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6 この世界の原動力



「キヨカ、まだか?」


「まだですよ」


「遅い」


「ちょっと待ってください!」


 私が共犯を申し出た日から、随分と時間が経った。

 それと、今のところ燃やされた大樹はゼロ。

 誤魔化し誤魔化しで生きている今日この頃だ。


「できた!」


 とうとう完成した紙をソファーに寝転んでいるカルスに見せる。


「へえ、それがお前の呪物か」


「いやだから、ただの文字ですって……」


 人ん家のソファーで寝っ転がっている銀髪の美形。

 この遠慮を知らない人物が世間で“英雄”と呼ばれているなんて誠に遺憾である。


「まあ、私の世界の文字はこっちの人たちにとって呪いの言葉に見えてしょうがないんでしょうけど……」


 案の定、カルスもこの文字を呪物だと認識したようだ。

 自分から見たいと言い出しといて、この言い草だ。

 彼の辞書には失礼という言葉が存在しないらしい。


「……そんなことより、早くお勤めに戻ったらどうですか?」


「今日は非番だ」


「え、英雄に非番の概念あったんだ……」


 彼を監視できるという面ではいいことなのだが、如何せん自宅を占領されるのがネック。


 この英雄、最近めっきり“万象の大樹”の調査に行かなくなった。

 その分、私の家が占領されてプライベートが侵害されている。

 

(……はっ!もしかして、もう“万象の大樹”の下調べを完了させた?)


 もしそうならマズい。

 目的は未だ不明だが、カルスはこの世界の魔術の源である“万象の大樹”を破壊しようとしている。もし、下調べで破壊の目途が立ったのだとしたらこの世界の危機だ。


「そのー、ちょっとお伺いしたいんですが、最近“異邦の英雄”の活動が減ってるんじゃないかなーって感じるんですけど……なんでかなぁーなんて!」


 彼には共犯者面をしている手前、探り探りに問いかける。

 私に大樹を破壊する意思がないことがバレたら、この御仁に消されること待ったなしだ。


「さあな」


「え、三文字?答えなくてもせめてヒントくらいはくれるパターンなのでは?」


 素っ気なさ過ぎる返答に文句を垂れる。

 しかし、カルスはソファーで仰向けになり目を閉じた。

 

 こいつ、寝る気だ。


 こうなっては、断固として相手にしてくれない。

 私は渋々ながら、答えを諦めて一階へ降りた。


「今日のおやつでも買いにいこ……」


 二階の自室が占領されているため、私は手持ち無沙汰の状態である。

 リビングのテーブルに置いていた茶色のメガネを頭に置き、私は外へ出た。









「…………メガネ、生きてる?」


『最近は死んだように生きてるな』


「ごめんて……」


 頭からふってくる言葉に頭が上がらない。

 そうなのだ。

 最近は例の英雄が家に入り浸るから、この喋る不思議なメガネさんとの交流がめっきり減っていた。


「外でも家でもこそこそしないといけないなんて窮屈すぎ」


『もうそろそろ私は言葉を忘れそうだ』


「だからごめんて……!」


 グチグチネチネチとかけられる言葉に、私の顔がゲッソリする。 

 

「あ、もう結界の外に出るから口にチャックね」


『了解した』


 細い路地裏から大通りへと出ると、今までの静寂が嘘のように賑やかになる。

 人除けの結界のすごさに改めて感心する。

 そして、その結界を創り出せる魔術にも唸らざるを得ない。

 

 本当に、魔術はすごい。


「……まあ、私には使えないんだけど」


 その呟きは、人々の喧騒にかき消された。







 カランカラン


「いらっしゃいませ」


 ブティックかのような上品な店に入る。

 出迎えてくれた店員に会釈し、店内にあるショーケースの中を見る。


 そこには、ジュエリーのように陳列されたフルーツがあった。


「あ、これを二つください」


「承知いたしました」


 赤く色づいたリンゴを指差し、店員に声をかける。

 店員がショーケースに手をかざすと、二つのリンゴが宙に現れた。

 そしてそれらは、どこかから現れたジュエリーをしまうような箱に入れられた。


 この一連の流れのすべては、魔術で行われている。


(相変わらず、無駄に贅沢だなぁ)


 店から出て、持っている袋の中身を見た。

 そこには、リンゴが入っている箱がある。

 無駄に豪華な箱なのだが、この世界では万事この調子なのだ。


 ただの果物にすら無駄に豪華な包装を施す店。

 街並みを見れば、無駄に多い噴水。

 無駄に多い花壇。

 やたらと行われる清掃。


 この世界はとても整っていて綺麗だ。

 しかし、私の目には異様に見える。

 

 バシャバシャと撒き散らされる水が、無駄に使われる包装が、いつも満開の花壇が。

 すべてが贅沢に思えてしまう。


(貧乏症なのかな……)


 元の世界では節水節電という言葉を耳にしていたから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。

 けれど、それを抜きにしてもこの世界は異様だ。

 この世界の人々は、まるで資源が無尽蔵に溢れるかのように使っている。


 資源が無尽蔵であるなんて、そんなわけないのに。


(ほんとに、“万象の大樹”様様だよね)


 目の前の贅沢なものはすべて魔術が解決してくれている。

 この世界の営みは、魔術のおかげで成り立っているのだ。


(あの人が大樹を破壊したら、この世界は大パニックになるんだろうな……)


 “万象の大樹”はこの世界にとって、いわばインフラのようなもの。

 混乱に陥るのは間違いない。


(でも正直、魔術がなくても生きていけるのに)


 現に、私は魔術なしで生きている。

 この世界は、なんだか生き急いでいるみたいだ。


 魔術で花や食物を成長させ、大量に生産し、余れば捨てる。

 適度ではなく、あればあるほど良いという思考回路。

 そのおかげか、この世界では食べ物に不自由することがない。


「なあ、次はあそこに行こうぜ」

「ああ、いいな!」


 バシャっ


 何かが入っていたカップが道端に捨てられる。

 茶色い染みが白亜の石畳を汚す。


「あら、あちらのパフェも美味しそう!」

「いいわね、行きましょう」


 グチャっ


 食べかけのクレープが地面に落ちた。

 クリームが無残に飛び散っている。


 それらの残骸は、瞬時に地面に吸収されて消えた。


(これも魔術、か)


 すべてが魔術で回っている世界。

 それに少しの嫌悪を感じてしまうのは、魔術を使えないゆえの劣等感からか。

 それとも————。


 私は綺麗な街並みから目を逸らし、薄暗い路地裏へと戻った。


 

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