エピローグ.その後
「ただいまー……」
「お帰りなさい、シゲルさん!」
夕方、僕はその日の売上の入った袋を手に、フリーデンの道具屋へと帰宅する。
出迎えてくれるのはリリー、そして……。
「パパー! おかえりなさーい!」
「ただいま、アイリス。今日もいい子にしてた?」
「うん! あのね、あのね……きょうはぼくがごはんつくったの!」
「そうなんですよ、たくさん練習したしそろそろシゲルさんに食べて欲しいって……私やお母さんも手伝いましたけど、メインはアイリスちゃんですよ」
「そうなんだ、楽しみだね」
僕がアイリスの頭を撫でると、アイリスは誇らしげにドヤ顔をする。
……あれから一年、アイリスも随分成長したなあ。
「ではシゲル、儂は店の方に帰って荷物を置いてくるぞ」
「はい。それから、よろしければアイリスの作ったご飯を一緒にどうですか?」
「おばーちゃんもいっしょー!」
「ふふ……精霊様の頼みとあれば断れんのう……すぐに片づけてくるのじゃ」
僕と一緒に他の町へと行ったツバキさんは、道具をしまいにお店へと一旦戻って行った。
……今、僕たちはランスさんの転移で、世界各国を旅してまわっている。
まだ道具が揃っていない町や村に道具を供給したり、ツバキさんの『鑑定』でスキルを鑑定して仕事を斡旋したり……。
フリーデンは魔王を倒した英雄伝説の地となり大いに賑わっているが、世界にはまだまだ発展途上の国が多くある。
僕たちはそんな国の発展を助けるために、いろいろな援助を行っているのだ。
「……それにしてもあの山の上の建造物、相変わらずすごい存在感で……」
僕は沈んでいく夕日に照らされる、山の上の建物を見る。
「英雄が魔王を倒した記念のものだから凄いわよねぇ……」
そう、ガーベラさんの言うように、あれは魔王……ディーヴェルさんのお墓の場所に造られたものだ。
周りのどこから見ても見えるようにと、この辺りで一番高い山の上に造られている。
当の本人……ディーヴェルさんはもう生き返ってお墓は空っぽなんだけど……まあ、僕たち以外は誰も知らないし、それで色々な人が満足するならいいんだけどね。
「おおシゲル、帰っていたのか」
「ディーヴェルさん、奥さんの容態は大丈夫ですか?」
「うむ、シゲルのおかげで体調は大丈夫だ。……それで、もうすぐ産まれるらしくてな……どんな名前を付けようか今から二人で頭を悩ませている」
ディーヴェルさんと奥さんのアヤメさんは正式に結婚し、今ではアヤメさんのお腹の中に新しい生命が宿っている。
魔族と人間の間に生まれる子だから色々な困難が待ち受けているだろうとディーヴェルさんは言うが、ディーヴェルさんの子ならきっと大丈夫だろう。
「シゲルさぁん……赤ちゃん羨ましいですよねぇ……私も羨ましいです」
気づくと背後に熱い視線を投げかけてくるイベリスさんがいた。
そして、その後ろにはフォウさんも。
「わ、わたしもクローバー家の跡継ぎが欲しくて……」
クローバー家というのはフォウさんの家のことで、実は数多くの優秀な冒険者を輩出している名門である。
そして、運だけが高いというステータスのフォウさんは冷遇されていたんだけど……レアドロップの件で瞬く間に評価が一変。
今ではフォウさんのきょうだいが使っている装備はフォウさんの運で手に入れたレアドロップで固められているとか。
フォウさん自身も、レアドロップを探すために日々ダンジョンに潜っていたおかげで、クローバー家では桁違いにレベルが高くなっていた。
……で、そんなフォウさんもそろそろ相手を見つけないとということで……。
白羽の矢が立ったのがなぜか僕。
フォウさんの家族が言うには、英雄であるタイガさんの旅路を支えた道具の作成者……ということになっている僕は充分にその資格があるらしい。
フォウさんの特性を発見したのも僕という話になっていて、名実ともに申し分ないとか。
「あ、あはは……そういうのはその、まだ……」
「もー! ちゃんとシゲルさんが成人になるまで待ったんですから……せめてこどもだけでも……」
「わ、わたしもそれで構いませんし……」
「ちょ、外で何言ってるんですか二人とも!?」
「ははは、英雄色を好むとも言うし、シゲルもそろそろ観念したらどうだ?」
「でぃ、ディーヴェルさんまで!?」
まさかの二人の助っ人はディーヴェルさん。
このままじゃ押し切られる!?
「もー、パパー! ごはんできてるよー!」
「あっ、ご、ごめんアイリス! すぐに行くから!」
どうやら僕にも助け船が来たようだ。
アイリスの初の手料理を食べるという言い訳ができ、二人はなんとか引き下がってくれた。
……しかしその後、僕のベッドにイベリスさんが潜り込んでいたリするなど、いろいろなハプニングはあったものの、なんとか一日を終えることができたのだった。
ちなみにアイリスの手料理はとてもおいしく、リリーやガーベラさんにも劣らない出来で、アイリスの成長を実感した。
**********
「あ、シゲルさん。これからお仕事ですか?」
「そうですね、今日の分の道具を作って……それからまた別の町に行こうかと。ウルさんはこれから何を?」
「実は自分も結婚することになりまして……それで、そのご報告をと思いまして」
「おめでとうございます! それでお相手は……」
話を聞くと、モンスターが減り平和になったためウルさんのパーティーは解散することになり、ウルさんは苦楽を共にしたパーティーメンバーの子と結婚することになった。
ウルさんは自分の国に戻り、武器を鍬に持ち替えて農業をしながらのんびり生活したいとか。
幸い、冒険者時代の貯えが多く、節約すれば何もしなくても充分に暮らせる貯蓄もあるらしい。
「でも、農業をやってみたくてですね……シゲルさんみたいに美味しいものを育てて、たくさんの人を笑顔にしてみたいんです」
「それでしたら、僕の作った種を定期的にお届けしましょうか?」
「助かります! シゲルさんを超えるというのは難しいでしょうが、いつか追いついてみたいですね」
「……僕の作物はスキルありきなのでちょっとズルなのですが……そうですね、楽しみにしています」
「ありがとうございます! それではまたお会いしましょう!」
ウルさんは深くお辞儀をすると、町中へと駆け出して行った。
……そっか、ウルさんが農業かぁ……。
僕も誰かにいい影響を与えられているのかな……そう思うと、これからも真面目に働いていきたいな。
「あっ店長……じゃなかった、お兄ちゃん!」
「……作業中?」
再び作業をしていると、ルピナスとトレニアに呼び止められる。
「そうだよ。ルピナスとトレニアはこれから作業?」
「うんっ! 明日はあたしとトレニアのお店の開店日だから、がんばって準備しなきゃ!」
「……たくさん商品作る」
そう、ルピナスとトレニアは独立し、お店を持つことになったのだ。
経営のノウハウはガーベラさんから、接客などは主にリリーから、そしてスキルの使い方は僕から。
長く手伝いをしてもらってる二人が抜けるのは僕のお店にとっては痛いけど、独立して新しいお店を経営するのは嬉しいことだ。
「それじゃあこれ、一日早いけど開店祝いにどうぞ」
「ジュース?」
僕が渡したコップに入っているジュースに二人が口を付けると……。
「ふにゃぁぁぁ……」
思わず腰が抜けて、その場に座り込んでしまう。
「なにこれ……? おいしすぎて力が抜けちゃう……」
「……脱力……」
「それはね、新しく作ってるジュースのSランク品だよ」
最近、いろいろな町を周るついでにツバキさんといろいろなことを試していて、Sランクのジュースもその一つだ。
ツバキさんのスキルでポーションなどはワンランク上のものを作れるようになったけど、他のものもランクアップできないかと試し、形になったのがこのジュース。
「ただ、腰が抜けちゃうとなると売り出すのはまずいかな」
「そうかも……それにしてもお兄ちゃんはすごいなあ。もし、あたしがいつかお兄ちゃんに追いつけたら……」
「追いつけたら?」
「……んーん、その時までナイショ!」
「……秘匿」
ちょっと気になるけど、その時期がくるのを楽しみにしておこう。
……僕のスキルは精霊様から授かったものだから、ちょっとズルではあるんだけどね。
「それじゃ、まずは開店をがんばらないと。それじゃお兄ちゃん、また明日!」
「……たくさんがんばる」
「もし人手が欲しかったらいつでも言ってきてね」
「うんっ、ありがとー!」
二人は元気に自分のお店へと駆けて行った。
……ほんと、うちで働いてた子が独立するのは感慨深いものがあるなあ。
**********
「シゲル、いるか?」
「タイガさん、お久しぶりです。外回りはもう大丈夫なんですか?」
「ああ、ようやく一段落したよ。それで、今日は久々にダンジョンに潜ろうと思って道具を買いに来たのだが……」
「……既に人だかりができてますね」
タイガさんは魔王を倒した英雄として、各地の強敵を倒すため奮戦している。
ディーヴェルさんを処刑したことで大量の経験値を得られ、今では名実ともに人間トップの実力者となっている。
そんなタイガさんが歩けば人が集まるのが道理で……。
「迷惑をかけないよう、手早く買い物を済ませて出て行くとしよう」
「落ち着いて話をしたいものですが……まだしばらくは続くでしょうね」
「うむ……ではポーションと薬草の種とそれから……」
僕は注文された商品を手早く袋に包んでいく。
そして、種の注文が多いことに気付く。
「種が多めですけど大丈夫ですか?」
「ああ、冒険を通じてラスの魔力もかなり増えてきてな。今では種だけでも事足りるぐらいになっている。それに……」
「それに?」
「種があれば『成長促進』で新しい種を収穫できる。それを町や村に配れば、自給自足もできるからな」
なるほど、各地を周るだけでなく、住んでいる所がより良くなるように気を回してるんだ。
「タイガさんももう名実ともに勇者、という感じですね」
「シゲルには負けるがな。今でも各地で噂を聞くぞ。ツバキの姐さんと一緒にスキルを『鑑定』したり、道具を配ったり……」
「……僕はできることをやっているだけですよ」
「それでも、他人のためにそこまでやれる者はなかなかいない。……お互いがんばろうではないか」
「……はい!」
タイガさんと拳と拳を合わせ、これからも人のためになることをしようと誓うのだった。
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「シゲル様、お待ちしておりましたわ。……そろそろ、わたくしと結婚を……」
「ミズキだけずるい。シィも」
「相変わらずモテモテだなぁ、兄貴は」
「ははは……」
その日の終わりに世界樹へと足を運ぶと、すぐに周りをミズキとシィルに固められる。
アグニは相変わらずそれを遠巻きに見ている。
世界樹が顕現したことで、精霊の子たちと精霊様が直接交流できるようになり、ミズキたちの力はここ一年でぐっと伸びた。
ミズキは災害級の大雨をも降らせることができるようになり、シィルは台風さえも起こしてしまう。
アグニは火山を噴火させられ、アイリスも地震や地割れすら起こしてしまう。
……もっとも、平和になった今では使うような力ではないのだが。
その代わり、アイリスとミズキで植物の成長を早める恵みの雨を降らせたり。
アグニが火山を操作して、ミズキと一緒に温泉を作ったり。
シィルが植物の種を風で運び、アイリスとミズキでそれを育てたり。
世界樹もまだまだ成長を続けていて、みんなの行動範囲もそれに従って広くなっていく。
いつか世界樹の恵みが全世界に行き渡るようになればいいんだけど。
「あーっ、ミズキおねえちゃんとシィおねえちゃんだけずるい! ぼくもパパとけっこんー!」
そんなことを考えていたら、二人に加えてアイリスまでそんなことを言いだす。
……麓に戻ったらイベリスさんとフォウさんもいるだろうし、ここはランスさんに頼んで逃がしてもらおうかな……。
『あ、ここには転移では入れないようにしましたので、ごゆっくり……』
「ちょっ、世界樹の精霊様ー!?」
『ふふふ、あなたがどういう決断をするのか、私も楽しみでして……』
「そ、そんなぁ……」
……まあでも、こういうことで悩めるようになったのは世界が平和になったからだよね。
願わくば、この平和がいつまでも続きますように……。
僕はそう思いながら、世界樹を見上げたのだった――。




