60.訪問者
聖樹が3本に増えてからしばらくして。
新しく増えたスキルのおかげで薬草などが大量に作れるようになり、連日冒険者の人たちでごった返すようになる。
「いらっしゃいませー」
僕は新しく入ってきたお客様に声をかける。
その人は僕の方に向かい一礼をすると、店内のものを見て回り始めた。
少し青白いような肌が印象的で、タイガさんたちとはまた別の亜人の人なのかなと思いながら僕も作業に戻る。
しばらくしてその人が会計をする時には、彼は店内のアイテムを全て一つずつカゴの中に入れていた。
しかも、ランクが一番高いものだけ。
初めて見る顔だし、この道具屋のレベルを見定めているのだろうか……?
以前にも何回か同じようなことをした人はいたしね。
僕は会計を済ませて商品を袋詰めすると、その人は値段以上の金貨を置いていき「釣りは不要だ」とだけ言い残して町へと去って行った。
僕はお釣りを渡そうと彼を呼び留めようとしたが、扉を開いて外を見てもどこにもその姿はない。
まるで、狐につままれたような感覚だ……。
「シゲルさん? お客さんが待ってますよ」
僕の意識を呼び戻したのはリリー。
どうやら会計に待ち行列ができているようだ。
「あ、ごめん。すぐに戻るよ」
不思議なこともあるもんだなと思いながら、僕は再び業務に戻るのだった。
**********
「みんな、今日も一日お疲れ様。それじゃルピナスとトレニアはいつも通り野菜を持って帰って」
「ありがとー!」
「……今日の夕食当番はあの子……楽しみ……」
どうやら孤児院は今ではみんなで当番を持ち回りしているらしい。
今日はその中でも一番の腕を持つ子が当番だとか。
「今度、おにいちゃ……店長も食べにきてね!」
「……あの子もお礼がしたい、って言ってる……」
「ありがとう、今度の休みの日に伺おうかな。それじゃ二人とも、気をつけて帰ってね」
「うんっ!」
僕は二人を見送ると、片付けをするために店内に戻る。
しばらく掃除をしていると扉が開く音がしたので見てみると、朝にお釣りが不要だと言って出て行った人が立っていた。
「どうしました? 何か忘れものでも……」
「店主よ……どうか私の願いを聞いて欲しい……」
「願い……ですか?」
「ああ……ここの道具の品質は他の道具屋とは比べ物にならないほど高い。……私が欲しいのは呪いを解くアイテム……もし、伝手があるならどうか……」
青白い肌のお客さんはそう言うと、僕に向かって深々と頭を下げる。
それにしても呪いを解くアイテムとは……少し物騒な案件だろうか……。
できれば協力してあげたいが、あいにく解呪ができそうなアイテムは持っていない。
ツバキさんなら何か知っているだろうか?
「僕は呪いを解くアイテムは持っていませんが、アイテムに詳しい知り合いがいます。ここのすぐ隣の錬金工房の方なんですが……よろしければご一緒に相談に行きませんか?」
「ありがとう、助かる……よろしく頼む」
「リリー、悪いけどあとは頼めるかな?」
「分かりました。ぜひ力になってあげてください」
僕はリリーに見送られると、ツバキさんのいる錬金工房へと向かう。
ドアを開けても返事が返ってこない……ということは、いつも通り奥にいるのかな?
「ツバキさーん、お客様ですよー」
少し大きめの声で家の奥へと呼びかける。
「なんじゃ、もう店は閉めておるのじゃ……が……」
店の奥から渋々でてきたツバキさんは、僕たちを見ると急に体をこわばらせる。
「な、何者じゃ……!?」
「ええと、この方は呪いを解くアイテムを求めているお客様で、ツバキさんが何か知っていたらと思って……」
「ば、馬鹿者……な、何を言うておる……。 こ、この桁外れの魔力は……」
桁外れの魔力?
僕は『鑑定』スキルも持っていないし、そういうのを感じ取れないので首を傾げる。
しかし、次にツバキさんが発した言葉は、僕の全身に鳥肌を立たせるものだった。
「この魔力……青白い肌……も、もしやお主は……魔王……?」
……え?
魔……王……?
僕は慌てて後ろを振り返ると、男の人は微動だにせずこちらを見ていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「私は魔王ではない…………正しくは魔王の息子だ」
「……魔王に息子がいたとは初めて聞くが……いったい、なぜこの町に……」
「妻の呪いを解くためだ」
「妻……?」
「ああ、数か月前だろうか。元気だった妻が突然倒れてしまってな……それが呪いの影響であると分かり、治す方法を求めてたどり着いたのが……この町だ」
呪いを解く方法を探しにこの町へ……?
でも、呪いを治す方法のことなんて聞いたことがないんだけど。
「……この町の戦力では対処できないようなモンスター……アーマーウルフとミノタウロスなのだが……奴らが倒されたと聞いた。しかも、妙なアイテムでだ」
「それは――」
……僕のアイテムのことだ。
「更に、アーマーウルフの襲撃の際には、死者を蘇らせるポーションをも用いられたと聞いた」
「!」
いったいどこからその情報を……!?
あの件は土の精霊様のおかげで情報の流出は防がれたはず……。
「強者を倒せるアイテム、更に死者を蘇らせるポーション……つまり、この町には優秀なアイテムが集まっている。それなら、呪いを解くことのできるアイテムもあるはずだと」
「……ツバキさん、聞いたことはありますか?」
「い、いや……もし、可能性があるとすればダンジョンか……」
「……もし、妻の呪いを解くことができた暁には……この首、喜んで差し出そう」
「首を……!? ど、どういうことじゃ!?」
魔王の息子からの提案、それは妻の解呪と引き換えに自分の首を差し出すというもの。
魔王と言えば暴虐の限りを尽くすイメージがあるが、妻のために自分の首を……!?
「……それほどまでに私は彼女を愛しているのだよ。そうだな、少し付き合って欲しい……ランス!」
「はっ!」
魔王の息子がランスという名前を呼ぶと目の前の空間が歪み、僕たちの身体は一瞬にして錬金工房から消え失せた。
「う……こ、ここは……?」
「私の居城だ。……今はもう、私たちしかいないがな……」
「そ、それはどういうことじゃ……?」
「魔王……父が寿命で亡くなった。そして、私は父の配下たちに愛想を尽かされたのだ……妻に会えば分かるだろう」
魔王の息子は扉を開け、僕たちを中へと招き入れる。
そこには大きなベッドと、横たわる女性――魔王の妻がいた。
しかしそれは……。
「――驚いたか? 魔王の息子の妻が人間だとは」
そう、彼が妻と呼ぶのは人間の女性だった。
「……信じられないかもしれないが、事実だ。妻を助けられるなら私は何でもしよう」
「ツバキさん……」
「う、うむ……他に選択肢はなさそうじゃな……」
ここは魔王の城。
そして周りには僕たちの仲間は誰もいない。
もし、断ろうものなら……。
「分かりました、協力します。……もしあなたにその気があれば、目的である僕たち以外の人を全て殺し、フリーデンを壊滅させることもできたはずです。それをしなかったということは……」
「なるほどのう。あくまで対等な関係として見られておるのか」
「ありがとう、シゲルとツバ……」
「……うっ! ごほっ、ごほっ……!」
突然、ベッドに寝ている女性が苦しそうに咳きこんだ。
これも、呪いによる症状だろうか。
「……ツバキさん、Aランクのポーションはありますか?」
「一応在庫はあるが……」
「治るまではいかないでも、症状が軽くなるかもしれません。お願いします」
「うむ」
ツバキさんは収納魔法でAランクのポーションを取り出し、小さな皿に取り分けて女性に少しずつポーションを飲ませ始めた。
最初は咳でうまく飲めなかったものの、それでも少しずつ摂取すると次第に女性の顔から苦悶の表情が取れていく。
そして、全てを飲み終えたころには安らかな顔になり、寝息をたてはじめた。
「おお……こんなに穏やかな表情をするとは……」
「痛みを和らげることができたのでしょうか?」
「うむ……しかしここまでの呪い、いったい誰が……」
「うーん…………あっ!?」
魔王……呪い……もしかして……
「何か分かったのか!?」
「……ツバキさん、かなり前に王都で魔王に対して呪術を使った、という話をガーベラさんから聞きましたが……」
「……まさか、対象となる魔王がおらず、呪いが魔王の周りにいたものに……?」
「そうすると辻褄が合うのですが……」
でも、呪術を使った者はもうどこに行ったか分からない。
王都では反乱が起きて主だった者たちは処刑されたからだ。
実行した呪術師の足取りはもう追えないだろう。
「なるほど、犯人は奴らだったのか」
「ええ、しかしもう呪術を実行に移した王族は残っていません、同じ人間に処刑されましたから」
「ああ、それを聞いて少し溜飲が下がった。残った者たちを殺しはしないから安心して欲しい」
それを聞いて安心できた。
この人なら一瞬で国を滅ぼせそうだし……。
「……さて、よければだが妻のためにそのポーションを分けてはもらえないだろうか?」
「もちろんです、少しでも苦しみが和らげばいいのですが……」
「呪いにかかってからというもの、このような安らかな寝顔は見た事がなかった……改めて感謝する」
「まさか作りだめしておったものがここで役に立つとはのう……分からないものじゃ」
「ではシゲルよ、もし妻の呪いを解呪できそうなものが見つかれば知らせて欲しい」
「分かりました……えーっと」
返事をしようとしてふと気づく。
そういえばこの人の名前をまだ聞いてないことに。
「失礼、まだ名乗っていなかったな。私はディーヴェル……ディーとでも呼んでくれ」
「いえ、流石に畏れ多いというか……」
「まあそのうち慣れてくれればいい。それでは元の場所に送り届けよう……ランス!」
「はっ!」
再び僕たちの視界は歪み、気が付くと元の錬金工房へと戻ってきていた。
「私に用事がある時はランスを呼べばいつでも城へと転移できる、活用してやってくれ」
「わ、分かりました……」
「それではまた会おう」
再び空間が歪み、ディーヴェルたちの姿は消え、静寂が辺りを包んだ。
「……なんか僕、一生分の驚きを使った気がします」
「儂もじゃ……さて、Aランクのポーションの量産と解呪の方法について調べていかないとのう……」
こうして、魔王の息子との奇妙な縁が繋がり、ドタバタした一日は終わりを告げたのだった。




