世界を守る理由
「二人も、土曜日には集まってくれるそうよ」
「集合場所が異世界とは教えたの?」
「混乱するでしょう。連れてきてから説明するわ」
「まあ、それがいいよね」
実際に見てしまえば、納得するしかない。
「ルッカはどうする?」
「土曜日に倒しに行くんだろう、魔王を」
「そうね。一人倒したという、勢いに乗った方がいいと思うわ」
レベルは最大にできる。
装備もそろっている。
標的は、
「即死の魔王か……」
多彩な即死攻撃を行ってくる魔王だ。
ある程度は、相手の行動パターンも調べている。
これ以上はどうしようもない。
「なら、僕らは急いでならしをしておかないと」
アンスは勇者ジョブではない。
魔法使いだ。
昔使っていたことがあるジョブとはいえ、
スキル回しやら、距離感やら、再度思い出す必要がある。
「ルーナ。アンスをレベル最大にしてもらえる?」
僕はアンスを見る。
アンスも頷いた。
「わかったわ。本当は、本人のためにならないからやったらダメなんだけど」
ルーナはアンスに触れると、アンスがぽわぁと光り輝いた。
「どう?」
「力が溢れてくるようです」
力を入れてジャンプしてみようとする
「ちょっと待って」
ルーナが止めようとするが、間に合わず、大きく飛んだ。
「きゃああ」
高く飛びすぎだ。
全然、自分の力を制御できてない。
僕は、近くに落ちていたコントローラを拾うと、繋がれという気持ちと共に、受け身のコマンドを叩きこんでみた。
地面に落ちる瞬間、猫のようにくるりとまわり着地することができた。
「ふう」
僕は、冷や汗をぬぐう。
咄嗟だったけど、うまくできてよかった。
「あ、ありがとうございますぅ」
アンスは目をまわしていた。
「本人のためにならないってこういうことか」
「そう。急に上がり切ったレベルは本人の身を滅ぼすから……ルッカ、お願いね」
「わかったよ」
たしかに、これは制御する人間が必要だ。
「お、おねがいします」
くるくると目をまわしながらも、礼儀正しさを失わないなんてすごいな。
「任せて、ということは、チュートリアルはやっておいた方がいいということだよね」
「そうなるわね」
僕はいいことを思いついた。
「じゃあ、僕を世界に降ろしてくれる?」
「えっ? 私の説明聞いてた? あなたが、世界に降りる必要なないのよ」
「折角異世界、いや大好きなゲームの世界に来たんだ。本場の世界の空気を吸わせてよ」
「危険よ。やめておいた方がいいわ」
「チュートリアルのエリアは、弱いモンスターしかでないだろう」
「あなたは大けがじゃすまないわよ」
「彼女がいるんだ。大丈夫だよ。守ってくれるよね?」
「はい。もちろんです。天使様」
「ルッカって呼んでくれる」
「はい。ルッカ様」
「様もいらないんだけど」
「そういうわけには……」
「せめてルッカさんで」
「命令ですか」
そうきたか。
「命令じゃないと、様外してくれない感じかな」
「はい」
「じゃあ、命令だよ」
「わかりました。ルッカさん」
「ということで、頼むよ」
「はあ、仕方ないわね。危ないと思ったらすぐに戻すから」
本当にやさしい女神様だな、ルーナは。
◇ ◇ ◇
僕はルーナが用意してくれたゴーグルをつける。
VRではなくAR。
仮想現実ではなく拡張現実。
これは、異世界をゲームの世界にかえるゴーグルだ。
「すごいな、これは」
本来、存在していないはずの、HPやスキル、魔法を疑似的に、画面に表示させることによって、完璧にゲームの世界に成り代わる。
UIは、僕が調整した画面そのもので、見やすさは抜群だ。
ちょうど目の前に、手ごろな角の生えた兎のモンスターが現れた
「いくよ。アンス」
「はい」
僕は、出現したコントローラーを握りしめて、なれた手つきで、魔法を選択する。
(タゲ取り)
カーソルを敵に合わせる。
コントローラーでコマンドを高速でたたき込んでいく。
『ルーンアップ』
魔力上昇
『属性解放・火』
『ファイア・スペル』
「この身に宿りし、火の奇跡。いまこそ解き放たれて、かの者を滅せよ」
『ファイアボール』
アンスの持つワンドから、巨大な火球が現れて、角兎に激突する。
HPが一瞬でゼロになる。
目の前には、焦げた大地しか残っていない。
「消し炭になってしまいました」
自分の魔法なのに、アンスは呆然としている。
「そりゃあ、レベルマックスの魔法使いなんだし」
完全にオーバーキルだ。
普通、レベルマックスでこんなところに来たりしない。
とはいえ、初めてプレイしたときは、本当は、ここでもかなり苦戦した。
ローグアクションゲームなのかと思う程の難易度なのに、蘇生方法が一切ない鬼畜仕様。
ここで諦める人間も多いとネットの掲示板には、書かれていた。
モンスターは弱いけれど、それなりに数が出てくる。
ふよふよと属性エネルギーをため込んだ核だけのエレメントモンスターが飛んでいる。
「信者従属……いや、言葉が悪いな。僕の信者ってわけでもないし、シンクロって言おうか。僕の視覚情報をシンクロするから確認して」
「あ、何か見えます」
「光って見えてるところが敵の攻撃範囲だから、発生したらそこには入らないように」
「はい。わかりました」
「でも、完全に信用はしないで」
「どうしてですか?」
「あんまり精度がよくないんだよ」
今ならわかる。
多分あれは、ルーナができるだけ設定していてくれたものだからだ。
「今は、ルーナがいるから、できるだけ調整しておこうか。ルーナ聞こえてる?」
僕はゴーグルに付いているマイクに話しかけた。
『聞こえてるわよ?』
ルーナが返事をしてくれる。
「エレメントモンスターの攻撃範囲ちょっと小さいんだよ」
『えっ? 本当に?』
「本当にギリギリでよけると、いつもダメージ受けちゃうんだよね」
『わかった。どのくらいか教えてくれる? 』
ルーナなら、僕の世界の単位もわかるだろう。
「掌一個分ぐらいだから20cmかな」
『あなた、画面なら、ほんと線ぐらいじゃない』
「そんなもんかも」
『あなたね、普通そんなの気づかないわよ。…………調整したわよ』
エレメンタルモンスターが攻撃しようとしてくる。
僕にヘイト、つまり敵意が向かないようにしながら、アンスの位置を調整する。
バチィ!
雷の攻撃範囲が、完璧に円の中に納まった。
1mmも狂いはない。
「じゃあ、続きいくよ。アンス」
「はい」
僕は素早くコマンドを入れると、
アンスは、エレメントモンスターに向かって呪文を唱え始めた。
◇ ◇ ◇
限界まで、魔力を使用して、彼女が草むらに倒れ込む。
あたりのモンスターは倒しつくしていた。
「こんなに、あたしって戦えたんですね」
「もう少しだけ、頑張れる?」
「はい、もちろんです」
「こっちだよ」
僕らは世界が一望できる場所に来た。
「はじまりの丘だよ」
チュートリアルをやる日。
それは、前使っていたキャラクターが死んだ日でもある。
悲しくて、手につかないようなそんな気分でも、ゲームを続けていた。
「うわぁ、綺麗です」
見える夕日をみながら、誓ったんだよ。
次は、強くなろう。
きっと魔王を倒して見せるって。
僕とキャラクターの気持ちが、シンクロしている気がしていた。
夕日に向かってぽつりと僕は言う。
「倒したよ。シャイル」
僕は、勇者の名前を言った。
一番一緒にいた、親友の名前だ。
「どうしてここに来たんですか?」
報告……お墓参りみたいなものかもしれない。
それと……
「彼らと見た景色を僕も見ておきたくて、君と一緒にね」
君たちが命を賭してでもどうしても守りたかった世界。
画面越しではなくて、僕も自分の眼に入れてみたかった。
いつも彼らは、画面の中で拳を握りしめていた。
彼女も同じように胸の前で、拳を握りしめる。
「必ず守ってみせます」
わかるよ。
理由なんかいらないよね。
守りたいって気持ちは、ずっとずっと胸の奥からあふれてくる。
君たちの後輩である彼女が絶対この世界を守るよ。
僕が必ず、彼女に守らせてみせるから。