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2 英雄参上



 次の日。

 あの呪文たちを納品する時がきた。

 玄関の近くに厳重に包装した木箱を置く。


「よし」


 あとは放置しておけばいい。

 勝手に受取人が取っていくから。


「二度寝しよ~っと」


 ルンルンで二階へ上がろうと階段に足をかけた時。


 コンコンコン


「!?」


 突然のノック音にビクッと体を震わせる。


 こんな早朝に来客?

 そもそも朝昼晩問わず、誰も訪れないこの家に来客?

 …………いや、もしかしたら受取人かも?

 でも、あの人がノックして入って来たことないけどな……。


 少し悩んだ後、私はドアを開けた。


「はーい……」


「失礼、少々よろしいだろうか」


 朝日を背負って現れたのは、戦神の化身だった。

 褐色の肌に、オパールのような輝きを放つ銀の髪。

 琥珀色の瞳には、強い意志が宿っている。


 凛々しい顔に、鍛えられた肉体。

 全身から溢れているのは、威厳と闘志だ。


「…………神?」


「いや、人だが」


 凛々しい眉が困ったように下がり、雰囲気が和らぐ。


 服装を見ると、見覚えのある服装だ。

 確かこんな白い軍服を王宮のお偉いさんたちが着てたような……。


「え、王宮の人?」


 目を見開くと、目の前の貴人が頷く。


 王宮の人の中でも、この人は高い地位にいる人だろう。

 それも軍部。

 胸の勲章がその証拠だ。


 でも、そんな軍のお偉いさんが尋ねてくるなんてきな臭い。 


「貴殿は召喚された異邦人で間違いないだろうか」


「え、あ、うーん、どうなんでしょう……」


 素直に答えるのが躊躇われる。

 正直、この人は召喚のことを知ってる人だし、答えても大丈夫だろう。

 でも、本能的に言わない方か言い気がしているのだ。


 なんというか、この人の目が怖いから。

 何かを見定めようと私を見てくるこの目が、審判されている気分になる。


 言い淀む私に、更なる追い打ちがかかる。


「魔術が使えないという話は事実だろうか」


(なっ!人が気にしている部分をずけずけと!)


 デリカシーのなさに驚きを隠せない。

 そんなもの(魔術)が使えないというだけで、私が王宮でどんな眼差しを向けられたと思ってるんだ。「魔術使えないの?え、マジ?使えねー」みたいな目を向けられたんだぞ!


 あとこの人、私が召喚された異邦人だっていう前提で話してるんだけど。

 分かってるんだったら、なんでわざわざ私に聞いてきたの?


「そうか、事実か……」


「え、勝手に自己完結されたんだけど」


 思わず口から出たツッコミも、目の前の御仁には届かなかった。

 思考の海に沈んだ彼は、微動だにしない。


 このままドアを閉めてもバレないんじゃない?


 そっと外開きのドアに手をかけ、ゆっくり引く。

 もうすぐ彼の目の前を通過するといったところで、ドアが何かにひっかかった。


 ……ひっかかったのは、彼の足だった。

 なんか、悪徳セールスマンみたいな足技を使ってるんだけど。


「では貴殿は“万象の大樹”には触れていないということだろうか」


「え、ははー……うん?何の大樹?」


 ドアを閉めようとしていたことがバレて気まずさを感じていると、聞き覚えのない言葉が耳に入った。


「“万象の大樹”だ」


「いや、触ってませんね。そもそもその大樹のこと自体が初耳なので」

 

「なるほど、本物の異邦人だな」


 彼曰く、“万象の大樹”はこの世界の人間の魔術のエネルギー源らしい。

 魔術と魔法の違いも、この“万象の大樹”による。

 魔術は“万象の大樹”の根が張っている大地であれば、どんなものでも扱える。

 一方、魔法は“万象の大樹”に関係なく、どんな条件下でも扱える奇跡。


 ちなみに、魔術と魔法で扱う術は同じらしい。

 違うのは、力の源だけ。


「だから私が魔術を使えないだけであんな大騒ぎしてたのか……」


 この世界の人たちにとって魔術は手足と同等。

 つまり、私は大人であるにも関わらず、ハイハイもできてない赤子以下の存在であるということだ。


 それなら、あんだけ大騒ぎされて厄介払いされたのも納得だ。


「ってなるかい!私異邦人だよ?この世界の大樹とやらと親和性あるわけないでしょうが!」


 当時のことを思い出し、思い出しギレをする。

 まさか思い出し笑いではなく、思い出しでキレることになるとは。

 人生って、ままならない。


 一人でキレ散らかす危ない私に、冷静な眼差しが降りかかる。

 その眼差しに、私は一気に正気に戻った。


「すみません、取り乱しました」


「いや、本当に“万象の大樹”と関わりをもっていないと理解した」

 

 スッと細められた目に、私の背筋は凍った。

 その瞳が捉えているのは私なのだが、彼の目は遠くの何かを見ている。

 そして、その目には激しい憎悪が籠っていた。


「貴殿の協力に感謝する」


 そう言って、嵐のような御仁が帰っていった。





 部屋に戻ると、体がドッと疲れたのを感じる。

 ああいうオーラのある人は苦手だ。

 小心者の性なのか、無意識にへりくだってしまうから好きじゃない。


 コップに水を注ぎ、リビングの椅子に腰かける。

 そして、その水を一気にあおった。


 うん、五臓六腑に染み渡る素晴らしい水だ。


「それにしても、あの人どっかで見たことがあるような……」


 働き始めた脳で記憶を辿る。

 

「あー、そういえば新聞に載ってた顔だったかな?」


 なんとなく思い出せたことに満足しかけたその時。

 ふと、あの人の髪色をもっと以前にみかけたことを思い出した。


「あ」


 そうだ。

 あの人、私と一緒に召喚された人じゃん。


 「すっごい髪色の人と召喚されたなー」とか考えてるうちに、魔術の検査やら厄介払いやらをされてすっかり忘れていた。


「“異邦の英雄”……!」


 忘れもしない呼び名。

 この呼び名が送られた人物が、私と同時に召喚された人物であり、私の宿敵。

 

「あの人のせいで私がどれだけ比較されたと……!」


 思い出すだけで腹が立つ。


 召喚された者が二人。

 一方が優秀で、もう一方が落ちこぼれの赤子以下。

 どんな評価をされるかは、火を見るよりも明らか。


(せめて私が魔術を使えてたら……)


 多分、あそこまで惨めな気持ちにはならなかっただろう。

 だが、もう過ぎたこと。

 そう割り切っていたのに、なぜ今頃になって奴がここに……!?


「なんだ。いつにもまして騒がしいな」


「メガネ!ちょっと聞いてよ!」


 ふよふよと二階から降りてきたメガネに、先程の出来事を話した。


「なるほど、お前の宿敵がここに来てたのか」


「古傷をえぐって帰ってったよ。流石我が宿敵」


「まあ、あっちには相手にされてないだろうけどな」


「やめて!耳が痛い!」


 八つ当たりだということは自分がよくわかっている。

 優秀であることが罪なわけないし、私が使えない奴であることも事実。

 それでも恨んでしまうのが、人の性だ。


「それより、“万象の大樹”を探っていることがきな臭い」


「疑問だったんだけど、“万象の大樹”ってそんなに大事なの?」


「そうだな。お前の認識に合わせると、酸素とやらと同等だ」


「それは大事すぎる」


 メガネと化学の話をしていてよかったよ。

 “万象の大樹”の大切さがよーく理解できた。


 机の上にやってきたメガネが、朝日を反射してキラリと輝く。


「お前、これから気をつけろ」


「え?」


 爽やかな朝なのに、不穏さしか感じない発言。

 ほんとにやめてほしい。


「多分、その“異邦の英雄”には裏の顔があるぞ」


「……え?」


 裏の顔?

 世間から英雄って呼ばれるほどの偉人が?


 いやでも確かに、不穏な空気を纏ってた時があったような……。


「考えてもみろ。“万象の大樹”はこの世界の根源といってもいい。そんなもんを探ってる理由が、世界のためだと思うか?」


「いやでも、その大樹に何かあってそれに対処してるんじゃ……」


 ほら、私の世界でも地球温暖化とか色々あったし。

 その大樹も何らかの問題に対面してるっている可能性も……。


「ここ数十、いや数百年、大樹に異常があったことなんてない」


「……先のことはわからないよ」


 先のことなんて誰もわからない。

 今まで大丈夫だったものが、この先も大丈夫だなんて保証はない。


「―――っていうか。なんでメガネがここ数十年数百年のこと知ってるの」


 ジトーッとした目で睨む。

 私を言いくるめるために、大袈裟に言ったのだろう。

 まったく、口が達者なメガネだ。


「――――だからな」


「え、なんて?」


「いや、別に」


 ボソッと何かを言っていたが、聞き取れなかった。

 まあどうせ、私の悪口でも言っていたのだろう。


「とにかく、英雄には気を付ければいいってことでしょ」


「まあ、今のところはな」


 メガネの忠告を受け止めたものの、私はそこまで本気にしていなかった。

 だってまさか、次の日も奴がやってくるなんて思ってもなかったから。

 





 

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