5 殺戮
五話目です。雲行きが怪しくなって参りました。
「はぁっ、99、100…、」
銀髪の少女は今日も木刀を振っていた。密度の高い木材を粗く削って作られた木刀は、想像よりも重量があるようで、半端な力で振えば太刀筋を制御することもままならない。
プリムは額の汗を拭うと、茂み付近の岩へと腰掛けた。すると、茂みはガサゴソと音を立てた。
「わぁっ…」
草木の中から顔を出したのは、金髪の少女、レイアであった。
その背後には、一人の大柄な男が立っていた。
「この人は私たちの味方で、軍事の指揮を執ってくれる人」
「どうも、ニコラスです。以後、お見知り置きを」
その男はなんとも細身で、逞兵とは掛け離れた体格をしていた。しかし、立ち振る舞いは気品で育ちの良さが伺える。
そして、その顔立ちには妙な見覚えがあった。
「…貴方は、もしかしてこの帝国の皇子」
ニコラスという名の男は、先程までの柔らかさを消し去り、黒い、刃物のような鋭利な笑みを浮かべた。場の空気は凍てつき、たじろぐ事さえできなかった。
「ごもっとも。私こそ、ニコラス・アルフォンス。穢れなき皇族の血を受けしもの」
プリムはこの男が嫌いになった。態度が気に食わなかったのだ。
「そんな御身分の方が、何故に私たちの味方をするというので」
ニコラスは、黒い笑みを一層強めると、手の内を明かした。
「私にとって、皇族は邪魔でしかないのです。この帝国の制度はご存知ですか」
皇子に不利になる制度といえば、『女帝が統治する国家』ということだろうか。確か、彼には三つ上の姉がいる。
ニコラスは切り株の上に座り込むと、更に付け加える。
「私が欲するのは、富でも名声でもない、軍事的な侵攻力ですから」
妙な男だ。そんな物、皇帝の一存で覆るのだから、態々リスクを冒してまで叛逆に加わる理由とならない。
——何か裏がある、信用するな。
プリム自身の勘は、そのように示唆していた。
ニコラスが兵士達との打ち合わせがあると、この場を立ち去った後、プリムは月桂樹を踏み躙ると、一旦思考を停止した。今考えた所で、どうすることもできない。
彼女の横で国土地域の地形図を真剣な面持ちで睨むレイは、計画のことで手一杯だろう。
「ふぅ、休憩にしよう…」
木刀を背負うと、木陰ですやすやと寝息を立て始めた。
「——っ誰!?貴方達は…」
彼女の睡眠は、レイの悲鳴によって絶たれた。
プリムは飛び起きると、岩に立て掛けた真剣を鞘から抜くと、悲鳴のした方へ走り出す。
「っ!」
其処にはレイに刃物を向け、殺気を放った男二人が居た。
遂に帝国にバレたか。あの男達は、クロフォード家の財産を狙った誘拐を企てている様には見えない。
完全に、殺しに来ている。
レイは、体術だけでも奴らを仕留める技量を有している。が、その力を使うのを恐れている。
「貴女は優し過ぎる。やっぱり、白い光の中で、お嬢様として生きていて欲しい…」
プリムはそう呟く。彼女は真剣を持ち直すと、恐ろしいほど正確な太刀筋で男達の首を断ち切った。
——彼女にとって、初めての人殺しは、純粋な少女を護る為のものあった。
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)