6.ポーション
「うーん……肥料を変えてみたけどDランクは作れないかあ……」
道具屋デビューの翌日、商品がないため道具屋がお休みになったので、早速肥料の買い出しをして試しに薬草を育ててみた。
それをリリーに鑑定してもらったが、ランクはEのままだった。
しょうがないので、その肥料を野菜にも使って育ててみたところ……。
「シゲルさん、このトマトはDランクですよ!」
リリーが興奮気味に僕にトマトを差し出す。
僕は内心ガッツポーズを決めて、他のトマトも鑑定してもらったところ、20個育ったうちの5個がDランク、15個がEランクだった。
なるほど、生るもの全部が同ランクじゃないんだ。
それなら薬草も数を育てればDランクも混じってくるんじゃないかなと思い、その日の夕方にもう一度薬草を育ててみた。
すると……。
「え……? えっ……?」
リリーが『鑑定』をした際に、リリーの身体が光ったのだ。
いったい何だろうとリリーの方を見ていると、リリーが僕の方に振り返り、僕に抱きついてきた。
「シゲルさん! ありがとうございます、スキルのレベルが……上がりましたっ!」
「本当!? おめでとうリリー……でも、その……ちょっと恥ずかしいんだけど……」
「あっ……ご、ごめんなさい。嬉しくてつい……」
ガーベラさんの娘だけあって、スキンシップが過剰というかなんというか。
こんなところ誰かに見られたら……。
「あら、お邪魔だったかしら……」
「が、ガーベラさん……」
見られた!?
「お母さん! シゲルさんのおかげでスキルのレベルが上がったの!」
「本当!? それならお祝いしなきゃね、今夜はご馳走にしましょ」
「それなら、さっき作れたこのランクDのトマトを使ってみてください」
「シゲルくんもランクDのものが作れたのね、おめでとう。ありがたく使わせてもらうわね」
抱きつかれてたことに言及されないよう、話の流れに乗ることにする。
もちろんお祝いをしたいのは本心だけど。
「うふふ、腕が鳴るわね。それじゃあわたしは準備をするから……2人はさっきの続きをしてもいいのよ」
……言及された。
ガーベラさんは嬉しそうに家に帰っていったので、ちらりとリリーの様子を見てみると……。
「……ごごご、ごめんなさいシゲルさん……」
耳まで顔を真っ赤にして俯いていた。
「いや、でも初めてスキルレベルが上がったんだし、喜ぶのは普通だよ。だから気にしないで」
「は、はぃぃぃぃ……」
「そうそう、錬金術で薬草を素材にしてポーションにする話に興味があるんだけど、夕食まで時間があるし案内してもらえない?」
「わ、分かりました」
話題を変えてリリーを落ち着かせようとする。
錬金術に興味があるのは本心なんだけどね。
僕はさっき育てた薬草の葉5枚を袋に入れ、リリーに案内されて錬金術師のお店へと向かった。
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「ここです、腕がいいと評判の錬金術師の方と、その弟子で私の幼馴染の子が2人でやってます」
「なるほど……これが看板かな?」
「そうですね、『錬金工房ツバキ』と言って、ツバキさんという方が経営されてるんです」
……そっか、これで錬金工房ツバキって読むんだ。
数字は何となく分かってきたけど、文字に関してはまだまだ分からないことが多いな……どこかで勉強しないと。
「それじゃシゲルさん、入りましょう」
「あ、そうだね」
僕たちが扉を開くと鐘がカランカランと鳴り、店員に来客を告げる。
「はーい、ただいま……ってリリーちゃんじゃない! 久しぶり、お母さんは大丈夫?」
「うん、シゲルさん……こちらの方が助けてくれて、今は道具屋を再開したの」
「シゲルです、よろしくお願いします」
「こちらこそ……ねえ、リリーちゃん。この人ってリリーちゃんの恋人?」
「ち、違うよ!? 道具屋をやりたいけど今は店舗がなくて……うちでお母さんの手伝いをしてもらってるの」
「ふーん、本当かなあ……」
「本当だよぉ!」
うーん、ガールズトークに花が咲いてるな。
それを微笑ましく見守っていると、背後からカランカランと鐘の音が鳴る。来客のようだ。
邪魔をしては悪いと思い、背後を振り返ると狐耳と尻尾を持った小学生ぐらいの女の子が立っている。
この町ではこういった動物の特徴を持った人がいるけど、間違えて入ってきちゃったんだろうか。この年齢ならここに用はなさそうだし……。
「えーと、君は……」
「君、じゃと? ふーむ、まあこの背格好じゃと間違われるのもしょうがないのう」
な、なんだ? 見た目の割に妙に落ち着いた声と口調だけど……。
「あっ、ツバキさん! お久しぶりです!」
「おお、ガーベラのところの娘か。久しぶりじゃのう」
……ん? ツバキさん?
確かその名前、ここの店名に……。
「……もしかして、ここのお店の……」
「そうじゃ、ここの店主で錬金術師をやっておるツバキじゃ」
「す、すみません。まさかこんなお若い方とは思わず……」
「ふはは、面白いことを言いよる。儂はお主よりもずっと年上じゃぞ?」
「そ、そうなんですか……?」
の、脳の処理が追いつかない! これ以上失言する前に助けてリリー!
……と、リリーの方に目を向ける。
「えーとですねシゲルさん、この方はツバキさん。妖狐族という寿命の永い種族なんです」
「うむ、寿命が永いからこそ、こういった錬金術という積み重ねが必要な分野で仕事をする者が多いのじゃ。儂もその1人じゃのう」
「な、なるほど……」
「さて、自己紹介はこのぐらいにして……リリー、今日は何を持ってきたんじゃ?」
「それはですね……」
リリーが僕の方をちらりと見る。
それに応えて僕は薬草の葉を袋から取り出した。
「ほう、薬草の葉か」
「はい、ツバキさんたちにポーションの作製を依頼しようと思いまして……定期的に薬草の葉が提供できる環境になったんです」
「ふむ……そこのシゲルとやらが『成長促進』のスキル持ちか」
「な、なんで分かったんですか!?」
「なに、儂も『鑑定』スキル持ちじゃからのう」
「そうなんですよ、ツバキさんは最大レベルの『鑑定』を持っているので、ほぼ全てのことが鑑定できるんです」
なるほど、確かに錬金術と鑑定の相性はいいから、『鑑定』持ちの人が就くにはいい職業なのかも。
そして、聞いた話だと鑑定するものがなくて困っているという子……リリーの幼馴染の子も『鑑定』持ちだから、やはり適職なのかもしれない。
「シゲルよ、薬草の葉は1日に何枚ぐらい収穫できるのじゃ?」
「全ての魔力を薬草に使えば1日3回……15枚ですが、道具屋に野菜を商品として出しているので、2回で10枚が限度でしょうか」
「ほう……最近薬草がめっきり仕入れられなくなったからのう……そのうちの半分でもこちらに回してくれればありがたいのじゃが」
「そうですね、あまり薬草の多くを店に出しても怪しまれるかもしれないので、薬草は4日に1回ぐらい葉を10枚ほど道具屋に出そうと思っています。それ以外のものであれば提供できます……ただ、今は薬草は卸値も高くなっていますが……」
そう、1枚の葉が銀貨10枚もするものをそうそう買えるはずが……。
「なに、金なら大丈夫じゃ。それに加工してポーションにして売れば元は充分に取れるからのう」
「分かりました、それではツバキさんのお店に卸すようにさせて頂きます」
「うむ、よろしく頼むぞ。……しかし、お主の店からここまでは遠いからのう……リリー、たしかお主の家の隣は空き家じゃったかの?」
「はい、もうボロボロになってますが……」
「ふむ、それなら儂が隣に引っ越すとしよう」
「えっ!?」
引っ越すって……かなり時間がかかると思うんだけど……。
この世界には車なんてないし、かなりの大荷物だし……。
「ほれほれ、それじゃ全員表に出い」
ツバキさんは僕たちを外に出すと、おもむろに家に向かって何かを唱え始める。
すると、球体のものが出現したかと思うと、家が丸ごとその中に消えてしまった。
「うむ、これでよしと」
「な、何をされたんですか……?」
「なに、収納魔法の応用よ。家を丸ごと収納しただけじゃ」
「しただけ……って言いますけど、普通はこんなことできませんからね、シゲルさん」
リリーが嘘を言ってるようにも思えないので、実際に凄い事なんだろう。
なにせ目の前で家がまるごと一軒消えてしまったんだから。
「それでは引っ越すとするかのう。儂は土地の管理人に話をつけてくるので、先に行っておくがいい」
……なんか、凄い人が隣に引っ越してきちゃったぞ……。
その後、同じように廃屋を収納し、元あった錬金工房を取り出して引っ越しは1日かからずに終了した。
な、なんて規格外な人なんだ……そういうのって転移者の能力なんじゃ……?
さておき、ツバキさんのおかげで僕たちは薬草からポーションが作れるようになった。
加工費は請求されるものの、単価は銀貨20枚と薬草の2倍の値段で売れる商品となる。
というのも、薬草は煎じて飲むという手間が必要なのだが、ポーションはその必要がないこと、そして患部にかけても効果があることから重宝されるのだ。
ガーベラさんは目玉商品が増えたと喜び、その日はツバキさんのお店でお酒を酌み交わしていたらしい。
こうして、ちょっと変わった隣人が増え、僕の周りが少しだけ賑やかになったのだった。