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7 新たな風




「遅かったな」


「え、まだいたんですか……」


 買い物から帰ると、我が家にはまだ英雄殿が居座っていた。

 ドアの前で待機していたところを見るに、暇だったのだろう。

 というか、出迎えとかいらない。


 それに、もう昼下がりなんだけど。

 そろそろ帰ってくれないかな?


「クアの実か」


「あっ、ちょ、いつの間に!」


 手に持っていたはずの袋がカルスの手元にあった。

 そして、箱から私が買ってきた果物を出している。

 なんと手が早い。


「それ私のおやつ!」


「けち臭い。俺は客人だぞ?」


「そんな図々しい客人はいません」


 果物を取り上げ、スッとドアを手で示す。

 遠回しに「帰れ」と伝えている。

 しかし、奴の顔面は分厚かった。


「そうか。俺は客ではなく、とても親しい友ということか」


「え、全く違う」


「お言葉に甘えて、今日は泊っていこう」


「え、言ってない言ってない」


 一言も言っていない言葉せいで、今日も私の家にカルスが泊まることになった。

 

「お願いだから帰って……!!」


 残念ながら、その言葉が当人に届くことはなかった。

 なぜなら彼は、果物の皮を剥くためにキッチンへ消えていたから。


 こんな我が道を行く人間が、あの清廉潔白な“英雄”と同一人物であることが信じられない。あー、歯痒い!この本当の姿を言いふらしても、私はほら吹きとして断頭台にあげられるだけだろうし!









 カルスにとって“英雄”の仕事は、あくまで()()だった。


 貼り付けた爽やかな笑顔も、“万象の大樹”を修復する()()()()()()()も、すべてが彼にとっては工程だった。


 “万象の大樹”を破壊するためのただの工程。


 大樹の記憶を読んでから早々に、私は気づいてしまった。

 大樹が引き起こしていた異常現象が、解決されたわけではないことを。

 “英雄”がもたらした平穏が、実は嵐の前の静けさだったという事実を。


 カルスは大樹の異常を治したわけじゃない。

 その異常を力技で()()()()()()だけ。

 圧縮されたそれらは、いつか必ず噴出する。

 今よりも、激しい勢いでこの世界に現れる。


 だからなのか、彼は安易に大樹を燃やそうとしなかった。

 なぜなら、大樹はすでに破滅の道を辿っているから。

 このままこの“英雄”の皮を被った“裁断者”に大樹を任せてしまえば、この世界は終わる。


 それをわかっていても、私にはどうしようもなかった。 












「我が“英雄”よ。今回も大儀であった」


「いえ、当然のことをしたまでです」


「ハッハッハッ!謙虚さまで兼ね備えておるとは殊勝よな!」


 王宮にある玉座の間では、“英雄”の栄誉式が行われていた。

 “英雄”殿にここへ無理矢理連れてこられた私は、その様子を白い目で見ていた。


(王様、このままだと大樹が枯れ果てますけどいいんですかー)


 ここの来る途中で、王宮にある大樹の記憶を読み取った。

 すると案の定、大樹からは悲鳴が上がっていた。

 まだ小さな悲鳴ではあったが、このまま積み重なれば致命傷になる。


(まあ、異邦人の私には関係ないけど)


 もともと魔術が使えないし、“万象の大樹”がどうなろうと関係ない。


 そう思って背を向けようとした時。

 玉座の前にいるカルスと目が合った。


「!?」


 そして、あまりの腹立たしさに目を見開いた。

 

 奴は、私の顔を見て微笑んでいた。

 横から突き刺さるような嫉妬の視線が飛んでくる。

 きっと私が奴と関わりが深い人物だと勘違いされたからだろう。


 しかし、私にはわかる。

 他の人には優しい微笑みに見えるだろうが、本当は違う。

 あれは絶対に、私を挑発している笑みだ。


(ちょくちょく探りを入れてきたやがって……!)


 カルスは用心深い男だ。

 それなりの時間を共に過ごしてなお、私を疑っている。

 私が“万象の大樹”の破壊を阻止しようとしていないか、常に警戒しているのだ。

 

(この……ポメラニアン並みに警戒心が強い奴め!)


 この栄誉式に私を連れてきたのも、一種の探りだ。

 着実に進んでいる“万象の大樹”破壊計画を目の当たりにさせ、私の反応をみている。


「いやー、めでたいなー!“英雄”様の栄誉式に参列できるなんて夢のようだー!」


 やけくそになり、“英雄”の熱烈なファンを演じる。

 すると、睨みつけていた視線が和らぐ。

 そして、周囲が色めきだした。


 私が“英雄”と親しいわけではないと思った周囲が、あの微笑みが自分に対するものではないかと期待しだしたからだ。


(なんか色々と疲れた……)


 “英雄”の視線の先に入ろうと周囲に集まり出した人垣に紛れ、その場から退散した。










「————!—————!」


「ん?」


 玉座の間から出ると、誰かが門番と揉めていた。

 私が出てきた扉の右側から声が聞こえる。


「お願いします!話を聞いてください!」


「お引き取りを」


 そっと覗いてみると、男性が何かを嘆願しているようだった。

 しかし、にべもなく断られている。

 なんだか可哀想だ。


 その可哀想な男性をよく見ると、白いローブを着ていた。

 体格も門番と比べてひょろっとしているし、おそらく学者か何かだろう。

 

「これ以上騒ぐようなら、こちらも———」


「あ、あー!こんなとこにいたんですか!」


「「??」」


 不穏な空気を感じ取り、彼らの間に入り込む。

 そして、完全に初対面の学者さん(もうそう呼ぶことにした)に笑いかける。


「探したんですよ。さあ、行きましょう!」


「え、え?いや、僕たち初対め———」


「では、失礼しましたー!」


 混乱する学者さんの腕をひき、城外へ連れ出した。






「あ、あなたは一体……?」


 一般開放されている城の庭園で、私たちは向かい合っていた。


 陽も傾いてきて、なかなかムーディーな雰囲気の庭園。

 しかし、ここには私たちしかいない。

 まあ、大勢が“英雄”の栄誉式のために玉座の間へ集まっているんだから当たり前なのだが。


「栄誉式を見に来た一般人です」


「ああ、あなたも同じでしたか」


 苦笑する彼の姿は、なんだか苦労性にみえる。

 容姿も優し気だからかもしれない。


 優しい鳶色の髪に、同じ色の瞳。

 ……無性にチョコレートが食べたくなってきた。


「不躾な質問なんですけど、さっきはなんで揉めてたんですか?」


「見られてたんですね……。お恥ずかしい限りです……」


 彼が恐縮しながら話してくれた内容は、私にとって天啓だった。

 

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