2 希望
二話目です。
「ここまで来たら大丈夫かな…」
少女たちは裏路地を駆け抜けると付近の林へと逃げ込み、追手から姿を晦ました。
「こんなことになってごめん。貴女が、亡き母によく似ていたから…」
レイはとても哀しそうな目をした。ポシェットに手を入れたかと思うと、その細い指の中にに一つのヘアピンが収まっていた。
「そのヘアピン…」
ヘアピンは金ベースに、眩しいほど発色の良い、コバルトブルーの宝石が埋め込まれていた。彼女の髪色と、瞳の色と同じだ。
「お母さんの形見なの。アルビノって知ってる?ウサギとかにも居るんだけど、色素を持たない種で、目が血液の色の」
「…知ってる、街で会ったことがあるから」
レイは前髪を纏め上げると、上の方をピンで留めた。
「アウイナイト、石言葉は『過去との訣別』。だけど、お母さんが居なければ私は今頃、この世には…」
「お母さんと何かあったの?」
彼女は、ふうっとひと息つくと、過去について語り出した。
「私も貴女もお母さんも、迫害される人種。鬼の子だの化け物だの、勝手に敵対されて、住む場所を追われる」
ふと目についたのか、アイリスの花を摘むと、木の幹の窪みにそっと添えた。
「——私が産まれた時、お父さんは、私を殺そうとした。頸筋に小刀を突きつけて、一思いにやってしまおうと…」
右手を首元に当てると、何処か遠くを見つめるように、顔を上げた。
「その時、誰一人として彼を止めようとしなかったことを見兼ねて、産後間も無くのお母さんは止めに入った。お母さんは十七針縫う大怪我を負ったのだけれど、命に別状はなかった…はず」
「はずって…」
「次の日、母は突然、命を引き取った。胸元には、鋭利なもので突き刺された傷跡があって、真っ白だった肌やシーツには、赤黒い血がこびり付いていたみたい。死因は、失血死」
レイの潤んだ瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙が溢れていた。
「十七針って、不吉だよね。VIXIとも表せて、ラテン語で死を意味する。きっと、死に呪われていたんだ」
犯人が彼女の母を殺したのは、偶然だった。アルビノを嫌う男が、偶々同じ病室に居合わせたのだ。
元々迫害されて然るべき人種だから、その男に待ち受けていた裁きは、殺人にしては大層軽い物だったそうだ。
「私が物心つく頃には、実の母は死んでいた訳だから、屋敷はとても窮屈だった。一夫多妻制の世の中で、義理の母は沢山いたし、使用人もいた。けど、お母さんから唯一受け継いだこの目があるから、みんな怖がって、業すら放り出しちゃった」
突風が吹き荒れたかと思うと、幹の窪みに添えた花は宙を舞い、黒く湿った土壌へ落ちた。
「みんな違って、みんないい。そうだよね…信じているものが違くたって、他人と少し違うからって、本質はみんな同じ。ヒトとしてイデアを授かっている限りは」
これは、プリムローズにも宛てた言葉なのだろう。
「プリムローズ、プリムでもいい…?貴女も、もううんざりだと思わない?」
「…うん、行き辛い世の中だよ。みんなして、私を除け者にする」
レイはプリムの手を取ると、とても正気とは思えない事を口走る。
「——この世界を、変えようよ。私たちで」
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)