5 本性
大樹の記憶を読み終わり、私は情報を整理していた。
(英雄が“万象の大樹”を破壊しているのは間違いない)
けれど、ここで不明なことがある。
それは、時系列だ。
大樹の記憶が過去だとすれば、大樹が存在していないはず。
もしかして大樹は、未来も記憶できるのだろうか?
大樹の根っこに座り、温室の天井を見上げる。
(戦争……小さくなった大樹……)
あの大樹が争いの火種になっていた。
———あの記憶の世界では、大樹が枯れていた?
(だからこそ、残った大樹を奪い合っていた)
目を閉じると、ガラスの天井から降り注ぐ光がまぶたの裏で踊る。
「…………もしかして」
あの人が大樹を破壊していたのは————。
「何かわかったようだな」
「!?」
パッと目を開けると、目の前に英雄が立っていた。
薄ら寒い笑みを張り付けた顔。
…………どうやら私は、もう言い逃れできないらしい。
それならもう、全部を聞いてしまおう。
「あなたは異邦人じゃないですよね?」
答えはない。
だが、その微笑みが答えだろう。
この世界の人たちは大きな間違いを犯してしまったようだ。
「あの召喚で呼ばれたのは“万象の大樹”を救う異邦人」
私が異世界から来たのは私自身がよくわかっている。
それなら、目の前の英雄は?
“異邦の英雄”と呼ばれる彼は、異世界から来たのか?
答えは否。
“万象の大樹”が記憶するのはこの世界の生命だけ。
記憶されている彼は…………この世界の人間だ。
「あなたは誰ですか?一体いつの時代から来たんですか?」
あの大樹の記憶が過去でも今でもないなら、未来だろう。
彼は異世界転移ではなく、タイムリープしてきたのだ。
「大樹はそんなことまで教えてくれたのか」
酷薄に笑う彼は、今までの英雄の爽やかさはなかった。
記憶の中にあった、死神のような薄気味悪さを纏っている。
「残念だな。俺のことをそこまで知らなければ見逃したのに」
今まで被っていた英雄の仮面が剥がれ落ちる。
そのことに私は――――なぜかほっとした。
「何か言い残すこ」
「何も見てません」
「は?」
彼の言葉を遮る。
困惑する彼を置き去りに、私は言葉を続ける。
「何も聞いてません」
「………は?」
「何も言いません」
「…………」
探るように見つめてくる琥珀色の瞳。
そこには、警戒以外の感情があった。
確かな、好奇心が。
「私は何も知りません」
「……へえ」
「私は異邦人ですよ?この世界がどうなろうと構いません」
ニヤリと笑う彼に、冷や汗が伝う。
どうか、このハッタリがバレませんように。
「それに、この世界に来た時の冷遇を忘れてませんから」
ハッと鼻を鳴らしながら冷笑する。
嘘と本音が入り混じり、もうどれが私の思いなのかわからない。
「それはいい!」
「…………っ」
喜色を含んだ声を上げ、彼は私を抱きしめる。
危険人物が近くにいるという事実に、体が硬直する。
「これからよろしく、な」
耳元で囁かれた言葉が、死刑宣告のように聞こえた。
「これから俺のことはカルスと呼んでくれ」
ニコニコと笑う英雄……いや、カルス。
目が笑っていない状態でこっち見ないで、怖いから。
「ああ、あと今から大樹一本燃やしてくる」
「!!」
彼の言葉に思わず体が震える。
大樹の悲鳴が、頭の中で木霊している気がする。
「そ、それはちょっと気が早いんじゃ……」
「なんだ?文句があるのか?」
カルスから笑みが消えた。
まさに“裁断者”に相応しい威圧感。
ここで答えを間違えれば、私は消される。
「ほ、ほら、燃やすなら一気にやった方がいいのでは?ちまちま燃やしてても、大樹は他の場所で再生しますよ?」
「ふむ、それもそうか」
(よかった……納得してくれた)
とりあえず、延命はできたようだ。
しかし、問題を先延ばしにしただけで解決はできていない。
「私と作戦を立てませんか?大樹の記憶を読める私なら、きっと役に立ちますよ」
無理やり口角を上げ、私は彼と共犯になることを申し出た。