62.成長
「えっ、もう聖樹が成長しそう?」
タイガさんたちがダンジョンに入った翌日、丘の上の聖樹の様子を確かめに来たら、アグニの聖樹がそろそろ他の二つと融合しそうだという。
確かに魔力を優先的に注いでいたし、早く成長して欲しいとは思っていたけど、まさかここまで早いなんて。
「たぶん、他の二つの聖樹のおかげだって精霊様が言ってたぜ」
「他の二つの影響が……?」
「ええ、これまでの『成長促進』のシゲル様の魔力だけでなく、他の二つの聖樹が蓄えていたシゲル様の魔力が分け与えられたみたいですの」
「そんなことができるんだ……」
そういえば、最初のアイリスの聖樹も、種の時に蓄えていた魔力で一気に木になったんだったっけ。
不思議なことも起こるものだと思ったけど、異世界だしそんなものなのかもしれない。
「それじゃ兄貴、さっそくお願いしたいんだけど……」
「分かった、それじゃ……」
僕はアグニの聖樹に手をかざすと、『成長促進』で魔力を注ぐ。
すると、聖樹が一気に成長して光を放ち始める。
「……っ」
あまりの眩しさに目を閉じ、光が収束したころに目をそっと開くと、そこには一本になった巨木があった。
「すごい……」
「すごいすごーいっ! パパ、ぼくなんだかちからがわいてきたかも!」
「確かに……わたくしも不思議な力を感じますわ……」
「すっげえ……ミノタウロスに食べられる前より遥かに強い力だ……」
以前は聖樹が融合したらアイリスの土の力と、ミズキの水の力が融合して、植物を成長させる雨を降らせることができるようになったんだよね。
今回はそれにアグニの火の力が加わるわけだけど……なんとなくどちらとも相性が悪いような?
「今なら火山でも作れそうな気がするぜ兄貴!」
「か、火山!?」
ああ、確かに土と火を組み合わせたら溶岩とか作れそうだよね……。
でもそれを今ここでやったら下の町が騒ぎになるだろう。
「と、とりあえず、今はやめてもらえるかな……?」
「ああ、町がパニックになるからな。ま、使いどころはほとんどないと思うけど……」
「ちなみにわたくしとは属性相性が悪いから、新しいことはできませんの……」
「火と水は正反対の属性だからね……でも、水を沸騰させたりとかはできそうかも」
「あっ、確かにそれだったら可能ですわね」
「そうすれば熱い飲み物を作る時に便利そうだし、今度やってもらおうかな」
……それにしても、火山が作れるとか前の雨よりもすごいかもしれない。
やっぱり、この子たちは強大な力を持つ精霊なのだなと改めて思うのだった。
「……そうだ、今回は聖樹の実は生ってないのかな?」
「もう少し魔力が必要かもしれませんわね……」
「パパー、もっとちょうだい!」
「うん、それじゃ……」
僕は残った魔力を全て『成長促進』で一本になった聖樹へと注ぐ。
すると、大木の上の上の方で一つの実が成長していく。
「それでは収穫しますわね」
前回と同様に、ミズキが水をスライムのように動かし、聖樹の実を収穫する。
今回は前回よりも2倍以上高い所に生ったのに、それをものともしないほど水の操作力、出力が上がっているようだった。
「それではシゲル様、こちらを……」
「ありがとうミズキ。それにしても魔力の使い方が上手になったね」
「うふふ、シゲル様のためですもの……毎日欠かさずに練習してますわ」
僕はミズキから聖樹の実を受け取ると、頭を撫でてあげる。
すると、アイリスが僕の袖をグイグイ引っ張ってくる。
「どうしたの?」
「ぼくも! ぼくもいろいろできるようになったの!」
「あ、俺も魔力操作は得意なんだ、見てってくれよ兄貴!」
どうやらアイリスはミズキだけが頭を撫でられたことに嫉妬してるっぽい?
アグニはミズキへの対抗心だろうか……でも、確かにアグニの魔法は見てみたいかも。
「それじゃあ順番に見せてもらおうかな」
「うんっ!」
「よーっし、俺も負けねえぞ!」
……こうして、二人の特技をじっくり見学しながら、ゆったりと時間は過ぎていくのだった。
**********
「ツバキさーん、いらっしゃいますかー?」
「なんじゃ、もう閉店時間じゃぞ?」
「ええ、実はツバキさんにこれを使ってもらいたくて……」
その後、僕は聖樹の実を持ってツバキさんの錬金工房を訪れた。
用件はもちろん……。
「なんじゃ、これは?」
「ええと、聖樹の実です。これを食べると新しくスキルを得られてですね……」
「待て、もしやリリーが『精密射撃』を覚えたというアレか?」
「はい、そうです」
「……シゲルよ、お主は儂に生涯かけても返せん貸しを作る気か……?」
え? それってどういう……。
僕が不思議そうな顔をしていると、ツバキさんは続ける。
「よいか、スキルが追加されるということはとんでもないことなんじゃ。それぐらいは分かっておるじゃろう?」
「ええ、なんとなくはですが」
「分かっておるならなぜ儂なぞを選ぶ。自分で使えばよいものを……」
「それはツバキさんにいつもお世話になっているからですね。このフリーデンに来られたのも、ガーベラさんを助けられたのも、アーマーウルフやミノタウロスもツバキさんの作ったアイテムがなければ倒せませんでしたし……」
たぶん、ツバキさんがいなかったら今ごろ僕はここにはいられなかっただろう。
もしかすると、命を落としていたかもしれない。
「それに、錬金関係のスキルが追加されれば、呪いを解くアイテムを作れるようになるかもしれませんし」
「……ふむ、確かにそれはそうなのじゃが……」
「ということで、ぜひお願いします」
「……わ、分かった。そこまで言うなら……」
ツバキさんは観念して僕から聖樹の実を受け取り、口へと運ぶ。
するとリリーがスキルを手に入れた時のようにツバキさんの身体が光り出し、やがて収束する。
「これで新しいスキルが身に着いた、ということかのう」
「そうですね、リリーの時と同じ現象でしたし……どんなスキルが身に着いたのですか?」
「分からぬ……自分自身には『鑑定』ができぬのでな……まあ知人にスキルが『鑑定』できる者がおるから、しばし待っておれ」
「分かりました、それでは僕は夕飯の準備に行ってきますね」
「うむ。……しかしどうやってこの借りを返したものか……」
「今後、そのスキルを役立ててもらえれば充分です、それでは!」
こうして、ツバキさんが新しいスキルを手に入れたのだった。
果たしてどんなスキルなのか……今から楽しみだ。
**********
――翌日。
僕は畑の水やりをしていると、ツバキさんに呼び止められ、錬金工房へと赴くことになった。
「……それで、僕に言いたいこととは……?」
「うむ、これを見てみい」
「普通のポーション……ですか?」
「いや、それのランクがな……Sと『鑑定』されたのじゃ」
「S!?」
SっていうとよくあるのではAよりも上のランクだけど……。
でも、今までどんなに頑張ってもAランクまでしか作れなかったはず。
「いったい何をしたんですか、ツバキさん」
「いや……儂はいつも通り作ったはずなのじゃが……それに……」
「それに?」
「……他のレシピで作ったものも、全てランクが一つ上のものになっておる」
「ということは……」
昨日、ツバキさんに追加されたスキル、もしかして『錬金で作るアイテムのランクを上げる』スキルなんだろうか?
「ランクが上がるスキルなぞ聞いたことがないわい……もし、これを誰かに『鑑定』されようものなら……」
「凄い騒ぎになりますね……」
「うむ、じゃからこのことは内密に頼むぞ?」
「分かりました。……そういえば、Sランクのポーションの効果はどんなものだったんです?」
そう、一番気になっているのはそこだ。
もしこれが呪いに効くのであれば……。
「残念ながら解呪の効果はないようじゃ。しかし、Aランクのポーション以上に回復量は多く、死後7日までであれば生き返ることもできるようじゃ」
「なんだかすごいことになってません?」
「まあ……表に出せる代物ではないのう」
「でも、ディーヴェルさんの奥さんをAランクのポーション以上に癒せそうではありますね」
「そうじゃのう……それなら毎日1本は作るようにしておくかの」
望んでいた解呪の効果は得られなかったものの、今よりも高い癒し効果を発揮できるようになったことはとても嬉しい。
少しでも苦しみを和らげることができるのなら、今回の聖樹の実も大当たりだろう。
「しかし、これで最低ランクのものは錬金できんようになってしもうたのう……元々、最低ランクのアイテムは作っておらなんだが……」
「あー……確かにちょっと不便かもしれませんね」
「まあそれ以上に得られたものは大きいがの。まさかAランクを超すものが作れてしまうとはのう……」
……こうして、僕たちは更に新しい力を得て、今まで以上に強力なアイテムを作り出せるようになったのだった。




