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いざ織田家へ

「……あの、帰蝶様?」

「どうしましたか?」

 

 婚姻の儀を一通り終え、引っ越し等で忙しくして数日後、ようやく時田は帰蝶と話す時間が出来た。

 因みに、中々タイミングが合わず、時田は未だに信長の顔を見ることは出来ていなかった。

  

「変な事をお聞きしますが……利政様から小刀とか、預かってたり……します?」

「……何故?」

 

 斎藤帰蝶。

 濃姫とも呼ばれるこの女性は実は資料に乏しく、謎が多い。

 よく創作物で見かける話に、利政から小刀を渡され、信長がうつけならこの小刀で殺せと言われたという話がある。

 時田は歴史を詳しく調べていた訳ではなく、あくまで最低限の流れを知っている程度であった。

 それ故、歴史の知識は創作物の話程度の知識である。

 

「いや、信長様がうつけだったら殺せとか……」

「……いくら我が父でもそのようなことは言いませぬ。織田家との婚姻同盟が崩れてしまうようなことをするはずが無いでしょう。戦をするための口実を作るためだとしたら、最初から和睦の申し入れを断れば良いだけ。流石にそのようなことは言う筈がありません」

「……そうですよね……」

 

 時田が帰蝶を見た際の印象は、強く、美しい女性だということであった。

 整った顔立ちに、長い髪。

 所作も美しく、利政が大事に思うのも無理は無いと理解した。

 

(結局、何も思い出せなかったな……)

 

 帰蝶を見つつ、時田は考える。

 

(明智光秀にとって帰蝶という人物はそこまで重要な存在では無かった? いや、でも……)

 

 等と考えていると、帰蝶がこちらを見つめていることに気が付く。

 

「……何か、ございましたか?」

 

 おそるおそる聞く。

 帰蝶は美濃国の主、美濃のマムシと恐れられた斎藤利政の娘で尾張の虎の息子、後に第六天魔王と恐れられる織田信長の妻である。

 何か無礼があれば、この両名に消される可能性がある。

 時田は、慎重にならざるを得なかった。

 

「いえ、あなたが神隠しにあって、時偶いなくなるかもしれぬ故、気をつけるようにと父上に言われたので……神隠しとは、どういう事です?」

「え……ええと……私にも何が何だか……」

 

 すると、帰蝶はため息をつく。

 

「はぁ……まぁ良いです。父上からあなたは信頼に値する人物だと聞いています……その体故、荒事にはあまり期待はできないと思いますが……」

「……いえ、いざという時は命に変えてもお守りします」

 

 帰蝶を真っ直ぐ見つめ、時田はそう答えた。

 そう言い切った時田に帰蝶は少し驚きつつも、頷く。

 

「……まぁ、父上が織田家を守ろうとしている以上、そんな場面は無いと思いますが……」

 

 すると、ドタドタと荒々しい足音が近付く。

 戸が勢い良く開かれ、男が入ってくる。

 

「帰蝶! 今帰ったぞ!」

「信長様、おかえりなさいませ」

 

 その風貌は光秀とは正反対で、粗暴、まさにうつけ、という言葉が似合う男であった。

 織田信長。

 後に天下布武を掲げ、天下統一まであと一歩の所まで行った、日本人なら一度は耳にしたことがある程の人物となる偉人だ。

 時田も頭を下げる。

 しかし、時田はまた別の事を考えていた。

 

(何も……思い出さない? 信長に会えばまた何か思い出すと思ったんだけど……何か、条件があるの?)

 

「……おいお主、顔を上げよ」

 

 すると、信長は時田に興味を示す。

 顔を上げると、信長は時田の指を見ていた。

 指がない事に、気が付いたのだ。

 そして、顔を見る。

 傷付き、閉じた左目を見て、信長は更に聞く。

 

「……お主、誠に侍女か? 」

「……」

 

 冷や汗が、溢れる。

 

(答え方間違えたら……殺される!?)

 

 初の信長との対面は、緊張感溢れるものとなるのであった。

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