8.品種改良
「ありがとうございましたー」
本日最後のお客さんを見送ると、僕たちはほっと一息をつく。
「リリー、シゲルくん、お疲れ様。最近は少しお客さんが増えたわね」
「うん、前やってた時よりも多くなってると思う。毎回買いに来てくれる人も増えたかも……」
リピーターが多い、ってことなのかな。
商品を気に入ってもらえてるなら何よりなんだけど。
「そういえばこの前、町を歩いてたら声をかけられたのよ。『他のお店より野菜がおいしくて、それでいて値段も安くてありがたい』って」
「同じランクでもよりおいしいっていうこともあるんです?」
「そうね、リリーの『鑑定』がもっとレベルが上がれば、更に詳しく鑑定できるようになると思うわ」
なるほど、今の『鑑定』では見えない隠れステータスみたいなものかな。
それならどんどん『鑑定』を使ってもらって、経験値を貯めていけばいずれはできるようになるかも。
「シゲルさん、私がんばりますね!」
「そうだね、それじゃ昼の『成長促進』を使いに……」
「あっ、それとこれは要望なんだけど……」
「要望、ですか?」
なんだろう。もっと商品の幅を増やして欲しいとかだろうか。
それとも供給を増やして欲しいとかかもしれない。なにせまだ作っているものの種類も少ないしね。
「薬草をおいしくできないか、ですって」
「薬草を……おいしく?」
薬草はその名の通り薬である。良薬は口に苦しと言うし、ケガを治すものだからおいしくとはいったい……?
「ええ、『薬草で息子のケガを治せた』って喜んでいた人からなんだけど……どうも、こどもだと薬草を煎じたものが苦すぎてね……飲ませようとしてもなかなか飲んでくれなかったんだって」
「あー……」
そういえば僕も昔は粉薬が苦手だったなあ。カプセルなら飲みやすくていいんだけど、粉末は飲みづらくてなかなか飲めなかった思い出がある。
……まあ、正直今もちょっと苦手意識はあるんだけど。
「ポーションなら患部にかけても治せますけど、ポーションだと値段が2倍になりますしね……」
「そうなのよ、ツバキさんのお店のポーションもやっぱりお金を持ってる冒険者ばかりが買っていくんですって」
「薬草とポーション、結果が同じならそれは安い方を使いますよね……」
となると考えられる方法は……『要望のように薬草自体をおいしくする』か『煎じた薬草をおいしく飲めるような味付けをする』あたりかな?
ただ、後者はその味付けにするために他のものが必要になるからお金がかかってしまう。それはおそらく望まれていないはずだ。
それならおいしくなるように品種改良をしていくのがいいと思う。
しかし、薬草を改良するにも、薬草を育てるにはほぼ全ての魔力を1回で消費してしまう。
それならまずは少ない魔力で作れる野菜で品種改良ができることを確認してからやった方がよさそうだ。
「それじゃ、まずはトマトで品種改良ができるか実験しましょう。リリー、手伝いを頼めるかな?」
「喜んで! ……ところで、品種改良ってなんです?」
「えーっと……簡潔に言えば『より良いものにしていく』ってところかな? 例えば病気に強くして収穫しやすくするとか、実をたくさんつけるようにして収穫量を増やすとか」
「ふぇぇ……そんなことができるんですね」
「うん、普通なら長い目で見て改良していくんだけど、『成長促進』のおかげでかなり時間を短縮できるはずだよ」
そう、すぐに対象が成長する上に、ランクも落ちない『成長促進』なら品種改良にピッタリだ。
それに、お目当ての品種以外のものはお店に並べられるから、品種改良をしつつ商品も増えて一石二鳥だ。
「シゲルや、おるかの?」
「ツバキさん、もしかして……?」
僕が期待の視線をツバキさんに向けると、ツバキさんは黙って頷いた。
「ほれ、儂特製の肥料じゃ。これで薬草のランクを上げられるかもしれぬぞ」
「ありがとうございます! 早くCランクの薬草を育てて、ガーベラさんの傷を完治させたいですね」
「シゲルくん……」
ガーベラさんは目を潤ませながら僕の方を見る。
「……わたし、シゲルくんのこと好きになっちゃいそう」
「いやいやいやいや!?」
ガーベラさんは既婚者だし、そもそもリリーっていう娘もいるじゃないですか!?
と、あまりにも爆弾発言過ぎるガーベラさんにツッコミを入れようとしたのだが。
「うむうむ、分かるぞガーベラよ。儂もシゲルのことを好いてしまいそうじゃしのう」
「ツバキさんまでー!?」
ツバキさんって、こういうのに乗るタイプだったんだ……。
飄々として掴みどころのない性格だとは思っていたんだけども!
「……お二人とも、冗談はほどほどにしておいてくださいね。僕も健全な男子ですので」
「いやいや、儂は本気じゃぞ?」
「うふふ、わたしもよ~」
ダメだ、2対1、多勢に無勢だから勝てる気がしない!
「それじゃ、僕はスキルを使いに行きますので……行こ、リリー」
「う、うん」
「なんじゃ、つれないのぉ」
とりあえず僕は話を切り上げ、野菜を作りに畑に出ることにした。
まったく、2人とも人をからかうのが好きなんだから困る。
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「ということで、トマトを育ててみたけど……リリー、鑑定お願いできる?」
「はい……ええと、これは病気に弱くて甘い、これは病気に強くて少し苦い、それから……」
そういえば病気に弱くても、スキルを使って育てた場合、今まで病気にやられたことはないんだよね。
それも特殊な効果であるんだろうか。
「……シゲルさん、『鑑定』が終わりました」
「ありがとう。それじゃ一番実を多くつけた中の、甘いという鑑定結果のトマトから種を取り出して続けよう」
「わかりました」
僕は種を摘出するとそれを地面に埋め、再び『成長促進』で育てるを繰り返した。
その結果……。
「よし、普通のよりも少しだけど多く量が取れるようになったかな……」
「それに、鑑定結果が『甘い』になる実も多くなりましたね」
「うん。……しかし、このトマトの量……どうしようかな」
甘くて実を多くつけるトマトを作るために何度も『成長促進』を使い続けた結果、500を超えるトマトが収穫できてしまった。
……流石にこれだけの量を捌くのは難しいかなあ……。
トマトジュースやケチャップにできればいいんだけど、あいにく作り方を知らない。
いや、ジュースなら比較的簡単にできるんだろうけど、詳しいレシピが分からないんだよね。
もっと料理は勉強しておけばよかったな……。
「とりあえずツバキさんにお裾分けしたとしても、それでもまだまだ量があるから……ちょっと試しにジュースでも作ってみようかな。それでも残ったのは少し安めに売ってもらおう」
「楽しみです。それにしてもこれ、運ぶのだけでも大変ですね……」
畑に置かれたおびただしい量のトマト。
最初から箱とかに入れておけばよかったな、と思ったけどもう遅い。
「とりあえず、10個ほどツバキさんにお裾分けしてくるかな。残りは順にお店に運ぼう……」
次からは節度を守って品種改良をしようと心に決めたのだった……。




