67.世界樹の実
4本の聖樹が融合して誕生した世界樹。
そして、世界樹には育てあげた者が望む効果を持つ実が生る。
……僕が世界樹の実に付与した効果。それは……。
「シゲル、ここにいたか」
「ディーヴェルさん、奥さんの調子はいかがですか?」
「ああ、世界樹の実を食べた途端、嘘のように快方に向かった。……しかし、本当に良かったのか? 世界樹の実の効果が『どんな病気や状態異常も治療する』というもので……」
「ええ、僕は不老長寿は望みませんし、万能薬さえあれば僕だけでなく、世界中の人が病気を恐れなくて済みますからね」
ここは僕のいた医療技術が進んだ世界ではなく、まだまだ医療が発達していない異世界だ。
回復魔法などはあるものの、いわゆる不治の病というものが存在するらしく、世界樹の実はそれらの特効薬となる。
……ちなみに、呪いや現段階で不治の病と呼ばれるもの以外は普通の薬や魔法で治療できるものが多いらしく、万能薬となる世界樹の実を作り出すコストは低いらしい。
世界樹を見上げると、30ほどの実が点々と見られる。これが毎日生るのだ。
「……そうか、そう言ってもらえると少し心が楽になる」
「タイガさんたちも喜んでいましたからね。『これで冒険に出る時に複数の薬を持つ必要がなくなる』って」
実際に症状ごとに薬を用意していると、それだけで誰か1人の道具袋がパンパンになりかねないとか。
それを世界樹の実から作り出したポーションを数本持ち歩けば全て対応できてしまうのだ。
「……ねーねーパパ、ママたちがおはなしがあるって」
「あ、もうそんな時間? 今日はディーヴェルさんも一緒にいかがです?」
「いや、私は帰って妻の傍にいることにするよ。レアアイテムを探しにダンジョンに潜っていた時のことを聞きたいそうなんだ」
「なるほど、それでしたら引き止められませんね。あ、いつものポーションはツバキさんに作ってもらっていますので、帰りに寄ってあげてください」
「いつもすまない、それでは」
ディーヴェルさんは僕に向かってお辞儀をすると、麓へと向かっていった。
「さて、今日のお話はなんだろう?」
「んー……たぶん、たくさんおはなししたいだけだとおもうー」
実は世界樹が誕生してから、膨大な魔力が周囲に放出されているため、精霊様たちは世界樹の周りであればいつでも顕現できるようになっていた。
そのため、こどもたちと世界樹の周りで過ごすことができるようになったのだが、世界樹から離れると実体を保つことが難しいため、誰かと話すにはここを離れられない。
……だから、僕やツバキさんをはじめ、冒険者のみんなが体験した出来事をここで話すようになっている。
特に僕は召喚者だから、精霊様たちは向こうの世界のことに興味津々のようだ。
まあ、僕の世界のことを話せる人なんてそうそういないから、僕のいた世界のことを忘れないためにも、こうやって話すのもいいのかもしれない。
「……そういえば、精霊様たちはどうしてアイリスたちみたいに人にならないんです?」
『実は普通に人の形になることは可能なのですが……こういった少し異形のような形の方が威厳があるという口伝がありまして……』
「あー……」
確かに人は自分たちの見慣れない形に恐れや畏れを感じるかもしれないけど……精霊様たちが半透明な人の形をしていたのってそういう理由だったんだ……。
『それでずっとこの形をしていたものですから、慣れてしまって普通の人の形になるのが面倒になってしまってですね……』
「ははは……そんな理由だったんですね……」
精霊様たちは神様みたいなものだから、もっとこう……神秘的な理由があると思ってたんだけど、割と人間らしいな……と思ってしまった。
『ちなみに火の精霊は時々、人の世界に人の姿でいたことがあるのですよ』
「そうなんですか? あ、ミノタウロスに食べられるまではアグニの聖樹があったから……とかでしょうか?」
『ああ、その通りじゃ、ワシはシゲルに会ったこともあるぞ』
「僕に?」
……おかしい、記憶にないぞ。
すれ違っただけ、とかそういうことなんだろうか?
『ふむ、これを見れば分かるじゃろう』
火の精霊様はそう言うと、とある姿へと変化してみせた。
それは……。
「僕に土の聖樹の種を売ってくれた商人の人……?」
『そうじゃ。……いや、この姿の時なら「その通りです」と言った方がよかったかのう』
「まさか、あの時の商人が火の精霊様だなんて……土の聖樹が育った時、報告に行ったのにいらっしゃらなかったのは……」
『その時はもうアグニの聖樹がミノタウロスに襲われていたころじゃな。その前に土の精霊の加護を持つシゲルに聖樹の種を渡せてよかったわい』
もう少し僕がフリーデンに来るのが遅れていたら、土の聖樹は……いや、他の聖樹も全てモンスターの手に落ちていたかもしれない。
まさかそんな偶然が重なるなんて……。
『しかしまさか土の聖樹を育てるだけでなく、水の聖樹と火の聖樹、風の聖樹までをも取り戻し、世界樹を育て上げるまでになるとは思っていなかったが……世の中分からんものじゃのお』
「自分も普通に道具屋をしているだけと思ってましたからね……いつの間にか人が集まって……いい縁がつながっていったと思ってます」
『うむうむ……さ、ワシの話はこれぐらいにして、シゲルの世界の話を聞くとしよう』
『いえ、今日はミズキといつ結婚するかについて……』
「えー! ぼくもパパとけっこんしたいー!」
「……」
シィルが無言で僕の服の裾を引っ張る。
……これはどうやら、シィルも立候補したいとかそういう意志表示なのだろう。
「大変だなー兄貴は……」
アグニがあきれ顔でこちらを見ている。
た、助けて……。
その後、世界樹の精霊様が助けてくれてなんとかなったものの、いろいろと大変だった。
……でもまあ、アーマーウルフやミノタウロスと戦うよりはいいし、この賑やかな空間もなんだかんだで好きではある。
できればずっとのんびりとした生活が続きますように……。
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「さて、シゲル。私の首を獲るのはいつにする?」
「え?」
ディーヴェルさんの突然の発言に目が点になる。
いや、確かにそういう報酬を持ち掛けてきたけど!?
「いえいえいえ、奥さんが無事に健康になってこれからって時でしょう!?」
「いや、私がいる限り平和は訪れないだろう?」
「それは、どういう……」
「私の父……魔王が亡くなったことは人間の世界では知られていないだろう? だからこそ、シゲルのような召喚者が絶えずこの世界に訪れるのだろう?」
「……確かに、そうかもしれません」
「それなら魔王の息子である私が公開処刑されれば、平和になって召喚される者もいなくなるだろう」
確かにディーヴェルさんの言っていることはもっともかもしれない。
でも。
「でも、魔王がいなくなったとしても、共通の敵がいなくなったら今度は人間同士で争い、そのために誰かが召喚される可能性はあります」
もしかしたらもっと酷くなるかもしれない。
その時は召喚者同士での殺し合いが起きる恐れは充分にある。
「……難しいものだな、人間というものは」
ディーヴェルさんが天を仰ぐ。
僕も同じ気持ちだ。
「……何かいい案が浮かんだらまた提案しよう」
「僕の方でも考えておきます」
魔王が亡くなったことを知らずに今のままがいいのか、それとも真実を公表するか。
……僕にできることはないかもしれないが、不幸になる人ができるだけ少なくなるように立ちまわりたいと、そう思うのだった。




