9.突然の来訪者
「おおシゲルや、薬草を育てるのかの?」
僕は朝起きてすぐ畑に肥料を持ち出し、入れ替えを行っているとツバキさんの家からツバキさんがひょこんと顔を出す。
「ええ、ようやくトマトが一段落しましたので……」
「研究とはいえ調子に乗って作り過ぎるからじゃぞ。ほどほどにしておくのも忘れてはならん。……じゃが、あのトマトは美味じゃったからまた作り過ぎても良いぞ?」
「はは……ほどほどにしておきます」
あの甘くて実を多く付けるように品種改良したトマトはツバキさんだけではなくお客さんにも好評で、リピーターがかなり多くなった。
また、種も売り出したところこちらも人気で、自分で育ててみたい農家の人にもかなり購入されていたようだ。
自分だけのものにしておいた方が利益が出るぞ、とはツバキさんに言われたんだけど、僕一人でやるよりも他の人も同じ種で育てればあのトマトがどんどん広がってくれるわけで。
それで全体の質が向上していけば、みんなの暮らしも少しだけ豊かになるので、僕はできれば普及していきたいと思っている。
「ふむう……まあ、今度は薬草のお手並み拝見といこうかの」
「ええ、それではすぐに作りま――」
「つ、ツバキの姐さん!」
突然、ツバキさんを大声で呼ぶ声が閑静な住宅街に響いた。
その声の主はもふもふの動物が二足歩行をしているようないでたちの……いわゆる獣人と呼ばれる種族の虎の人だ。
物騒な装備をしたまま急いできたのか、息が上がっている。
「なんじゃ朝っぱらから、近所迷惑じゃぞ。……と言いたいところじゃが、お主がそこまで取り乱すとはな。何があった?」
「う、うちの新人が一人で依頼をこなそうと無理をして重傷を負ってしまったんです。それで今は意識がなくて……すぐにポーションを投与しないと命に関わると……」
「あいにくじゃが、今は在庫がなくての……他の店も同じか?」
「は、はい……どこもポーションはおろか、薬草すら売っておらず……」
……ツバキさんが僕に話を振らないのは、恐らく僕の能力を隠してくれようとする心遣いだろう。
……でも!
「ツバキさん、薬草があればポーションはすぐに作れますか?」
「……ああ。しかし、それをすればお主が――」
「人の命の方が大事です!」
「君は……薬草のあてがあるのか!? 頼む、この通りだ!」
虎の獣人の人は僕の方を向き、初対面にも関わらずいわゆる土下座をして懇願する。
新人の命がかかってるんだ、なりふり構っていられないんだろう。
「分かりました、顔を上げてください。」
「ありがとう、恩に着る……!」
「では、少々お待ちください」
僕は肥料を投入した土に薬草の種を蒔き、『成長促進』のスキルを発動させる。
「これは……もしかして君のスキルは……」
「他言無用で頼むぞ」
いつの間にか外に出てきていたツバキさんが釘を刺す。
冒険者の彼から情報が漏れないようにしてくれているのだ。
おかげで僕は安心して作業に集中できる。
しかし、重傷ともなるとEランクの薬草で作ったポーションでは足りないだろう。
最低でもDランクは欲しいはずだ。
このツバキさん特製の肥料でDランクができればいいんだけど……いや、作らないと!
(神様、どうかこの人のために僕にDランクの薬草を作らせてください……!)
『もっと、魔力の注ぎ方はゆっくりがいいな』
!?
頭の中に声が響いてくる。
ツバキさんでも獣人の人でも、リリーやガーベラさんでもない、聞き覚えのない声が。
そういえば魔力はいつも全力で注いでたなと思いながらも、どうやって量を調節するんだろうと僕は悩んでしまう。
とりあえず、僕の身体の中から出す魔力を制限するイメージをしてみる。
『そうそう、上手だね』
声が響く。ツバキさんたちはそれに反応していないことから、恐らく僕にしか聞こえていないんだろう。
しかし、その声の通りに魔力を制限して『成長促進』を使っていると、普段よりも薬草の成長がよくなるのを感じた。
魔力を制限しているから成長速度は普段より遅いものの、薬草の葉も、花も、いつもより大きく育っている。
そして、成長しきった時にはあの声はもう聞こえなくなっていた。
「もしかして君だったのかな……ありがとう、使わせてもらうね」
僕は薬草の葉を収穫すると、ツバキさんに手渡した。
「シゲルよ……いや、何でもない。一刻を争うので早急にポーションを完成させよう」
ツバキさんは駆け足で工房に戻ると、すぐにポーションを完成させて戻ってくる。
「ほれ、これで恐らく大丈夫じゃろう」
「ありがとうございますツバキ姐さん……それと、シゲルさんでしたか。このお礼はすぐに……」
「いえ、その新人の人が助かったという報告が何よりのお礼です」
「……! 分かりました、すぐにご報告に上がります!」
獣人の人は駆け出すと、すぐに姿が見えなくなった。
虎だけあって身体能力が高いんだろうな……。
「……のう、シゲルよ。お主、何をした?」
「何をした、と言われましても。いつも通り『成長促進』を使っただけですが……」
「はぁ……ここでは人目がある。儂の工房に来い」
「え? は、はい……」
僕は工房に移動すると、ツバキさんからポーションを見せられる。
「お主、これを見て何か思わぬか?」
「え、えーと……? なんだか、いつもより透き通ってて綺麗な気がしますかね……?」
突然のツバキさんの質問にしどろもどろになりながらも答える。
普段からそんなにまじまじと見ているわけじゃないし、鑑定はリリーに任せてるし。
「そうじゃ、その通りじゃ。そして、お主が蒔いた薬草の種も見せてくれ」
「これですけど……」
僕は薬草の種の袋を取り出すと、ツバキさんに手渡す。
ツバキさんは袋から種を1つ取り出すと、それを鑑定する。
「やはり種はEランクか……もう一度聞く。シゲルよ、お主は何をした?」
「だ、だからいつも通り……いや、何か声が聞こえましたね」
「声じゃと?」
「ええ、成長のさせ方をアドバイスしてくれる声が」
その声は僕にだけしか聞こえておらず、もしかしたら幻聴かもしれないと思い、話すと疑われそうだから言っていなかった。
「……そのような効果は『成長促進』スキルにはないはずじゃが……まあよい。シゲルよ、改めて聞くが、このポーションのランクはいくつだと思う?」
「Eランクの種からツバキさん特製の肥料で育てたので……Dランクになってました?」
「それならまだ良かったんじゃがのう……これは、Bランクじゃ」
「び、B!?」
それはつまりEランクからBランクの薬草が育ったことになる。
普通の『成長促進』なら1ランク下のものができ、僕の『成長促進』はランク維持したものができる。
そう以前は聞いたんだけど、どうして今回に限って3ランクも上のものが……!?
「ツバキさんの肥料のおかげですかね……?」
「馬鹿者、肥料でよくなったとしてもせいぜい1ランク上になるぐらいじゃ」
「な、ならどうして3ランクも上のものが……」
「分からぬ。しかしそれがその『声』に導かれた結果じゃとしたら……お主のスキルにはまだまだ秘密があるのかもしれぬ」
そうか、あの声がスキルの効果の可能性もあるんだ。
いや、でも……。
「僕のスキル、あれからレベルは上がっていないんですけど」
「ふむ、それだとレベルが上がったから追加された効果というわけではないのじゃな。……まあそれはおいおい調べるとして、ほれ」
ツバキさんは僕にポーションを差し出す。
「えっ?」
「ガーベラを完治させるのじゃろう? 早く行ってやれ。それからお主がランクを上げたものを育てられる可能性があることはまだ内緒にしておいた方がいいじゃろう。もし今回だけの奇跡だとしたら、がっかりさせかねんからのう」
「分かりました、ありがとうございます」
僕はポーションを受け取ると、ガーベラさんの元へと急いだ。
ガーベラさんがポーションを飲むとすぐに効果が発揮され、今までは無理だった重い荷物も腕をかばわず持てるようになった。
また、少しだけ肌が若返ったように感じると、とても喜んでくれたのだが……。
「ありがとうシゲルくん、本当にありがとう……!」
「むー! むーっ!」
「お、お母さん! シゲルさんが窒息しちゃう!」
嬉しさのあまり今までにないぐらいの激しいハグで、僕の頭はガーベラさんのマシュマロのように柔らかな胸の谷間に埋葬された。
リリーが必死で引き剥がしてくれなかったら、気を失っていただろう。
……ともあれ、ガーベラさんが無事に普段の生活を送れるようになったのを喜んでおこう、そう思ったのだった。