8 束縛
「最近、どこをほっつき歩いてるんだ?」
「え!?い、いや~、ダイエットですよダイエット!」
今日もいつものように家から出ようとした瞬間、カルスに声をかけられた。もはや他人様の家に入り浸るのがデフォルトになっているこの“英雄”に違和感を感じなくなってきた自分が怖い。
「じゃあ、行ってきまーす」
「………………」
物言いたげなカルスを家に残し、私は目的のカフェへ向かった。
「フェルさん!」
「こんにちは、キヨカさん。こちらにどうぞ」
フェルさんは先に席をとってくれていたようで、店内の一番奥に案内される。
このフェルという人物は、栄誉式で門番と揉めていた男性だ。
今では、こうしてカフェで待ち合わせをする仲になっている。
互いに向かい合って席につき、飲み物を注文する。
そして、すぐに本題に入った。
「進捗はどうですか?」
「それが全く……」
肩を落とす彼に、慌ててフォローをいれる。
「ほら、誰も注目してない問題ですから仕方ないですよ!」
「そうですよね……。誰も“万象の大樹”が窮地に陥ってるだなんて想像もしてないですよね」
そうなんと、彼は世界の危機を感知している唯一の魔術師なのだ。
フェルディナンド・スコール。
スコール伯爵家の次男であり、現在は“塔”と呼ばれる魔術師たちの巣窟で働いているらしい。
「聞きそびれてたんですけど、初めて会った時になんで玉座の間に入れなかったんですか?」
注文していたカフェラテを飲みながら、頭を抱えている彼に質問する。
この人、貴族なのになんで入れなかったんだろう?
魔術師の人もあの場所にいたし……実は出禁されてる要注意人物?
「実は、“英雄”殿に“万象の大樹”の危機を伝えるにはどうすればいいか聞いたら狂人扱いされてしまって……」
「馬鹿正直過ぎません?」
それに、なんで門番にそんなこと聞いてんだ。
普通は、もっと高位にいる人物とコンタクトをとってコネを利用しようとするでしょ。
結構天然というか、抜けているとこがあるフェルさん。
魔術師という存在が浮世離れしているからなのか、本人の特性なのかは悩ましい所だ。
「高位にいる人と接点をもとうとしたことがなくて、迷走してしまいました……」
「なるほど」
確かに、この人は貴族なのに異様に親しみやすい。
悪く言えば、庶民的だ。
野心がないゆえの失敗だったのか。
「ただ前にも言いましたけど、このことはまだ“英雄”には言わないでくださいね」
「う、うん、わかっているよ」
表情を引き締めた彼には悪いが、私は彼に嘘をついている。
“万象の大樹”の危機に気づいていることを“英雄”に言えるはずがない。
その危機の元凶が“英雄”であるのだから。
まだどころか、一生伝えることはない。
さもないと、フェルさんはカルスに消されるだろう。
「大樹の状態は安定してますか?」
「今はまだ。しかし、最近数値が大きくなっています」
ぱさっとテーブルに広げられた資料に目を通すと、大樹のエネルギー値が上昇していた。
(多分これは、最近カルスが大樹の異常を治めた影響だろう)
今後の彼の動きで大樹の数値は上昇してしまう。
彼への対策は、私一人でなんとかするしかない。
「そうだ、前回提案した計画はどうですか?いけそう?」
「ええ、今は“塔”で仲間を募っているところです」
ある計画も並行させながら、私たちは“万象の大樹”救済計画を話し合った。
ドンッ
「おかえり」
「た、たた、ただいま……」
家に帰ったら、壁ドンで迎えられた。
背後にあるドアを閉めるんじゃなかった。
……いや、今なら逃げられる?
ガチャン
「………………」
「戸締りはしっかり、な」
退路に鍵をかけられた。
これはいよいよ詰んだか。
「いや、なんで私が詰められてるの?」
空気に呑まれてたけど、おかしくない?
家主、私なんだけど?
「俺とお前は一蓮托生の仲だろう?」
そ、それもそうかも?
至近距離にあるご尊顔から目を逸らす。
「俺の本性を知っているお前を逃がすつもりはない」
「逃げませんし、そもそも逃げられる気もしないよ……」
どうやら気づかぬうちに門限が設定されていたようだ。
確かに今日は、月明かりを頼りに帰路についた。
いつもは夕陽の中を歩いていたから、これは初めてことだ。
「いや、待って。もしかして、いつも私のこと監視してたんですか?」
「監視じゃない。護衛だ」
その言葉に血の気が引く。
つまり、すべてバレているということだ。
「まさか男をひっかけているとは思わなかったがな」
(バレてるー!!)
フェルさんのことも把握している。
「あんなナヨナヨした男がタイプだったのか」
(おや、バレてない?)
どうやら私が男漁りでもしていると勘違いしてくれたようだ。
まさか大樹のことを相談してるとは夢にも思っていないのだろう。
「ま、まあ、強引な人よりはタイプかな~」
チラチラと目の前の強引な人物を見る。
しかし、効果はなかった。
「よく聞け」
「はいっ」
激情を煮詰めに煮詰めたような低い声。
私はその声に背筋を伸ばして返事をした。
カルスの顔が近づく。
耳元に吐息がかかる距離まで互いの顔が寄る。
「逃げたら殺す」
近過ぎて彼の表情がどうなっていたのかはわからない。
ただ、あの時の声色は冗談などではなかった。
あの日から、私は決意した。
逃げる時は徹底的に逃げよう、と。