8 哀願
八話目です。
「プリム、久しぶり」
独房の中には、妙に落ち着いたプリムが硬いベッドに座っていた。灰色で狭い独房は強い圧迫感があり、狭心させる。
「レイ…」
プリムは収縮した様子であった。目に光はなく、随分と落ち込んでいる様に見えた。
レイは、彼女に脱獄の計画を伝えようとした。
「プリム、明日の朝日が昇ったら…っ!」
背後に痛烈な殺気を感じた。ニコラスだろう。計画を聞かれて仕舞えば、彼の野望の妨げになる為、排除しに来るだろう。
それは、何としてでも避けたい。
ならば、残された手段は一つだろう。
「…プリムに任せたのは、失敗だったよ。理不尽に対抗する為の曲がりくねった正義で、どれだけの人を殺したの?」
「…!?」
プリムは感歎した。
「私は、平等に誰もが暮らせる、笑顔の咲く世界を作りたかったの。貴女は、唯の『悪魔』でしかない」
心が痛い。偽りを叙述するのが、ここ迄精神を引き裂くとは思わなかった。
(いつか、必ず橋を繋げるからね…)
悲しみを秘めた深い碧色の瞳の奥で、贖罪をする。
「秩序を乱して、大勢の夢を奪って…プリムはもう出会った頃の純情な少女じゃない。本当に、こんな事を望んでいたの?」
知っている。彼女は誰よりも、人を思い遣っていた。戦場に置いて、兵士を甚振ることはしなかった。苦しめず、息の根を引き取る。それは偽善だと知っていても、最大の敬意を表していたのだ。
「...」
気配が消えた。成功だ。
「プリム...っ!」
「嬢ちゃん、そろそろ時間だ」
いや、失敗だった。看守の一声で、ニコラスへの敗北を嫌と云う程認識させられた。
独房を追い出された後、藍色の壁に強く拳を打ち付ける。奴を見縊っていた。初めから殺しておけばよかったのだ。皇帝として、力を持った彼は、誰にも止めることができない。
彼女は独り、黄金色の薬莢を握り緊める。
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——ああ、遂にこの時が...
報われること無く終わるこの人生。本当に無駄の塊だよ。
カーン、と妙に甲高い鐘の音が罪人の死を祝賀するように響く。
「プリムローズ。殺人の罪で、断頭刑に処す」
鉛の鎖で繋がれた腕を引かれ、上りたくもない死への階段を一歩、また一歩と着実に踏んでいく。
深紅の絨毯上に足を乗せると、周囲がとてもよく見えた。嘲笑う聴衆たちの顔は何とも不気味で、生きた心地がしない。見渡すが、レイの姿は、どこにもなかった。
また一歩。今度は、錆びた鉄の匂いがした。斜めに鋭利に研がれた刃は、物々しく、禍々しく真っ赤な太陽の光を帯び、輝いていた。
「ただの叛逆者に、こいつを使うのは情けだ」
背後の皇族用特等席からそんなことを言うのは、ニコラスだ。
目論見のために利用したくせに何が情けだ。プリムはやっぱりこの男が嫌いだった。
身体は死の恐怖に正直なのか、呼吸は酷く荒くなり、脚が竦んでしまう。
「せいぜい地獄で反省するんだな」
そう看守に言われると、いよいよ最期が差し迫っているようで、無性に悲しくなった。
——もっと花を、見ていたかったな。
美しい花には棘がある。しかしながら、それにも柔らかさを含んでいる。少し常識からはみ出ていたって、個性じゃないか。不遇なプリムは、花を見るだけで、ほんの少し気が紛れるのだった。
首を固定された。腕を繋がれた。もう動けない。
死神は彼女の背後でほくそ笑んでいることだろう。
「ニコラス陛下。この縄を離せば、刑が執行されます」
看守は刃につながれた縄をニコラスに手渡す。
——今までありがとう。来世は、幸せに暮らせるといいな...
ニコラスが冷たい笑みを浮かべた次の瞬間。
彼は額に血を流し、地面に倒れこんだ。そのすぐ後に乾いた破裂音が聞こえた。
誰かの差し金?
ニコラスが縄を手放した事で支えを無くした刃は、何故か、一向にプリムの首を刎ねようとしない。
「...ただいま。プリムローズ」
——ゆっくりと顔を上げると、其処には、最も彼女の望んでいた人物が立っていた。
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)