったよ。ごめんね、矢次早に質問ばかりしちゃって。」

「い、いいえ。それで、その…」

「アリシアさん。まず、ここが君の住んでいた聖レイヤード教国じゃないと証明することが出来る。」

ちょっとこっちに来て、そう言って一志はアリシアを促し、ベランダに面した窓のカーテンを開けた。


「こ、これは……」

一志の住むマンションは市内でも大きな通りに面しており、窓の向こうには片側2車線の県道を走る

多くの自動車が行交っていた。

「あれは車といって、こっちでは一般的な移動手段の一つなんだ。」

アリシアは押し黙ったまま、茫然と窓の外を眺めている。そのまま無言で窓ガラスに手を伸ばすと

ゆっくりとガラスに触れ、指で軽く叩く。

「これほどの大きさで継ぎ目のない綺麗なガラスは見た事がありません。」

そっちかー、と心の中でツッコミを入れてから、アリシアの言葉について考えてみる。

ウィルナードではステンドグラスがメインなのかもしれない。

アリシアの方を見ると、彼女は空を見上げて目を見開いていた。一志はそのままアリシアの目線を

追いかけてみる。

「一志殿、どうやら私は本当にウィルナードとは違う世界に来てしまったのですね。」

アリシアの視線の先には、そこそこに明るい街並みのせいで星があまり見えない中、

しっかりと存在を主張している月があった。


「はい、どうぞ。」

そう言って冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをコップに注ぎ、アリシアの前に置く。

あれからリビングのテーブルに向かい合って座り、アリシアの気持ちが落ち着くまで待ってから、

今後の話をすることにした。

「ありがとうございます。あ、美味しい…」

コップから口を離し、マジマジと中の水を見つめるアリシアをよそに一志は話を切り出す。

「アリシアさん、君はさっき急いでいるって言ってたよね。良ければ事情を話して貰えないかな。」

「もしかしたら、何とか出来るかもしれないんだ。」

一志の言葉に顔を上げたアリシアの目に驚きと喜色の色が宿る。

「本当ですか?!」

「あー、ごめん。確証があるって訳じゃないんだ。ただ、心当たりがあるってだけね。

期待させちゃって悪いんだけど。」

「いいえ…。でも、はい。何から話しましょうか。」

分かり易く肩を落とすアリシアを気に留めながら、一志はスマホのアプリを立ち上げる。

「えーと、そうそう。黒霧の森っていうのは?」

「黒霧の森は、我がレイヤード教国と隣国であるグレアヒム王国の間に位置する森林地帯です。」

「正確には両国の北方に位置するダルクス山脈の麓から一帯をダルクス大森林と言い、黒霧の森は

その最南端の一部を指します。」

「ふむ。なるほど。ちなみにその黒霧の森から、レイヤード教国の王都はどれくらい?」

一志の質問に、アリシアは少し考えた後、暗い声で答える。

「馬を使い潰せば2日かからないでしょう。人の足では7日はかかるかと。それに…。」

「私は一志殿の元に来る前に、確かに黒霧の森で命を落とした、と思うのです。巨大な黒い

化け物に襲われて…。」

そう言って口を噤んだアリシア。その時の事を思い出したのか、自分の肩を抱くようにして

少し震えている。

「ごめん、嫌な事を思い出させちゃったみたいだね。」

そう言うと一志はアリシアからまたスマホに視線を戻し、現状をより把握出来る何かがないかと

アプリ内の更新されている点を漏れなく確認していく。

-新規拠点の登録-

イッシーでプレイしている時は、明確に拠点の話なんてゲームに出てきていなかった筈だ。

まだまだ多くの新規通知があったが、何となく現状との関連があると感じた一志は、

その項目をタップする。


-宮田一志のマンション-

地球の日本、神奈川県にある宮田一志の住むマンション。

ロロの朽ちた指先に付与された時空干渉効果により、捻じ曲げられた時空が世界を繋ぎ安定化した。

登録者1/4:アリシア=リオーネ


内心でこれだ、と感じた一志だったが、更に画面をスクロールする。


時空干渉効果によって、術式発動時に強制的に複数の次元に対して、より安定した接続を試みる。

結果、遥か彼方にある地球との導線が確立した。登録可能人数は4名。

登録者が落命した場合、その存在を登録先に強制転移させ復活させる。


「一志殿…?」

真剣な表情で手に持った小さな光る板を眺めている一志に、アリシアが遠慮がちに声を掛ける。

「あ、ほったらかしでゴメン。でも少しずつ分かってきたと思う。」

「まず、君は確かにその黒霧の森で一度死んだみたいだ。そしてその後、僕の部屋で蘇ったみたい。」

「君が聖石と呼んでいるこの石なんだけど、<ロロの朽ちた指先>というもので、

詳細は分からないけど、君が今こんな状況になっているのは、ほぼ間違いなくこの石の仕業だろうね。」

「聖石が…?」

「うん。どうやらその石が君の居たウィルナードという世界と此処を繋げたみたい。」

「ついでに言うと、どうやら君は死んでも生き返るみたいだよ、原理は全く分からないけど。」

「そ、そんな事、とても信じられません。聖女様の奇跡でも死者の蘇生は出来ない筈です。」

「まぁ、そうだよね。普通は信じられないだろうし、検証も出来ないしね…。」

「というか、奇跡って言ったけど、その聖女様って人は魔法とか使えるって事かい?」

「聖女様は神に祈りを捧げることで奇跡を体現なさる事が出来るのです。魔法と一緒に

しないで下さい。」

アリシアは心外だとでも言いたそうに顔をしかめた。

一方で一志は、おおー。ファンタジー世界じゃないかー、などと感動していた。

「モンスターとかいるの?魔王とか勇者召喚とかは?」

一志の食いつき具合に若干引いた様子でアリシアが答える。

「そうですね…。我々人に類する種族と相容れぬ異形のモノ達を、<狭間に潜む者>と呼んでいます。

彼らは遥か昔から存在し、常に我々と敵対してきました。魔王が何を意味しているか分かりませんが、

彼らを率いる王と呼べる存在は確認されていないと思います。そして-」

アリシアは俯いて重い口調で続ける。

「黒霧の森で私を死に追いやったのも<狭間に潜む者>でしょう。姿は覚えておりませんが、

およそ人では有り得ない存在でした。」

アリシアの話を聞き、一志は再び頭を整理する。

不明瞭な事が多いのは否めないが、現状では検証する手段がないこと。

目の前の少女は急いでいるという話の上、何より個人的に興味を引かれていること。

恐らく自分にリスクはないことから、一志はアリシアに手を貸す事に決めた。

「アリシアさん。」

不意に声を掛けられたアリシアは一瞬驚いたように顔を上げる。

そのままパシャっとスマホのカメラ機能でアリシアの写真を撮ると、アリシア=リオーネを

キャラクターとして新規登録を行う。


-アリシア=リオーネを登録しました。-

-未振り分けのステータスポイントがあります。-

-未振り分けのスキルポイントがあります。-

-未登録のグランドステム(perk)があります。-


キャラクター登録が済むと直ぐに新規通知が表示された。

これはイッシーを登録した時には出てこなかったものだ。

そのまま流れるようにアリシアのステータスを見てみる。


アリシア=リオーネ

職業:騎士

年齢:18

性別:女性

スキル種別:剣・槍/聖術/信仰の徒

装備:上品質の絹のワンピース


MIST WANDERERではキャラクターは大きく3つのスキルツリーを持っている。

そのスキルに属する行動を繰り返し行う事で、スキルの熟練度が上がり、次のスキルを

取得出来る仕組みだ。

装備品に関しては、頭、上半身、腕(手)、腰、下半身、靴、アクセサリ(首、指)と多岐に渡っている。

またさらにグランドステム(魂幹)と呼ばれる、所謂タトゥーを体に刻む事が出来る。

刻める場所も決まっており、その位置と形状、種類などで得られる効能も変わってくる。(ちなみにイッシーは尻尾だった。)

体を一本の木に見立てて、そのどこに刻めるかで有用性も大きく変わるのが特徴だ。


「アリシアさん、これを見て欲しい。」

そう言うと一志はスマホをアリシアにも見えるようにテーブルに置いた。

「これはー…、私なのですか?」

アリシアの目に映る画面には2Dドットの可愛らしいキャラクターがワンピース姿で立っている。

「その通り。君がこれから黒霧の森に戻っても、そのままじゃ不味いでしょ?」

アリシアは改めて自分の恰好を見やる。武器も防具もなければ、騎士としての訓練を

積んでいるとはいえ、また直ぐに死んでしまう事は容易に想像がついた。

「今から君に僕の持っている装備を渡そうと思う。僕の考えている通りなら、きっと君の

助けになる筈だ。」

そう言って一志は自分のプレイキャラクターであるイッシーが冒険から持ち帰ってきたアイテムを、

アリシアのインベントリ画面に移し始める。

「アリシアさんは普段使っているのは剣、で合ってるかな?」

「は、はい。片手で振るえる直剣を使っております。」

「んー。アリシアさんのステータスで装備出来るものでいくと…」

一志はイッシーのインベントリから片手剣と軽量盾を選び、アリシアのインベントリに移した

それらを装備させる。

その瞬間アリシアの両手がそれぞれ光に包まれると、そこには2Dドットで描かれていたものに

良く似た剣と盾があった。

「ほ、本当に…剣が…。盾も…。」

アリシアは突然出現した武具をマジマジと見つめながら、困惑した表情を浮かべる。

「その剣だけど、名前は-剛健なるロングソード-と言って、装備すると少し体力が向上する

筈なんだけど…。」

「それと盾の方はウッドシールドなんだけど、レア度がアンコモンだから、性能が少し

上がっている筈だよ。」

説明している一志をよそに、アリシアは手にしたロングソードを何度も握り返し、

感触を確かめているようだった。

真剣に武具の案配を確認するアリシアを見て、一志は自分がこの状況を楽しんでいる事を自覚していた。

ハクスラ、トレハン、レア度、ステータス、スキルなどなど。そういった単語が大好きだし、

現にこれまでの人生で数々のゲームをプレイしてきた。

それこそ膨大な時間を注ぎ込んで、よりよい装備をアイテムを求め続けてきたのだ。

だが、それはどこまで行ってもゲームでしかなく、実際に存在する訳ではなかった。

だが、今目の前に居る女性はその現実には絶対に存在しない筈のアイテムを装備出来ている。

これが心躍らない筈がない。

一志は逸る気持ちを抑えながら、イッシーのインベントリに画面を切り替える。

実はつい先ほど冒険に出ていたイッシーが旅を終え帰還しており、ログ上からレア度

エピックの鎧を拾ってきていたのを見ていた。

MIST WANDERERにおけるアイテムのレア度は最近流行りのソシャゲとは若干異なっている。

レア度が低いものから順にコモン>アンコモン>マジック(魔法付与)>エピック(英雄)>

レジェンダリ(伝説)>ミース(神話)となっており、

当然ながらレア度が高いものが手に入ることは極めて稀である。

そしてそこにユニーク(無二)が加わるのだ。このユニークというのはそのまま、二つとない

アイテムであり、単純なレア度では測れないような特殊な効能を有していることが多い。

例えば剣の強さで最も分かりやすいのは強度、つまり何が斬れるのか、というところだろう。

コモンでは鉄は斬れないが、マジックなら斬れる。エピックなら一切の抵抗なく、紙のように

斬れてしまう、といった具合だ。

だがユニークの場合、斬った後に切断面を繋げると斬る前の状態に戻る、といった特殊な効果が

付く場合があるのだ。

当然、その効果が極めて有用な場合もあれば、何でそんな事になるんだ、というレベルで

意味不明なものもある。


「アリシアさん、今からとっておきの鎧を渡すからね。」

「鎧まで頂けるのですか。本当にありがとうございます。」

そう言うとアリシアは一志に向かって深く頭を下げた。

「いいって、いいって。何ていうか僕も嬉しいからさ。ちょっと待ってねー…。」

「鎧の名前は-荘厳なる風の白銀の鎧-だね。さすがエピック、付いてるMODも中々優秀だわー。」


-荘厳なる風の白銀の鎧-は全身を覆うような鎧ではなく、敏捷性を損なわないような

デザインになっている。

なんというか2Dドットで見る限りは白い逆三角形だ。おにぎりを逆さまにした、と言えばイメージが

し易いだろうか。

性能としては、荘厳という部分が防御力の向上を意味しており、風のというのは敏捷性が僅かに

上がるという効果を指している。

また、白銀の鎧そのものが祝福されたものであり、不浄なる者を遠ざける効果が付与されている。

残念ながらユニーク品ではないため、特殊効果が付いたりはしていないが、

今の一志が用意出来る最も高性能な一品であることは間違いない。

一志は白いおにぎりをアリシアのインベントリに移動し装備させる。

先ほどより強い光に包まれたアリシアは、白銀に光る軽鎧を身に纏っていた。

女性らしい身体のラインに沿った流麗なデザイン、その胸と肩口の部分には一部に特殊な意匠が

施されている。

アプリのアイテム説明欄を見る限り、首元から胸部に渡っては祝福された白銀で作られており、

また肩口を覆う鎧の先端には風の魔石が埋め込まれており、敏捷性を底上げさせる仕組みのようだ。


「おぉ~…。スゲェ格好良い。まさに騎士様って感じだね。でもそこまで逆三角形でもないような?」

ドットでは表現の限界があるよな、と思いつつ、完全にファンタジー世界の人物然となったアリシアを

見る。

鎧を纏った自身の姿を見たアリシアは驚きのあまり、言葉を失っているようだった。


「こ、こんな素晴らしい鎧まで譲って頂き、本当に何とお礼をすればいいのか…。」

また深々を頭を下げようとしたアリシアを止め、一志はそのまま残りの防具をアリシアに着せていく。

MIST WANDERERの装備欄を埋めるように、一通りの防具をアリシアに渡した後、

一志はこれからについて話す事にした。


「取り敢えず装備はこれでいいとして、これから君を黒霧の森に戻そうと思う。恐らく、

大丈夫な筈だ。」

一志はアプリのワールドマップに追加されていたウィルナード世界をタップし、続けて黒霧の森に

フォーカスする。

黒霧の森の全体図はマップ上に殆ど表示されておらず、北の一部だけマップ化されているようだった。

マップ化された部分に始まりの場所というポイントを確認した一志は、アリシアに声を掛ける。

「僕の予想通りなら、アリシアさんを黒霧の森の最北端に転移させる事が出来ると思う。」

「早速今から試してみるかい?急いでいるんだろ?」

まだまだ検証したい事は沢山あったが、悲壮な顔をして事情を話してくれた目の前の女性には

報いてあげたい。

「はい。お願い致します。」

一志を真っ直ぐ見つめてアリシアは応える。

そしてアリシアは一志の目の前に歩み寄ると、右手を胸に当てながら

「私、レイヤード教国神殿騎士団所属準騎士アリシア=リオーネは、一志殿に受けた御恩を決して

忘れる事はありません。」

「重ねて、貴方に感謝を。」

至近距離で見るアリシアの美貌に一瞬目を奪われるが、すぐに持ち直して笑顔を向ける。

「僕も楽しかったよ。アリシアさんが無事に王都に辿り着く事を願っているからね。」

蕩けるような美しい笑顔で「はい!」と答えるアリシアに頷き返し、一志は-始まりの場所-を

タップする。

その直後目の前にいたアリシアはまるで霧が晴れるかのように、その姿を消していった。


-アリシア=リオーネ-

頭:ウッドヘルム

体:荘厳なる風の白銀の鎧<エピック>

腕:樫の小手

腰:レザーベルト

脚:絹のズボン

足:レザーブーツ


右手:剛健なるロングソード<マジック>

左手:ウッドシールド<アンコモン>


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