68.作戦
「ねぇパパー、むずかしいかおしてどうしたの?」
アイリスが不安そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる。
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしてて……」
「何かありましたらわたくしたちにご相談くださいませ。精霊様たちもいらっしゃいますし……」
「そうだね、ありがとう」
考え事というのはディーヴェルさんのこと。
ディーヴェルさんの言うとおりに、ディーヴェルさんの首を取るか否か。
実際は寿命で亡くなっているのだが、魔王が倒されていないと思われている現状では、僕みたいな異世界から召喚される者は後を絶たない。
というのも、過去に魔王を倒したことがあるのは、異世界からきた勇者のみと言われているからだ。
もし、ディーヴェルさんを魔王として首を取れば、勇者目当てでの召喚はなくなるだろうか?
しかし、魔王という人間を脅かすものがいなくなれば、今度は共通の敵を失った人間が同族で争いを起こすかもしれない。
その時、強大な力を持つ勇者を目当てに多くの人が召喚され、人間同士の争いに召喚者が巻き込まれるかもしれない。
そうなったら、結局召喚される側の問題は解決しないのだ。
むしろ、人間同士の争いに投入される分、今より悲惨になるかもしれない。
どうにかして、召喚者をできるだけ減らし、かつ人間同士が争わないようにできないものだろうか?
「……うーん……ぼくにはむずかしいよぅ……」
「魔王を倒しても倒さなくても、結局は兄貴みたいな人は減らないかもしれないのか……」
「どうして仲良くできないんだろうね……シィとシゲルみたいに仲良くなれればケンカしないのに……」
「シィルちゃん、シゲル様と一番仲が良いのはわたくしですわ」
「ぼく! パパといちばんなかよしなのはぼくー!」
「ははは……」
精霊の子たちのかわいい会話を聞くとちょっとだけ気が楽になって顔が綻ぶ。
……そういえばこの子たちも、アイリス以外はモンスターの被害者なんだよな……。
この子たちのような犠牲者を出さないためにも、平和な世界にしてあげないと。
『……シゲル、少し気になった点があったのですが……』
「世界樹の精霊様、気になる点とは……?」
『勇者は異世界から来た者のみではありません。召喚術が普及したのは最近……と言ってもここ数百年のうちですが……。それまでは、魔王を倒したことがあるのは、この世界の者たちだったのですよ』
「そうなのですか? それでは、今伝承されている勇者という存在は……」
今聞かれる英雄譚というものは、勇者というのは異世界から来た存在で、それは召喚によって為されるもの、という話ばかりだ。
それ以前のものは、長い年月の間に失伝したのか、それとも……人為的に隠されているのか……?
「もしかして、召喚士が自分の地位を向上させるため、長い歴史の中で異世界以外の勇者のことを隠蔽した……ということでしょうか?」
『その可能性はあります。初めて異世界の者が魔王を討伐した際、その勇者と呼ばれたものだけでなく、勇者を召喚した召喚士も英雄として祭り上げられました』
「つまり召喚士が権力を持った、ということでもありますね」
『もし、その者が同じ召喚術を持つ仲間と結託し、過去の勇者たちの情報を故意に隠したのであれば……』
……しかし、この情報はもう世界樹の精霊様たちしか知りえないものだ。
これを公表し、かつ信頼性のあるものとするには、人間の世界に精霊様たちが降臨しなければならない。
そして、精霊様たちは世界樹から離れて行動することが難しい。
つまり、精霊様たちの話が民衆に受け入れられるためには、世界樹のことを公表する必要がある。
聖樹ですら人間同士の戦争が起きてしまうのなら、もし世界樹がここにあると分かってしまえば大きな戦争がこのフリーデンを飲み込んでしまうだろう。
……それなら。
「もしこの世界の人間が、再び魔王を倒したというのが世界に認識されれば……」
『そうなれば、異世界の者でなくても魔王を倒せるという認識が広まり……魔王を倒すための召喚の回数は今より抑えられるでしょう』
「さすがに0とまではいかないでしょうが、それでも充分な効果とは思いますね」
少しでも召喚による犠牲者が減らせるなら、それに越したことはない。
「それにしても、召喚されてしまえばそれまでとは、召喚術が強力過ぎますね……」
『いえ、本来の召喚術は異世界の知識を得るため、また、一時的に召喚士の戦闘をサポートをするためのものでした。そして、いつでも召喚者を元の世界に戻す……送還もできるものだったのですよ』
「それが、いつしか召喚士の手駒……いえ、奴隷のような扱いになっていったのですね……」
『ええ……召喚した目的を達成すれば元の世界に還す……そのような約束の元に、縛り続けているのです』
……僕も、もし強いスキルを持っていたなら、送還をエサにされて魔王と戦わされていたかもしれない。
今は逆に戦うどころか友人のような関係になってるんだけど。
『シゲルも、あなたを召喚した者が見つかれば恐らく元の世界へと帰れるかもしれません』
「えー!? パパいっちゃやだー!」
アイリスが泣きそうな顔で僕に抱きついてくる。
他のみんなも不安そうな顔でこちらを見ている。
「でも、兄貴には元の世界での生活があるんだよな……」
「いや、僕はここに残るよ。結構時間が経っちゃってるし、今更戻っても居場所がないかもしれないしね……」
もちろん、未練がないわけではない。
やってる途中のゲームとか、完結してないマンガとか……挙げればキリがないんだけど。
それでも、今の生活が充実していて、向こうの世界にいた時より満足してるかも。
そう皆に話すと、ほっとした表情になる。
……こんなに慕ってくれてる子たちを置いていくなんて、僕にはできない。
「そういえば、世界樹の精霊様は加護を誰かに与えることはできますか?」
『ええ、あなたが「土の精霊の加護」を持っているように、私も加護を与えることは可能です』
「でしたら――……」
『……なるほど、それならばあるいは……』
「ありがとうございます、準備ができしだい、お声掛けします」
……もしかしたら、うまく行くかもしれない。
あとは他の皆にも声をかけて今から準備を始めないと。
**********
「シゲル、久しぶりだな」
「ディーヴェルさん、それと奥さんもご一緒で……」
「ようやく歩けるようになるまで快復してな。ぜひ最初はシゲルにお礼を言いたいと言う事で連れてきたのだ」
「……ありがとうございます、シゲル様。おかげさまでまた立ち上がれるようになりました。感謝してもしきれません」
ディーヴェルさんの奥さんは深々とお辞儀をする。
「いえ、僕一人の力ではないですし、ディーヴェルさんがいなければダンジョンを踏破することもできませんでしたし……みんなのおかげですよ」
「ふふふ……ディーヴェルがお話してくれた通りのお優しい方ですね」
「ディーヴェルさん……いったいどんな話を……」
「む……ご、ゴホン。……それはさておき、今日はシゲルに相談があってな」
ディーヴェルさんが僕に相談?
力になれることであればいいんだけど、僕にできるようなことだろうか。
「実は妻はまだ名前がなくてな……命の恩人であるシゲルに名付けてほしいのだ」
「えっ?」
ディーヴェルさんと奥さんのこども……とかではなく奥さん自身に!?
「ど、どうして名前が……?」
「妻はな……とある魔法大国で生まれたのだが……生まれつき誰もが持つ魔力を持っていなかったのだ」
「はい……そのせいで私は部屋から一歩も外へ出ることができず、幽閉されていました。政略結婚のため教育はされていたのですが、両親に忌み嫌われていたのか、名前はとうとう付けらませんでした……」
「そんな……」
魔力がないだけで名前も与えられず幽閉されていたなんて……。
「そして、ある日……政略結婚ではなく、人質として魔王の元へと送られたのです」
「人質を差し出す代わりに国は見逃して欲しいとな。そして私の父……魔王は興味を示さず、私に彼女を小間使いのように使えと与えたのだ。私はかわいそうだからと国に返そうかと思ったが、彼女の身の上話を聞いて、返しても逆上した親に殺されてしまうだろうと判断し、そのまま一緒に過ごすことにした」
「それから同じ境遇の他国の姫との交流など色々あったのですが……今はこうしてディーヴェルと夫婦になれたのです」
そうか、魔王側から返還されるような、人質としても使えない存在と判断されたら……。
……個人的には色々あったのところが知りたいけど、あまり深く聞くのも野暮かな。
「そしてその後呪いに罹ったところをシゲルに助けられ、今があるのだ。だからこそ、シゲルに妻の名前を考えて欲しい。もちろんすぐにとは言わない」
「分かりました。……それと、自分もディーヴェルさんに相談があるのですが……」
「私でよければできる限りのことはしよう」
「はい、実は――……」
僕は精霊様のところで考えた策をディーヴェルさんに伝える。
……ディーヴェルさんの奥さんには酷だろうけど……。
「……分かった。こちらでも準備を進めよう」
「ありがとうございます、自分も他の人たちへと伝えておきます」
こうして、とある作戦の準備が進められていくのだった。




